89 / 102
7.ダチュラは、偽りの魅力で陶酔させる
昏く悲痛な叫び
しおりを挟む穂月の顔が、忌々しそうに歪んでいく。
「ああ、そうか。みーは河原崎に言っていたものな。河原崎とアナスタシアの子。リヒトの実姉で、カノの母親が産んだのが、オレだと」
すると穂積は薄く笑う。
「そんな言葉で信じるのは河原崎ぐらいだ。大体その子がお前であるのなら、年が違う。お前の年齢は俺と大して変わらない。むしろ年下にも見える。そしてなにより、お前には穂月の面影がない。ただ穂月の言葉遣いをしているだけの話。双子の共鳴を甘く見るな」
確かに、香乃ですら成長した事実を差し引いても、穂月に最初からなにか違和感を感じていた。
(どういうこと? だったら、目の前で穂積のことをみーと呼ぶこのひとは誰だと言うの?)
「肉体年齢など、切り取った女達の肉体を使えばどうとでも出来る。オレが穂月じゃないというのなら、穂月の記憶はどう説明するんだ?」
「穂月の脳を移植した……と言いたいところだが、それよりもっと単純明快な方法がある」
「それは?」
「穂月から直接聞いていればいい」
穂積は続けた。
「香乃の母親が産んだ子供は、父さんの手によって生かされていた。元々、どんなに河原崎が父さんに囁こうが、サイズが違う子供の体を大人の体に移植可能だということ自体、疑わしい。父さんは老化したアナスタシアを助けたくて、河原崎の話に乗ったわけではない。姉が産んだ子供が碧眼だったことで、父さんの興味は子供に移ってしまったんだ。父さんが魅入られたのは、アナスタシアかもしれない碧眼女性ではなく、碧眼を持つ女性だった」
当主はなにも言わず、じっと碧眼の息子を見ている。
「父さんは河原崎に奪われないよう、色々と理由をつけて座敷牢に捕らえた。逃げ出さないように外への出入り口も封じて。日の当たらないところでずっと座って過ごすことを強いられたのだから、四肢も弱って歩けなかったでしょう。もしかして喋れなかったかもしれない。その子は会いに来る父さんだけを頼って成長する。最初こそは、父さんに父性という慈愛の情があったかもしれない。しかし……次第に女の体になってくるその子を、父さんはどうしましたか」
詰問調の穂積から、当主は目をそらす。
「そうやって現実からも目をそらすから、あなたの罪を背負った哀れな存在が出るんです!」
「……っ、愛し、たんだ。私は心から。河原崎が生かそうとしていたあの女ではなく、私だけを見つめる青い目の少女が。どうしようもなく……劣情した」
搾り出すような声が聞こえる。
「つまり、河原崎が奥の院を楽園と見なしてアナスタシアだという女を犯したように、父さんもまた座敷牢を楽園と見なして、その子を犯していたわけだ。何度も何度も、父さんの子を孕むまで。そして生まれたのが――その女だ」
穂好きの指を差した先には、穂月がいる。
彼女はなにも言わなかった。
「俺とこいつが似ているのは、俺もこいつも父親が同じで、母親が碧眼女だからだろう。どの碧眼女との受精卵かは知らないが、宿下がりした俺の母親はただの代理母なんだろう。この女は、恐らくは妹分になる。俺の」
河原崎の実姉ではなく、穂積の実妹か義妹――。
やはり当主は、現在自分の娘と愛し合っていることには変わりがない。
「この女は、母親に比べて知能があった。なぜ座敷牢から出られないのかと思っていたはずだ。そして、父親の後をつけて来た穂月と会ったんだろう。そっくりのふたりは仲良くなり、穂月の知識を吸収して育った。同時にずっと、外に戻れる穂月に不満を募らせていたはずだ。なぜ同じ父親の子なのに、差別されるのかと」
穂積の目には怒りに満ちている。
「そこで真宮の中枢である奥の院の主になろうとした。まずそのために、母親がその母である奥の院の主に会いたいようだと唆し、母親に河原崎が継ぎ接ぎしている碧眼女を殺させた。河原崎の報復を回避するため、父さんが河原崎に言ったのは、碧眼女は老衰で新たに肉体をつけても無意味だろうから、新たな体に碧眼女の脳を移植したらどうかということ。しかし河原崎は脳医学には精通しておらず、移植は失敗に終わった。それを認めようとしない河原崎に、父さんは外部から腕のいい脳外科医を招いて、今度はその娘に移植してはどうかと持ちかけた。脳がまだ生きているうちにと」
なぜ当主はそんなことを言い出したのだろう。
愛する者達を手にかけてまで、河原崎から自分を守りたかったのだろうか。
「父さんはなぜそんなことをしたのか」
返答がない静まりきった中で、圭子が言った。
「そこにいる、名無しさんの入れ知恵ですわね。脳移植をされたふりをして、自分が奥の院に居座るため。恐らくは、すでにご当主の愛は、名無しさんに移っていたのでしょう。身の保全のために、誑かしたという表現の方が正しいでしょうか」
圭子からの非難を受けて、穂月のふりをしていた女は笑う。
