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1巻
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プロローグ ~華宵亭の人魚姫~
相模湾の絶景が望める、高級老舗温泉旅館『華宵亭』――
熱海の山腹にあるこの旅館は、二万坪の敷地面積を有する。明治期に作られた数寄屋造りの客棟からは、四季折々の花が咲く大庭園が観賞でき、風雅なひとときを過ごせると評判の隠れ宿だ。華宵亭は客のプライバシーを尊重するため、一般客の宿泊は受け入れていない。利用できるのは、専ら各界で活躍する著名人たちだった。
季節は春。晴天が広がるその日、大庭園ではしだれ桜が満開で、垂れた枝にはこぼれんばかりの薄紅の花が華麗に咲き誇っていた。その下に座り、『人魚姫』の絵本に読みふけっているのは、八歳の少女――朝霧雫だ。緩やかな風が頬を撫でると、彼女はふと顔を上げる。
はらはら、はらはら。
豪華な花が風に舞い散る光景は儚く、もの悲しく思え、泡沫に消えた人魚姫が流した悲哀の涙を彷彿とさせた。見ているだけで、雫の胸はぎゅっと締めつけられ、切なくなってくる。
鹿威しが、かこんと清涼な音をたてた後、赤い欄干のある縁側に着物姿のふたりの老婦人が現れた。ひとりは華宵亭の大女将。もうひとりはその友人で雫の祖母だ。祖母は呉服屋『あさぎり』の大女将をしており、雫を連れて華宵亭に着物を届けに来ては、大女将とのお喋りに花を咲かせる。
祖母と大女将は、部屋で一緒にまんじゅうを食べないかと雫を誘った。
「シズク、お腹空いていないから、お外でまだご本を読んでる!」
雫は『人魚姫』の絵本を持ち上げて、ふたりに見せた。
「シズクちゃんは、いつも『人魚姫』を読んでいるけど、他のお姫様の物語は読まないの?」
大女将の問いかけに、雫はこくりと頷いて答える。
「シンデレラも白雪姫もいばら姫も、突然出てきた王子様と結婚して、めでたしめでたしで終わるでしょう? それがいや。シズクも人魚姫みたいに、王子様に恋をしたいの」
恋をまだ知らないはずの幼子がそれを語る姿は微笑ましく、老婦人たちは声をたてて笑う。
「でもね、人魚姫は泡になって消えちゃうでしょう? シズクが王子様だったら、絶対に人魚姫を好きになる。人魚姫は泣きながら消えちゃったんだろうなと思うと、シズク悲しくて」
肩を落とす雫に、大女将が笑みをこぼした。
「人魚姫の……涙か。ねぇシズクちゃん。この華宵亭の温泉は、人魚の涙でできていると言われ、人魚の湯とも呼ばれているのよ」
雫の目が好奇心に輝く。
「昔、華宵亭には温泉がなかったの。お客さんは皆、温泉があるお宿へ行くから、初代大旦那は困っていてね。そんな時、海辺を散歩していた大旦那は、悪い人間たちに捕まった人魚を見つけ、助けてあげたの。人魚が御礼にと大旦那へ渡したのが、瓶に詰めた人魚の涙。使えば願いがひとつ叶うと言われ、大旦那が華宵亭の庭に垂らしてみたら、温泉が湧いてきたのよ」
大女将の話に引き込まれ、興奮した雫は顔を上気させた。
「シズクちゃん、そこから細い砂利道が見えるでしょう? そこを進んで行くと、秘密の岩風呂があるの。そのお風呂は熱海の海に繋がっていると言われていて、時々人魚さんも来るみたい。こんなにお天気だったら、今日も遊びに来ているかもしれないわ」
「本当⁉ シズク、行ってくる!」
雫は絵本を放り捨て、大喜びで砂利道を走った。
爽やかな新緑の香りが濃くなっていく中、啜り泣きにも似たか細い声が雫の耳に届く。
前方に見えるのは、雨避けの屋根がついた質素な岩風呂だ。
その縁にある大きな岩に腰をかけ、下半身を湯に沈めた子供が泣いている。
風に靡く、茶色く長い髪。萌黄色の着物からはだけた胸は、雫と同様まだ平らかである。
しかしその顔は大人びて美しく整っており、弱々しい翳りがあった。
今目の前に、人魚姫がいる――雫は目を瞠った。
悲恋の代償に海の泡になって消えてしまう、あの人魚姫が、桜の花びらのように……はらはらと涙をこぼし、嗚咽を漏らしている。
その身体が少しずつ湯に沈んでいくのを見て、雫は青ざめた。
もしや彼女は、このまま海へと繋がる温泉の泡になって消えるのではないか――そう危惧した雫は、力いっぱい叫んだ。
「死んじゃ駄目! 生きてぇぇぇ!」
途端、雫に向けられたのは、驚いた顔。
雫は、人魚姫を助けるために一心不乱に走った。……が、足場は苔でぬめった石畳。滑って体勢を崩した雫は、悲鳴を上げる間もなく、飛沫をたてて無色透明な湯の中に落下してしまう。
ごぼごぼと水泡が視界に広がる中、水中を優雅に泳ぐ人魚姫の姿が見えた。
ああ、やはり人魚姫は泳ぐのがうまい……そう感嘆している間に抱え上げられ、気づけば岩の上。雫は青空を眺めながら、湿った咳を繰り返した。
人魚姫は横に座り込み、心配そうな顔を向けてくる。
雫はふと、人魚姫の下半身を見た。陸に上がった彼女の足は、尾ひれではなく人間のものだ。脹ら脛は傷だらけで、赤く腫れ上がっており、見るからに痛々しい。
そうまでして人魚姫は人間界で頑張っていたのだ。それを無かったことにしないでほしい。
「わたし、あなたが大好きなの」
雫は涙声で、必死に声をかけた。
「シズクが、あなたとずっと一緒にいるから。だから海の泡にならないで、人魚姫さん」
深い紫がかった、人魚姫の瞳。その奥でゆらりと揺れるものに雫が魅入られた瞬間、人魚姫は困ったように言った。
「……僕、普通の人間の男だけど」
雫のつぶらな目が、驚きと失望に大きく見開かれる。
「え? 人間……男……? 人魚、姫じゃ……ないの?」
「違ったら、きみも僕のそばにはいてくれないの?」
彼女――否、少年は儚げに笑う。雫は彼をじっと見つめ、静かに首を横に振った。
