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ストローは無かったらしい
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「落ち着かれましたか?」
「えーっと……はい。落ち着きました」
「それは良かったです」
そっと離れる体温に思わず声が出そうになるが、ぐっとこらえようとした途端、彼女はまた俺の手を握り直した。
「え?」
「こうしていた方がよろしいかと思いまして。もしお嫌でしたらお離しいたします」
「あ、いえ、えと、そのままで大丈夫……です。と言いますか、安心……します……はい」
「ではこのままで。まず、自己紹介からいたします。私の名前はミエガ。ミエガ・マイガスと申します」
そう言ってまた優しい笑みを浮かべて、ミエガさんは軽く頭を下げた。
「あー。俺……私は千知岩讓です」
「チヂイワユズル様……ユズル様ですね」
「はい」
ユズル様……ユズル様……と小声で呟くマイガスさんをのんびり眺める。
高めの鼻や緑っぽい目の色から、おそらく外国人なのだろう。
頭の被り物といい、服装といい、いわゆるシスターと言われる方なんじゃないだろうか。
教会とか言っていたし。
「それであの。私はなぜここに……?」
「ユズル様……ユズル様……はっ! ああ申し訳ございません! えーユズル様は教会内で倒れていたので、申し訳無いのですが私のベッドに運ばせていただいたのです」
「そうだったんですか……。助けていただきありがとうございます」
「いえいえ。この街に派遣されて約五年。初めて教会らしい事が出来てこちらとしても嬉しかったので」
「え?」
「……は! 申し訳ございません! 私ったら何という……」
先程まで真っ白だった頬が、真っ赤である。
顔を隠したいが俺の手を握っているから無理だと判断したのか曲げた膝の内側に顔を埋め始めた。
「あの。よくわかりませんが、とりあえず顔を上げていただけると……」
「今は、ベッドに運ばせていただいてから、大体一時間ほど経っております」
あ、そのまま続けるんですね。
「そうですか。それであの……ここはどこ、あいや教会ということは分かってます。住所というかそういうのが知りたくて」
「ここはウルガ地区の端でございます」
…………ウルガ地区?
「……どこだそれ」
「より正確にはウルガ地区六でございますね。ちなみに六はこの教会しか建物がありません」
何を言っているんだろうか。
ウルガ……ウルガなんて地区知らんぞ。
というか地区ってなんだ。
また混乱していると、マイガスさんがまた手を優しく強く握ってくれる。
「えーっと……マイガスさん」
「なんでしょうユズル様」
「どうやらよくわからない事が起きていることだけは理解できました」
「よくわからない……ですか」
よくわからない。
というよりなんだか頭がちゃんと働かなくて考えられない、の方が正しいかもしれない。
「とりあえず、何かお飲みになりますか?」
「え? あー、じゃあ水を一杯いただけると」
「わかりましたっ!」
マイガスさんは、嬉しそうに声を上げて部屋を飛び出していった。
さてと……。
俺はベッドから降りて窓から外を眺める。
陽の光に照らされている花壇や、風で波打つ芝生。
青い空、奥の方には土の道。
うん。
わからん。
やはりわからん。
ここはどこなんだ?
ウルガなんて場所は聞いた事がないし、少なくとも日本には無いと言い切っていいだろう。
ということは、なんらかの形で俺は外国のどこかにきてしまったということか。
でもそうなるとなんで日本語が通じているのかがわからんが……わからんが……。
「はっはっはっはっ。考えるの面倒になってきた」
どう考えても会社は近くに無いようだしな。
あ、そうか。
会社が無いのなら……。
「俺は会社に行かなくていいのか」
「なぜ起きていらっしゃるのですか!?」
「え? ……ぐぇっ!」
柔らかい衝撃が背中に伝わった時には、すでに掛け布団までかけられていた。
「そんな身体で起き上がってはいけませんっ! ユズル様は大人しくしていてくださいっ!」
物凄い剣幕でマイガスさんに迫られた俺はただただ頷くしかなく……。
「お水をお持ちいたしました」
「あ、ああありがとうございます」
そう言って哺乳瓶を受け取ろうと手を伸ばし、
「え? 哺乳瓶?」
「これでしたら寝たままでも水を飲む事が可能なのですよ」
「あー……なるほど?」
ストローとかは無かったのか……な?
