吼える月Ⅰ~玄武の章~

奏多

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第2章 終わらぬ宴

 変幻 4.

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「俺がどんな気持ちで姫様を見ていたと思うんですか。どうして俺が姫様を蔑まなきゃなんねぇんですか。蔑むべきは、姫様に犠牲を強いて……なおかつ逃れようもない痕跡の髪色にしてしまった、俺じゃないですかっ!!」

 そして激高したサクは、逞しい二の腕を巻き付けるようにして、ユウナを強く抱きしめた。
 初めて掻き抱くユウナの裸体は、冷たかった。このまま体温が凍り付きそうで恐くなったサクは、ユウナを抱き上げたまま岩風呂の中に入る。
 そしてサクは、ユウナを見下ろしながら硬質な声音で言う。

「姫様が生きる為に、あの記憶が厭わしいというのなら……俺が消して上げます。……俺が、姫様は穢れていないことを証明してみせます」
「サク……?」

 熱い湯で、仄かにユウナの肌が紅潮していた。
 サクは僅かに息を乱しながら、情欲の炎が揺らぎ始めたその目を細める。
 サクは、休憩を兼ねた足湯用に腰掛けられる大きな岩にユウナを座らせた。
 湯が膝下の低さになり、立ったままのサクを少し見上げる高さになる。
 ユウナは衝動的だったとはいえ、自分が全裸をサクに晒していることが恥ずかしくなり、身を捩るようにして胸と恥部を両手で隠そうとした。
 その恥じらう動きが、サクの煽ることを知らずに。

「見ろと言ったのは、姫様でしょう?」

 ユウナの耳もとで艶めいた声を出したサクは、静かにユウナの両手を拡げる。

「綺麗です、姫様。途方に暮れるほど」

 サクから出たものとは思えぬほど、恍惚とした甘い声と容赦ない熱視線を浴び、ユウナの身体は紅く染まっていった。

「サ、サク……っ」
「なんですか……?」

 今までのサクとはなにかが違う。
 濡れた黒い瞳。
 湯に浸かって上気している顔。
 サクから感じる熱に、湯あたりしたように身体が火照り、息苦しくなってくる。
 興奮と不安の丁度中間あたりの心境で、とくとくと心臓が波打つ。
 同時に、戦慄とはまた違うぞくぞくとするものを背中に感じたユウナは、サクと距離を取ろうと及び腰になった。

「駄目ですよ。姫様……。俺をひとでなし扱いする酷い姫様には、きっちりわかって貰わねぇと」

 一体なにをしようとしているのか。
 両手首を掴まれたユウナが不安気に瞳を揺らしていると、サクはひざまずくように腰を落とし、ユウナの胸に顔を埋もらせるように近づくと、

「ん……」

 その舌を、ユウナの胸の谷間に這わせたのだった。
 ざわりとユウナの肌が粟立った。

「サク、ねぇサクっ!! 汚い、汚いからっ!!」
「汚ければ幾ら俺でも舐めませんよ。俺は親父に似て、生粋の美食家ですから。ん……。姫様、おいしいです。あぁ……桃のようだ」

 ユウナの瑞々しい乳房に、横から吸い付いた。
 その蕩けそうな嬉々とした顔は、本当に甘い桃を味わっているかのようで、穢らわしいものに対する、強張った表情ではなかった。
 見ているだけでも本当においしそうな表情を、無防備に晒して来るサクを見て、ユウナは驚愕に声を上擦らせた。

「な……なにを……」

 実際食せるものを囓っているのならまだいい。だがサクが貪っているのは、自分の胸だ。サクは錯乱しているわけではなく、胸だとわかって唇をつけている。
 なんでこんなことになったのかと慌てたユウナが、身を反らして躱そうとすれば、サクまでもが覆い被さるようにして、ユウナの退路を閉ざしてくる。
――姫様~、なにするんですか!!
 あのサクが。いつも自分の悪戯に付き合わされ、いいとばっちりにあって共にハンに叱られてでも、決して自分に従順な姿勢を崩さなかったサクが。
 あの華々しい武闘会にて誰よりも目立っていた、ただの護衛以上の大切な幼なじみが。
 いつも軽口叩いて飄々としていて、自分より身長が大きくなれば逆に立場逆転とばかりに自分に意地悪なことをしでかすようになったサクが。
 精悍に整ったその顔を艶めかせて、自分の胸に口をつけている。