「一緒にいてあげる。あなたも人魚姫みたいに、消えてなくなるのはいやだもの。泡になる前にまたシズクが助けてあげるから、生きていて! そうだ、シズクとずっと一緒にいる約束をしよう」
小指を差し出す雫に、少年ははにかむ。そしておもむろに、己の小指を雫のそれに絡めた。
「指切りげんま~ん 嘘ついたら針千本の~ます 指切った!」
満面の笑みを見せる雫だったが、ぽかぽかとした春の陽気に加え、温泉から立ち上る暖気と穏やかに笑う少年の雰囲気に、とろとろと微睡んでしまった。
「あれ? もう……寝てる……の? 指切りして十秒も経っていないのに」
少年は呆れた声を出し、幸せそうに寝息をたてる雫を見て微苦笑する。
「ああ、でも。本当に……お昼寝したい最高の気分だね」
少年は雫の隣に横たわると、その小さな頭を片腕に乗せ、無防備な寝顔を眺めた。
「約束、か……」
少年が雫の耳元になにかを囁いたが、雫はふにゃふにゃと言葉にならない声を発して、少年の温もりを求めて抱きつく。少年は雫を抱擁したまま、笑みをこぼして静かに目を閉じた。
――それが今から十八年前。華宵亭女将のひとり息子、雅楽川瑞貴と雫の出会いだった。
第一章 若旦那様、あなたの素顔を見たいのです
梅雨入り間近な、風薫る五月――
華宵亭では白い帯を締める仲居の着物が、桜色から薄い藤色へと色変わりをしたばかり。
大庭園では、旬の花である藤が壮観だった。鯉が泳ぐ池の上にたてられた大きな棚に、白、薄紅、薄藤、濃藤と四色の藤が、一メートル以上もの花房を垂らしている。
陽光に煌めく、迫力ある紫のグラデーション。大庭園に面した廊下を歩む足を止めたのは、今年二十六歳になる仲居、朝霧雫だ。
笑うといまだ少女のような可憐さを滲ませる、楚々とした目鼻立ち。肩まである艶やかな黒髪をまとめ上げた、快活で健康的な女性である。
和装が似合う体形は呉服屋の実家では喜ばれたものの、なで肩とメリハリのなさはコンプレックスなので、実に複雑なところ。
雫は今春、ようやく仲居見習いから新人仲居に昇格した。しかしその仕事は、見習い時代となにひとつ変わらない。実家が誂えた風流な着物を身につけながら、先輩仲居に扱かれつつ、今日も裏方要員として華宵亭を駆け回っていた。
そんな雫を魅了した藤の花。昼間は紫水晶のような輝きを見せ、夜のライトアップ時には神秘さを強めて、幽玄な空間に観客を誘う。その妖艶さを感じる花を見ていると、藤よりも深遠な紫色の瞳を持つ〝彼〟と、その柔らかな声が思い出された。
『雫。藤の花には昔からこんな言葉遊びがある。日舞や歌舞伎の長唄『藤娘』に出てくる……』
「〝いとしと書いて藤の花〟……だっけ」
雫が滑らかに口にすると、背後でくすりと笑う声がした。
「……昔に僕が教えてあげたこと、よく覚えていたね」
頭の中の声が現実のものとなり、雫は驚いて背後を振り返る。
藤色の半衿を覗かせた、銀灰色の正絹着物姿。深紫色の羽織を手にした白皙の長身男性――華宵亭の若旦那である雅楽川瑞貴が、涼しげな切れ長の目を和らげ、微笑みながら立っていた。
男臭さのない上品で秀麗な顔立ち。右目の下には色気を増すホクロがある。濡れ髪のような艶やかな赤墨色の髪は緩やかにうねり、フェミニンな雰囲気を強調していた。
優雅な所作ひとつひとつに妖艶さを漂わせる、まさに藤めいて蠱惑的な美男子だ。
彼は雫より三歳年上の二十九歳。香道・華道・茶道・日舞などあらゆる芸道に秀で、ゆくゆくは七代目大旦那を継ぐ予定である。
「若旦那、お疲れ様です」
雫の顔と声が一気に華やぐ。そしてそれは、瑞貴も同じだった。
「雫もお疲れ様。藤の簪が落ちかかっているな。挿し直してあげよう」
仲居は着物の色に合わせ、季節の花の簪をつける。瑞貴は雫の髪にさくりと、下がり藤の簪を通した。
「よし、できた。……また華宵亭を走り回って、仕事を頑張っていたのか? 元気なのはいいけれど、無理をしたら駄目だぞ。困ったことがあればすぐに僕に言って」
「わかりました。若旦那に泣きつくことがない程度に、頑張ります」
片手でガッツポーズを作ると、瑞貴は苦笑する。
「きみの頑張りはひとの倍以上だから、倒れないか心配だよ」
「それはわたしの台詞です。若旦那は、わたしなど足元にも及ばないぐらい忙しく働いてらっしゃるじゃないですか。若旦那の方こそ、倒れないで下さいね。……と、もしやその羽織、外出されるところでしたか?」
「ん……町内会の定例の会合にね。気乗りしなかったから雫に会えてよかったよ。元気が出た」
そう言って顔を綻ばせる瑞貴に、雫は問いたくなる。
会えて喜んでくれるのは、幼馴染としての親愛の情ゆえか。それとも――
「僕の可愛い許婚は、いつだって僕を癒やしてくれるからね」
婚約者として、昔とは違った特別な情があるからなのか、と。
雫が瑞貴の許婚になったのは、指切りをしてから二年後。祖母同士が取り決めた話だった。
それまで雫は、瑞貴が泡となって消えぬよう、何度も祖母や両親にせがんで華宵亭を訪れては、瑞貴の後を追い回して無事を確認したものだ。
ひとりっ子の瑞貴は、雫をとても可愛がった。
『雫、今日もよく来てくれたね。また華宵亭を探検して僕と遊んでくれる?』
雫もひとりっ子だ。両親がともに呉服屋で働いている雫の話し相手は、祖母ばかり。遊び友達もいなかった雫にとって、瑞貴は初めての友であり兄だった。
優しい笑みを絶やさない瑞貴は、物知りで、そして聞き上手でもある。
『人魚姫もそんなに雫に好かれて、嬉しいだろうね。もう一度僕と本を読んでみようか。もしかしたら王子様よりも雫を好きになって、今度は泡にならないかもしれないぞ?』
瑞貴は膝の上に雫を置いて、頬をすり合わせるようにして本を読む。そして時々頬にちゅっとキスをして、「可愛い雫が大好きだよ」とわかりやすく好意を示してくれた。
『雫は僕のこと、好き? 好きだったら、僕にもキスをしてよ』
