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第5章 アムネシアは蜜愛に花開く
義母が憎む理由は…
しおりを挟む巽の膝に跨がって抱き付く不埒な姿を晒していることに慌てて居直ろうとしたが、巽は背中と腰に回した手に力を入れてわたしの動きを封じた。
「巽、誰ですこの女はっ!!」
わたしの身体は巽に抱き付いたまま凍てついた。
とてもじゃないが、顔を見れない。
「俺はまだまだ遊びたくてね。結婚はもう少し後でもいいかなと思って」
「わたしのユキシマの次期社長の座を蹴って、こんな不埒なことを!」
ユキシマの次期社長……つまり現社長は、お義母さんということ?
「は! 母さんが愛人をした前社長が死んだおかげで、取締役から場繋ぎで社長になれただけ。俺が社長になんてなれるわけないじゃないですか。いい加減、目を覚まして下さい」
「あの女のせいね、藤城杏咲!! 色狂いのあの女がまたあなたをおかしくさせたのね!」
わたしの心臓が鷲づかみにされて、握り潰されているような圧迫感を感じる。
いまだ続く、否、あの時以上かもしれない憎悪に。
「私、あの女のことはなんでも知っているのよ!」
「ああ、そうでしょうね。広瀬怜二を使って、彼女の会社を潰そうとしてましたし」
――え!?
不意に香代子の言葉が思い出された。
――あれは逢い引きではないよ、〝取締役によろしく〟と言っていたし。
――母さんが愛人をした前社長が死んだおかげで、取締役から場つなぎで社長になれただけ。
「それをわかっていて、なぜアムネシアに来て、あんなすぐ潰れるような弱小会社を救済したのよ。どうせあの子を守るためでしょう!? またあなた、誑かされているの!?」
「母さん。僕は、アムネシア専務として会社の利益になるためにしたんです。人聞きの悪いことは言わないで下さい」
巽は、守ってくれていたのか。
私が愛したルミナスをすべて。
「巽、良い子だから、昔の可愛い母さんの巽に戻って。母さんが好きだとそう言っていた、あの頃に。母さんの手で男になった可愛い――」
「黙れっ!!」
巽はソファをバァァンと手で叩いて遮った。
そしてわたしの耳を両手で塞いでなにかを激高していた。
わたしの頭の中に昔のことが戻る。
わたしが受験期の時、彼はわたしになにかを必死に訴えていた。
それは――好きだという気持ち以外にもあったの?
ねぇ、助けてって、そう言ってたの?
考えてみれば、彼は急に大人びて色気づいた。
その心境の変化が、恋愛感情の否定だけに留まらなかったら?
わたしの心臓はドクドクと早鐘を打つ。
わたしは自分の心を守るために、巽のSOSを無視していたというの?
わたしの耳から手が外れた時には、義母の姿はいなかった。
「悪いな。こんなに早く戻るとは思ってなかった」
巽は辛そうに笑う。
「ねぇ、巽」
「作戦を練ろう。仕掛けてくるぞ、母さんと広瀬が」
「巽ってば」
「筒抜けだったな、溺愛として。保険をかけていてよかった。よし、これからは――」
わたしはわたしから背け続ける巽の顔を両手で挟んで、わたしの目に合わせた。
「巽、答えて。あなたは昔、お義母さんに性的虐待を受けていたの?」
巽の瞳が動揺に揺れるのをわたしは見逃さなかった。
「なに馬鹿なことを」
「されていたんだね、助けてって、わたしに言ってたんだね?」
「……」
「巽。正直に答えてよ。中学時代、されていたんだね?」
「……終わったことだよ。今さらだ」
「終わってないじゃない!」
だからなのか。
義母があそこまでわたしを恨むのは、巽を男として見ていたから『寝取った』なのだ。
「終わってないよ、まだ」
巽の瞳の奥に、まだ疵が見えるから。
――義父さんが好きだったんだ、母さんは。
わたしの父は浮気を何度もしていたらしい。
夫に浮気をされて離婚をした義母は、またも繰り返される悲劇に、少しずつ歪みを見せるようになり、わたしが巽を男として意識をした中学時代に、義母もまた巽を男として意識を始めたようだ。
――繋がったわけじゃねぇよ。手と口だけだ。射精が出来る歳になるとやたら繋ぎたがったけど、それは本能的に拒否をしていた。それから中学校で性知識を教わり、いけないことだとわかった。
わかったけれど、義母の誘いは狂気じみていて怖かったようだ。
――お前と繋がりたいと思っていたのも、俺が早熟だったからだ。だけどお前が無視してくれたおかげで、お前以外に反応が出来なくなったのは、母さんへの防御になった。要らないからな、母さんにとっては勃たない息子は。
その息子が、義理の娘とセックスをしていた。
自分から息子を奪い取ったのだと、そんな癇癪的な錯覚が起きたのはわからないでもない。
――俺は、義父にも裏切られて泣く母が不憫だと同情して、見捨てられなかった。母さんを傷つけたことには変わりねぇし、だから認めて貰おうと何度も俺はアズが好きだったんだと根気強く言った。
だけど聞く耳を持たなかったと巽は自嘲気に笑う。
義母の愛に包まれた巽を不埒に誘うわたしは、悪魔なのだろう。
――母さんは、自分の美貌の衰えを信じたくないんだ。年頃のお前は綺麗になっていくのに、自分は衰えるだけで。俺の実父も義父も、自分より若い子と浮気をしているから余計に。
いつだって義母は、女であり続けたいのだろうと巽は言う。
そして若いわたしに対抗して選ばれようとした母の性的な強要が再開し、巽は抱かないことに癇癪を起こす義母の狂気に怯え、わたしに会いに実家に来たらしいけれど、わたしは家を出た後だったようだ。
――八方塞がりでとにかく荒れた俺を、モデル会社の社長が拾ってくれた。俺がモデルで顔が売れてきたら、会社に母さんが乗り込んできてまた干渉が始まった。それを社長が懸命に仲介してくれて。気づけば前ユキシマ社長の愛人をやって落ち着いてくれた。
それでもわたしと会っているんじゃないかと猜疑心が強かったようだ。
だから巽は、怜二さん経由でわたしの所在がわかっても、すぐに結婚してしまうんじゃないかと不安を抱えながらも、義母がわたしになにかをすることを怖れて慎重に動き、会社ごと貰い受ける強行に出たという。
――母さんは、誰かとセックスをしていれば落ち着く。女であることを実感出来ていれば、それでいいんだ。別に俺でなくとも。俺がたまたま身近にいただけなんだ。
わたしを見て。
わたしはまだ女なの――。
そんな悲哀に満ちた叫びが聞こえてくるようだ。
相手が息子だろうと、男なら誰でもいい。
彼女を女として愛する男との、永続的な恋の夢に溺れている。
同時に、巽を羊水に溺れさせて、己の胎内に還そうという……恐ろしいまでの母の狂気。
これは、無償の愛を捨てた義母が望む、歪んだ溺恋の形なのか。
親にそんなことをされているなんて、気持ち悪いだろうと巽は、悲痛さを滲ませて笑う。
――俺だって、過剰すぎる母の愛とやらに、今でも悪夢を見て飛び起き、吐いているくらいだ。それでもそんな親でも捨てられない。だから逃げていたけど……なんとかしなきゃなんねぇな。
わたしはどうすればいい?
いつもシグナルを感じられない、わたしがすべきことは。
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