 そういう対象で見たことがなかったサクだからこそ、それは視覚的にもあまりにも刺激的だった。
 サクの口が離れる。唾液で濡れたサクの唇は、サクの妖艶さを強めた。

「〝ひとでなし〟護衛の汚名返上に、〝洗浄〟のご奉仕させて頂きます。……あの男が触ったところを、俺が綺麗にしますから。俺が上書きしますから」

 熱に浮かされたような掠れた声。
 サクの黒髪がユウナの乳房を擽るように揺れ、そして再び這わせられたサクの熱い舌が、ユウナの乳房を円を描くようにゆっくりと丹念に"洗浄"を始める。
 ユウナにひざまずいて行われるそれは、まるで神聖な儀式のようで、その一途な奉仕の具合が、ユウナから警戒心を薄れさせた。
 サクは自分とは違う性を持つ。
 それはわかってはいるけれど、性的な意味での〝男〟を意識していなかったユウナにとって、サクとのこうした接触は、ただの幼なじみ或いは護衛を超えたものだということを感じながらも、現在のサクがいかに男であるのかを感じて妙な感慨に耽った。
 忌まわしい色に触れられた、あの危殆を孕んだ艶ではなく、包み込むようなサクの艶に、次第にユウナは酔い痴れていく。
 サクは金銀とはまた別物の〝男〟なのだと、ユウナは感じた。羞恥や怯えはあるけれど、それ以上に、サクが自分に触ってくれているのが嬉しいという、安堵感に包まれていた。
 もう見てもくれないほどに侮蔑されたと思った、蹂躙されたあの時。
 あの記憶は、なかったかのように薄れていく気すらしてくる。
 同時に強まって感じる、サクという存在。
 サクの熱。
 サクの匂い。
 サクの息遣い。
 サクなのに。
 あのよく見知ったサクが相手なのに。

「っ、……ぁ、……ぁあ……」

 体が気持ちいいと感じるのだ。
 凌辱されたばかりの汚い体のくせに、いたわるようなものではなく……もっと荒々しく触れて欲しいとまで感じてしまうのだ。
 そして思い出す、初めて見知らぬ男に胸を触れられ、皆の見ている前で乱れたあの時の自分を。
 忌まわしい金色に触れられ、体をくねらしていた淫らな自分。
 やはり自分の体はおかしくなってしまったのだ。
 こんな体をサクに知られるわけには――。

 サクの濡れた黒い瞳がユウナを見つめていた。ユウナはカッと身体を熱くさせながらも、魅入られたようにその熱い視線から目をそらすことができなかった。
 蕩けたようなサクの目が細められて笑いを作る。
 サクはユウナに見せつけるように、乳房の中心に近づくようにわざと舌をくねらせ、ぴちゃりと音をたてながら尋ねる。

「気持ちいいんですか? ただの〝洗浄〟で……凄く色っぽい声出して」
「っ!!」

 ユウナの反応を知らぬふりをするでもなく、逆にわざと意地悪くユウナの羞恥心を煽ろうとするのが、やはりサクで。
 いつものようにされれば、勝気なユウナもいつも通り意固地になる。
 体に触れられているという緊張感も恐怖も、そして自分の体に対する嫌悪感も、サクの変わらぬ態度で取り除かれているということに、彼女自身気づかずして。

「そ、そんな声なんか出してないわ!!」
「そうですか、では気のせいか。ん……っ、おや、ここ腫れてますね?」

 サクの舌先が勃ち上がった胸の蕾を捕え、その根元をくるくると転がし、ゆっくりと唇で吸い付き、おまけとばかりにカリと軽く歯を立てた。
 肌を羽毛でなぞるような刺激から、突如強い刺激に変わり、ユウナは身悶えた。