最初は好きだと口にして、瑞貴の頬にキスを返していた雫だったが、やがてそれが簡単にできなくなった。指を絡ませて手を握るだけでも心臓がドキドキするようになり、身体に触れられると熱くなってたまらなくなったのだ。瑞貴はそんな雫の変化を見抜くと、意地悪く問うた。
『ふふ、雫。どうしてこんなに真っ赤な顔をしているの?』
含み笑いで見つめたり、優しい笑みをふっと消して、急に真面目な顔を近づけたりもする。なにか怖くなって逃げたくなるのだが、瑞貴は強く抱きしめて放してくれない。
瑞貴のそばにいると、心臓がおかしくなる。自分は病気ではないのかと思い始めた小学校の高学年の時、彼が雫の許婚になった。祖母曰く、結婚は雫が高校をちゃんと卒業したらとのこと。
『嬉しいよ。雫が僕のお嫁さんになるなんて! 結婚……待ち遠しいね!』
雫の中で結婚とは、童話の終わりを告げるイベントにすぎなかった。恋をしていなくてもできるものとして、瑞貴ほど喜びは感じていなかったものの、彼が本当に嬉しそうだったから、次第に雫も結婚を待ち侘びるようになった。今の楽しい日々の延長上に結婚がある。そう思っていたが――
『瑞貴は華宵亭の跡取り。その嫁として、そして次期女将として相応しい女性になってもらいます。これよりお互い、修業に励みなさい』
瑞貴の母である女将により、雫も彼と同じ礼法や伝統芸能を指導する私立一貫校に転校させられた上、若旦那としての修業に忙しくなった瑞貴と、華宵亭で遊ぶことも少なくなってしまった。
雫はポジティブに、学校の方が彼といつでも会えると喜んでいたが、現実は――ぎりぎり及第点をとるので精一杯の雫に対し、中等部に通う瑞貴はすべてが優秀。そのため、華宵亭の外では彼は雲の上の存在で、気軽に近づくことができなかった。
彼に会いに行こうものなら、人波に阻まれて押し返されるばかり。さらに瑞貴のファン倶楽部の結束は固く、彼女たちを通さずに馴れ馴れしく近寄ろうとする雫は、ファン倶楽部のブラックリストに載り、制裁が加えられた。
ただ瑞貴に会いたいだけなのに、水を浴びせられたり、倉庫に閉じ込められたり。一緒に食べようと初めて作った弁当はひっくり返され、一番に見せたかった初めてのスマホは水没させられた。
しかし雫は泣き寝入りしなかった。やられっぱなしでは相手を図に乗せるだけだと学習し、果敢にやり返した。その結果、心身ともに逞しくなっていったが、学校で瑞貴と会える時間は失われたまま、彼は高校を卒業してしまったのである。
会いたいのに会えず、他の女性たちと同じく遠巻きに見るしかできない立場は、瑞貴にとって特別でもなんでもない。そう思うたび、胸に切ない感情が膨れ上がり、時に涙となってこぼれ落ちた。そして雫は自覚したのだ。自分は瑞貴に恋をしているのだと。
今まで近すぎてわからなかっただけで、瑞貴をとうに異性として意識していたから、遠くなってしまった彼を独占したくて、彼に向かっていったのだと。
以前のように特別な関係に戻りたいと願っても、恋しい彼は雲上人。卒業した瑞貴はますます若旦那業に忙しく、その高みから気軽に下りてきてくれることはなかった。
せっかくスマホの番号を聞いても、声を聞きたい時に彼は出られない。雫が寝ている時に留守電のメッセージがひっそりと残されるのみ。
本当はずっと言いたかった。
『どうしてあなたから、わたしに会いに来ようとしてくれないの?』
『あなたは機械に残された声や文字だけで満足できるの? わたしのことはどうでもいいの?』
しかしそれを呑み込んだのは、瑞貴の立場を理解しようと思ったからだ。
彼が若旦那になるために、どれだけたゆみない努力をしているか、雫は昔から知っている。天才肌の彼でも、歴史ある華宵亭の若旦那になるのは大変なことであり、また、逸材をさらに磨こうとする女将の指導は厳しい。瑞貴も、期待されるとそれ以上で応えようとする向上心と責任感が人一倍強く、空いた時間も自己鍛錬を欠かさない。
昔こっそり華宵亭に遊びに行った雫は、瑞貴と女将の日舞の稽古風景に度肝を抜かれたことがあった。いつも穏やかで優しい彼が、あんな過酷な稽古をしていたとは想像もつかなかったのである。
汗を掻き、歯を食いしばって頑張る瑞貴を見て、雫は彼を心から応援したくなった。
だから雫は、恋のせいで我儘になりそうな心をぐっと抑え、いずれ来たるふたりだけの時間を楽しみに高校を卒業した。しかし瑞貴の父であり、今は亡き六代目華宵亭大旦那に尚早だと反対され、結婚にストップがかかってしまう。
気落ちする雫に、瑞貴はこう言ってくれた。
『いいか、雫。僕が破談にさせない。これはあくまで延期だ。だから僕を信じて待っていてほしい。いい機会だから次期女将……若女将として修業をしておくといいかもね』
それもそうだと思った。ただ待っているよりは、華宵亭のプラスになることを学びたい。
だから東京のホテル観光学科がある専門学校を出た後、色々な旅館で下積みをした。
二十歳の誕生日に瑞貴から郵送された、誕生石がついた雫形のペンダント。それを握りしめて修業に励み、昨年瑞貴に呼び戻されるまで計七年の月日が過ぎていた。
『花嫁修業として、華宵亭の住み込み仲居になってほしい』
若女将修業と花嫁修業の違いがよくわからないものの、花嫁という言葉が出ただけでも、結婚に向けて前進したのだろうと思うようにした。でも、瑞貴は先輩仲居たちに『幼馴染で、得意先の娘』としか紹介しなかったのだ。
やっかみを受けぬようにとの配慮だったのだろう。だが、結婚話は一向に進まない。
彼は以前こう言った。
『若旦那としてきちんと認められた時に、皆に公表したい。それまで許婚というのは秘密だ』
誰もが彼を若旦那だと認めている今ですら、彼は周囲に許婚だと紹介しない。
解禁はいつになるのか。一年後? 十年後? それともずっとこのまま?
