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  Blue Moon 7

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「あの頃の俺は、ひとを傷つけてもなにも感じない……そんな奴で。すぐキレていた。そんな俺に近づいて来れたのは、親父と倉橋だけで、倉橋は中学時代からの俺のダチだった。あいつも片親だったからなのか、世間の愛情溢れている家族を見ると、反吐が出る……そんなふたりだった」

 あたしの頭に、反響するのは……守の声。

――ヒナ、こいつは親友の熊谷というんだ。

「……前にお前、俺に聞いたろう? 男友達はいるかって。俺にとって倉橋だけだ。他にはつるんでいたのはいたけれど、友達とは思ってなかった。倉橋が死んじまったから俺も男友達は作っていない。……あいつが死んだ時のこと、思い出すから」

 そして……、守は千紗の前でこう言った。

――熊谷は、お前の妹と付き合ってる。

――お姉ちゃん、実はそうなの。


「千紗の……彼氏?」


 結城は、困ったように瞳を揺らす。


「まあな」

「えええ!? いつ、千紗と接点が……」

「俺はさあ、あの頃お前が嫌いだったんだよ」

「……っ」

 結城の言葉にびくつくと、結城は苦笑した。

「あの頃限定で考えてくんね? 今は違うから」

「……本当?」

「ああ。俺、嫌いな奴と八年も付き合わねぇから。そこまでの暇も気力もねぇわ」

「……ん」

 少しほっとした。

「あの頃俺、すべてに対して懐疑的で刹那的で。ましてや男女の情なんて一過性で終わるものだと思ってた。親がそうだろ、ふたり揃ってねぇってことは子供が居ても居なくても関係ねぇ、やることやったら必ず終わるものだと。だから俺も、近寄ってくる女を適当に食って、それで終わり。そんな奴だった」

 結城は自嘲気に笑った。

「適当に女とやってた時、何度かお前に目撃されてさ。丁度倉橋とつきあい始めた時だから、余計俺を目にしたんだろうな。それまでそんなことは一切なかったから。お前は……震えながらも俺にこう言った」

――ねぇ、永遠の相手を見つけてみたら?

 まるで記憶がない。
 だけど結城が苦手だった意識はまだ残っているから、見兼ねてのことだったんだろう。 

「心底むかついたね。お前はいつも正義漢ぶってクラスに居た。皆がお前を頼ることに慣れきっていた。俺とそんな親しい仲でもなく、むしろ俺に怯えていたくせに、お前に俺のなにがわかるのかと思った。なにが永遠だよ、騙されているくせに、と」

「騙されてる? なにに?」

 結城は数秒間を置いてから言う。

「倉橋。あいつがお前に近づいたのは、恋愛なんかじゃねぇ」

「え……」

「お前、告られたの倉橋が初めてだったんだろう? それでお前はその気になって、俺に説教したくらい永遠を手に入れた気になっていた。恋も家族も学校の仲間も。永遠を手に入れて幸せだと。お前はなにもねぇ俺に、それを自慢して、俺もそうであるべきだと押しつけてきた。……俺はそう思った」

「……っ」

 当時のあたしがどんな風に言ったのかはわからない。だけど言葉は、受け入れる側によってどうとでもとられる恐ろしいものだ。

 あたしは自慢なんてしていないはずだ。それなのに、それが結城の心にナイフのように突き刺さったのか。

 それで――。

「だから俺は、その永遠を……無性に壊してやりたくなった」


――壊してやる。


「だから千紗に近づいたんだ。元々あいつも、俺ら界隈に近づくような裏の顔があったし」

「裏の顔? どういうこと?」

「お前や家族の前ではいい子ぶっていたかもしれねぇが、すぐキレて喧嘩する好戦的な俺よりタチ悪い……、たとえばドラッグやっているのとかウリを強要させるのとかと付き合いがあり、金さえ積めば誰とでも寝る女だと噂があった。何度か夜の危ねぇ世界で顔を合せたことがある。それが接点と言えば接点だが」

「なんでそんなこと……」

「千紗、養女だったんだろ? だからお前と血が繋がっていない」

「え……」

 千紗は血の繋がった――。

 キーンと耳鳴りがして、電話口の山瀬さんの声が蘇った。

――あなたの家は少し変わっていたわよね。千紗ちゃんばかり可愛いお洋服を着せて、ご両親可愛がっていたでしょう。そのせいか千紗ちゃんは本当にワガママで、だけどあなたは本当にいい子だったわよね。あなたを心配して声をかけた私に、あなたは家族がいるのは幸せだってそう笑ったのよ。