こちらから頼んだわけだし、器の文句を言う資格は無いわな。
「ありがとうございます」
改めて手を伸ばすと、マイガスさんはなぜかその俺の腕をそっと抑えながら、哺乳瓶をベッド横のテーブルの上に置く。
「まずは上体を少し起こしましょう」
俺が自分で身体を起こすより先に、俺の背中の下にサッと手を入れて少し持ち上げ、クッションを置く。
あっという間の出来事である。
「ではお口を開けてくださいませ」
「いやそれくらいは…….」
「お開けくださいませ」
「いやあの……」
「お口を」
「……………………」
素直に少しだけ開けると、マイガスさんは嬉しそうに哺乳瓶を口に当ててゆっくり傾けてくれた。
哺乳瓶の中身を半分ほど飲んだ頃には、まあこういうものかと思考停止状態になっていた。
「えーっと……はい。落ち着きました」
「それは良かったです」
そっと離れる体温に思わず声が出そうになるが、ぐっとこらえようとした途端、彼女はまた俺の手を握り直した。
「え?」
「こうしていた方がよろしいかと思いまして。もしお嫌でしたらお離しいたします」
「あ、いえ、えと、そのままで大丈夫……です。と言いますか、安心……します……はい」
「ではこのままで。まず、自己紹介からいたします。私の名前はミエガ。ミエガ・マイガスと申します」
そう言ってまた優しい笑みを浮かべて、ミエガさんは軽く頭を下げた。
「あー。俺……私は千知岩讓です」
「チヂイワユズル様……ユズル様ですね」
「はい」
ユズル様……ユズル様……と小声で呟くマイガスさんをのんびり眺める。
高めの鼻や緑っぽい目の色から、おそらく外国人なのだろう。
頭の被り物といい、服装といい、いわゆるシスターと言われる方なんじゃないだろうか。
教会とか言っていたし。
「それであの。私はなぜここに……?」
「ユズル様……ユズル様……はっ! ああ申し訳ございません! えーユズル様は教会内で倒れていたので、申し訳無いのですが私のベッドに運ばせていただいたのです」
「そうだったんですか……。助けていただきありがとうございます」
「いえいえ。この街に派遣されて約五年。初めて教会らしい事が出来てこちらとしても嬉しかったので」
「え?」
「……は! 申し訳ございません! 私ったら何という……」
先程まで真っ白だった頬が、真っ赤である。
顔を隠したいが俺の手を握っているから無理だと判断したのか曲げた膝の内側に顔を埋め始めた。
「あの。よくわかりませんが、とりあえず顔を上げていただけると……」
「今は、ベッドに運ばせていただいてから、大体一時間ほど経っております」
あ、そのまま続けるんですね。
「そうですか。それであの……ここはどこ、あいや教会ということは分かってます。住所というかそういうのが知りたくて」
「ここはウルガ地区の端でございます」
…………ウルガ地区?
「……どこだそれ」
「より正確にはウルガ地区六でございますね。ちなみに六はこの教会しか建物がありません」
何を言っているんだろうか。
ウルガ……ウルガなんて地区知らんぞ。
というか地区ってなんだ。
また混乱していると、マイガスさんがまた手を優しく強く握ってくれる。
「えーっと……マイガスさん」
「なんでしょうユズル様」
「どうやらよくわからない事が起きていることだけは理解できました」
「よくわからない……ですか」
よくわからない。
というよりなんだか頭がちゃんと働かなくて考えられない、の方が正しいかもしれない。
「とりあえず、何かお飲みになりますか?」
「え? あー、じゃあ水を一杯いただけると」
「わかりましたっ!」
マイガスさんは、嬉しそうに声を上げて部屋を飛び出していった。
さてと……。
俺はベッドから降りて窓から外を眺める。
陽の光に照らされている花壇や、風で波打つ芝生。
青い空、奥の方には土の道。
うん。
わからん。
やはりわからん。
ここはどこなんだ?
ウルガなんて場所は聞いた事がないし、少なくとも日本には無いと言い切っていいだろう。
ということは、なんらかの形で俺は外国のどこかにきてしまったということか。
でもそうなるとなんで日本語が通じているのかがわからんが……わからんが……。
「はっはっはっはっ。考えるの面倒になってきた」
どう考えても会社は近くに無いようだしな。
あ、そうか。
会社が無いのなら……。
「俺は会社に行かなくていいのか」
「なぜ起きていらっしゃるのですか!?」
「え? ……ぐぇっ!」
柔らかい衝撃が背中に伝わった時には、すでに掛け布団までかけられていた。
「そんな身体で起き上がってはいけませんっ! ユズル様は大人しくしていてくださいっ!」
物凄い剣幕でマイガスさんに迫られた俺はただただ頷くしかなく……。
「お水をお持ちいたしました」
「あ、ああありがとうございます」
そう言って哺乳瓶を受け取ろうと手を伸ばし、
「え? 哺乳瓶?」
「これでしたら寝たままでも水を飲む事が可能なのですよ」
「あー……なるほど?」
ストローとかは無かったのか……な?
こちらから頼んだわけだし、器の文句を言う資格は無いわな。
「ありがとうございます」
改めて手を伸ばすと、マイガスさんはなぜかその俺の腕をそっと抑えながら、哺乳瓶をベッド横のテーブルの上に置く。
「まずは上体を少し起こしましょう」
俺が自分で身体を起こすより先に、俺の背中の下にサッと手を入れて少し持ち上げ、クッションを置く。
あっという間の出来事である。
「ではお口を開けてくださいませ」
「いやそれくらいは…….」
「お開けくださいませ」
「いやあの……」
「お口を」
「……………………」
素直に少しだけ開けると、マイガスさんは嬉しそうに哺乳瓶を口に当ててゆっくり傾けてくれた。
哺乳瓶の中身を半分ほど飲んだ頃には、まあこういうものかと思考停止状態になっていた。
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