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第2章 誘惑は根性の先に待ち受ける
湧き上がる疑惑
しおりを挟むわたしの中にわきあがるもの。
怜二さんのリビングのラグに落ちていた見慣れた指輪。
或いは、寝室の枕の下にあるピアス。
そのほか色々と、由奈さんの痕跡はあった。
だけど――。
――ああ、前に酔っ払って泊めたんだ。その時のだな。
――ごめーん。探していたの、わたしの指輪とピアス。なんだ、広瀬くんの家にあったんだ。
あまりにふたりがにこやかに、悪びた様子もなく爽やかにそう言うものだから、性別を超えた罪悪感のない関係だと思っていた。
……そう思わされていたのかもしれないと、少しでもふたりに猜疑心を持ってしまった時には、怜悧な巽の黒い瞳がじっとわたしを向いていた。
「ふん、図星か」
「ち、違……っ」
わたしの一瞬の動揺を見透かしたように、巽は揺らめきながら笑う。
怜二さんが由奈さんとセフレだった?
わたしはカモフラージュ?
巽の魅惑的な瞳が、わたしの心に一石を投じれば、水紋のように、後から後からわたしの心は波打ち、巽のリズムで揺れていく。
「あいつと由奈のセフレの関係を許していられるのなら……」
だからわたしは。
「お前は、あいつを愛してなんかいないということだ」
わたしは、巽の頬を平手打ちした。
「いい加減にして!」
その瞬間、わたしの心は逆立ち、わたしの心を支配していた巽のリズムは消える。
「結局はわたしが怜二さんを好きなことにいちゃもんをつけたいだけなんでしょう!? そのために自分の婚約者とわたしの恋人を貶めるなんて、最低じゃありませんか!?」
彼は下ろした長い前髪の間から、ぎろりと双眸を剣呑に細めた。
「もっと現実に目を向けろ。他の女とセックスしているような男なんてやめちまえ!」
こんなこと、信じてはいけない。
わたしは絶対的に怜二さんを信じなくちゃいけない。
「あなたは由奈さんが好きなんでしょう!? 再来月結婚するんでしょう!? それくらい大事で大切なのにどうして、由奈さんの不貞を確定させるようにするんですか、どうして由奈さんを信じてあげないんですか!?」
ああ、わたしのこの声は蝉だ。
不快極まりない、あの日の蝉の音だ。
「わたしが嫌いなら嫌いでいい、だけど証拠もないのに勝手に怜二さんと由奈さんをいやらしい関係にして貶めないで下さい!! そんなの、ふたりに失礼です!!」
わたしの中に、あの日の蝉がいる。
じりじりと、蝉は羽を震わせて鳴いている。
「……広瀬を好きだから、俺の言葉よりあいつを信じると?」
前髪から覗く巽の目が、あの日に首をもたげて枯れ落ちた薔薇の花のような、崩れ落ちるぎりぎりの危殆を孕んでいる。
「ええ、そうです! あなたがわたしの立場で、わたしが戯れ言を口にしたとしたら、あなただって恋人を信じるはずです」
じりじり、じりじり。
蝉は鳴きやまず、刹那の終焉に向けて我が身がここに在ることを主張する。
こんなに必死になるのは、死の間際がまもなくなのを悟っているからだ。
わたしと、巽の終焉が。
巽は笑った。
酷く傷ついたような悲哀に満ちた顔で、静かに。
「俺はいつだって……お前の言葉の方を信じるよ」
巽はわたしの手首をきゅっと力を込めて握り、切なく思えるほど頼りなげに、同時にこちらが萎縮してしまうほど緊張した面持ちで言った。
「俺にとって一番は。俺の世界は……アズだけだから」
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