 家族……。
 千紗……。

 目の前がちかちかと白い閃光が走る。

「おい、鹿沼大丈夫か? ゆっくり息をしろ、深呼吸」

 笑い声。
 泣き声。
 怒鳴り声。

「そうだ、それでいい。落ち着いて……」

 頭の中で声が揺れる。

――これからお前の妹になるんだ。仲良くしろよ。

 ……嬉しそうな父の声に、揺れる記憶が定まった。

 そうだ……。

 千紗があたしの妹になったのは小学5年生の時。親戚の子で、両親が事故で亡くなったから引き取ったと、父親が連れて来た。

 厳密に言えば、血が全く繋がっていないわけではない。ただ遠いだけで。

 いつも喧嘩ばかりしていた両親は、千紗が来てくれてから仲良くなった。気むずかしくてうるさかった父が、優しくなったのだ。

 あたしも笑顔になった。あたしも両親も千紗を可愛がった。甘やかした。それが当然という空気が確立されていた。

「あたしは、幸せな家族だと思っていた。血は繋がらないけど、可愛い妹で……、あたしが守ってあげないとと……」

 結城があたしを見ている。

「だからあの時も……」

――千紗!?

 靄がかっていた景色が鮮明な輪郭を持って行く。

 そこにあったのは――。

「思い出したんだな?」

「……う、ん」

 あの時――。

 あたしは、結城らと家に行った時、バイトでいないはずの千紗の部屋から、艶めかしい喘ぎ声を聞いたんだ。


――駄目、イッちゃう! それ駄目、駄目ぇぇぇっ!

――はっ、はっ、千紗、可愛い……。

 同時に重なるのは、あたしの彼氏である守と、

――千紗。手と口をちゃんと動かして。教えただろう?

 どくっ。

 心臓が口から飛び出してきそうな衝動。

 公務員をしていたはずの父の声も聞こえて来たのだから。

「俺はな……、知っていたんだ。守も。千紗がよく父親とラブホに行っていたのを見ていたから」

 気むずかしかった父親。
 美容室を経営している母親といつも喧嘩していたのに、千紗が来たら柔和になった。

 千紗が来てくれたからだと、千紗が……。

「そ、そんな……」

 だけどあたしは覚えている。

 開いたドアの隙間から見えたのは、セーラー服を着たままの千紗が、お父さんのモノを口で咥え、守のモノを両足の間に埋め込ませて嬌声を上げていたことを。

「俺は、妹にも恋人にも裏切られたお前が、それでも永遠を信じられるのか。それを賭けにしたんだ」

「それが……ゲーム?」

「そうだ。俺が言い出したことなんだ」

 結城の目から涙が零れた。

「倉橋は元々千紗に近づくためにお前に近づいた。倉橋はお前とふたりきりにはならなかったはずだ。お前の家でも千紗か俺達が必ずいた」

 確かに……そうだ。

 家に居ても、かならず千紗が中心で、あたしはジュースやお菓子を持って行ったり。守はあたしより千紗を大切にしていた。

 ……あたしは、あたしの妹だから可愛がってくれているのだと、ずっとそう思っていた。

 そのうち、守でふたりきりでいるより、皆が一緒にいるのが普通だと思っていた。

 考えて見れば朱羽が言ってたように、複数の男子生徒がうちに出入りするのはおかしい事態なのに、あたしと千紗の恋人がいるのなら共通の友達が居ても不思議ではないと、そう思ってしまっていたのだ。
 
「倉橋はこのゲームを知らない。知っていたのは俺とその他の仲間。倉橋や千紗の傍で見届けられるように、それで千紗と付き合った。親父とのことを持ち出して脅して。ハナから愛情なんてなかった」

「千紗は……結城が好きだったの?」

「しらねぇ。親父に抱かれている女なんて気持ち悪かったから、抱きたいとも思わなかった。俺もまた千紗とふたりきりになったことがなかったから。拒絶したい気持ちは、態度に出てただろう。……だけど倉橋は違ったようだ。恋愛感情というより、身体目的だった。俺が付き合えば、さらに千紗と会う口実が出来たからと喜んでいたからな」

 結城は赤い目で、あたしをじっと見た。

「あの日、俺は倉橋に囁いたんだ」

 "今日は鹿沼は委員会で遅くなるらしい。鹿沼の家で千紗とふたりきりにしてやるよ"

「二時間。倉橋と千紗の理性が強く、お前のことを考えて、ふたりが身体の関係になっていなかったら、俺の負け。俺はそのまま帰る気だった。だけどもしふたりがお前を裏切り、身体の関係を持ったら……」

