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3:Secret Crush Moon 1
しおりを挟む移ろいやすい君を捕まえるために君との関係を打ち壊すよ。
だから、現実の俺を見て。
俺を、儚い夢にしないで――。
***
暗闇に沈んだ窓の外、位置を変えた満月が煌々と光っている。
わずかに開いた窓から入る夜風が、カーテンを大きく揺らした。
今夜の結城は容赦なく、そして猛々しかった。
あたしも段々となにも考えられなくなり、最奥にめがけて穿たれる結城の凶悪なものを迎え入れ、何度も何度も結城にしがみつくようにして絶頂を味わい続けた。
酒も入っているはずなのに、結城のは衰える様子はなく、何回も避妊具を付け替えては、己の猛りをあたしの胎内に突き刺して弾け、あたしにキスをして舌を絡めたり、手を繋いで指を絡めたりと、性器だけではない繋がりを求めた。
あたしの身体は余すところなく、結城に触れられ唇をあてられ、結城の熱を感じないところはない。
響き渡る水音が、最早どこから出たものかわからない。
すべての苦しみは快感にすり替わる――。
「ああああっ、駄目、そんなに激しいの駄目っ、またイッちゃ……」
「イケよ、陽菜。何も考えずに、俺だけを感じれよ」
上擦った結城の声が背後から聞こえ、さらにその動きは激しくなった。
粘膜が擦れ合ういやらしい音に、後背位特有の空気音が混ざり、あたしの高められた羞恥は興奮へと変わっていく。
持ち上げたあたしの尻に叩きつけるようにして腰をぶつけてくる結城。
奥まで抉るように貫いてくる……この獰猛すぎる快感の電流に、あたしはシーツを両手でギュッと掴みながら、声を上げ続けた。
「陽菜、お前は……誰に抱かれてる? 誰のを挿れてる? ……ここに」
少しだけ抽送が弱まると、少し掠れたような、結城の艶っぽい声が聞こえる。
結合したまま結城は後ろから抱きつくようにして、あたしの手の甲に自らの手をかぶせたまま、あたしの手ごとあたしの下腹部を撫でた。
結城の大きなものが胎内で動く様を手の平で感じ取り、その生々しい接触に肌がぶわりと粟立つ。
結城の声が近くでした。
「誰ので、気持ちよくなってる?」
普段は聞けない、色っぽい声にぞくぞくする。
「ここ、誰のでこうやって擦られてる?」
ゆっくり深く突き刺さったそれは、やがて湿った音をたてて大きく早く動きだす。
「ぁぁああああっ、ゆ……きっ、ゆ……、き」
「違うだろ、陽菜。お前を抱いている"男"は誰だ? お前が今欲しいのは? 誰ので気持ちよくなりたい?」
何かを思い出しかけたが、結城の声がそれをはじき飛ばした。
――名前を呼び合おう。その方が興奮するだろ?
「……むつ…きっ、睦月の……欲しいの、睦月のっ、気持ちよくなりたい、睦月、睦月っ!!」
「はい、よく出来ました」
柔らかな声が聞こえた途端、うつぶせだった体勢が、繋がったままで結城に上体を起こされ、そして気づけばベッドの上に座る結城の上に、後ろ向きに座っていた。
汗ばんだ結城の胸板。結城の匂いに、くらくらする。
「陽菜、鏡見て」
結城に言われて、鏡を見た。
女の顔をしたあたしが、男の顔をした結城の上に跨がり、しなだれかかっている。
扇情的な眼差しを、鏡のあたしにぶつけるようにして、結城は言った。
「よく見ろ。俺に抱かれて感じている、お前の顔を」
両手であたしの胸を揉みしだく。
形を変えるあたしの胸と、あたしを睨み付けるようにしながら、耳を愛撫してくる結城に、あたしは興奮して大きく喘いだ。
ああ、結城の元であたしは女になっているんだ。
どこか満足感に浸りながら、胸の愛撫を加えられたあたしの身体は、いつものように腰が動いて、さらなる快感を得ようとする。
「奥に……ねぇ、睦月。頂戴……ね、イキたい」