『あと少し待っていてくれないか。僕が必ずなんとかしてみせるから』
障害があるのか尋ねても、彼は困ったように笑うだけで答えてくれなかった。
……もう二十六歳だ。結婚に焦っているわけではないが、瑞貴に望まれているのか不安になる。
延期されているのは、彼自身がこの結婚に、乗り気ではないからではないかと。
嫌われていないのはわかる。今だって彼の方が忙しいはずなのに、わずかな時間を縫って、雫に優しい言葉をかけてくれるのだから。
それに雫の奮闘ぶりを温かく見守り応援してくれている。今も昔も……〝兄〟として。
会えなかった昔はそうした〝特別〟でもいいと思っていた。しかし毎日顔を合わせている今、華宵亭の伝統を守り、客を大切にする……その真摯で誠実な若旦那姿を見るたび、彼に強く惹かれる。それでなくとも魅力的な男性へと成長した瑞貴だ。尊敬の念を抱くと同時に、否応なく彼を異性として意識してしまう。瑞貴に女として愛され、求められたいと思ってしまう。
穏やかで清廉な兄の慈愛ではなく、もっと激しい〝男〟の情愛を見せてもらえたら。
それがなく、結婚話も進まないのは、彼を駆り立てるだけの魅力が自分にないからだ――
「――雫? 黙り込んでどうかした?」
考え込んでいた雫は、心配そうな瑞貴の顔が近づいていたことに驚き、背を反らした。
「い、いえ……なんでもないです。ごめんなさい、ぼうっとしてしまって」
慌てて笑顔を作る。いつからか、彼の前で笑顔を作ることが癖になった。昔は自然と笑みになっていたというのに。
「ちゃんと休憩をとりながら仕事をするんだよ。……あ、そうそう。〝いとしと書いて藤の花〟……その内容まで、きみは覚えているかい?」
かこん、庭で鹿威しが鳴っている。
「はい。〝い〟を縦に十個書いて、真ん中に大きく〝し〟を書く。それが藤の模様と……」
「そう。い十し……〝愛おしい〟という言葉にかけている」
彼の口から出てくる愛の言葉に、雫の心臓がとくんと鳴り響く。
「藤の花言葉は、『恋に酔う』。ネガティブな意味として『決して離れない』もあるけれど……僕は、この藤が好きだ」
暗紫の目を切なげに細めて微笑むと、瑞貴は雫の頬を優しく撫でる。
……幼子をあやしているかのように。
「……もっと話していたいけれど、もう出かける時間になってしまった」
瑞貴は小さくため息をつき、手にある深紫の羽織を身にまとう。
それを手伝う雫の鼻にふわりと漂ってきたのは、麝香をベースとする彼が調香した甘い香。
昔はもっと爽やかな香りを身につけていた気がする。大人の男として妖しげな魅力を備えた今、瑞貴の香は彼自身のように蠱惑的で、雫の身体を火照らせた。
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
妖艶な色をスタイリッシュに着こなす瑞貴は、雫にとってどこまでも目映い存在だ。
「はい……。いってらっしゃいませ」
雫は頭を下げて、瑞貴を見送る。
昔とは違い、彼をそばで感じられるのに、遠くで見守っていた時と同様に切なさは抜けない。
彼との距離感が掴めない。
(もっと……素直に飛び込んでいける、近しい関係だったはずなのに……)
〝あなたは、わたしのことを女として愛してくれていますか〟
そう聞きたくても、怖くて聞けない。
人魚姫と仲良くなった王子ですら、別の女性を選んだ。
もし瑞貴に、恋も結婚も他の女性としたいのだと言われたら――
昔は瑞貴を人魚姫だと思ったけれど、泡になって消えてなくなるのは自分の方かもしれない……そう考えると、臆病になってしまう。学生時代に培った勝ち気で勇ましい性格は、彼の前ではひっ込むのだ。
すべてを捨てても、恋しい王子のそばで生きることを選んだ人魚姫。どんなに王子の近くで、彼の笑顔を見ていても、愛をもらえないために消えていった。
子供の頃に哀れんだ童話のヒロインが、今はとても身近に思えて胸が痛くなる。
(若旦那。わたしは……今年二十六歳になるんです。もう化粧もしている大人の女なんです)
それでもまだ、彼の恋愛対象外、なのだろうか――
*゚。・*・。゚*
華宵亭には、四季の名で呼ばれる四つの客棟がある。それらは庭を眺められる渡り廊下で結ばれていた。一棟には四室。全室部屋食、風呂は予約制。送迎時間が重なる場合は、出入場所を別にするなど、できる限り客同士が顔を合わせることがないように配慮されている。
その日、雫がフロントから一番遠くにある冬の棟の膳を下げていたところ、ベテラン仲居のひとりである仲村孝子が現れ、目を吊り上げた。
「朝霧さん、春の棟のお膳、まだ下げてないじゃないの!」
目鼻立ちがはっきりしていて、華やかな雰囲気を持つ美女のため、怒ると迫力がある。
「あちらの棟は、香織ちゃんに任せていますが……」
「入ったばかりの子がひとりで、あんな重い膳を下げられるはずないでしょう⁉」
(わたしの時は、すぐにやらせたくせに……)
香織というのは常脇番頭の娘で、短大を卒業し今春就職した、雫の唯一の後輩である。
ふわふわとした可愛らしい子なのだが、マニキュアが剥がれるからと洗い物も配膳も布団敷きもしない。そんな状態なのに、イケメン客を見ると勝手に担当仲居として挨拶してしまう。注意すれば大粒の涙を流してパワハラだと父親に訴える。今では仲居のほとんどが怒れる番頭を恐れ、香織の我儘を見て見ぬふりして甘やかすため、ますます仕事をしないのだ。
「誰かのせいにしないで、自分で進んでやるくらいの優しさはないの?」
そのまま孝子に返したいと思いつつ、これも修業だと心の中で唱えて落ち着く。
「――申しわけありませんでした。これを片づけてから、すぐ春の棟に向かいます」
雫は冬の棟の部屋から下げた空のお膳を重ね、片手で三膳ずつ持ってすくりと立ち上がる。
「六膳……。私ですら両手に一膳ずつ持つので限界なのに……」
軽やかな足取りで厨房に向かう雫を見て、孝子は引き攣った顔で呟く。
「どんなに扱いても尻尾を巻いて逃げ出さず、大量の力仕事を押しつけてもすぐに終わらせる。あんなに小柄なのに、なんなのあの子……。謎だわ……」
雫は瑞貴の許婚であることを秘密にしているが、彼の幼馴染、かつ得意先の娘という事実だけで、瑞貴に憧れる仲居たちの顰蹙を買うことになった。
女将がなにも言わないのをいいことに、早く辞めろと言わんばかりにいびられているけれど、嫌がらせなら学生時代のおかげで慣れている。培ってきた根性と体力、若干の怪力で乗り切る内に、いつの間にか力仕事が専門となっていた。
