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1.ゼラニウムは、予期せぬ出会いを誘い寄せる

欲しいものは快楽? それとも……

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 ◇◇◇

「あぁっ……っ」

 香乃が力一杯掴んでいるシーツは深い渦を刻み、螺旋を作っていく。
 いつも痛いだけの蜜壷は肉欲の滴りに潤い、牧瀬の剛直で穿たれる度にとろとろとした蜜を香乃の太股に垂らして、シーツを濡らしていた。
 誘うように揺れる香乃の尻を両手で抱え、牧瀬は何度も湿った音をたてて、後背位で深く抽送する。

「あぁんっ、ずんって、そのずぅんっていうの、もっとして……!」

 こんなに喘げば、隣室にいる宿泊客に聞こえてしまうかもしれないという配慮は、乱れる香乃の頭からは抜け落ちていた。

「そんなに……気持ち、いい? 中、とろっとろで締め付けてきて、俺、やばいんだけど……」

 荒い息の間に冗談っぽく言いながらも、窓に映る牧瀬の顔にはあまり余裕はない。

「いいの、気持ちいい、の。牧瀬、気持ちいいの……!」
「……っ」
「めちゃくちゃに……して。牧瀬、もっと、もっと壊して……っ!」

 問答無用で押し寄せてくる快感の波に、翻弄されて溺れかけながら、香乃はいつも以上に啼いて、思考をも奪う強烈な快楽に夢中になっていた。

「お前……っ、なんで……そんなに、乱れているわけ? いつも……、こんなには、ならなかった……ぞ?」

 牧瀬のセットされていた髪は汗で乱れ、精悍な顔には苦悶と艶が色濃く入り混ざっている。

「乱れて……ないっ」
「嘘、つけ。……男と別れたから? 俺に抱かれるのが嬉しいから? それとも……真宮思い出して?」

 真宮の名前で、香乃の体は反応してしまったらしい。

「く……っ、締め付けるなって!」

 香乃の尻を高く上げると、牧瀬は恥骨を香乃の尻に激しくぶつけ、ガツガツと擦り上げてくる。

「ああっ、あぁっ、激し……ああっ」
「ち……くしょ……っ!」

 掠れて呻くような声は、まるで手負いの獣のようだ。
 容赦ない攻めに、香乃はまたずぶずぶと快楽に呑み込まれていく。

「ああっ、あああっ、深いっ、駄目っ、壊れるっ、壊れちゃうっ」

 白檀サンダルウッドの香りが、牧瀬の汗と混ざり、発情したオスのフェロモンとなっている。それに噎せ返りそうになりながら、香乃は目尻から生理的な涙を零して、身悶える。

「んぅっ、はっ、わたし、イク、イク……っ」

 幾重にもざわめいていた快感が、一気に輪郭を持った。
 香乃は眉間に皺を寄せながら、白い果てに向かって上り詰めていくが、牧瀬は焦らすように抽送を緩めてしまった。途端に切羽詰まったものが、もどかしいだけの疼きに変わる。

「やぁっ、駄目っ、ねぇ、牧瀬っ、イキ……たいっ、牧瀬っ!」

 甘ったるい声で、半狂乱となりながら香乃は叫ぶ。

「駄目。もっとお前の中、俺でいっぱいにならないと、イカしてやらねぇ」

 牧瀬は、はっと息を吐き出しながら、香乃の背中やうなじに、ちゅくりちゅくりと吸い付いた。
 肌が引き攣るような痛みで、牧瀬がなにをしているのか悟った香乃は、身体を揺すって抵抗した。

「やっ、印、つけちゃ……」
「いいだろう、これくらい。拒否するなら、イカせない」
「……うぅっ」

 牧瀬は、いつにもなく暴君に、香乃の身体を愛でた。

 香乃の白肌には、牧瀬の刻印が赤く刻まれていく。
 いつもは香乃に怒られるため、彼女の身体にキスマークを残すことがなかった牧瀬だったが、なぜか今夜は、自分の存在の痕跡を刻みたがった。
 そして香乃も、快楽が欲しいあまりに、それを許す。

「もう、いいでしょ。ねぇ、牧瀬! イカせてよっ、変になるっ」
「足りねぇよ。もっともっと……俺のこと考えて、よがり狂え」

 ジムで鍛えている引き締まった身体が、強く香乃の柔肌を包み込む。
 ふわりと、白檀サンダルウッドの香りが強まり、香乃はくらくらとした心地を堪えた。

「もっと、俺で一杯になって。香乃」

 牧瀬は、腰をゆっくりと回すようにしながら、香乃の耳をねちゃねちゃと音をたてて嬲る。

「……っ、名前、呼ばないで……っ」

 香乃は、ぶるりと身震いした。彼女から出る声は、どこまでも甘く、抵抗しているまでの強さはなく。
 そして牧瀬も、香乃の抵抗などお構いなしに続ける。

「なぁ、香乃。お前、こんなに濡れるの、俺だけなんだろう?」
「名前……っ」
「他の男、こんなに気持ちいい思い味わえてねぇんだろう? だから、こんなに感じやすくて可愛い女、平気で捨てているんだろう? ……俺だけなんだよな? お前が身体を開くのは」

