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Crazy Moon 4
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食事をとったのは、ほぼ昼近く。
あの後浴室で、互いに流した淫液を真上から流れるシャワーで洗い落とした後、あたしが胸に咲いた赤い華が薄くなってよかったなどと呟いてしまったものだから、ミスト状に変わったシャワーを浴びながら、再び課長につけられた。
今度はあたしが見ている前で。
挑発的な目であたしを見たまま肌に吸い付く課長に魅せられて、足をもぞもぞ動かしてしまえば、口端を持ち上げた課長が胸の頂きに吸い付いて、あたしの秘部に指を動かしてきた。
腰を抱きしめながら攻める課長に、霧状から粒状に浴槽に打ち付け始めたシャワーの飛沫にも負けじと、声を上げて弾け飛んだあたし。
ああこのひとにかかればあたし何度果てるのよと思いながら、してやったりと笑う、水も滴る超イケメンを睨み付けたところで、湯気にあたったのか……意識が途切れ、気づいたら課長のベッドの上。
いい匂いと共に、耳に囁かれた彼の声で目を覚ます。課長の大きな白いTシャツを着て、課長の匂いに包まれた状態の中で。
――おはよう。朝食兼お昼出来てるよ?
真っ白いリビングの真っ白いテーブルにあるのは、透明な瓶の中に潰したジャガイモと半熟卵が乗っているエッグスラットというらしい卵料理に、トースト、サラダ、野菜スープ。
もこもこのラグに座り、課長の料理を口に運べば、美味しすぎて泣けてくるほどだ。さらには洗練された洋風の朝食だと思うのに、お母さんの愛情料理みたいで、思わず「お母さんありがとう」と言いたくなってくる。
そんな……エッグスラットを始めとして、これらの料理を作ってくれたのは課長であり、その間あたしは寝ていたという大失態。
しかも洗い途中だったショーツは綺麗に洗われ乾いた状態で身につけていて、さらに言えば髪までさらさらに乾いている。
「課長、なんだかあたし、こんなに至れり尽せりで恥ずかしいです……」
課長は黒いカットソーに細身のネイビーブルーのジーパン。
あたしが黒が好きなこと、密やかに知って着てきたのならば、あたし課長に座布団十枚あげたい。
課長、ナイスです!
よりミステリアスなイケメンに、ぐっと心を持っていかれます!
セットをしていない前髪は完全にさらさらと、眼鏡をかけている端麗な顔にかかって、幼いようでありながら、どこか野性的なものも感じる。
彼は、氷の彫刻のような無機的な存在ではなく、やはりあたしと同じ生きた人間であり、あたしとは違う男なのだ。
スーツ同士の会社だけの関係であったはずなのに、課長のお宅で課長の服を着て、課長の私服を見れるなんて、面映ゆくてむずむずしてしまう。
朝を迎えただけではない。最後までしていないだけで、仕事の付き合いだけの普通の上司と部下との関係ではないことをしているのだ。
今更ながら、ドキドキする。
あたしを取り囲む課長の匂いに、身体が熱くなる。
「別に俺、あっちで一人暮らしして料理からなにから全部自分でしていたし、気にすることないから」
多分、そんなことになっているのはあたしだけで、課長は至って平然としている。悔しいくらい普通だ。
「いや、だけど……あたしも結構長年ひとり暮らしですし」
「だったら今晩の夕飯作ってよ、あなたの手料理楽しみにしてるから」
普通に笑顔で言われたけれど、
「今晩の夕飯って……あたしこれで帰りますけど」
「え?」
「いや、そんなに驚かなくても。ほら、せっかくのとろとろ黄身が落ちちゃいますから!」
「え、あ……。泊まっていけよ、明日も休みなんだし」
ううっ。
そんな目をされると、凄く自分が非道なことをしているような気になってくるんですけれど。
だけどお泊まりするのは恋人や愛人でしょう?
あたしは違うよ、……今は。けじめは大切だよ。
「あの……。それはちょっと……あたしはただの部下ですし。昨日お泊まりしてしまったのは、課長がお熱出したからで。お熱がないなら、あたしの役目は終「まだ微熱がある!」」
「そんなお口尖らせても、駄目です。もう大丈夫でしょう? お風呂でもあんなことやこんなことする元気あるんですし。今も……うん、おでこ、このくらいなら大丈夫です。あたしの方が熱いくらい」
むしろあたしがいる方が、熱があがるのでは?