「ぁああっ、駄目ぇぇ……っ……」

 ユウナから切なげな声が漏れる。

「姫様? どうしました? 腫れすぎていたから膿を出そうと思ったんですが……。ああ、ますます大きく赤く腫れ上がってきちゃいましたね。痛すぎました? だけど悲鳴と言うよりは、気持ちよさそうな声でしたけど。俺、なんで駄目だし食らったんですか?」

 ……サクは絶対わかっていると、ユウナは思った。

「……言いたくない」

 真っ赤な顔で唇を尖らせても、サクの尋問のような言葉は止まらない。

「言わないということは、気持ちいい声だったんですね?」
「言いたくない」
「俺の〝洗浄〟で、気持ちよくなってしまったんですね。ほら、こんな風に」
「だから言いたく……ぁああっ」

 胸の頂きにある蕾をころころと舌で転がし、乱れるユウナにサクとくすりと笑う。

「可愛いな……姫様」

 その呟きはユウナに届かずして、サクの優しい舌での洗浄は、乳房を余すところなく、念入りに進められた。
 
 サクの舌の動きひとつで、ユウナの体はびくびく跳ねる。
 そこに抵抗がないのは、サクが金銀と同じ男だと認識して敵対心を持つよりも、サクだからと安心している心地が強いせいだった。
 絶大なる信頼感。
 それを与えられるのはサクの特質でもあり、弱みでもあった。
 
その眼差しが愛おしげに細められていることは、サクの悪戯のような舌遣いに翻弄されるユウナは気づかない。
 サクが必死に自らの欲望を押し殺し、余裕めいて見せていることも。
 そう、あくまでこれは悪戯のような〝洗浄〟の域を出ていないのだ。

 サクなりに、それは心得ていた。これは愛ある行為ではないと。
 ユウナに安心感を与える為の、荒療治だった。
 体に嫌悪を抱くのであれば、体からしか解放は得られない。
 ユウナの体は綺麗なのだと認識させるために、サクもまた、男としてぎりぎりの線でユウナに触れていた。
 我武者羅に触れて唇を落としたいのを堪え、激しい愛を口にしたいのを我慢して。
 ただひたすら、いつも通りの態度で、ユウナの心を解すことだけ。
 サクの中の荒れ狂う〝男〟を見せれば、間違いなくユウナは永遠に男に対して心を閉ざすだろう。体だけではない、心までも。
 この世界の半分は男で出来ている。
 半分がユウナの敵になってしまったら、ユウナはまた死のうとしてしまう。
 それではいけないのだ。
 ……自分は七日でいなくなる身。自分がいなくても、ユウナが生きられるようにしなくては。それが務めだと、サクは思っていた。

 ユウナからの信頼感を感じればこそ、そこに女としての情がないとわかればこそに成り立つ、今の〝洗浄〟という名目の触れあい。
 〝男〟として意識して貰いたい。
 〝男〟として抱きたい。
 その欲を極限までに抑えるサクは、それでも満足していた。
 死ぬ前に、愛おしいユウナの体に触れることが出来たのだからと。
 たとえユウナにとっては悪戯めいたものであっても、サクにとっては愛戯だった。愛しいからしている行為だった。

「……姫様……」

 だが、サクには最初から胸の愛撫だけで終わらすつもりはなかった。
 自分によって可愛く喘ぎ始めたユウナを見るだけで満足しようと思えども、この先こそがサクの本題だった。

「……嫌だったら俺の肩噛んでいて下さい」

 サクはくったりとしたユウナを横抱きにしながら湯に沈むと、片手をユウナの恥部に滑らせたのだった。

「っ!!」

 ユウナの顔は途端に、恐怖に満ちたものになる。
 やはり、凌辱の凄惨な記憶は、ユウナの秘部に刻み込まれているのだ。
 その事実を再認識するサクは、辛そうな顔をしながらユウナに言った。

「すみません、姫様。お叱りは後で受けます。ですが……子供が出来ないように、掻き出させて貰います」

 そう、金の男はユウナの胎内で精を放ったのだから。
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