アムネシアは蜜愛に花開く

奏多

文字の大きさ
上 下
4 / 53
第1章 突然の再会は婚約者連れで

再会した元義弟に、欲情して

しおりを挟む
 
 大会議室は全社員の二倍くらいを収容出来る椅子が楕円形の机の周りに置かれている。

 怜二さんに言われて、それぞれの課ごとにまとまって集まる。そして全員が集合して五分くらい経ってから、三嶋社長を含めた重役全員と、由奈さんと影に隠れるようにして背の高い男性が立っている。

 常務のかけ声で皆椅子から立つ。
 そして社長が話し出した。

「皆さんも耳にしていたと思いますが、本日付で我がルミナスはアムネシアに吸収される形となる。明日からは虎ノ門にあるアムネシアビルに行ってくれ」

 あまりの急な話に、社員達はざわめいた。
 
「皆の席は用意されているんですよね?」

 怜二さんの声に応えたのは、由奈さんの隣に居る男性だった。

「はい、今月は」

 由奈さんが邪魔でよく見えない。

「今月?」
「はい。今月の働きぶりで、切るか切らないか決めたいと思います」

 ……ねぇ、まさかこの声。
 この深く艶やかな声は……。

 ううん、そんなはずはない。
 ここに、巽がいるはずがない。

「アムネシアには有能な社員しか必要ありません」

 男性から視線を受けた気がする。
 そして彼はゆらりと揺れるようにして、社長達が並ぶ壁の前に立った。

 ふわりと、わたしが好きな懐かしきアムネシアの香りがしたように思えた。

「でもご安心を。退職金は出しますので」

 艶やかな黒髪。
 射るような切れ長の目。
 通った鼻梁、肉厚の唇。
 冷ややかにも思える、彫り深い端正な顔。

 黒い背広を着てネクタイをしめた、凄絶な美貌に輝くその姿は――。

「申し遅れました。僕はアムネシアで専務をしております、氷室巽と言います。社長より、社長代理として指導役を申し使っております」

 ……巽だ。
 巽じゃないか。

 巽がいる――!?

 これは、巽という同じ名前の別人?

 いや、そんなはずはない。
 どんなに成長していても、わたしが見間違えるはずはない。

 あの顔は――巽本人だ。

 足がカクカクと震える。

 巽もわたしが誰か、そして、わたしが気づいていることもわかっている。
 だから視線が外れない。

 時が巻き戻る。

 かさりと落ちたアムネシアの花弁が花芯に戻り、瑞々しく芳香する。

 じりじりと、蝉の音がした。
 
 巽は硬直するわたしを見ながら、嘲るようにして言う。

「そして、ここにいる三嶋由奈さんの婚約者で、ルミナス社長は僕の義父になります」

 ぎりぎりと胸が締め付けられる心地がした。
 全身からさぁぁぁっと血が引いていく。

 ……既に怜二さんから聞いていた。
 専務は由奈さんにベタ惚れして、結婚にこぎつけたのだと。

 どう見ても、巽と由奈さんは美男美女だった。

 巽は、怜悧な黒い瞳を向けたまま、彼女の肩を抱く。
 わたしに見せつけるようにして、彼女だけに優しく蕩けるような微笑みを向けて。

 あれは、巽……?
 巽は、由奈さんと結婚するの?

 嫉妬という、マグマのような灼熱が胸を焦がす。

 わたしはまだ、巽を思い出になんて出来ていない。
 愛しかった義弟を、忘れることは出来ていなかった。

 全身に貫くのは……、巽が身体を貫いたあの痛み。
 わたしの記憶に、痛烈に刻み込まれていたのを知る。

 十年会っていなかった。
 わたしは携帯電話を変えたが、彼の番号を知っているのに、繋がるかどうかすら試してみなかった。

 彼との完全な別離こそが、贖罪だと思っていたから。

 それが今、こんな形で邂逅するなんて。

 誰かがなにかを言っている。
 だけど十年前に返ったわたしの耳には、深く艶やかな巽の声しか聞こえない。
 
 巽以外の声は、あの日の蝉の音としてしか認識出来ない。

「……ではこうしましょう。再来月、アムネシアは十周年を迎え、僕達の結婚式があります。それを記念して、アムネシアの口紅を開発することにします」

 ふわりとアムネシアの、儚くも甘い匂いが巽の周りから漂い、意識が朦朧となってくる。

 会いたかった。
 会いたくなかった。

 じりじりと、蝉の音。
 耳障りな蝉がたくさん鳴いている。

「今度のアムネシア十周年の特別企画の口紅は、藤城さんと僕とで開発をします」

――再来月、アムネシアは十周年を迎え、僕達の結婚式があります。

 今までどうしていたの?
 ねぇ、わたしのこと、思い出すことはあった?

 「アズ」とあなたが呼んだ、あなたと仲が良かった義姉のことを。
 あなたが避けるようになった、苛立つような義姉のことを。
 思春期で爆ぜたあなたが初めての男になったことに、嬉しいと感涙していた愚かしい義姉のことを。
  
「コンセプトは、禁断の愛。藤城さんの開発力に、ルミナス全社員の命運をかけることにしましょう」

 ねぇ、巽――。

 胸を掻きむしりたいくらい、切なくてたまらないよ。
 あなたをもう、忘れたはずなのに。
 
 忘れなきゃ、わたしの初恋は。
 忘れなきゃ、巽に疎まれていたことを。
 忘れなきゃ、あの甘美な繋がりを。

「おい、どうした!? 杏咲!?」

 じりじり、じりじり。
 殺伐とした蝉時雨がわたしを急き立てる。

「広瀬さん、どいて下さい。僕が運びます」

 じりじり、じ……。
 蝉の音が静まり、そして胸が絞られるほど愛おしい声が耳に届く。


「……忘れさせはしないよ、アズ――」


 その甘く優しい声音は、わたしの子宮をダイレクトに疼かせ、枯れ果てていた花園に潤いを与えた。

 彼の声音だけで、身体が熱くなって蕩けたわたしは、内股に幾つもの淫らな蜜を垂れ流す。

 十年前に義弟だった、久しぶりに会った男に――わたしは、あってはならぬ欲情をしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

処理中です...