結城の熱の籠もった眼差しを、冷ややかな鏡ではなく自分の目で感じ取るのと、結城の両手があたしの両足を持ち上げるのが同時だった。
あたしの恥毛の下から現れるのは結城の肉棒。
どこか生々しい大きくて太いそれがずるずるとあたしの中から出され、月明りがそれが粘液に濡れているのを映し出した。
結城はあたしに見せつけた。
あたしが誰のどこと繋がっているのか。
……それがどんなにいやらしいことなのか。
それが視覚的な刺激となり、息を乱したあたしを見てとったか、持ち上げたあたしの身体をゆっくりと沈めた。
呑み込まれていく様を、鋭い目であたしにそれを見ろと促した。
ああ――。
膣壁を押し開いてゆっくりと擦り上げられるその感触に、鳥肌が立ちそうなほどの気持ちよさを感じながらも、あたしの目は痴態を映す鏡から離れない。
あたしの中に根元まで入っていけば、あたしの顔が上気して唇が半開きになり、そして結城の顔がどこか苦しそうに歪められ、あたしの頭に唇を落としてきたのを見た。
あたしを見つめる結城のとろりとした目に、ぞくぞくしてくる。
「なぁ、陽菜。俺も、イッてもいい?」
上擦ったような声が聞こえ、あたしがこくこくと頷くと、結城はそのままあたしを前に押し倒し、再び後背位の体勢にして、抽送を激しくした。
官能の波が押し寄せてくる。
「ああぁ、いいっ、奥、気持ちいい、いい――っ」
鏡に四つん這いになって髪を振り乱すあたしと、猛る結城が映っている。
腰を打ち付け、時折悩ましげにあたしの背中に舌を這わせ、あたしの両手を指を絡ませて繋ぎながら、鏡の中のあたしに救いを求めるような目をした結城は、唇でなにかを呟いた。
"す"
"き"
"だ"
そんな形だったような気がしたけれど、結城がくっと反り返りあたしはすぐ目をつむってしまい、襲いかかる快感の波の終焉にまみれて、そのこと自体を忘れてしまった。
・
・
・
・
いつものことながら、寝覚め一番はすっきり爽やかながら、心臓に悪い。
隣に寝顔の結城、いやらしく絡んだ足。
布団を剥げば全裸のふたり、敷いているのは湿ったしわしわのシーツ。
どう見ても、結城との情事の名残。その理由が満月に結びつくまで数十秒はたっぷりかかり、そしてとりあえずは結城が起きる前に裸を隠そうと、慌てて布団にくるまる……そのリアクションは、いつも結城に見られており、今回もそうだったらしい。
気づけばまどろむような黒い瞳が向けられている。不意に筋肉のついた逞しい腕があげられ、ちょいちょいと指先を振られた。
「な、なにか……?」
すると今度は反対の手を上げた。あたしと繋がったままの手を。どうやらそのまま眠っていたらしいことに今気づく。
まず布団にくるまる前に、この手を離せと言われているのだと思ったあたしは手を離そうとしたが、逆に手を引かれて、結城の隣に滑るようにして戻ってしまった。
「寒い」
すると結城は、くるまった布団の中に入ってきて、あたしを後ろから抱きしめて、首筋に顔を埋めた。再び全裸同士で。
「結城、結城! もういいから、大丈夫だから!!」
寝ぼけているのだと、布団の中で暴れた時だった。
「……なぁ、香月課長って、昔の男? それとも満月の?」
完全不意打ち食らった。
あたしの胸の下にある結城の腕は、きっと動揺して鼓動を早めたあたしに気づいているだろう。
隠したかったけれど隠せない――。
「……満月の。ちょっと怒らせちゃったみたい」
その時、彼が童貞の中学生だったとは言えない。
結城なら事情を酌んでくれるかもしれないけれど、言いたくない。
「いつ?」
「黙秘」
「だったら、俺より前?」
「それだったら、YES」
しばらく沈黙が続いた。密封された空間に、結城の男の匂いが充満して、あたしは浅く呼吸を繰り返す。
「……満月のお前を、あいつは知っているのか」
