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第8章 Loving Voice
16.
しおりを挟む帰社後――。
車を運転しながら、須王が笑う。
「お前がなればいいだろう、課長。俺が課長するよりもよほど現実味がある」
「いやいや、そっちの方が現地味ないから!」
「育成課、元々お前以上に知識ある奴いねぇじゃん」
「あたしはそんな……」
「お前の顧客フォローと管理が徹底していたから、あのデブなにもしねぇで判子だけでやってこれたんだ。下のふたりなんてお前の批判しかしていなかっただろうさ。だからお前に出来たことを、出来ねぇ」
企画百本ノックのことだろうか。
「……今、俺がプロジェクトの方にお前を使ってるから、お前企画の仕事も出来てねぇよな」
「あ、メールのやりとりとか電話は合間に入れてるから大丈夫。あとはパソコンの表計算やグラフというものが出来れば、パソコン作業も早く終わるんだけど」
「なんで必要?」
「育成の伸び率はやはりぱっとわかった方がいいじゃない? 表でもグラフでも。そこがさっさとクリアしないと、次の話題にいけないでしょう」
「はは。恐らくそこまで考えている社員は、他にいねぇな。大体パソコンなんて、ネットで遊ぶ道具になってるだろ」
「え、でも女帝は……」
「お前、三芳を部下に使え」
「へ? 受付じゃない。あなたの秘書もやってるでしょう?」
「……俺、体制を変える」
須王の横顔は厳しい。
「このままじゃ、エリュシオン潰れるぞ」
「……っ」
「潰さねぇためには、変えるしかねぇ」
「でも味方がいないよ? 誰がスパイなのかもわからないんだから」
須王は黙ってなにかを考え込んでいた。
「あ、そうだ。帰り、病院の近くで下ろして貰ってもいい?」
「なんで?」
「お買い物したいの。今がどういう状況下はわかっているんだけど、ちょっと寄りたいところがあって」
「わかった。俺も行く」
「……ひとりでも歩けるんだけどね」
「駄目だ。それに……外でデートしてなかったから、しようぜ?」
「デ、デートって」
「恋人らしいことしねぇと、お前にそっぽ向かれるしな」
「そ、そんなことは……」
ダークブルーの瞳が、からかうような光を宿している。
「俺が、お前とデートしてぇんだよ。九年前から、お前と学校の外でも手を繋いで歩きたかったから。だから遊園地、すげぇ楽しかったし」
「……っ」
「今はこんな状況だけど、必ず俺がなんとかするから。だから今は、楽しいことだけを考えよう。……出来る範囲で、思い出を作ろう」
「……ん」
「俺が守る」
握られた手は力強くて、頼もしい。
棗くんの盗聴器探索機にもひっかからなかった車内。
そしてあたしや須王のカバンや服も異常なし。
だったらきっと、どこに行こうとしているのか……、誰もわからないはずだから。今あたしが初めて口にしたことが、敵にわかるというのなら、それは超能力集団だ。それはありえないと思うから。
さあ、束の間のお外のデートを。
ふと牧田チーフの姿が頭に浮かび、それを振り切るように頭を振る。
大丈夫、あたしはあんなにはならない。
須王がいるんだから。
だけどやはり、なにか不安だった。
*+†+*――*+†+*
向かったのは、病院近くのショッピングモール。
横浜ほどではないけれど、最近出来て話題になっている場所でもある。
地下駐車場に行くとたくさんの車が停まっていて、なかなかに空きスペースがない。二周目でようやく見つけた場所に、須王がハンドルを切りながら普通にバックをしているのを見て、思わずじっと見てしまう。
「どうした?」
「いや……そんなに狭い場所にうまいなと」
「東京でこれくらい出来なきゃ、ずっと走ってるしかないだろうよ」
「はは、そうだね。赤レンガの駐車場が大きくて空いててよかったよ。本当によかった……」
今思えば無謀な運転をしていた。
よく無事で帰って来れたものだ。
「今度慣らせばいい。こっちでもアウディの方でも。国産がいいなら、なにか買うか?」
あめでも買ってやるか? と言わんばかりのごく自然な会話の流れ。
本当にこの男は、どれほどお金を稼いでいるのかわからないけれど、金銭感覚がおかしい。
まあ、あれだけ立派なマンションを王城にしているのなら、付属品も大した価値がないのかもしれない。
「いりません!」
きっぱりと拒絶すると、愉快そうに須王は笑いながら、あたしの頭をぐしゃぐしゃにした。
「な、なにを……」
「なんだか、最近特にお前が可愛くてさ」
さらりと、場所も構わず、甘い言葉を吐く王様。
「な、ななな! なにを言ってるの!」
「怒った顔も可愛くてさ。虐めたくて仕方がねぇんだよ、その尖った唇が可愛くてさ、こうやって奪いたくなる。ん……」
しっとりとした須王のキスは、されただけで身体が火照ってしまうが、女心をくすぐるのか、やはりキスをされた後は気恥ずかしくて、そっと俯いてしまう。須王とのキスは好きなのに、いつまでたっても慣れない。
「……お前、ツンデレっ気があるよな」
「は!? どこが!? それを言うならあなたでしょう!?」
「俺、でれでれしていても、お前につんつんしてねぇぞ。つんつんしてたのは、お前」
そう言われれば、そうかもしれない。
須王の態度は、つんつんではなかった気がする。
「俺はヤンデレかもな」
「病んでるの!?」
「ああ。お前に関しては病的に。一歩間違えれば気狂いになりそうなくらい、お前のことばかり考えてる。言ったろう、監禁したいって。他の男に目を向くのならいっそと、物騒なことも考えたくらいだ」
「……っ」
「多分俺、面倒臭い男なんだろうな。……さ、降りるぞ」
あたしは須王の腕を掴んだ。
「どうした?」
「あたしも負けないくらい、面倒な女だから」
「はは。お前は優等生すぎる。もっと俺に我儘を言えよ、もっと淫らになれよ。お前のためなら俺、なんでもしてやるから」
「……っ」
斜めから向けられるダークブルーに酔わされながら、やがて自然に唇が重なり、甘いキスに堪能して外に降りた。
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