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シスターの懺悔

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 一瞬呆けてしまったが、すぐに追いかけようと俺も部屋を飛び出した。
 ミエガさんは玄関とは逆側の扉に消えていくところだった。

「ミエガさん!」

 その扉を開くと石畳の道が伸びていてその先は隣の建物、すなわち教会そのものにつながっていた。
 ミエガさんはその教会に入っていく。
 俺はすぐに石道を走り抜けて木の重々しい扉を開いた。

「ミエ……! ……ガ、さん」

 どうやら教会の正面側の扉だったらしい。
 右手側には妙に広い木の舞台があって、その真ん中に髭の生えた爺さん像。
 ステンドグラスから入る陽光で教会内はかなり神秘的な雰囲気を漂わせていた。
 歩くと石の壁に反響した足音が俺の周り全部に返ってくる。
 そして教会の奥に見える木でできた小部屋のような場所まで歩いた。
 多分、ミエガさんはこの中にいる。
 そんな気がしたのだ。


 *****


 わたくしは罪を犯しました。
 どうしても。
 どうしても。
 耐えられなかったのでございます。
 この地に派遣されて早十年と少し。
 ここはとても平和な場所でございました。
 人々は笑い、時に泣き、時に怒り、でもすぐにまた笑っておりました。
 災害が起きようとも、わたくしが必要な場面がついぞ起きませんでした。
 皆は悩みはするものの、その悩みは皆で解決しておりました。
 孤児や路上生活者は、やはりそれ相応の管轄がございます。
 わたくしの出る幕はありません。
 誰からも求められず、誰の役に立つ事も出来ず、ただ毎日を神に捧げる。
 毎日。
 毎日。
 毎日毎日。
 毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
 そしてある日、私は願いました。
 願ってしまいました。
 わたくしが必要になる出来事が起きて欲しい。
 わたくしが必要になる人物が現れて欲しい。
 わたくしを必要としてくれる何かが欲しい。
 そうして現れたのが、ユズル様。
 貴方様でございます。
 神がわたくしの願いを聞いて貴方様を異世界より呼び寄せたのでしょう。
 ユズル様は大層弱体化しておられました。
 それに気が付いた時、わたくしは歓喜してしまった。
 ああ。
 わたくしが助けなくては死んでしまう。
 わたくしがいないと死んでしまう。
 わたくしが必要になる方。
 そんな愚かで浅ましい心をひた隠しにして、貴方様と共に今日まで暮らしてきました。
 この一ヶ月はわたくしにとっては天国にいるような気持ちに満たされていました。
 ユズル様のために食事を作る。
 わたくしの手で食べていただく。
 ユズル様の身体をお拭きする。
 ユズル様の髪をお切りする。
 髭をお切りする。
 寝るときには身体を温めて差し上げる。
 お手洗いは……唯一の心残りでございます。
 いつかは回復してしまう。
 その日まではこの生活が続けられる。
 そのうちわたくしはこの生活が続けばいいのにと願いはじめていました。
 回復したら動き出してしまう。
 考え始めてしまう。
 もしかしたら帰りたくなってしまう。
 わたくしのこの膝で寝てもらえなくなる。
 この足が無くなれば。
 この腕が無くなれば。
 この思考が無くなれば。
 もしかしたらずっとここにいてくれる。
 そう考えては何度も何度も耐えてきました。
 ですが、ユズル様は動き出した。
 歩き出した。
 ですからユズル様。
 早くここから出て行ってください。


 *****

 小部屋に入ると、木の壁を挟んで向かい側の部屋で、ミエガさんは泣きながら告白してくれた。
 おそらく懺悔室とかいう場所なのだろう。
 すすり泣く声しか聞こえなくなったので、俺は声をかけた。

「ミエガさん」
「ひゃはアアアアアアア!!!???」

 ひゃはあて。

「え、もしかして気が付いていなかったんですか?」
「ゆゆゆゆじゅずじゅるるさママママ!? いいいいいついつから!?」

 えー。
 なんか俺に話しかけている体で話してた気がしてたのに違ったらしい。

「ほぼ最初からですけど」
「デデデデデデハスベテオキキニナラレタノデスカ?」
「なぜ片言に。まあ、そうですね」

 あわわわわわとか言って焦っているミエガさん本人を見てみたいがまあそれは諦めよう。

「それであのですね」
「はい」
「さっき言っていたことは本当ですか?」
「……はい」
「そうですか」

 落ち込んだ様子の声色のミエガさんに俺は告げた。

「ありがとうございます」
「…………………え?」
「ありがとうございます」

 声は聞こえないがそのまま続ける。

「多分、私はあのままだと向こうで死んでました。その死にかけをこちらに呼んだって、まあ問題は無いですよ」

 強いて言うならあの会社、並びに会社に依頼した他の会社だとかがてんやわんやしているだろうが、知ったこっちゃない。
 俺よくあんな場所で死ぬまで勤めていたな。

「というわけで、ミエガさんが神様にお願いしてくれたおかげなんで。ミエガさんには感謝しか無いです」

 室内には彼女の我慢している泣き声だけがしばらく響き続けた。


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