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  Wishing Moon 7

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 迷惑じゃなくてよかった。

 課長のズボンとなんとか太股まで下ろし、下着もちょっと下ろしたら、課長の纏う匂いとはまた違う……あたしのメスの部分を刺激するようなオスの匂いとともに、いきりたって反り返ったものがあたしの目の前に現れた。

「課長。すごく元気がいい……というか大きいですね」

 課長の、ズボン地から露わになった太股の上に座る。

 少し下ろされたズボンが、中途半端に彼の足枷になり、課長の動きを拘束しているようだ。

「綺麗……。あたしなんか凄くおかしな気分になってくる」

 それは女のあたしにとっては異質な未知なる生き物であるのに、うっすらとピンク色のそれは課長の色気を纏っているように思えてドキドキした。

 ちょっと濡れている感じでてらてらと光るそれは、両手で包み込むととても熱くて、直の課長に触れている気がして、愛おしくてたまらない。

 青筋をたてたように筋張ったそれは、怒張していると言うのだろう。

 こんなに男らしく猛々しいというのに、無防備さを晒す課長に触れているだけで、これを胎内に納めたいと願うあたしの女の部分が強まり、蜜壷の入り口がきゅんきゅんとして自然と蜜が垂れた気がする。
 
 あれだけ課長に直に舐め取られたというのに、課長に触れればあたしの蜜がとまらない。

 満月以外は、そんな女じゃなかったのに、どうして媚薬効果が静まりつつあるのに、課長が欲しくて愛し愛されたくて仕方がなくなるのだろう。

 衝動が止まらない。

 包んでいた手を開くと、課長のそれはさらに大きくなり濡れているような気がした。
 
「課長、濡れてるのあたしの手汗じゃないですよね。先走りって奴ですか? 課長も感じてたんですか? え、いつ?」

「……っ、いちいちそんなこと言わなくていいから。もういいだろう!?」

 足を動かそうとしたけど、足がズボンにひっかかり動かないようだ。

「駄目です。もっと……もっと触りたい。あたし、課長の好きみたいです。もっと触りたい。ねぇ、今度はあたしが愛したいの」

「……っ」

 課長の顔は赤く、それが自覚あるのか顔に手をあて、横に背けてしまったけれど、あたしの手の中のそれはさらに猛々しいものとなって、悦んでくれたようだ。

 天に聳え立つような課長の陰茎を、片手で優しく上下に扱いてみた。

 びくりと課長の足が震えた。

「ぬるぬるして、びくびくしますね」

「……」

「どこまで大きくなるんだろう。太くもなってきましたし、堅い……」

「言わなくていいからっ!」

 何度か擦り上げると、それだけでさらに大きくなってくる。

 片手でしごきながら、反対の手で先端の出っ張っているカサのようなところをくりくりと回すようにして指を動かすと、

「は……っ」

 仰け反るようにした課長の色っぽい声が聞こえた。

「気持ちいいんですか?」

「……」

 返事がないからもう一回同じことをしてみたら、やはり色っぽい声が聞こえて嬉しくなった。

 課長の首筋が紅潮している。

 ワイシャツにネクタイ姿の課長は、どこまでも会社で冷視線を向ける課長であるというのに、こんなに色気じみて彼のものをあたしに晒す今の彼にとっては、その格好がコスプレのようにも思えた。