「なにがいけない? じめじめとした暗いあの小さな場所で一生を過ごせと? なぜオレがそんな目に遭わないといけない。碧眼だぞ? 真宮当主の血を受け継いでいるんだぞ?」
「だからといって、他人を犠牲にしていいわけはないわ」
香乃が言うと、女はキッと睨み付ける。
「お前だって、穂積を守るために穂月を犠牲にしただろうが! 穂月の心をわかろうともせず、自分が信じるものだけを優先した。穂月を踏みにじり、挙げ句に見殺しにしたじゃないか!」
「わたしは……っ」
「ああ、そうだよ。オレの父親だというこの男は、碧眼女が大好きでね。どんなに骨までしゃぶっても、老化すると見向きもしなくなる。母さんがオレを生み、衰えていくとぎらついた目をオレに向けた。そしてとうとう母さんの前でオレを抱いた。声の出ない母さんも、声が出るオレも、泣いているのをわかっているくせして。髪を引き摺って組み敷き、目玉を舐めた……真性の変態さ!」
糾弾する女の唇が戦慄いた。
「母さんも部屋の隅で震えるだけで守ってくれなかった。オレはただ、痛みに耐え嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。涙も枯れ果てた。こんなに辛い思いをしていたんだから、安全な居場所を望んだっていいじゃないか。オレだって殺され続けてきたんだから、オレを見殺しにしている奴らを殺したっていいじゃないか。虐げてきた男を愛しているフリをして、生きる場所を確保するのがそんなにいけないことか? 奥の院でひっそり生きていたら駄目なのか? オレも切り刻まれて、誰かに捕食されて死ねとでもいうのか!?」
それは、生きていたいという悲痛なる叫びだった。
聞いている香乃の目から、涙が零れた。
0
お気に入りに追加
722
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!
杜野秋人
恋愛
「このような事件が明るみになった以上は私の婚約者のままにしておくことはできぬ!そなたと私の婚約は破棄されると思え!」
ルテティア国立学園の卒業記念パーティーで、第二王子シャルルから唐突に飛び出したその一言で、シャルルの婚約者である公爵家令嬢ブランディーヌは一気に窮地に立たされることになる。
シャルルによれば、学園で下級生に対する陰湿ないじめが繰り返され、その首謀者がブランディーヌだというのだ。
ブランディーヌは周囲を見渡す。その視線を避けて顔を背ける姿が何人もある。
シャルルの隣にはいじめられているとされる下級生の男爵家令嬢コリンヌの姿が。そのコリンヌが、ブランディーヌと目が合った瞬間、確かに勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。
ああ、さすがに下位貴族までは盲点でしたわね。
ブランディーヌは敗けを認めるしかない。
だが彼女は、シャルルの次の言葉にさらなる衝撃を受けることになる。
「そして私の婚約は、新たにこのコリンヌと結ぶことになる!」
正式な場でもなく、おそらく父王の承諾さえも得ていないであろう段階で、独断で勝手なことを言い出すシャルル。それも大概だが、本当に男爵家の、下位貴族の娘に王子妃が務まると思っているのか。
これでもブランディーヌは彼の婚約者として10年費やしてきた。その彼の信頼を得られなかったのならば甘んじて婚約破棄も受け入れよう。
だがしかし、シャルルの王子としての立場は守らねばならない。男爵家の娘が立派に務めを果たせるならばいいが、もしも果たせなければ、回り回って婚約者の地位を守れなかったブランディーヌの責任さえも問われかねないのだ。
だから彼女はコリンヌに問うた。
「貴女、王子妃となる覚悟はお有りなのよね?
では、一度お試しで受けてみられますか?“王子妃教育”を」
そしてコリンヌは、なぜそう問われたのか、その真意を思い知ることになる⸺!
◆拙作『熊男爵の押しかけ幼妻』と同じ国の同じ時代の物語です。直接の繋がりはありませんが登場人物の一部が被ります。
◆全15話+番外編が前後編、続編(公爵家侍女編)が全25話+エピローグ、それに設定資料2編とおまけの閑話まで含めて6/2に無事完結!
アルファ版は断罪シーンでセリフがひとつ追加されてます。大筋は変わりません。
小説家になろうでも公開しています。あちらは全6話+1話、続編が全13話+エピローグ。なろう版は続編含めて5/16に完結。
◆小説家になろう4/26日間[異世界恋愛]ランキング1位!同[総合]ランキングも1位!5/22累計100万PV突破!
アルファポリスHOTランキングはどうやら41位止まりのようです。(現在圏外)
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる