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第9章 Changing Voice
3.
しおりを挟む「え、でも黒服達は、いつも似たような姿でわらわらと現われるよね。死んでしまっても、また新たな黒服が増殖しているということ? 前も言ってたけど、天の奏音の信者というには、そっくりさんすぎる気はするけど」
「……ひとつ、俺と棗の間で仮説がある」
須王は手を止めて、あたしを見た。
「俺と棗は子供ばかりの空間に入れられた。だが外で仕事をするには、大人の人間も必要だ。たまに大人と組まされることもある。だが俺達が寝泊まりしているところには、そんな黒服はいなかった。いつも別の場所から湧いていたんだ。掃いて捨てられるほどの下っ端要員が、ほぼ無限に」
「………」
「その頃は宗教なんてものはねぇ。だとすれば俺達を必要とした飼育者……スポンサー達は、大人をどこで調達していた?」
「大人って黒服だけ?」
「あぁ。性処理の女も、高値になるだろう未成年ばかりだった。だがもしかすれば、客に熟女マニアもいるかもしれねぇし、俺の知らないところで年寄りも集められていたかもしれねぇな」
碧姉はもう三十路だ。
どうか未成年だからいかがわしいことをさせられていたのであって欲しい。
「ただ子供は孤児ばかりだし、拉致も簡単にできるが、大人の……黒服世代の男は拉致するのもかなり手間がかかる。人の目もあるしな。帰らない人間がいるのなら、必ずどこかで騒ぎになる。権力で隠していなかったら、だが」
「確かに……。平和だよね」
「そこで俺達は考えた。……組織自体で、早く成長出来る大人を作っているのではないかと」
「待って、ちょっと待って。早く成長ってなに? あの黒服はいって三十代とみてる。つまりあの姿になるのに三十年かかっているのよ?」
「ああ。三十年経った姿が皆同じというのはおかしいだろう。組織に下る前は、それだけの同じ顔の奴らが社会に存在していたということになる。双子三つ子の話じゃねぇ、あれなら分裂だ。俺達の仲間に、黒服になりそうな同じ顔ばかりはいなかったしな」
「必ず子供は大人になるよね。年上の子とかはどうしたの?」
「いつの間にか消えていたな。あそこは大人になると身体能力が低下するため、扱いが酷くなる。殺されたか、うち捨てられたのかもしれねぇ。俺も棗も、死にたくないからとずっと生き延び続けていたら、最後には……」
翳った須王の顔。
組織を潰そうという彼らの判断は、彼らの人生を守った。
偉いと言うべきか、気の毒だと言うべきか。
いや、どの言葉も相応しくない。
言葉が見つからないあたしは、言葉を切って翳った顔でうつむく須王の頭に手を伸ばして、いい子いい子と優しく撫でた。
すると須王はあたしの手を取り、自分の頬につけてから、あたしの掌にちゅっと啄むような軽いキスを落とした。
そして、じっと見つめられ……、お互い身を乗り出すようにして唇が重なった。
……彼の唇は震えていた。
強靱な肉体をしていても平気なわけはない。
平気なふりをしているだけ。
組織の影は、今でも彼を苛むものとして生き続けている――。
「……あのさ、拉致してきた大人達の顔や、使い物にならなくなった子をどこかで大人になるまで成長させた顔を、整形しているということも考えてみたんだ」
「うん?」
「ありえなくもねぇが、あの顔にこだわる意味がわからねぇ」
あたしは思わず笑ってしまった。
確かにあの黒服の顔が特別に素晴らしいというわけでもない。
むしろ不気味だ。サングラスを外すのが怖い。
「……あのね。サングラスを外して出てきた目が、一昔前の少女漫画のように、ばっさばっさな睫毛に縁取られた、大きな星を宿した愛らしい目だったらどうしよう」
そう須王に言うと、須王は腹を抱えて笑い出す。
「さすがはお前だ。腹痛ぇぇ」
……憂いが吹き飛んだなら、なにより。
須王に笑って貰うためには、あたしピエロにもなるよ。
「棗があの顔をした、過去の犯罪者や著名人のものをを調べているが、ヒットしないらしい。それで今、ネットからたぐって、十五年前から二十年ぐらい前の古い卒業写真であの顔を持つ男、あるいは妙に相似している男の顔を調べているが、まだ見つけられねぇ」
「棗くん、パソコンしてるの?」
「はは、棗のコネで調査させている。ハッキングを得意分野とする集団に。表社会に出ている顔ならば、どこかで繋がるはずなんだが」
「でも、早く成長出来る大人を作るっていう方が、SFみたいで無理があるような……」
「ああ。出来ればその仮説には行き着きたくねぇ。あくまで可能性のひとつだ。組織が黒服達を作っていたと考えるのは」
もしも今、須王の体験した組織が復活していたとして、今も変わらず任務に失敗したら命を捧げないといけないというのなら、昔も今も、あたしが見ていた黒服達は常に新しく見る男達だということになる。
若さ的に同じ時期と思われる黒服達が湧くのは異常。
「今の黒服は命捧げなくて、同じ黒服の使い回しなんじゃ?」
「現実的に考えればな。だが昔の組織の時と、今も同じ姿というのがひっかかる」
人間のお腹から六つ子は生まれたことがあると聞いたことはあるが、毎年毎年六つ子を産んでいたとしても、数が追いつかない。
それに須王が九年前には組織を潰しているのだ。
その時の残党であるのなら、皺があったり白髪が交ざっていてもいいし、もしも違う黒服と言うのなら、組織が潰れた後も相変わらず、黒服を訓練させられる組織が存続していたということにもなる。
短期間で、似た風貌を増殖出来るのならば、確かに話は早い。
だが故意的にひとを増殖させるとなれば、その方法はあたしの想像には及ばない。
どうしてもあたしには、映画や漫画の……、ご都合主義の架空の世界としか思えないのだ。
「なんであたしなのかなぁ」
あたしは机に突っ伏した。
「平々凡々なのに……」
「俺にとっては、お前は特別で最高だけど?」
くぅぅ、真顔でそんなことを言うな。
「お前という存在でなければいけない理由か……」
……しかし答えは出てこなかった。
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