 ぞくぞくする。

 この気怠げに熱を帯びた琥珀色の瞳に、欲情していまう。

 乱してみたい……。

「もういいでしょう。もうしまって……な!」

 力強く陰茎を片手で扱き、先っぽを舌でぺろりと舐めると、課長が驚いた声を出して身を竦めさせた。

「離しな……うっ」

 欲しい、欲しい。

 課長のオスの象徴が欲しい。

 口をすぼめて課長のを深く出し入れしながら、舌先を揺らして先っぽも刺激する。手では咥えきれない陰茎と陰嚢の部分をやわやわと触れる。

「はっ」

 急くような課長の息づかいが聞こえてきた。

「陽菜、やめ……お願いだからっ」

 課長の懇願の声に、ちろりと目だけ課長を見遣ると、課長は切羽詰まった顔をして、苦しそうにしていた。

 あのネクタイが窮屈そうだ。

「課長、首が苦しそうだから、ネクタイとボタン外して。そしたら考える」

 顔をあげて、だけど軸は手で持ちながらそう言うと、課長はネクタイを片手で緩めるが、うまくいかないようだ。

 眉間に皺を寄せるようにしてなんとかネクタイを緩めると、顔を横に傾けるようにしてしゅるりと外して、叩きつけるようにベッドに置いた。

 ボタンも外れると、首から続く紅潮した肌が見え、空間が課長のピンク色に汚染されて、あたしの秘部もしとどに濡れる。

「取ったから離れて……「もう、考えました」」

 考える、と言っただけ。やめるとは言っていない。

 あたしは片耳に長い髪をかけて、彼の上方を手で握って固定し、先っぽを舌でぺろぺろと舐めてから、頂点の部分を舌を細めてぐりぐりと回し、きゅっと吸った。

「――くっ、陽菜、やめろ!」

 苦しげな顔で悶えるその反応が嬉しくて。

 そして彼から放たれる噎せ返るような色香は、壮絶だ。

 いつの間にか彼の艶にやられて、あたしの方が息が荒い。どうしても彼に気持ちよくさせたくてたまらない。征服欲すら芽生える。

「は……んんっ、陽菜……やめろって」

 抵抗より、甘えているような声に腰がぞくぞくする。

 吸ったまま課長を大きく開けた口腔内に出し入れをする。変な音がするけれど、構わず口のもっと奥へと……、下での結合を想像して、秘部に蜜を溢れさせながら、より深くへと課長を誘う。

 顎が外れそうだ。

 だけど課長のを愛せば愛するほどに、あたしも課長に愛されている気分になってくる。気持ちよくてたまらなくなるのだ。

 こんな淫乱じみたことを平気でしてしまうなんて、媚薬だけのせい?

「陽菜っ!!」

 課長は足を震わせ、飛び上がるようにして上体を起こした。
 あたしを引きはがそうとしたけれど、あたしは嫌々と首を横に振りながら、課長を見た。

 目が合う。

 あたしは課長のを口に含んだまま笑うと、課長の目が揺れた。

 "愛したいの。イッて? その顔を見せて"

 変わらないあたしの意志が、わかったのだろう。

 課長の片手があたしの頭を撫でて頬に絡んだ髪を耳にかけながら、ズボンと下着をとったようだ。
 少し汗ばんだ髪を零すように、斜めに傾けられた顔が、切なそうなものに変わった。

「そんなに愛おしそうな顔で、そんなことしないでよ。勘違いしそうになるから」

 愛おしそうな顔? ああ、あたし課長のを愛でたくてたまらないからかしら。課長もそんな顔して愛撫していたのは、同じ気持ちだったのだろうか。

 優しい手があたしの髪を掬う。

「あなたに触れられると、気持ちよくて我慢できなくなる」

 苦笑しながら、課長は指に絡んだあたしの髪に口づける。

 そこから斜め下のあたしに、とろりとした目を向けて。

「今も昔も、たまらない」

「課長……」

「あなたにはもう俺のすべてを知られている。だから今更格好つけるのもどうかとも思うけど、俺にも男のプライドがある。薬に苛まれたあなたを放置して、ひとりイクのはどうしても嫌だ」

「………」

「あなたがどうしても俺のを触りたいというのなら……」

 あたしは課長の両手でくるりと向きを変えられ、後ろ向きになる。

 そして尻を持ち上げられ、四つん這いのような形をとらされた。

「俺もあなたを愛したい。……それでいいだろう?」

 秘部にくちゃりと音がして、股の間に入り込んだ課長が、唇で吸い付いたのがわかった。

「ああ……」

「俺のを舐めているくせに、なんでこんなになってるの?」

「や、あああ……」

「陽菜、手が疎かになってるよ。いいの?」

 言われてあたしは、尻を課長に突きだしたまま、課長のを口に含んで、舌をぐるりと回せば、課長も舌で花裂をべろりと舐める。

「ひゃあああ……」

「俺も気持ちいいよ、陽菜。ん…ぁあ……」

 課長の喘ぐ声を聞く度に、感度があがっているようだ。

 この破壊力のある、甘い声に。

「課長……、あたしも気持ちいい……ああ……」

「ほら、止まってる。いいの、俺も止めて」

「駄目……、んん、んんん……っ」

「ん……」
 
 あたしが強く吸引すれば課長は花弁を散らすかのように強く吸い付いてきて、課長の頂点を舌で突けば、蜜壷の入り口を舌で突いてくる。手で扱けば手であたしを攻めてきた。

 あたしがしていることを真似てくるのだ。

「はぁっ、はぁ、課長、あああん」

 課長の先走りと混ざった唾液が、糸をひいて口端から垂れる。

 課長を愛せばあたしも愛される快感に包まれたこの連携が、下で深く繋がっているかのように錯覚して、あたしはじゅぶじゅぶと音をたてて課長のを舐めながら、腰を揺らして課長の舌をねだった。