 結城の声が掠れて止まる。

「持ったら?」

 あたしの声も掠れた。

 もうあたしは、その答えがわかっている。


「持ったら、あたしを……輪姦しようって?」


 にやにやとしていた男達の顔。


「ああ」


 結城の唇が震えた。

「さらに言えば……、俺は、お前の親父が居たことは知らなかった。恐らく倉橋は、鍵の開いていたお前の家に入って、千紗と親父がセックスしているところを見たんだろう。だけど……三人仲良くヤっていたところを見ると、それがわかられて招き入れられたんだろう」

 実の父と彼氏と妹と思っていた女……三人の愛欲の宴には、元よりあたしは招かれておらず。

「それであたしは……?」

「廊下で覗いていた仲間達が、千紗のところに参戦しようとした。それでお前は止めた」

――駄目、千紗に手を出さないで!

「あんな妹をお前は守ろうとした。だが見せつけられている仲間達は、お前を押し倒し服を剥いだ。俺はそれを眺めながら言った。あの三人に助けを求めてみろと。あの三人はお前のことなんて知らずに楽しんでいる。お前が犠牲になる必要があるのかと」

 ああ――。
 服を捲られ、多くの淫猥な手が触手のようにあたしの身体を襲う。

 恐怖の中で、あたしは自分の身より……千紗を守ろうとした。誰がなんと言おうが、千紗はあたしの可愛い妹だからと。

 千紗はきっと望んであんなことをしていない。その上に彼らまで相手をさせられるかと。

――あたしは黙っているから、千紗から手を引かせて。

 あの時あたしは、結城を睨んで目を瞑った。

「声を殺して、本気にヤられようとするお前を諦めさせようと、俺は千紗の部屋のドアを蹴破った」

 驚いてこちらを見る三人。
 泣いて震えるあたしの手は三人に伸び、途中で止まる。

 助けを求めたら、千紗が、千紗が。

「千紗が、そんなお前を見て言った」

 どくんどくんと心臓が脈動する。


「"いい気味。やっちゃってよ、性処理道具にしていいから"」


 あたしの目から涙が零れた。

 部屋に運ばれ、もみくちゃにされるあたし。

 父親は顔を背け、妹は笑い、彼氏はただあたしを眺めながら、慌てて服を着ている。

 助けがないその絶望の中、あたしはただ千紗に叫んだ。

――逃げて、千紗! 早く!!

――まだ気づかないの、私は好きでヤッているの。あんたの父親とあんたの彼氏と!! 楽しんでいるのよ、邪魔するな!

――じゃあなんで泣いてるのよ、嫌だったんでしょう、だから早く逃げて……。

――ふざんけんな!! 早くその女を犯してよ、そしたら後は私が相手をしてあげるから。

――千紗、逃げ……。

――まだ言うか!

 あたしの口、秘部、尻、あらゆるところに男達の欲の象徴が宛がわれる。

 そんな時、動いたのは――。

――陽菜からどきなさい!

――お父さん……。

――初めてなんだろう? だったらお父さんが奪ってやるからな。
 
 実の父親が、娘の処女を奪おうとして、あたしはこれ以上ないというほどの恐怖の悲鳴をあげる。

 挿入される猛々しいもの、千紗の泣き笑い。

――痛い、痛い、お父さん!!

 泣き叫ぶあたしを救ってくれたのは、


「結城が、結城が助けてくれたじゃない……っ」


 結城で。

 結城がお父さんの腹を殴って怒鳴った。


「だけど……、僅かの差で、俺は間に合わなかった」

「言ってくれたじゃない」


――子供は親を選べられないんだ!! どんなクズな親でも!! なんで最後で踏みとどまれないんだよ、なんで最後までするんだよ、親だろうが!!


 結城の背中の後ろで、あたしは散った鮮血を見て、処女を喪失したのを知った。

 それでもあたしは、身繕いをしてあたしは。
 泣いた顔で笑いを作り、心配していると思い千紗に言ったんだ。

――千紗。あたしは大丈夫だよ。

 すると千紗が怖い顔をして、守の頭を引き寄せて深いキスをした。

――ごめんね、お姉ちゃん。私、彼が好きなんだ。ねぇ、守は?

 泣き続ける千紗に魅入られたように、守が言う。

――ごめん、俺……千紗が好きなんだ。

 満月の発作の時、ちらちらと入る会話。

――そっか。合意だったら、仕方がないね。

――どうして怒らないのよ!!

