異世界シスターに癒されています

さきくさゆり

文字の大きさ
上 下
2 / 22

ストローは無かったらしい

しおりを挟む
「落ち着かれましたか?」
「えーっと……はい。落ち着きました」
「それは良かったです」

 そっと離れる体温に思わず声が出そうになるが、ぐっとこらえようとした途端、彼女はまた俺の手を握り直した。

「え?」
「こうしていた方がよろしいかと思いまして。もしお嫌でしたらお離しいたします」
「あ、いえ、えと、そのままで大丈夫……です。と言いますか、安心……します……はい」
「ではこのままで。まず、自己紹介からいたします。わたくしの名前はミエガ。ミエガ・マイガスと申します」

 そう言ってまた優しい笑みを浮かべて、ミエガさんは軽く頭を下げた。

「あー。俺……私は千知岩ちぢいわゆずるです」
「チヂイワユズル様……ユズル様ですね」
「はい」

 ユズル様……ユズル様……と小声で呟くマイガスさんをのんびり眺める。
 高めの鼻や緑っぽい目の色から、おそらく外国人なのだろう。
 頭の被り物といい、服装といい、いわゆるシスターと言われる方なんじゃないだろうか。
 教会とか言っていたし。

「それであの。私はなぜここに……?」
「ユズル様……ユズル様……はっ! ああ申し訳ございません! えーユズル様は教会内で倒れていたので、申し訳無いのですがわたくしのベッドに運ばせていただいたのです」
「そうだったんですか……。助けていただきありがとうございます」
「いえいえ。この街に派遣されて約五年。初めて教会らしい事が出来てこちらとしても嬉しかったので」
「え?」
「……は! 申し訳ございません! わたくしったら何という……」

 先程まで真っ白だった頬が、真っ赤である。
 顔を隠したいが俺の手を握っているから無理だと判断したのか曲げた膝の内側に顔を埋め始めた。

「あの。よくわかりませんが、とりあえず顔を上げていただけると……」
「今は、ベッドに運ばせていただいてから、大体一時間ほど経っております」

 あ、そのまま続けるんですね。

「そうですか。それであの……ここはどこ、あいや教会ということは分かってます。住所というかそういうのが知りたくて」
「ここはウルガ地区の端でございます」

 …………ウルガ地区?

「……どこだそれ」
「より正確にはウルガ地区六でございますね。ちなみに六はこの教会しか建物がありません」

 何を言っているんだろうか。
 ウルガ……ウルガなんて地区知らんぞ。
 というか地区ってなんだ。
 また混乱していると、マイガスさんがまた手を優しく強く握ってくれる。
「えーっと……マイガスさん」
「なんでしょうユズル様」
「どうやらよくわからない事が起きていることだけは理解できました」
「よくわからない……ですか」

 よくわからない。
 というよりなんだか頭がちゃんと働かなくて考えられない、の方が正しいかもしれない。

「とりあえず、何かお飲みになりますか?」
「え? あー、じゃあ水を一杯いただけると」
「わかりましたっ!」

 マイガスさんは、嬉しそうに声を上げて部屋を飛び出していった。

 さてと……。

 俺はベッドから降りて窓から外を眺める。
 陽の光に照らされている花壇や、風で波打つ芝生。
 青い空、奥の方には土の道。
 うん。
 わからん。
 やはりわからん。
 ここはどこなんだ?
 ウルガなんて場所は聞いた事がないし、少なくとも日本には無いと言い切っていいだろう。
 ということは、なんらかの形で俺は外国のどこかにきてしまったということか。
 でもそうなるとなんで日本語が通じているのかがわからんが……わからんが……。

「はっはっはっはっ。考えるの面倒になってきた」

 どう考えても会社は近くに無いようだしな。
 あ、そうか。
 会社が無いのなら……。

「俺は会社に行かなくていいのか」
「なぜ起きていらっしゃるのですか!?」
「え? ……ぐぇっ!」

 柔らかい衝撃が背中に伝わった時には、すでに掛け布団までかけられていた。

「そんな身体で起き上がってはいけませんっ! ユズル様は大人しくしていてくださいっ!」

 物凄い剣幕でマイガスさんに迫られた俺はただただ頷くしかなく……。

「お水をお持ちいたしました」
「あ、ああありがとうございます」

 そう言って哺乳瓶を受け取ろうと手を伸ばし、

「え? 哺乳瓶?」
「これでしたら寝たままでも水を飲む事が可能なのですよ」
「あー……なるほど?」

 ストローとかは無かったのか……な?
 こちらから頼んだわけだし、器の文句を言う資格は無いわな。

「ありがとうございます」

 改めて手を伸ばすと、マイガスさんはなぜかその俺の腕をそっと抑えながら、哺乳瓶をベッド横のテーブルの上に置く。

「まずは上体を少し起こしましょう」

 俺が自分で身体を起こすより先に、俺の背中の下にサッと手を入れて少し持ち上げ、クッションを置く。
 あっという間の出来事である。

「ではお口を開けてくださいませ」
「いやそれくらいは…….」
「お開けくださいませ」
「いやあの……」
「お口を」
「……………………」

 素直に少しだけ開けると、マイガスさんは嬉しそうに哺乳瓶を口に当ててゆっくり傾けてくれた。
 哺乳瓶の中身を半分ほど飲んだ頃には、まあこういうものかと思考停止状態になっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび
恋愛
「結婚しよう」 アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。 しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。 それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...