 やがてそのまま、互いのを舐めあいながら横に転がり、あたしは仰向けになる。あたしの身体に課長が逆から覆い被さって、M字に開脚した足の付け根を頭を揺らして攻めてくる。

 あたしは声を上げながら、顔を横にして課長のを口で愛撫した。

「ああ、あああ、朱羽……は、うっ、激、しっ、朱羽……っ」

 いつのまにか自分から彼の名前を呼び、あたしは啼き騒ぐ。

「はぁ、はぁ、イッていいよ。はぁ……くっ、俺もイキそう……」

 あたしの秘部に、震えた声が聞こえた。

「一緒に……」

 あたしは口淫を強めた。あたしの上り詰める速度に引きずり込むように。

「……くっ、陽菜、陽菜、激しいっ、陽菜……」
 
「んん、ぅぐ、ぐぅぅっ」

 課長の匂いだ。課長がここにいる。

 あたしは課長の足を手で掴みながら、頭を振った。

 奥まで堅いものが来て、おぇぇっとなるけれど、それ以上に愛おしい。

「陽菜、陽菜……っ」

 もっと呼んであたしの名前を。

 課長があたしの下半身を抱きしめてくると、それが幸せに思った。

 課長を感じながら、上り詰める――。

「朱羽、朱羽、気持ちいい、朱羽、イク、イク、イっちゃ……あああっ、ああああ――っ」

 びくんびくんと足を震わせながら、一度離してしまった課長のを咥えた。
 
 果てる最後まで、一緒に繋がっていたかった。

「陽菜、離せ!」

 あたしの口の中の課長が大きくなる。

 朦朧とした意識の中でも、忘れるなと存在感を強めて。

「離せっ!」

 やだ、離さない。

「陽菜、俺もう我慢できないんだ、離せっ」

 やだ!

