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第10章 Darkness Voice
15.
しおりを挟む「な、なんで、皆で裕貴くんのおうちに来て、そんな発想に……」
須王は、あたしの耳を唇で甘噛みしながら、熱い吐息を耳の穴に吹き込むようにして言った。
「当然だろう。俺の女が可愛すぎてたまんねぇからだ。もう本当になんなの、お前。俺をどうさせたいの?」
心の震えと共に、須王の唇があたしの首に這い、舌で舐められ、あたしは身震いをした。
「自分のトラウマぶり返して傷ついて泣きながら、俺を守ろうとするの、お前以外の他の誰がいるよ。……お前だけだろ、そんな可愛いことすんの」
「……な、棗くんには余計なお世話だと言われたし。あたし、勝手なことをしちゃったから」
「確かにな、組織を知らねぇ奴には知った顔はして貰いたくねぇ。それは俺のトラウマを勝手に踏みにじられて、広げられるような感覚だから」
「……ごめん、あたし……っ」
須王は逃げようとしたあたしを両手で横から抱きしめた。
あたしの頭の上には須王の顔があるようで、頬を頭上に擦りつけたようだ。
「お前だけは、踏み込んでくることを許した。だから、最大のトラウマをお前に話しただろう、俺。裕貴にも小林にも話していないことをお前だけには……。だけど棗には、そういう奴がいねぇんだ」
「………」
「別に哀れんで欲しいわけじゃねぇ。同情されてぇわけじゃねぇんだ。ただ……こんなに血で穢れた俺達でも、まるごと愛してくれる奴が欲しいだけで」
「……須王も棗くんも穢れてない」
「それは、お前の願望だ。俺も棗も、命令されれば手を血に染めて生きてきた。……今での血の臭いが消えねぇのは、これが俺達が背負わねばいけねぇ咎人の烙印だからなのか」
「須王……」
……生きるために、命令に絶対服従。
たとえそれが、誰かの命を奪うもので、それが私的なものでどんなに理不尽なものであろうとも。
それはわかる。
須王が自宅で語った彼の悲痛さは、あたしは忘れることは出来ないから。
「わかるよ。須王の意志がそこになかったことは」
「ん……。そうやって、お前は俺を大事に思ってくれる。庇ってくれる。……俺がただの殺人鬼だと、疑わねぇでくれる。……俺が人間だと思ってくれる。人間でいたいと思わせてくれる」
須王の声が震えた。
「恐らく、そう思ってくれるのはお前だからだ。他には言えねぇよ。いつ誰が、汚らわしい目で俺を見るのかわからねぇから」
それは普段の須王らしくない、弱々しい声だった。
「そんなことは……っ」
「……なんでもしてきたから、生きるために。手段を選ばずに生きてきた。……動物と同じ、弱い奴を食ってきたようなものだ」
「須王……」
「棗のことは許して欲しい。あいつはまだ闇から抜け出せねぇ。俺のこの幸せを感じられねぇ。あいつにとって傍にいた俺を、お前は奪う側だ。お前に八つ当たりをしただけだ」
「許すも許さないも、悪いのはあたしなんだし」
「……そんなはずねぇだろう。誰が悪いのか、それは棗自身もわかっているはずだ。そこまであいつは、お粗末な奴じゃねぇ。とはいえ、裕貴と三芳が怒って連れ出したから、散々と棗を責めているだろうが、今回は俺は助けねぇ」
「でも……っ」
あたしが須王を見ると、須王はあたしの後頭部に大きな掌を置き、ぽんぽんと駄々っ子をあやすように優しく叩きながら、そのダークブルーの瞳を細めて柔らかく言う。
「俺が逆の立場で、お前が棗と付き合っていたのなら、俺も妬く。棗が羨ましいくてたまんねぇ。なんで棗だけが幸せなんだって思う」
「幸せって言っても、あたしは須王達のことなにも理解……」
「しようとして、お前傷ついたろう。傷ついても、俺のことを助けようとしてくれただろう。あの女に会って闇に染まった俺を、お前は引っ張り出そうとしてくれた。唾棄すべき俺の過去を変えようとしただろう。俺のために」
須王の指が、あたしの髪の毛に絡みついて、くいくいと引く。
「ありがとう。俺を助けようとしてくれて。俺の痛みに、共鳴させちまって、ごめんな。俺、お前の心を守れず、お前に守られていた」
その笑顔が、泣き出しそうなほどに切なくて。
「こんな俺を選んでくれて、ありがとう」
……駄目だ、泣きたくなる。
だけど、泣いたらせっかくの化粧が崩れる。
「……それ、どんなリアクション?」
眉間に皺を寄せて、泣かないように頑張っているんだい!
「ただい……」
裕貴くんの声に、あたしはそのまま振り向いてしまった。
そこには裕貴くんだけではなく、女帝や棗くんも居た。
棗くんは茶色い瞳であたしをじっと見ている。
そう、じっと。
まるであたしとの距離を推し量っているように、いつもの棗くんらしくないように瞳を揺らして。
「柚、須王さんに虐められたの!?」
女帝が棗くんの背中を突いている。
ああ、多分、女帝や裕貴くんが棗くんになにかを言ったんだなと思った。
「違うよ、アホ。どうだ俺の化粧は……って、いい加減お前その顔をやめろ」
頭をぽんと叩かれて、あたしは皆を睨み付けていたことを知った。
「眉間、皺になるわよ」
そう言ったのは棗くんで。
慌てて指で皺を伸ばすあたしに、どっと笑いが起きて、棗くんも笑った。
棗くんが笑ってくれた。
そう思うとまた涙を我慢しようとして変な顔をしてしまい、須王に小突かれてしまった。
「お前、ウケを狙わなくてもいいから」
……別に笑いを取ろうとしたわけではないんだけれど。
皆が笑う中、棗くんが静かに頭を下げた。
別に棗くんが謝ることはない。
あたしが無神経なことをしてしまったのは確かだから。
だけど言葉なくとも棗くんの心が伝わってくる。
なにも言葉だけがすべてではない。
言葉を出さずとも、伝わる感情というものがある――。
だからあたしも頭を下げた。
頭を垂らす棗くんがあたしを見たかどうかはわからない。
なにも棗くんだけがすべてを背負わなくてもいい。
あたしは、もう少し気遣うべきだった。
彼らにとって、捨てた母親との接触は、ナーバスになる問題なのだと。
「ただい……あら、なにふたりでお辞儀してるの?」
ちょうど戻ってきた裕貴くんのお母さんの声に顔を上げたあたしは、泣きたくなるのを我慢していた真っ最中で、実に今日三度目の変な顔をして、裕貴くんのお母さんやおばちゃんまでもを笑わせてしまったのだった。
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