人前へ出すには未熟すぎると、部屋担当はおろか接客自体させてもらえないが、雫は十分に外で経験を積んでいる。それでも下働きは大切だと、仕事を疎かにはしなかった。なにより瑞貴の姿を毎日見ながら、大好きな彼の旅館で働けるのなら、どんな仕事でも愛おしく思えたのだ。
そんな雫が春の棟を見に行くと、甘ったるい声が聞こえてきた。これは香織の声である。
「もう~、副番頭ったら! なにか喋って下さいよう、まったくクールなんだから」
彼女が話しかけているのは、鉄紺色の着物と羽織を着た、黒髪の若い男性だ。
清潔感が漂う、きりっとした美貌の彼は副番頭の片桐大倭といい、雫のもうひとりの幼馴染で、私立一貫校時代の同級生でもある。
女将により転校させられた雫は、しばし新たなクラスに馴染めず、祖母にもらった人魚姫のノートに落書きをして休み時間をすごしていた。そこに、大倭がなにを描いているのかと声をかけてきたのだが、慌てて隠そうとする雫から彼がノートを取り上げた際、ノートが破れてしまったのだ。
雫が大泣きして帰宅した夜、大倭とシングルマザーの小夜子が謝罪のため家に訪れた。そこで初めて小夜子が華宵亭の仲居であることや、大倭と華宵亭の離れに住んでいることが発覚した。
今まで雫が目にしたことがなかったのは、彼らの住居が、瑞貴と探検していない大庭園の外れにあったからだ。そして大倭もまた母屋への立ち入りを小夜子に禁じられていたため、瑞貴たちとの交流がないまま、裏口から出入りして華宵亭の外で遊んで育ったとか。
そうした少なからぬ縁があったため、最初の頃は瑞貴も交えて華宵亭で遊んだこともあったが、瑞貴が忙しくなると、雫の遊び相手は学校でも華宵亭でも気軽に会える大倭ばかりになった。彼は瑞貴に会えずやさぐれる雫を見兼ねて、瑞貴への伝言役を買って出てくれたこともある。大倭は本当にいい幼馴染で、親友であった。
相模湾の絶景が望める、高級老舗温泉旅館『華宵亭』――
熱海の山腹にあるこの旅館は、二万坪の敷地面積を有する。明治期に作られた数寄屋造りの客棟からは、四季折々の花が咲く大庭園が観賞でき、風雅なひとときを過ごせると評判の隠れ宿だ。華宵亭は客のプライバシーを尊重するため、一般客の宿泊は受け入れていない。利用できるのは、専ら各界で活躍する著名人たちだった。
季節は春。晴天が広がるその日、大庭園ではしだれ桜が満開で、垂れた枝にはこぼれんばかりの薄紅の花が華麗に咲き誇っていた。その下に座り、『人魚姫』の絵本に読みふけっているのは、八歳の少女――朝霧雫だ。緩やかな風が頬を撫でると、彼女はふと顔を上げる。
はらはら、はらはら。
豪華な花が風に舞い散る光景は儚く、もの悲しく思え、泡沫に消えた人魚姫が流した悲哀の涙を彷彿とさせた。見ているだけで、雫の胸はぎゅっと締めつけられ、切なくなってくる。
鹿威しが、かこんと清涼な音をたてた後、赤い欄干のある縁側に着物姿のふたりの老婦人が現れた。ひとりは華宵亭の大女将。もうひとりはその友人で雫の祖母だ。祖母は呉服屋『あさぎり』の大女将をしており、雫を連れて華宵亭に着物を届けに来ては、大女将とのお喋りに花を咲かせる。
祖母と大女将は、部屋で一緒にまんじゅうを食べないかと雫を誘った。
「シズク、お腹空いていないから、お外でまだご本を読んでる!」
雫は『人魚姫』の絵本を持ち上げて、ふたりに見せた。
「シズクちゃんは、いつも『人魚姫』を読んでいるけど、他のお姫様の物語は読まないの?」
大女将の問いかけに、雫はこくりと頷いて答える。
「シンデレラも白雪姫もいばら姫も、突然出てきた王子様と結婚して、めでたしめでたしで終わるでしょう? それがいや。シズクも人魚姫みたいに、王子様に恋をしたいの」
恋をまだ知らないはずの幼子がそれを語る姿は微笑ましく、老婦人たちは声をたてて笑う。
「でもね、人魚姫は泡になって消えちゃうでしょう? シズクが王子様だったら、絶対に人魚姫を好きになる。人魚姫は泣きながら消えちゃったんだろうなと思うと、シズク悲しくて」
肩を落とす雫に、大女将が笑みをこぼした。
「人魚姫の……涙か。ねぇシズクちゃん。この華宵亭の温泉は、人魚の涙でできていると言われ、人魚の湯とも呼ばれているのよ」
雫の目が好奇心に輝く。
「昔、華宵亭には温泉がなかったの。お客さんは皆、温泉があるお宿へ行くから、初代大旦那は困っていてね。そんな時、海辺を散歩していた大旦那は、悪い人間たちに捕まった人魚を見つけ、助けてあげたの。人魚が御礼にと大旦那へ渡したのが、瓶に詰めた人魚の涙。使えば願いがひとつ叶うと言われ、大旦那が華宵亭の庭に垂らしてみたら、温泉が湧いてきたのよ」
大女将の話に引き込まれ、興奮した雫は顔を上気させた。
「シズクちゃん、そこから細い砂利道が見えるでしょう? そこを進んで行くと、秘密の岩風呂があるの。そのお風呂は熱海の海に繋がっていると言われていて、時々人魚さんも来るみたい。こんなにお天気だったら、今日も遊びに来ているかもしれないわ」
「本当⁉ シズク、行ってくる!」
雫は絵本を放り捨て、大喜びで砂利道を走った。
爽やかな新緑の香りが濃くなっていく中、啜り泣きにも似たか細い声が雫の耳に届く。
前方に見えるのは、雨避けの屋根がついた質素な岩風呂だ。
その縁にある大きな岩に腰をかけ、下半身を湯に沈めた子供が泣いている。
風に靡く、茶色く長い髪。萌黄色の着物からはだけた胸は、雫と同様まだ平らかである。
しかしその顔は大人びて美しく整っており、弱々しい翳りがあった。
今目の前に、人魚姫がいる――雫は目を瞠った。
悲恋の代償に海の泡になって消えてしまう、あの人魚姫が、桜の花びらのように……はらはらと涙をこぼし、嗚咽を漏らしている。
その身体が少しずつ湯に沈んでいくのを見て、雫は青ざめた。
もしや彼女は、このまま海へと繋がる温泉の泡になって消えるのではないか――そう危惧した雫は、力いっぱい叫んだ。
「死んじゃ駄目! 生きてぇぇぇ!」
途端、雫に向けられたのは、驚いた顔。
雫は、人魚姫を助けるために一心不乱に走った。……が、足場は苔でぬめった石畳。滑って体勢を崩した雫は、悲鳴を上げる間もなく、飛沫をたてて無色透明な湯の中に落下してしまう。
ごぼごぼと水泡が視界に広がる中、水中を優雅に泳ぐ人魚姫の姿が見えた。