「陽菜、陽菜……ぁぁああっ」

 悩ましい声がしたのと同時に、課長のものがぶわりと大きくなってあたしの口腔内に充満した。

 課長が居る。
 質量を強めた課長があたしの中に。

「――くっ!!」

 そして――、あたしの喉奥めがけて熱いものが放たれた。

「離せっ、陽菜っ!!」

 離すものか。

 びくんびくんと脈動しながら、熱いものを放つ課長の熱い分身を、絶対離したくない。

 それは決しておいしい匂いや味とは言えないけれど、愛情の方が勝った。

 口の中にどろりとしたものが増えると、自然に口が緩んだのか、大きい課長が居なくなる。
 なんだかそれが寂しいけれど、口の中に課長で潤っているのが幸せで。

「陽菜、出せ。吐け!!」

 慌てる課長が可愛い。
 あたしは頭を横に振って笑うと、そのまま呑み込んだ。

 喉奥から食道に、そして胃に……熱い課長が落ちていく。

 愛おしくて、真剣な顔をして怒る課長に微笑んでしまった。

「陽菜!!」

 口端から課長の分身がとろりと流れ出るのが勿体なくて、あたしは舌でそれを掬って舐めた。

 味覚が戻る。

「……美味しくない」

 思わずそう言って顔を顰めたら、課長に抱きしめられた。

「ったり前だろ……。なんていう女だよ、……なんで俺をいつも……ちくしょ……、余裕がないのはいつも俺かよ!!」
 
 そして何度も口づけをされた。

 あたしのと課長の淫らな粘液を含んだ口の中で、課長とあたしの舌がいやらしく絡み合う。

 貪るように、鼓動を合せるかのように。

 課長の首に両手を回し、顔の角度を変えて、何度も何度も唇を合せて舌を絡ませ、もどかしくて課長の下半身に足を擦りつけた。

「駄目」

 ふっと笑いながら課長があたしを諭す。

「今日は金曜日。だから……あと二週間後、あなたを貰うから」

 顔中にキスの雨を降らせて。

「ようやく、二週間日経ったんだ。だから貰うよ、なにがあっても。だからそれまでは……今は、我慢する」

 二週間後は、ブルームーン。
 二回目の満月――。

「二週間後、俺の気持ちを言う。だから……結城さんを選ばないで。結城さんの元に行かないで」

 あたしを見下ろす課長の顔が苦しげに歪められた。

「二週間後の土曜日の朝は、俺の横に居て。俺が今言いたくてたまらない気持ちを、あなたに言うから」

 あたしは課長の気持ちを知りたいと思う。

 でも今は、知るのが怖い。今はなにも気づかずに眠っていたい……そんなあたしを許して貰えるのなら。

 二週間後、目覚める時は課長の傍でなら……そう思えてきたのに、結城の顔がちらついてくる。

 いつも目覚めたら、横には結城が居た。

――好きだ。

 その結城を置いてあたしは帰っていたんだ――。


「今はなにも考えないで。薬のせいだから……」


――満月のこと、香月に言えるのか?


   ・
   ・
   ・
  
   ・

「陽菜、起きてる? ああ、寝てて。子守歌代わりに聞いてくれたらいい。

……再会してすぐ、こんなことをしてごめん。本当は結城さんのようにあなたの近くで、ゆっくりと心を開いてくれたのを待ちたかったけど、俺には時間がなくて。
あなたに盛ってばかりいるけど、女なら誰だっていいってわけじゃない。
あなただから、触れたくて……自制出来なくなる。

月末、二週間後の金曜日……俺の誕生日なんだ。あなたとの年の差が少し埋まったその日に、俺のすべてを賭けて……あなたに告白したい。

どんなにあなたに恋い焦がれているのか。

九年前、言えなかった代わりに――。

結城さんじゃなく、俺を……見て。俺を愛して。
子供だと背中を見せないで。


……陽菜、苦しいくらいに愛してる――」





 ***



「ん……」


 目が覚めたら、あたしは布団をかぶってひとりでベッドに寝ていた。

 寝ぼけた頭がぼんやりと昨夜のことを思い出した。

 隣の気配がない。

「課長……?」

 片側に手を滑らせても、彼がいない。

 冷たいシーツの皺だけが、あたしの指の腹に不快なひっかかりを伝え、彼の生きた体温がないことに、あたしはぞっとして全身から血が引いた。

「どこ!?」

 居ない、居ない。課長が居ない。

 昨日のことがなにもなかったかのような静謐さ漂う部屋で、あたしの服だけが、開け放たれたクローゼットの中でハンガーにかけられている。
 
「どうして課長いないの!?」

 急速に身体が冷える。

 課長の家では、課長は眩しく微笑んで隣に居た。

 なのに今は居ない。
 いつ居なくなったのかわからない。

 一緒に寝起きしたくないと思うほど、あたしは彼を怒らせたり嫌がらせたりしたのだろうか。

 ……もしかして、課長の触って飲んでしまったから?

 だからあたし、課長に嫌われた?
 だからあたし、置いていかれた?

 だからあたし――。

 景色がどっと漆黒色に染まる。

 その中で、危険信号のように点滅するものがある。

 ちかちかと光るそれは、血飛沫のような真紅色で、黒い闇を切り裂くような鮮やかな金へと色を変えて明滅し、次第に大きくなって膨らみ、丸い月となる。

 まるで闇夜に浮かぶ満月のように――。
 
 闇が騒ぎ、虫の羽ばたきにも似た……ざわざわとしたひとの声のようなものを発する。

――ヒナ、紹介するよ。これは俺の親友の……。

――お姉ちゃん、チサが……。

 キーンと頭が痛くなる。

――ヒナ、僕は……俺は。

――お姉ちゃん、私は。


――いやあああああ!


 うるさい、うるさい。

 あたしの名前を呼ばないで。

 お願いだから、なにも知らないあの時のように優しくあたしの名前を呼んで、そんなひどいことをしないで。

――おいこら、陽菜。

 結城、結城……、満月が。満月があたしを襲ってくる。

 どうしていないの、結城、結城――っ!!

――陽菜。

 課長……。

――俺の名前を呼んで?

 課長。

――俺の名前は?

「朱羽――っ!!」

 課長の名前を叫んだら、痛みとざわめきが消えた。

 気づくとあたしは、床に蹲り身体を丸め、頭を両手で抱えて泣いていた。

 性欲に結びつかない満月のフラッシュバック。

 満月に関係した課長に、捨てられたと思ったのが誘発したの?