さらにぎゅっと抱きしめられて、低い声で呟かれた。
「むかつく」
昨日の朝からスマホにセットしていたアラームが鳴った。
朝六時――。
出社前、ホテルから一度家に戻って着替える必要があるためだ。
あたしは布団を剥いで上体を起こした。
「あたし行くわ。家でシャワーを浴びる」
しかし寝たままの結城が腕を掴んだ。
「……お前さ、いつも慌てて帰るけど、別によくね? 俺達、同じ会社に勤めているのにさ…」
「よくないでしょう! 木島くんと杏奈ですらあんなに騒がれているのに」
「お前とあのふたりは違うし、俺とお前は付き合っていると思っている奴も多いさ、もういい加減……」
「そうだ、秘書室の三橋さん、ちゃんとフォローしてるの? なんだかあたし凄く睨みつけられていたんだけれど」
「……」
「なにそのぶーたれた顔。もういいわ、あたし行く」
やはり結城が腕を掴んで放さない。
「なによ」
真顔が向けられ、言葉に詰まる。
「本気に付き合わね?」
「は?」
「恋人に、なろう」
ゆっくりと言葉を噛みしめるように結城は言った。
実は、この手のことを結城から言われるのは初めてではない。
いつも冗談っぽくいうけれど、たとえ真顔で同じことを言っても、あたしの返事は変わらない。
「結城、約束を違えるなら、来月からいらない」
「………」
「あたしは誰とも恋愛する気はない。それは最初から言ってたはずよ。恋愛をしたいなら、恋愛をしてくれるところに行って」
結城は口を引き結ぶとガシガシと頭を掻いて、あたしの手を離した。
八年前、あたしは結城と約束した――。
満月の夜だけ、名前を呼び合い、結城とセックスをすること。
お互いに恋人が出来たら、その関係を解消すること。
そしてもうひとつ。
この関係に恋愛を持ちこまないこと。
持ち込めば、その時点で関係は解消となる。
満月の姿を見て、あたしの彼氏はあたしに敵意を向けた。
たとえ結城が毎月満月の夜、あたしの姿を見ていて態度を変えないでいてくれても、きっとそれは恋愛感情がなく、友情にも似た慈愛の心があるからだ。
恋愛は、月のように必ず形を変える――。
満月時のように盛り上がった心も、時間と共に移ろうものなのだ。
あの狂気ですら、こうしてなくなるのなら、恋愛感情などすぐなくなってしまうだろう。現にあたしですら、元彼への愛情は完全になくなっているのだから。
恋愛は、時限爆弾のようなものだ。
だから結城を失いたくなくて、あたしは最初から線を引いたんだ。
結城と終わる関係になりたくなくて、結城に抱かれてる。
……結城が恋人をつくるまで。
顔を上げた結城は、頬をパンと手で叩いて、朗らかな声を出した。
「……鹿沼、家まで送る。お前どうせ腰たたねぇだろ」
仰るとおり、今立ってみようとしてますが、ふらふらでございます。
「タクシーでいくからいいよ」
「お前のマンション、三階まではエレベーターないんだろう? 三階に住んでいる可哀想なお前を、ちゃんと運んでやるから」
そうです、家賃の安いところを選んだので、三階までは足腰の運動しているんですが、今はつらいです。
「それとさ、セキュリティあるところに引っ越せよ。あんなの不審者堂々と入れるぞ?」
「でも安いし……」
「ただ同然の物件知ってるけど」
「ええええ、どこ!?」
「俺んち。どう?」
にやりと結城が笑った。
「通いでもばれたら吊し上げられるのに、同居がばれたらどうなるのよ!?」
すると結城がちょっと考え込む素振りを見せてから、ベッドから降り立った。
「要は、バレなきゃいいんだ? 家も服も……すべて」
そんな声が聞こえる。
着替え中の結城が、顔だけこちらに向いた。
「長期戦覚悟なんで、本気で行くわ。俺、諦め悪いから。よろしく」
「やだってば、あたし同居しないからね!?」
「このアホ!」
・
・
・
・
「お前、本当にババアだな」