ああ、やはり人魚姫は泳ぐのがうまい……そう感嘆している間に抱え上げられ、気づけば岩の上。雫は青空を眺めながら、湿った咳を繰り返した。
人魚姫は横に座り込み、心配そうな顔を向けてくる。
雫はふと、人魚姫の下半身を見た。陸に上がった彼女の足は、尾ひれではなく人間のものだ。脹ら脛は傷だらけで、赤く腫れ上がっており、見るからに痛々しい。
そうまでして人魚姫は人間界で頑張っていたのだ。それを無かったことにしないでほしい。
「わたし、あなたが大好きなの」
雫は涙声で、必死に声をかけた。
「シズクが、あなたとずっと一緒にいるから。だから海の泡にならないで、人魚姫さん」
深い紫がかった、人魚姫の瞳。その奥でゆらりと揺れるものに雫が魅入られた瞬間、人魚姫は困ったように言った。
「……僕、普通の人間の男だけど」
雫のつぶらな目が、驚きと失望に大きく見開かれる。
「え? 人間……男……? 人魚、姫じゃ……ないの?」
「違ったら、きみも僕のそばにはいてくれないの?」
彼女――否、少年は儚げに笑う。雫は彼をじっと見つめ、静かに首を横に振った。
「一緒にいてあげる。あなたも人魚姫みたいに、消えてなくなるのはいやだもの。泡になる前にまたシズクが助けてあげるから、生きていて! そうだ、シズクとずっと一緒にいる約束をしよう」
小指を差し出す雫に、少年ははにかむ。そしておもむろに、己の小指を雫のそれに絡めた。
「指切りげんま~ん 嘘ついたら針千本の~ます 指切った!」
満面の笑みを見せる雫だったが、ぽかぽかとした春の陽気に加え、温泉から立ち上る暖気と穏やかに笑う少年の雰囲気に、とろとろと微睡んでしまった。
「あれ? もう……寝てる……の? 指切りして十秒も経っていないのに」
少年は呆れた声を出し、幸せそうに寝息をたてる雫を見て微苦笑する。
「ああ、でも。本当に……お昼寝したい最高の気分だね」
少年は雫の隣に横たわると、その小さな頭を片腕に乗せ、無防備な寝顔を眺めた。
「約束、か……」
少年が雫の耳元になにかを囁いたが、雫はふにゃふにゃと言葉にならない声を発して、少年の温もりを求めて抱きつく。少年は雫を抱擁したまま、笑みをこぼして静かに目を閉じた。
――それが今から十八年前。華宵亭女将のひとり息子、雅楽川瑞貴と雫の出会いだった。
第一章 若旦那様、あなたの素顔を見たいのです
梅雨入り間近な、風薫る五月――
華宵亭では白い帯を締める仲居の着物が、桜色から薄い藤色へと色変わりをしたばかり。
大庭園では、旬の花である藤が壮観だった。鯉が泳ぐ池の上にたてられた大きな棚に、白、薄紅、薄藤、濃藤と四色の藤が、一メートル以上もの花房を垂らしている。
陽光に煌めく、迫力ある紫のグラデーション。大庭園に面した廊下を歩む足を止めたのは、今年二十六歳になる仲居、朝霧雫だ。
笑うといまだ少女のような可憐さを滲ませる、楚々とした目鼻立ち。肩まである艶やかな黒髪をまとめ上げた、快活で健康的な女性である。
和装が似合う体形は呉服屋の実家では喜ばれたものの、なで肩とメリハリのなさはコンプレックスなので、実に複雑なところ。
雫は今春、ようやく仲居見習いから新人仲居に昇格した。しかしその仕事は、見習い時代となにひとつ変わらない。実家が誂えた風流な着物を身につけながら、先輩仲居に扱かれつつ、今日も裏方要員として華宵亭を駆け回っていた。
そんな雫を魅了した藤の花。昼間は紫水晶のような輝きを見せ、夜のライトアップ時には神秘さを強めて、幽玄な空間に観客を誘う。その妖艶さを感じる花を見ていると、藤よりも深遠な紫色の瞳を持つ〝彼〟と、その柔らかな声が思い出された。
『雫。藤の花には昔からこんな言葉遊びがある。日舞や歌舞伎の長唄『藤娘』に出てくる……』
「〝いとしと書いて藤の花〟……だっけ」
雫が滑らかに口にすると、背後でくすりと笑う声がした。
「……昔に僕が教えてあげたこと、よく覚えていたね」
頭の中の声が現実のものとなり、雫は驚いて背後を振り返る。
藤色の半衿を覗かせた、銀灰色の正絹着物姿。深紫色の羽織を手にした白皙の長身男性――華宵亭の若旦那である雅楽川瑞貴が、涼しげな切れ長の目を和らげ、微笑みながら立っていた。
男臭さのない上品で秀麗な顔立ち。右目の下には色気を増すホクロがある。濡れ髪のような艶やかな赤墨色の髪は緩やかにうねり、フェミニンな雰囲気を強調していた。
優雅な所作ひとつひとつに妖艶さを漂わせる、まさに藤めいて蠱惑的な美男子だ。
彼は雫より三歳年上の二十九歳。香道・華道・茶道・日舞などあらゆる芸道に秀で、ゆくゆくは七代目大旦那を継ぐ予定である。
「若旦那、お疲れ様です」
雫の顔と声が一気に華やぐ。そしてそれは、瑞貴も同じだった。
「雫もお疲れ様。藤の簪が落ちかかっているな。挿し直してあげよう」
仲居は着物の色に合わせ、季節の花の簪をつける。瑞貴は雫の髪にさくりと、下がり藤の簪を通した。
「よし、できた。……また華宵亭を走り回って、仕事を頑張っていたのか? 元気なのはいいけれど、無理をしたら駄目だぞ。困ったことがあればすぐに僕に言って」
「わかりました。若旦那に泣きつくことがない程度に、頑張ります」
片手でガッツポーズを作ると、瑞貴は苦笑する。
「きみの頑張りはひとの倍以上だから、倒れないか心配だよ」
「それはわたしの台詞です。若旦那は、わたしなど足元にも及ばないぐらい忙しく働いてらっしゃるじゃないですか。若旦那の方こそ、倒れないで下さいね。……と、もしやその羽織、外出されるところでしたか?」
「ん……町内会の定例の会合にね。気乗りしなかったから雫に会えてよかったよ。元気が出た」
そう言って顔を綻ばせる瑞貴に、雫は問いたくなる。
会えて喜んでくれるのは、幼馴染としての親愛の情ゆえか。それとも――
「僕の可愛い許婚は、いつだって僕を癒やしてくれるからね」
婚約者として、昔とは違った特別な情があるからなのか、と。
雫が瑞貴の許婚になったのは、指切りをしてから二年後。祖母同士が取り決めた話だった。
それまで雫は、瑞貴が泡となって消えぬよう、何度も祖母や両親にせがんで華宵亭を訪れては、瑞貴の後を追い回して無事を確認したものだ。
ひとりっ子の瑞貴は、雫をとても可愛がった。
『雫、今日もよく来てくれたね。また華宵亭を探検して僕と遊んでくれる?』
雫もひとりっ子だ。両親がともに呉服屋で働いている雫の話し相手は、祖母ばかり。遊び友達もいなかった雫にとって、瑞貴は初めての友であり兄だった。