 千紗が背中を向けるあたしに怒鳴る。

――私はあんたの父親と彼氏を寝取ったんだよ!? なんでなんで……っ。

 あたしは言った。

――だけど。千紗が好きでし始めたことじゃないんでしょう? 千紗はそんな悪い子じゃないのは、あたしがよく知っているから。

 あたしは、守よりも千紗の方が大事だった。
 そうだ。あの時あたしは、守に愛情がないことを思い知った。

――この偽善者!! だから私は……っ。

 千紗が走り出したのだ。
 千紗を追いかけるために守が走り、そしてあたしも走る。

――待って!!

「千紗は半狂乱になっていた。倉橋も通行人も突き飛ばすくらいに」

 結城が憂えた目を伏せ気味にして話す。

――いやああああああ!!
 
「……それで起きた事故だ。倉橋は飛び出た千紗を庇うように、結局ふたりは……頭と片足が離れた状態で。それを俺もお前も、仲間達も見ていた……」


「それが満月の夜だったの?」

「ああ」


 満月――。

 またフラッシュバックのように映像がちかちかと点滅する。


 車が走ってきた瞬間、頭によぎったものはなにか。


 満月をバックに千紗が泣きながら笑う。

 ありがとう、ごめんね……そう口を動かして道路に投げ出され。
 守は恐怖に引き攣った顔で……。

 ……ありえない。あたしは突き飛ばさない。そんなことは絶対ない。

 ふりきるようにして、冷静な頭で考えた。

「満月の発作は、その記憶と輪姦される恐怖、お父さんに犯されたことがネックになっているんだね……」

 身体に滞りなく酸素が行き渡っている気がする。

「そうらしい。そしてお前が見た千紗の淫乱さが結びついて……ああ、そんなことどうでもいい。俺が、倉橋をけしかけてゲームなんてしなけりゃ、防げたことだったんだ」

 結城は声を震わせた。
 その翳った顔は、かなり悔いているようだ。

「精神科医に言われてたんだ。お前が自分で知りたいと思って動いたら、偽の記憶は消えると」

「偽……」

「ああ、つじつま合せた形で。あの先生は催眠療法の権威者で、定期的にお前と会うことで、継続して記憶が戻らないようにしていてくれた」

「………」

「……ごめんなんて言えるものじゃねぇ。家族を失ったお前は本当に痛々しくて。親父が、初めて俺を殴ったんだ」

 自嘲気に結城は笑う。

「だけどそんな最低な俺を見捨てねぇでここまで引き上げてくれた。恩人以上の恩を感じているよ、親父には」

 あたしは結城に尋ねた。

「大学で……会いたくなかったでしょ」

 結城は薄く笑いながら、頭を横に振った。

「いいや。違う俺で、お前にもう一度出会いたかった。お前を乱したくなくて、ごめんが言いたくても言えなかったけれど、それでも……なにも知らないふりをしてでも、今度こそお前を守ってやりたいと思った。遠くからでも守れたらと、だから同じ大学に死に物狂いで勉強して入った」

「結城……」
 
「俺はさ、お前の信じる永遠というものを壊したくてたまらなかった。永遠を信じていなかったはずなのに、壊したいと望んだことは……、永遠のものがあるということを認めていたことにもなる。お前の信じた永遠を俺は壊したけれど、だけどお前の中に……それでも千紗を守ろうとする強いものがあった。それを見せつけられて俺は目覚めたんだ」

 結城の目から涙がこぼれ落ちる。

「永遠はあるものではなく、自分が作り出すものだって。それをしようとしないで、ないものだとハナから決めかかっていた俺に、永遠なんてあるはずがない」

「……っ」

「香月に聞かれたんだ。俺がお前との関係を友達で甘んじていたのはなぜかと」

 結城は泣きながら笑う。

「俺も作りたかったんだ。お前との永遠。俺が欲しいものをお前なら持っている気がした。――高校の時から」

 あたしの目からも涙がこぼれ落ちた。

「大学でお前の姿はいつも目に入れていた。だけど再会は偶然で、俺のことを思い切り忘れられていたことが悲しかった。だけど、違う俺なりに償いたいと思っていたら、お前の満月のことを知った。満月で苦しんでいたなんて、俺はそれまで知らなくて。お前を助けに行った時、俺は……あの時の千紗や、俺のせいでお前がされていたことを思い出して、あの時のことはまだ終わっていないということを知った。いくら催眠で忘れさせても、歪みが出ていた」