あたしに対して色々動いてるし。そう、色々……。
「俺のこと、心配にならないの?」
「心配ではないと言えば嘘になりますけれど、もう熱が下がって元気そうですし、ここに泊まる意味ないです。風邪でもないんでしょう?」
「陽菜がいないと寝れない。いなかったらまた熱出す」
「どこの駄々っ子ですか! あたしは課長のお姉さんでもお母さんでもないんです。それとも、お膝にだっこしてよちよちして貰いたいんですか? やっぱり年下のガキだと言われたい?」
「……っくしょぅ、これなら無理矢理にでも抱き続けて、腰砕けばよかった」
「なにか言いました? 物騒な空気が漂って来るんですが」
「なんでもない!」
あらま、一気に不機嫌になったよ、このひと。
「別に今生の別れでもないんだし、月曜日からは嫌でも顔を突き合わすんですから」
「でも多分……」
「多分?」
「……。……月末、四週間後、あなたが言ったこと覚えてる?」
眼鏡の奥の切れ長の目があたしを射る。
窓から差し込む光を吸収して、透き通るような輝きを持つ、茶色いビー玉みたいな瞳に見入ってしまう。
「は、はい……」
――四週間後……、最後まで抱いて。――朱羽。
はっきりと覚えているだけに、今となれば思い切り恥ずかしい。
よくもあんなことを言えたものだ。あたし何様よ……そう思えど、取り消す気は起きなかった。
九年前適当な名前を使い、あの時のピロートークも今となればチサのこと以外は曖昧だけれど、それでも九年後、満月ではなくあたしの意志の力が働く中であれば、たとえ快楽の最中とはいえ、自分から言い出したあの約束だけは忘れるつもりはなかった。
満月ではない時くらい、彼に嘘をつく気はなかったから。
あたしも、生半可な覚悟で言ったわけではないのだ。
……満月でなくとも密に抱き合える、その理由を作りたいと思う。
こんなの……初めてなのだ。
「四週間後は金曜日だ。金曜の夜からは離さない。離れたくないと言わせる」
こんなに惹き込まれて、見つめられると胸の奥が焦げ付いたように、じりじりと熱くなって、息苦しくなるのは。
嫌だ嫌だと拒みながら身体を触られることを拒みきれず、何度もはしたないところを見せていながらも、その時の恥ずかしさよりも課長の匂いに包まれるのが嬉しいなどと考えてしまうのは。
あたし、こんな女だったろうか。
「どうした? なかったことにする気か?」
目がギンと険しく細められた。
「いえ、そうではなくて……。あたし言ったことは責任持ちますけれど、そんなことをほいほいと約束するような軽い女じゃなかったのに。それに課長に求められるほどの女でもないのに。こんなしみったれた女」
「だったらそんなしみったれた女に、全力で口説き落とそうとして頑張ってる俺は?」
「全力で来てるんですか!? あんな小っ恥ずかしいことをして、言ってるのは!」
「片手間でする男に見えるか、俺! 小っ恥ずかしいって言うなよ、あなたが堅すぎるからだろう!? こっちがどんなに苦労して必死に切り崩……ああくそっ、そんなまじまじ見るな! 熱が出る!」
おお、見る見る間に課長が茹でダコだ。
「いや……。年増なこんなのをそこまで全力で口説かなくても。もっと、指を振れば来てくれる、可愛くて身体のいい女の子は沢山いるのに」
「まだ本気でそれ、言ってるのか!? 俺、そこまでわかりにくいか!?」
本気だけれど、なんだか課長が怖いから笑って誤魔化した。
怖っ!!
なんであたしがいいんだろう。
彼があたし限定で欲情している理由が見ているだけでは掴めない。
あたしを好きだというのなら、聞いたときに答えればいいのに、四週間後がどうのと誤魔化すのなら、やはりそういう恋愛感情はないようにも思える。だけどあたしの身体が目当てだとしても、あたしの身体がそこまでいいようには思えない。絶対思えない。
「やっぱりあたしひとりがドキドキさせられて、振り回されている気がする。なんだか四週間後に大きな落とし穴が待ち受けているような……」
「はあ!? あなたに散々振り回されてるじゃないか、俺」
あたしは目をぱちくりした。
「ああ、童貞奪っちゃいましたものね」
「哀れんだ目を寄越すな! そういう意味ではなく、俺……我慢して四週間後まで待ってるじゃないか。こんな蛇の生殺し……いや独り言、ここまで妥協してるんだ。だからあなたも、罠とかそんな不安を捨てて四週間後まで、必死で大人対応でかわせよ」
「かわす?」
「結城さん」
「え? 結城? なんで結城?」
「あなたが寝ている間、あまりにうるさくあなたの電話がかかってくるから俺が出て彼と話した」
「結城と?」
「……そう。あなたがうちに泊まっていると話した」
「なんでそんなことを……」
「あなたの行方がわからないと心配していたのと、……隠したくなかったから。同じ土俵に上がるために」
「土俵って……」
だが課長はそれには答えなかった。
「四週間、猶予がある。あなたが俺に抱かれたいと思うなら、たとえどんな理由があったとしても、もう彼には抱かれないで」
それは痛々しいほどに凄惨な顔で。
「四週間後の金曜日に、俺がなんであなたを求めたのか、こう遠回しに言ったりはぐらかしたりしている理由を含めて、ちゃんと話すから。俺の真意をあなたにきちんと言って、頭でぐだぐだ考えるあなたを納得させるから。だからそれまで、なんで俺がこんなことを言うのか理由がわからなくても……結城さんともう寝るな。あなた自身が結城さんを拒め」
その目だけをしっかりと、強く。
「結城さんを友達と思っているのなら、……俺を少しでも男として意識して抱かれたいと覚悟を決めたのなら。……この先、あなたが女になりたいと思うのは、俺の元だけにしろ」
その強さに、呼吸も出来ないほど……ドキドキがとまらなかった。
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