騎士物語〜死者の道標〜

ミイ

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死者の道標(4)

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長い、長い沈黙。

のどが渇く。エミールはほとんど無意識のうちに茶を飲みほしていた。しかし、侍女が退席し、おそらく公爵夫人が呼ぶまで戻ってくる事もないであろうこの状況では、代わりを所望する事は難しい。

「…必要であれば、護衛も退室させますが…」

長い沈黙に堪えかねてか、公爵夫人が口を開く。

「その必要はないでしょう、オーデンヴァルトの惨劇については、私より公爵夫人やそちらの騎士殿の方がお詳しいはずだ…。」

公爵夫人もエミールも本題に入ろうとせず、意味のないやり取りが交わされる。

「そうですね、確かにオーデンヴァルトの惨劇自体は秘密でも何でもない。聖教国もある程度の情報を掴んでいます。私の方から概要を確認させて頂くのが良いのかもしれません。」

結局の所、袋こじをこじ開けるのは、間違いなくこの場の事実上の主催者であるエルンスト大司教しかありえない。

「大戦初期、忌むべき魔神の存在や勇者殿への神託が囁き始められた丁度そのころ、王国の東の国境付近オーデンヴァストに大規模な魔獣の発見が報告されました。それに対応するべく、ここダルムシュタットを出発したのが深紅の団、4個大隊580騎…」

エミールが公爵夫人をちらと見やる、少なくとも表面上に動揺が見られないのは貴族の性か。内心は秋の嵐のように荒れ狂っているだろう、この4個大隊を率いていたのは当時の騎士団長、公爵夫人の二男だったのだから。

「出発後2週間ほどは定期の連絡がもたらされました。ただ、「街道沿いに魔獣の噂あり、全隊で向かう」の連絡を最後に消息が途絶えます。」







「その後、この580人の行方は一切不明。」








オーデンヴァルトの惨劇

大戦中、悲劇や惨劇はいく度あれど、必ずこの名が挙がるのには理由がある。東部を守る屈強な騎士580人がオーデンヴァストに出撃し、一切の痕跡を残さず、消えたのだ…。

深紅の団は勿論、王国の他の騎士団、魔道師団まで含めたいく度の調査にも関わらず、手掛かりすらつかめなかった。そして大戦による社会の疲弊が混乱に拍車をかける。

いわく、騎士団は竜の巣にさらわれたのだ。
いわく、蛮族に拉致され、囚われている。

いくつもの噂が出ては消えていく。どのような形であれ580人もの騎士が、抵抗の跡もなく、文字通り消える事などあり得ないのだから。

「ここまでが、公に知られている事。ここから先は公爵領、深紅の団の関係者、また騎士エミールや王国の一部の関係者しか知らぬ話となります。聖教国でも公に承知しているとは申せませんが、今回は無駄な腹の探り合いをするつもりはございません。」

エルンスト大司教が続ける。外交上の裁量がこれだけ許されているという事は、単なる大司教と言うだけではなく、特別な立場にいるのだろう。

「騎士団が行方不明になって約1年後、七人の騎士学校所属の騎士たちがダルムシュタットを訪れます、そこには…。」

エミールには大司教の声が何処か遠くに感じる。

「騎士エミール、あなたが含まれていましたね?」

エミールは是とも否とも答えない、その答えをエルンスト大司教が知らないはずがないのだから。

「何の…、何のために訪れたのか、何があったのかご本人の口からお話し頂く訳には参りませんか?」

エルンスト大司教がつなぐ。それは、ほとんど死刑宣告のようにエミールには聞こえる。

「…わかりました。」

しばしの沈黙の後エミールが答える。どうせ、聖教国が何が起きたか、知らないはずはない。そもそもエルンスト大司教はエミールに心の準備をさせる時間を与えるために、ここまで話を続けたのだろう。

また、話の内容自体はエミールの心情を考えなければ、それほど重要と言える話でも無いのだ。

「私の通常の職務の一環ですが…、同輩6名と共に深紅の団の団員の御遺品をお届けにあがりました。残念な事に全員分ではなく…。」

「また、受け入れても頂けませんでしたが。」

エミールがあえて平然と答えるが、公爵夫人の表情を見る限り、あまり上手くはいっていないらしい。自分は今どんな顔をしているのだろうと自嘲気味に考える。

エミールたちが遺品としてダルムシュタットに持ち帰った品はほぼ500人分。しかしそれは大人数人で十分に運べる量でしかなく、遺骨とわかるものは勿論、剣や騎士隊章と言った一般的な遺品もほとんど含まれていなかった。

さらに、そういった遺品は深紅の団・4個大隊から最後の連絡をうけた東の国境付近から、ダルムシュタットをはさんで反対に馬で7日も南に走った、森の中で回収された。

エミールから受けたそういった説明が、公爵夫人らを激昂させた。

何を世迷言をと叫び、嘘をつくならもっとましな嘘をつけと怒鳴りつけた。
騎士学校に籍がなければ、おそらくその場で切り捨てられていただろう。

「公爵夫人の名誉のために申し上げるのならば…、」

エミールが続ける、その目が何を見つめているのか本人にも良く分からない。

「そういった事は、決して珍しいケースではないのです。」

灼熱の太陽

強烈な臭気

大量の虫

滝のような雨

エミール達はそれらに堪えながら地を這うように遺骸や遺品を捜し、清め、死者の魂を故郷に帰す。

時には死者達にすら怨嗟をぶつけられ、それでもなお、ご子息の御遺品ですと突然訪れる見知らぬ騎士たちが、嘘つきと叫ばれ、詐欺師と罵られる事は珍しくも無かった。

エミールたちは死者の声を聞く。
ただし、死者の声は生前いかに親しい人にも伝わる事はない。

エミールたちは死者の願いを叶える。
ただし、死者の願いは生前いかに親しい人にも理解される事はない。

だから今回の御招きの目的がその件ならばどうかお気になさらずに、と続けたエミールは、公爵夫人の顔を伺う事なく、自分がひどい表情をしている事を十分に理解していた。

エミールにとっては不本意な茶会に、公爵夫人から漏れる嗚咽がかすかに響いている。
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