「うるさいわ、あんたみたいにジムが趣味じゃないし」
あたしをおぶった結城が、笑いながらマンションの階段を上がる。
結局あたしは階段を途中であがることができず、結城におぶられたのだ。なんでこいつは、こんなに元気なんだ。
「もっと身体鍛えろよ。俺、もっと激しいことお前に出来ないじゃないか」
「な~っ!! アクロバッティングなことはやめてよ、本当に痛いこととか変なことしないでよ!?」
「しないしない。あーんなに、夜通しお前を愛してやったのに」
「やめろ!! 変な目であたしを見るな!!」
「変な目ってなんだよ、失礼な。落とすぞ」
「駄目駄目、落としたら駄目!!」
「お前の駄目駄目は、やれってことだもんな。お前すげぇよがってたぞ」
「だから駄目だってば!!」
わめきながら三階についた。
あたしの部屋はすぐを右に曲がって直線上の狭い通路、三つ目のドアだ。
そこには――。
「あれ、お前の部屋の前に誰かいねぇか?」
「え、不審者!?」
「だから引っ越せって」
「やだやだ、どうしよう!!」
部屋の前で蹲るようにして座っていた人影が立ち上がり、あたし達を見た。
それは――
「課長!?」
昨日のスーツ姿のままの、香月課長だった。
結城におぶさっているあたしは、長身の彼よりは高くなっているはずなのに、刃物よりも鋭く氷よりも冷たい眼差しを受けて、彼の足元で動くアリほどの小さな生き物になってしまった気分だ。
それならいっそ、思い切り罵倒して踏みつぶしてくれればいいのに、彼は萎縮するあたしを見つめたままだ。
決して好意的には思えないその瞳は、爽やかな朝の光を浴びているはずなのに、闇よりも深い色に淀んでいるように見える。それなのに、怯えるあたしに、彼は笑って見せたのだ。
極上に整った顔での笑みは、ぞっとするほどに美しく、同時に冷酷で。
怖っ!!
さらに改めて考えてみれば、ここに彼がいること自体が怖い。
「課長なんでここに!? そこ、うちなんですが!?」
まさかこのひと、ストーカー!?
動揺に声がひっくり返った。
「電話番号を知らないので、直接きました。タクシーで一度目にしているから。集合郵便受けの名前が鹿沼のものは、ひとつしかなかったので……」
ああ! あたし一昨日、タクシーでこのマンションだと告げたんだ。
「それで……、朝から何のご用で……? 会社じゃ駄目だったんですか?」
すると、昨日までのセットが崩れ、さらさらとこぼれ落ちる長めの前髪を、手でくしゃりと掻き上げ、自嘲するように笑った。
その顔は頼りなげで――、
「そう……ですよね。あなたは元々、結城さんと抜け出す気でいた。だから、心配することはなかったはずなのに……」
泣き出しそうなほどに悲痛さに覆われている。
課長は床に置かれていた荷物を手に取り、言った。
「あなたのバッグと……、これ…どうぞ」
バッグは衣里が持っていてくれているだろうと思っていたけれど、香月課長が持ってくれていたらしい。
そしてもうひとつは、コンビニ袋。
既に温くなっているプリンが数種――。
これは、今しがたコンビニで買ったものではない。
もっともっと前に買われたものだ。
昨日のスーツ。セットが崩れた髪。
顔色が悪い陰鬱な表情。
どれくらい前から?
病人だと思っていたら、こんなに朝早くから駆けつける?
「……もしかして、課長。まさか昨夜からずっとここで?」
あたしが結城に抱かれている間、家に戻っていないあたしを心配した課長は、ここで夜を過ごしていたとか?
そう思ったら、得もしれぬ罪悪感に胸がきりきりと痛んだ。
だが――。
「なぜ私が、ここであなたを待つと? 随分と自惚れ屋ですね」
課長は嘲るような笑いを浮かべた。
「ちょっと前に寄ってみたところなんで、会えてよかったです。では会社で」
……立ち寄った? 座り込んでいたのに?