「薬、飲もう……」

 気分を安定させたい。バッグとペットボトルの水が同じところ……サイドテーブルに置いてあるのが見えた。

 そしてそこには、きちんと畳まれたあたしの下着と、多分……洗われて乾かされたと思われるあたしのショーツもあった。

 ホテルの便箋が一枚、置かれてある。

『おはよう。気持ちよさそうに寝ていたから、先に行ってる。
 あなたから具合悪いから遅刻すると連絡うけたことにしておくから、会社で話を合わせて。
 本当は昨日の今日で休ませてあげたいけれど、会社はあなたが必要だから来て欲しい。
……一番に俺があなたを必要としている。 香月』
 
 綺麗な流れるような字で、なにさらさらと"一番に俺があなたを必要としている"なんて書くのよ。

 仕事の意味だろうけど、率直に書かれるとラブレター貰ったようで照れるじゃないか。

 ただの事務連絡だろうに、アメリカ帰りは表現が大胆で困る。

「だけど……よかった。嫌われているわけではないみたいで。そっか今日は金曜日だ、会社行かなきゃ。十時には滑り込めれるか」

 そうほっと安堵の息をつきながら、いい年して"嫌われたくない"なんて悩むあたしを誰かに見られたら、キモいとどん引きされそうな気がして頬肉が引き攣った。

 今まで傍にいなかったひとなのに、夜を過ごして同じ朝を迎えれなかっただけで、なんで悲壮感を覚えるのか。

 こんなことは結城に思ったことがない。

 満月を過ぎればあたしと結城は対等で、こんな風に取り乱したり、行かないでと縋りたい気分になったことはない。

 なんだか怖いよ、課長がいなくなったら、今在るあたしが駄目になりそうで。

 ……満月のことを話したくない。

 こんな刹那的な気分になるのは、課長に少なからず恋情を抱いているからなのだろうか。

 結城なら居なくなってもいい?

「嫌だ」

 あたしの心身を支えてくれる結城が居なくなってしまったら、きっとあたしはあたしで居られない。

 あたしは恋愛よりもっと深いところで結城を必要としている。
 だけど結城はあたしに、終わるかもしれない恋愛関係を望んでいる。

 結城には恋愛が不安なのに、なんであたしは課長には理屈抜きに"恋愛している"状態を認め、抵抗していないのだろう。

 なんで結城に拒んだものを、課長には素直に受け入れているのだろう。

 よくわからない。

 結城が居る生活に慣れきってしまっているあたしは、結城がいない生活を想像出来ない。

 満月が過ぎた朝、結城がベッドの隣に居なければ、きっとどこか外でタバコを吸っていると最初に考える。

 まるで刷り込まれたかのような自信ゆえに、結城の存在は不動なのだ。結城だけは裏切ることがないと。
 
 そう思ったのは、結城が満月の相手をするようになって……。

「いや、違う。結城には最初から警戒心がなかったから、友達になったんだ」

――……俺の高校、N県の扇谷なんだよ。

「男を警戒していたのに、結城は別で。……なんで最初から別だと思えたんだろう。あの頃、千里ちゃんがいたとはいえ、結城の家にも行ってたしふたりでも遊んでた。結城だけは普通の男とは違い特別だと、満月のこと知られる前からもそう思ってて……」

――お前はそこを卒業していない。

「そう最初から、結城は初めて会った気はしなかった。え、なんで?」

――……だけど言えない。どうしても言えない。……お前が今、香月に満月のことが言えないように。

 頭がぐらぐらして、また満月がちらついてきてしまったために、あたしはバッグから安定剤を取り出し、ペットボトルの水で体内に流し込んだ。

 これで不安定な精神は安定してくるだろう。
 結城を信頼していることに疑問を持つなど馬鹿げたことを思わずに。

 部屋がやけに広く思えた。
 今は居ない課長の存在感が大きいことを物語っている。

 いつも朝すぐ帰ったあたしを見ている結城も、九年前に寝ている間にひとりにされた課長も、ひとり置かれた寂しさを抱えていたのだろうか。

 重ね合わせた肌の熱を、無性に恋しく思ったのだろうか。
 自由に羽ばたけないよう、自分の腕に閉じ込めたいと思ったのだろうか。

 今のあたしのように――。
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