 牧瀬の逞しい手が、前戯で何度も愛した香乃の胸を弄り、反対の手は香乃の黒い茂みを掻き分けて、固くなっている秘粒をきゅっと摘まむ。

「あぁぁっ……」

 香乃の太股が戦慄き、新たに熱い蜜の筋が作られていく。

「俺なら離さねぇよ、お前を。だからさ……」

 愛撫の合間に囁かれる、牧瀬の欲情したような熱っぽい声。
 牧瀬は胸の蕾を捏ねていたその手で香乃の顎を掴み、顔をねじ曲げるようにして、唇を近づける。

「もう……いい加減、俺に堕ちね?」

――……嫌なら、俺を殴って。……俺を止めて下さい。

「駄目っ、セフレは……キス、駄目っ」

 キスは。
 キスだけは。
 遊びではしたくないから。

「なぁ。セフレ、卒業しよ? ……もう、我慢出来ねぇよ。身体だけの関係は」

――ごめん……。これだけじゃ……我慢、出来ない……。

「キス、したい」

 香乃の耳元で苦しげに喘ぎながら、牧瀬が懇願する。

「香乃と恋人のキス……したい。させて?」
「……嫌っ」

 香乃が顔を背けるようにして拒むと、牧瀬は苦しげな顔になった。

――セフレとはキスしない。呼び合うのも苗字のみ。それがわたしの線引きだから。

「香乃。キス、させてくれたら……イカせてやる」
「……卑怯、よっ」
「いいよ、なんとでも。俺……すげぇ焦ってるから」

 苦しげに細められた双眸に、苛立ったような光が見える。

「こんなに俺に感じまくっているのに、お前の中から消えない男の影、消したくてたまんねぇの!」
「……っ、わたしは……っ」

 そんなはずはない。
 牧瀬に抱かれながら、彼を思い出してなんていない。
 
 ホントウニ――?

「なぁ、そんなに、キスしたくないなら……言ってみろよ。俺が欲しいって。俺にイカせて貰いたいって。……俺の名前を呼んで」
「……っ」
「それで……今は、騙されてやるから」

 視界の中で牧瀬の黒い瞳から何かが流れた。
 それは涙なのか汗なのかわからなかったが、香乃は快楽を欲しがりながらも、頑なに牧瀬の名前を口にしようとしなかった。

 それに焦れたように目を細めた牧瀬は、悔しげに歯を食いしばり、突如腰の律動を早める。

「ああっ、あぁ……っ」

 欲しかった刺激に、身体が打ち震えて喜悦の声が止まらない。

「なぁ、香乃。言えよ。お前が欲しいの……誰だよ。いつもお前の傍にいて、いつもお前のことを……見ているのはっ!」

 牧瀬はぐじゅぐじゅと音を立てながら、獰猛な熱杭で何度も擦り上げてくる。
 肌という肌が粟立ち、もう牧瀬しか感じられない。

「香乃、誰だよ。言え!」
「や、ああ、ああああっ」
「香乃!」
「まき……せ……」
「名前で呼べよ」
「……恋人じゃ、ない……」
「なれよ、俺の女に!」

 雄々しいものが香乃の中を抉り穿って、届かない隙間がある最奥を侵蝕しようとしてくる。
 牧瀬が触れようとしているのは、彼女の身体なのか、それとも心なのか。

「……香乃。俺と……恋人に、なろう? なぁ……」

 甘えるような牧瀬の声に、香乃の心が絞られる。
 今まではこんなことを、言ったこともなかったというのに。

「……わたし、達は……友達で」
「俺はただの女友達を抱くほど、女に困っちゃいねえよ。お前だから……なぁ、お前だから抱いていたんだよ。抱きたいんだよ」

 泣き出しそうな声と共に、剛直の動きがさらに激しくなる。

「……俺の女になって?」

 迫り来る絶頂への戦慄と共に、牧瀬の切なそうな声が香乃の心を奮わせる。

「でも、わたし、わたしは……っ」

――俺は、あなたを……。

 こんな時にでも、やはり思い出すのは――勿忘草で。
 どんなに傷ついても、どんなに快楽に流されても、あの色に焦がれる。

 ……そう、焦がれているのだ。今も尚。

 ぽろぽろと流す涙を、牧瀬は口づけながら、やるせなさそうに言う。

「ずっと……お前が好きだったんだ。入社試験でみかけた時から」

 快楽の渦に呑み込まれそうになりながら、牧瀬の告白が現実に留める。

「好きなんだよ、香乃!」

 理性と本能の狭間で、香乃は悲鳴のような嬌声を上げながら窓を見た。

 星ひとつない常闇を、円弧状に蝕む空虚な満月。
 香乃の想いとは裏腹に、月は青みを増して、勿忘草の色に染まっていく。

 どんな夜であろうと、蒼い月は孤高に輝き、香乃を魅了する。

「香乃、やめるぞ!? 言えよっ、俺の名前を……!」

 彼ではない男に愛を語られ、貫かれながら、彼を想って忍び泣く。

「お前が欲しがっているのは、誰だ?」
「……っ」
「お前は誰に欲情してるんだよ、香乃!」

 香乃は、濡れた目をぎゅっと苦しげに瞑った。

 ……忘れよう、彼のことなど。
 
――蓮見さん。俺を……見て下さい。

「香乃! ここでお前を抱いているのは誰だ!?」

――忘れていませんよね、俺にくれた……勿忘草の手紙のこと……。 
 
 香乃は涙を頬に伝わせながら、言った。
 再び心が、切り裂かれそうになりながら。

「慎……!」

 途端に香乃の中で激しく律動していた牧瀬が、ぶわりと凶悪的に膨張し、香乃は悲鳴のような嬌声を上げた。

「香乃、唇を……キスをっ」

――……では、お待ちしています。

 しかし香乃は――牧瀬の唇を拒み、顔を背けた。

「あぁ、あああっ、イク、イク、イっちゃう――!」

 泣きながら、蒼い月に向かって、縋るように手を伸ばす。

「あああああっ!!」

 ぐっとしなった体が、一気に弾けた。
 
「――くそっ!」

 牧瀬の呻き声が、やけに遠くで聞こえた気がした。

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