優しい笑みを絶やさない瑞貴は、物知りで、そして聞き上手でもある。
『人魚姫もそんなに雫に好かれて、嬉しいだろうね。もう一度僕と本を読んでみようか。もしかしたら王子様よりも雫を好きになって、今度は泡にならないかもしれないぞ?』
瑞貴は膝の上に雫を置いて、頬をすり合わせるようにして本を読む。そして時々頬にちゅっとキスをして、「可愛い雫が大好きだよ」とわかりやすく好意を示してくれた。
『雫は僕のこと、好き? 好きだったら、僕にもキスをしてよ』
最初は好きだと口にして、瑞貴の頬にキスを返していた雫だったが、やがてそれが簡単にできなくなった。指を絡ませて手を握るだけでも心臓がドキドキするようになり、身体に触れられると熱くなってたまらなくなったのだ。瑞貴はそんな雫の変化を見抜くと、意地悪く問うた。
『ふふ、雫。どうしてこんなに真っ赤な顔をしているの?』
含み笑いで見つめたり、優しい笑みをふっと消して、急に真面目な顔を近づけたりもする。なにか怖くなって逃げたくなるのだが、瑞貴は強く抱きしめて放してくれない。
瑞貴のそばにいると、心臓がおかしくなる。自分は病気ではないのかと思い始めた小学校の高学年の時、彼が雫の許婚になった。祖母曰く、結婚は雫が高校をちゃんと卒業したらとのこと。
『嬉しいよ。雫が僕のお嫁さんになるなんて! 結婚……待ち遠しいね!』
雫の中で結婚とは、童話の終わりを告げるイベントにすぎなかった。恋をしていなくてもできるものとして、瑞貴ほど喜びは感じていなかったものの、彼が本当に嬉しそうだったから、次第に雫も結婚を待ち侘びるようになった。今の楽しい日々の延長上に結婚がある。そう思っていたが――
『瑞貴は華宵亭の跡取り。その嫁として、そして次期女将として相応しい女性になってもらいます。これよりお互い、修業に励みなさい』
瑞貴の母である女将により、雫も彼と同じ礼法や伝統芸能を指導する私立一貫校に転校させられた上、若旦那としての修業に忙しくなった瑞貴と、華宵亭で遊ぶことも少なくなってしまった。
雫はポジティブに、学校の方が彼といつでも会えると喜んでいたが、現実は――ぎりぎり及第点をとるので精一杯の雫に対し、中等部に通う瑞貴はすべてが優秀。そのため、華宵亭の外では彼は雲の上の存在で、気軽に近づくことができなかった。
彼に会いに行こうものなら、人波に阻まれて押し返されるばかり。さらに瑞貴のファン倶楽部の結束は固く、彼女たちを通さずに馴れ馴れしく近寄ろうとする雫は、ファン倶楽部のブラックリストに載り、制裁が加えられた。
ただ瑞貴に会いたいだけなのに、水を浴びせられたり、倉庫に閉じ込められたり。一緒に食べようと初めて作った弁当はひっくり返され、一番に見せたかった初めてのスマホは水没させられた。
しかし雫は泣き寝入りしなかった。やられっぱなしでは相手を図に乗せるだけだと学習し、果敢にやり返した。その結果、心身ともに逞しくなっていったが、学校で瑞貴と会える時間は失われたまま、彼は高校を卒業してしまったのである。
会いたいのに会えず、他の女性たちと同じく遠巻きに見るしかできない立場は、瑞貴にとって特別でもなんでもない。そう思うたび、胸に切ない感情が膨れ上がり、時に涙となってこぼれ落ちた。そして雫は自覚したのだ。自分は瑞貴に恋をしているのだと。
今まで近すぎてわからなかっただけで、瑞貴をとうに異性として意識していたから、遠くなってしまった彼を独占したくて、彼に向かっていったのだと。
以前のように特別な関係に戻りたいと願っても、恋しい彼は雲上人。卒業した瑞貴はますます若旦那業に忙しく、その高みから気軽に下りてきてくれることはなかった。
せっかくスマホの番号を聞いても、声を聞きたい時に彼は出られない。雫が寝ている時に留守電のメッセージがひっそりと残されるのみ。
本当はずっと言いたかった。
『どうしてあなたから、わたしに会いに来ようとしてくれないの?』
『あなたは機械に残された声や文字だけで満足できるの? わたしのことはどうでもいいの?』
しかしそれを呑み込んだのは、瑞貴の立場を理解しようと思ったからだ。
彼が若旦那になるために、どれだけたゆみない努力をしているか、雫は昔から知っている。天才肌の彼でも、歴史ある華宵亭の若旦那になるのは大変なことであり、また、逸材をさらに磨こうとする女将の指導は厳しい。瑞貴も、期待されるとそれ以上で応えようとする向上心と責任感が人一倍強く、空いた時間も自己鍛錬を欠かさない。
昔こっそり華宵亭に遊びに行った雫は、瑞貴と女将の日舞の稽古風景に度肝を抜かれたことがあった。いつも穏やかで優しい彼が、あんな過酷な稽古をしていたとは想像もつかなかったのである。
汗を掻き、歯を食いしばって頑張る瑞貴を見て、雫は彼を心から応援したくなった。
だから雫は、恋のせいで我儘になりそうな心をぐっと抑え、いずれ来たるふたりだけの時間を楽しみに高校を卒業した。しかし瑞貴の父であり、今は亡き六代目華宵亭大旦那に尚早だと反対され、結婚にストップがかかってしまう。
気落ちする雫に、瑞貴はこう言ってくれた。
『いいか、雫。僕が破談にさせない。これはあくまで延期だ。だから僕を信じて待っていてほしい。いい機会だから次期女将……若女将として修業をしておくといいかもね』
それもそうだと思った。ただ待っているよりは、華宵亭のプラスになることを学びたい。
だから東京のホテル観光学科がある専門学校を出た後、色々な旅館で下積みをした。
二十歳の誕生日に瑞貴から郵送された、誕生石がついた雫形のペンダント。それを握りしめて修業に励み、昨年瑞貴に呼び戻されるまで計七年の月日が過ぎていた。
『花嫁修業として、華宵亭の住み込み仲居になってほしい』
若女将修業と花嫁修業の違いがよくわからないものの、花嫁という言葉が出ただけでも、結婚に向けて前進したのだろうと思うようにした。でも、瑞貴は先輩仲居たちに『幼馴染で、得意先の娘』としか紹介しなかったのだ。
やっかみを受けぬようにとの配慮だったのだろう。だが、結婚話は一向に進まない。
彼は以前こう言った。
『若旦那としてきちんと認められた時に、皆に公表したい。それまで許婚というのは秘密だ』
誰もが彼を若旦那だと認めている今ですら、彼は周囲に許婚だと紹介しない。
解禁はいつになるのか。一年後? 十年後? それともずっとこのまま?