いつものような鉄面皮のままで、あたし達とすれ違って帰ろうとする香月課長を止めたのは、それまで黙って聞いていた結城だった。
「……なにか、言いたいことは?」
するとすっと課長の足が止まった。
「そんな怒りに燃えた目のまま、俺を無視して会社に行くんですか?」
低く静かな声が聞こえる。
「言って欲しいんですか? 今までどこでなにをしていたのかと」
「こうやって、黙って怒りをぶつけられるよりは」
「……あなた達の会話が、ここまで響いていました。今更なにも尋ねることはありませんが、ひとつ」
「なに?」
「あの後、社長も重役も社員も皆心配していました。皆を欺いて抜け出す必要があったのですか? こんなこと知られたら、あなた達の信用は下がるだけ。私に口止めしなくていいんですか?」
「違う、あたしは騙してなんか……」
しかしあたしの言葉は、
「それとも、私という存在は脅威にならないと?」
不快さを露わにした、課長の言葉に上書きされた。
「香月課長。……脅したいんですか?」
上から見下ろす限り、結城と課長は睨み合っている。
「それで利があるならば」
香月課長があたしを見た。
突き刺すような攻撃的な視線を。
眼鏡越し、薄茶色の瞳の奥には憤嫉が渦巻いていた。
木島くんを襲ったと思われているように、やはりあたしという女を侮蔑しているのだろう。
否定出来ない環境にいるのが口惜しい。
結城がポンポンと宥めるように、あたしの尻を叩いた。
「だったら、俺は牽制するだけですね」
そんな優しげな仕草とは反対に、結城の声は力強い意志に溢れている。
「牽制?」
課長の切れ長の目が訝しげに細められた。
「ええ。俺と鹿沼が寝たことで鹿沼が不利な立場になるのなら、俺も同じ方法であなたを制するだけ」
「へぇ? どうやって?」
課長の口元が意地悪げに歪む。
「あなたは今、24歳だと聞きましたが」
「はい」
結城は一気に言った。
「少なくとも俺が鹿沼と出会う八年前には、あなたも鹿沼を抱いていた。つまり、その時あなたは何歳ですか?」
「なっ、ちょっと結城!!」
――だったら、俺より前?
――それだったら、YES。
ああああ!!
あたしアホだ、アホすぎる!!
結城とこうなる前の過ちだったと弁解したい気持ちが強すぎて、察しのいい結城に、時期を絞って教えたのと同じではないか!
あの後沈黙が続いていたのは、結城はそれに気づいたからだ。
「それを理由に鹿沼を縛ろうとするのなら、俺にだって考えがある」
いや結城、縛ろうとしていないから。
むしろなにも言われていないから。
いや、人間不信とは言われたけど、脅されているわけではないから。
……そう、九年前のことに、ちゃんと向き合っていないで、あたしは「大人」を理由に、逃げてばかりいる気がする……。
結城が睨みつけていると、課長は突如笑い出して不敵な顔で、あたしと結城を見た。
「そんなことをすると、鹿沼さんの評判を落としてしまうのでは?」
「俺が守ればいい。それくらいの立場にいる」
課長の顔から感情が消えた。
「では……お手並み拝見」
……LINEの通知をOFFにしていたのに気づいたのは、家に戻ってシャワーを浴びてから。
『陽菜、大丈夫!?
色々無理しすぎたんだね、ゆっくり寝てね。
明日無理しないでと社長が言ってた。
スマホは陽菜が上着に入れていたのわかってたけど、電話はやめとく。
返信はいらないからね、おやすみ。
それとね、あんたと結城を追いかけて、香月課長が血相変えて出かけていったわ。
私が帰りにバック届けると言ってるのに、社長の説得も耳も貸さずに、自分の部下なんだから自分が行くと奪いとられたんだけれど、なんだか凄い怖い顔で寿命縮むかと思った。
陽菜の電話番号聞かれたけれど、教えなかったわ。
だけどあんたがプリン好きだということは、なぜか課長知ってたから、それは今も変わってないのかと凄い顔で聞かれて、うんとは答えたけど。
多分陽菜の家に行ったと思うけれど、絶対中に入れるんじゃないよ。
まあ、それどころじゃないだろうけれど。
二次会も主役がいないからなしだって。私は社長とまた飲み比べに行ってきます!
衣里』
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