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言われた言葉が一瞬理解出来なくて、僕は石化したかのように固まってしまった。
呼吸すらも暫く忘れていたようで、息苦しくなって慌てて息を吸い込んだ。
耳の奥からドクドクと音が聞こえて来る。
気付かない内に右手のコップは地面に転がり、大きなシミを作っていた。

【ソレイユ】って、あの、僕がコーヒー飲んでた喫茶店の名前だけど、でも、それが何故アヤトさんの口から飛び出て来たのか…

訳が分からない。
意味が分からない。
ただ窓ガラスを突き破って迫ってきた、自分に死を突き付けたであろうダンプカーと、それに気付かず読書に耽るあの人の姿がフラッシュバックして、無意識に喉元へ右手を当てていた。

息…が、苦しい。

ちゃんと息を吸わないと!

でもさっきからたくさん息を吸ってるのに苦しいのは何でだ?

ちゃんと、ちゃんと吸ってるのに、息、が…

「イツキ!イツキ落ち着いて、ゆっくり息を吐くんだ!」

息を吐く?息を吐く!?

こんなに苦しいのに何で??
どうやって?

ヒューヒューと喉から空気が漏れるような音が聞こえてくる。

息が!息が出来ない!
どうして?何で息が出来ない?

パニックになって学ランの襟首を掻き毟るように握り締めると、アヤトさんが慌てて僕の口を掌で塞いだ。

何するんだ!
苦しい!苦しい!息、出来なッ!!

怖くなってアヤトさんの手を引き剥がそうと僕は滅茶苦茶に引っ掻いた。

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて、ほら」

アヤトさんは僕の背中を右手で撫で始める。

「鼻で吸って、吐いて、吸って、吐いて、そう、ゆっくり、ゆっくり繰り返すんだ。ただの過呼吸だよ。落ち着いて、大丈夫だから」

口を塞いでいた掌を外し、脱力して崩れそうな僕を抱きかかえるようにして支えながら背中を撫で続ける。

暫くして、呼吸が落ち着いてきた僕はアヤトさんに背中をポンポンと優しく叩かれて顔を上げた。

「もう…大丈夫かな?」

僕はアヤトさんの腕の中で大きく息を吐いて、そしてゆっくりと頷いた。
まだ息が少し荒く、身体が酷く怠重だるおもいけれど、頭の中は徐々にハッキリしてきていた。

アヤトさんは【ソレイユ】と言った。【コーヒーチケット】って言った。【過呼吸】って言葉を知っていた。
僕はアヤトにその事を聞かなければならない。

気が付いたら異世界で、しかもこんな真っ暗闇の怪しい森の中で、思った以上に精神的に限界だった僕をギリギリのところで連れ出してくれたこの人は、もしかしたら、もしかしたら…

僕と同じように、異世界に意図せず連れて来られてしまった人なんじゃ…ないだろうか?
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