「結城……」

「俺が……忘れさせてやりたいと思ったよ。だけどその俺が元凶だ。だからどうしていいかわからない。でもお前が俺のもとで笑ってくれるのなら、あの時のことを思い出さないで、結城睦月という男を信じてくれるのなら、それがずっとつづく今の関係もいいと思った。恋愛感情もあるけれど、友情も確かにあるから。お前と俺は、永遠に一緒に居れると。居たいと」

「……っ」

「すべて俺が悪かったんだ。あいつらが事故ったのも。お前の親が自殺したのも。全部……俺が……」

 頭を下げる結城にあたしは抱きついた。

「腹立たしいね、本当にむかつく」

「……っ」

「だけど、結城の苦悩を知らなかったあたしがもっとむかつくわ」

 結城の背に震える両手を巻き付かせた。

「苦しかったね、今まで言えないで」

「っ……」

「あたし、結城を全然理解しようとしてなかった。助けられることに慣れすぎていた」

 声が震える。

「嫌いになれないよ、結城のこと。昔は苦手で怖かったけど」

 おずおずと結城の手もあたしの背中に回してくる。

「結城のせいで苦しんだのかもしれないけど、結城のおかげで助けられて今のあたしがいるんだよ。お父さんが千紗やあたしにしでかしていたことに気づくことなく、千紗の悲しみに守の本心を知らずにいることの方が、あたしは滑稽で嫌だったから。知っちゃいけない真実はあるとは思うけど、知らなきゃならない真実もあると、あたしは思うんだ」

「……っ」

「昔は最悪だったけれど、だけど結城が警察に言ってくれたのもわかってる。色々尽力してくれたのも、あたしの生きれる環境を作ってくれたのも。やっぱりなにを聞いても変わらないや。結城はあたしの大切な友達だよ」

 背中の手がびくりと震えた。

「……友達か」

「うん、友達」

「即答すんなよ。だけど……なんかわかってたわ」

「え?」

 結城とあたしを離して、笑いかける。

「俺はお前に対して……満月に一緒に逃げることしか出来なかったけれど、あいつは違うんだろう? 過去と……満月と、立ち向かおうとしたのはあいつのおかげなんだろ?」

「うん。朱羽のおかげ」

「俺にも名前で呼ばないのに、あいつは名前呼びかよ、こいつ」

 結城がいつものように笑った、あたしにデコピンした。

「陽菜、香月が好きか?」

「……うん。あたしは朱羽を……恋愛の意味で好きなの」

 結城の想いを知っているだけに、答えることは辛いけれど、だけどこれが今のあたしの素直な気持ちだから。

「逃げてやることしかできなかった俺では、お前の相手では駄目なことは俺でもわかってる。お前を導ける相手じゃないと」

 結城は真剣な顔であたしを見た。

「すべてをわかっていながら、黙ろうとしてくれてるあいつなら」

「結城……?」

 なにかひっかかって訊いたけれど、答えはなく。

「あいつなら、俺は……お前に、永遠を友情に求められる」

 ほろりと、結城の片目から涙が頬に伝い落ちた。

「結城……」

「あいつなら、俺……我慢してやる。……少しの間」

「少しの間?」

「そう。お前があいつに飽きた時を待ってる」

「は? ないよ、そんなの」

「わかんねぇだろ。俺、お前の隅々まで知ってるし。片思い歴長いし、待つことに慣れてんだわ」

「いや、それでもあたし両天秤とか嫌だし」

「深く考えんなよ」

 結城はあたしをぎゅっと抱きしめた。

「俺が勝手にすることだから。お前の傍で友達していながら、お前と永遠作って待っててやる。お前が教えてくれたことは、無駄にしねぇから」

「……わかった。友達ね」

「わかってねぇよ、お前!」

「きゃあ、鼻摘ままないでよ、痛い痛い!」


 ゴホン!
 ゴホ、ゴホン!

 なにやらわざとらしい咳払いが聞こえ、慌てて結城ともみ合うようにしながら見上げた先は、腕組をして立っていた朱羽だった。

   ・
   ・
   ・
  
   ・

「はは……。全部ばれた。だけど……すっきりした」

 あたしは知らない。

「香月、お前ならきっと気づいているんだろう。その上で黙ろうとしてくれてるんだろう? ……本当に倉橋と千紗が事故だったのか。あいつらが精神病院行きになって証言できなくなったのはなぜか。……これが、あの時の俺が出来た贖罪だった。

はっ……。そうだよな、俺が選ばれるわけはない。だけど……、答えを出されるのは辛いな。――……くそっ」


 ひとり残った結城がひとしきり泣いていたことに。

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