『あと少し待っていてくれないか。僕が必ずなんとかしてみせるから』
障害があるのか尋ねても、彼は困ったように笑うだけで答えてくれなかった。
……もう二十六歳だ。結婚に焦っているわけではないが、瑞貴に望まれているのか不安になる。
延期されているのは、彼自身がこの結婚に、乗り気ではないからではないかと。
嫌われていないのはわかる。今だって彼の方が忙しいはずなのに、わずかな時間を縫って、雫に優しい言葉をかけてくれるのだから。
それに雫の奮闘ぶりを温かく見守り応援してくれている。今も昔も……〝兄〟として。
会えなかった昔はそうした〝特別〟でもいいと思っていた。しかし毎日顔を合わせている今、華宵亭の伝統を守り、客を大切にする……その真摯で誠実な若旦那姿を見るたび、彼に強く惹かれる。それでなくとも魅力的な男性へと成長した瑞貴だ。尊敬の念を抱くと同時に、否応なく彼を異性として意識してしまう。瑞貴に女として愛され、求められたいと思ってしまう。
穏やかで清廉な兄の慈愛ではなく、もっと激しい〝男〟の情愛を見せてもらえたら。
それがなく、結婚話も進まないのは、彼を駆り立てるだけの魅力が自分にないからだ――
「――雫? 黙り込んでどうかした?」
考え込んでいた雫は、心配そうな瑞貴の顔が近づいていたことに驚き、背を反らした。
「い、いえ……なんでもないです。ごめんなさい、ぼうっとしてしまって」
慌てて笑顔を作る。いつからか、彼の前で笑顔を作ることが癖になった。昔は自然と笑みになっていたというのに。
「ちゃんと休憩をとりながら仕事をするんだよ。……あ、そうそう。〝いとしと書いて藤の花〟……その内容まで、きみは覚えているかい?」
かこん、庭で鹿威しが鳴っている。
「はい。〝い〟を縦に十個書いて、真ん中に大きく〝し〟を書く。それが藤の模様と……」
「そう。い十し……〝愛おしい〟という言葉にかけている」
彼の口から出てくる愛の言葉に、雫の心臓がとくんと鳴り響く。
「藤の花言葉は、『恋に酔う』。ネガティブな意味として『決して離れない』もあるけれど……僕は、この藤が好きだ」
暗紫の目を切なげに細めて微笑むと、瑞貴は雫の頬を優しく撫でる。
……幼子をあやしているかのように。
「……もっと話していたいけれど、もう出かける時間になってしまった」
瑞貴は小さくため息をつき、手にある深紫の羽織を身にまとう。
それを手伝う雫の鼻にふわりと漂ってきたのは、麝香をベースとする彼が調香した甘い香。
昔はもっと爽やかな香りを身につけていた気がする。大人の男として妖しげな魅力を備えた今、瑞貴の香は彼自身のように蠱惑的で、雫の身体を火照らせた。
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
妖艶な色をスタイリッシュに着こなす瑞貴は、雫にとってどこまでも目映い存在だ。
「はい……。いってらっしゃいませ」
雫は頭を下げて、瑞貴を見送る。
昔とは違い、彼をそばで感じられるのに、遠くで見守っていた時と同様に切なさは抜けない。
彼との距離感が掴めない。
(もっと……素直に飛び込んでいける、近しい関係だったはずなのに……)
〝あなたは、わたしのことを女として愛してくれていますか〟
そう聞きたくても、怖くて聞けない。
人魚姫と仲良くなった王子ですら、別の女性を選んだ。
もし瑞貴に、恋も結婚も他の女性としたいのだと言われたら――
昔は瑞貴を人魚姫だと思ったけれど、泡になって消えてなくなるのは自分の方かもしれない……そう考えると、臆病になってしまう。学生時代に培った勝ち気で勇ましい性格は、彼の前ではひっ込むのだ。
すべてを捨てても、恋しい王子のそばで生きることを選んだ人魚姫。どんなに王子の近くで、彼の笑顔を見ていても、愛をもらえないために消えていった。
子供の頃に哀れんだ童話のヒロインが、今はとても身近に思えて胸が痛くなる。
(若旦那。わたしは……今年二十六歳になるんです。もう化粧もしている大人の女なんです)
それでもまだ、彼の恋愛対象外、なのだろうか――
*゚。・*・。゚*
華宵亭には、四季の名で呼ばれる四つの客棟がある。それらは庭を眺められる渡り廊下で結ばれていた。一棟には四室。全室部屋食、風呂は予約制。送迎時間が重なる場合は、出入場所を別にするなど、できる限り客同士が顔を合わせることがないように配慮されている。
その日、雫がフロントから一番遠くにある冬の棟の膳を下げていたところ、ベテラン仲居のひとりである仲村孝子が現れ、目を吊り上げた。
「朝霧さん、春の棟のお膳、まだ下げてないじゃないの!」
目鼻立ちがはっきりしていて、華やかな雰囲気を持つ美女のため、怒ると迫力がある。
「あちらの棟は、香織ちゃんに任せていますが……」
「入ったばかりの子がひとりで、あんな重い膳を下げられるはずないでしょう⁉」
(わたしの時は、すぐにやらせたくせに……)
香織というのは常脇番頭の娘で、短大を卒業し今春就職した、雫の唯一の後輩である。
ふわふわとした可愛らしい子なのだが、マニキュアが剥がれるからと洗い物も配膳も布団敷きもしない。そんな状態なのに、イケメン客を見ると勝手に担当仲居として挨拶してしまう。注意すれば大粒の涙を流してパワハラだと父親に訴える。今では仲居のほとんどが怒れる番頭を恐れ、香織の我儘を見て見ぬふりして甘やかすため、ますます仕事をしないのだ。
「誰かのせいにしないで、自分で進んでやるくらいの優しさはないの?」
そのまま孝子に返したいと思いつつ、これも修業だと心の中で唱えて落ち着く。
「――申しわけありませんでした。これを片づけてから、すぐ春の棟に向かいます」
雫は冬の棟の部屋から下げた空のお膳を重ね、片手で三膳ずつ持ってすくりと立ち上がる。
「六膳……。私ですら両手に一膳ずつ持つので限界なのに……」
軽やかな足取りで厨房に向かう雫を見て、孝子は引き攣った顔で呟く。
「どんなに扱いても尻尾を巻いて逃げ出さず、大量の力仕事を押しつけてもすぐに終わらせる。あんなに小柄なのに、なんなのあの子……。謎だわ……」
雫は瑞貴の許婚であることを秘密にしているが、彼の幼馴染、かつ得意先の娘という事実だけで、瑞貴に憧れる仲居たちの顰蹙を買うことになった。
女将がなにも言わないのをいいことに、早く辞めろと言わんばかりにいびられているけれど、嫌がらせなら学生時代のおかげで慣れている。培ってきた根性と体力、若干の怪力で乗り切る内に、いつの間にか力仕事が専門となっていた。
人前へ出すには未熟すぎると、部屋担当はおろか接客自体させてもらえないが、雫は十分に外で経験を積んでいる。それでも下働きは大切だと、仕事を疎かにはしなかった。なにより瑞貴の姿を毎日見ながら、大好きな彼の旅館で働けるのなら、どんな仕事でも愛おしく思えたのだ。
そんな雫が春の棟を見に行くと、甘ったるい声が聞こえてきた。これは香織の声である。
「もう~、副番頭ったら! なにか喋って下さいよう、まったくクールなんだから」
彼女が話しかけているのは、鉄紺色の着物と羽織を着た、黒髪の若い男性だ。
清潔感が漂う、きりっとした美貌の彼は副番頭の片桐大倭といい、雫のもうひとりの幼馴染で、私立一貫校時代の同級生でもある。
女将により転校させられた雫は、しばし新たなクラスに馴染めず、祖母にもらった人魚姫のノートに落書きをして休み時間をすごしていた。そこに、大倭がなにを描いているのかと声をかけてきたのだが、慌てて隠そうとする雫から彼がノートを取り上げた際、ノートが破れてしまったのだ。
雫が大泣きして帰宅した夜、大倭とシングルマザーの小夜子が謝罪のため家に訪れた。そこで初めて小夜子が華宵亭の仲居であることや、大倭と華宵亭の離れに住んでいることが発覚した。
今まで雫が目にしたことがなかったのは、彼らの住居が、瑞貴と探検していない大庭園の外れにあったからだ。そして大倭もまた母屋への立ち入りを小夜子に禁じられていたため、瑞貴たちとの交流がないまま、裏口から出入りして華宵亭の外で遊んで育ったとか。
そうした少なからぬ縁があったため、最初の頃は瑞貴も交えて華宵亭で遊んだこともあったが、瑞貴が忙しくなると、雫の遊び相手は学校でも華宵亭でも気軽に会える大倭ばかりになった。彼は瑞貴に会えずやさぐれる雫を見兼ねて、瑞貴への伝言役を買って出てくれたこともある。大倭は本当にいい幼馴染で、親友であった。
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