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第8章 Loving Voice
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確かに、くせっ毛のところとか、言葉遣いとか、(やや)ワイルドなところとか、宮坂専務と須王には似通ったところがある。……須王本人が認める認めないは別として。
それを知っていたのに、どうして宮坂専務は渉さんではないと、今まで除外してきてしまったのだろう。
考えてみれば、以前食堂で専務が須王に声をかけた時も、須王は目も合わせず、相手を嫌悪しているというより存在を唾棄したような態度を取っていた。
電話を無視している時のように。
「帰るぞ」
須王があたしの手を掴んで出ようとするから、あたしはしっかりと地面に足をつけて、踏ん張って抵抗した。
「おい、柚!」
「話せばわかる!」
「あ゛!?」
しかし王様の目力は凄まじい。
ぶるぶると震え上がりながらも、エリュシオンのモグモグは頑張る。
「お話。ね?」
かなり背を丸めて縮こまりながら。
「……お前、こいつが誰だかわかって言ってるか?」
「わかっているわよ。専務が渉さんだったのね」
「それでこいつと話せというのか、お前」
鎮められたその声は、彼の怒りと反比例。
「うん。後でなんでもお願い聞くから、ちょっとお話しよう」
「冗談じゃねぇよ」
「じゃあもう、須王のお願いは聞かないね?」
にこっと笑って見せた。
「お前……」
「ん?」
……あたしだって、どんなことを言われるかわからない須王の頼みを聞くんだ。それくらいしても、あたしは彼らに話をさせたかった。
極悪非道で、須王を見捨てた渉さん。
あたしには、専務がそういうタイプには見えなかった。
その声から、言葉尻から、脅迫とかそういう物騒な思惑なしに、ただ須王と話したいだけのようにしか思えなかったから。
パラダイスでは隆くんに見られると思い、パラダイスを出てその上である六階の休憩スペースに、心底嫌がる須王となぜか笑い転げる専務を連れる。
このビルで六階はよくわからなかったりする。
会社の看板も出ていないけれど、六階の案内地図には空き部屋というには大きすぎる空間があり、おそらく会社が入って居るだろうとしか思えない、不思議な階。
この階の奥まったところに、自販機とテーブルと椅子が置かれた休憩室があり、ここは穴場であることをシークレットムーンに居た千絵ちゃんから教えて貰った。
丸テーブルにあたしを挟んで両側に座っているのが、威圧感あるイケメン。
ここにシークレットムーンの香月課長や結城課長が入れば、ここは六階でも食堂のようにパラダイス。
……とは言えないあたしは、不機嫌極まりない顔で腕を組んで足を組んでいる須王をひやひやしながら見ている。
「まさかこうあっさりと、須王が釣れるとはな」
専務は、堪えきれないようにして笑い出した。
あなたがお願いしたんでしょうと思いつつ、中々に笑い声が途切れない彼はかなりの笑い上戸らしく、それまでの鋭い目つきが緩和されるから、空気が和やかになる。
「さすがだな、モグ。あさっての方向の土を掘っていたのに、いつの間にか、あの須王を尻に敷いたか」
……モグとはあたしのことらしい。
あたしのフルネームを見たくせに、あたしはモグか。
まあいいけどね、モグモグ可愛いし、専務は須王の身内なんだから気安く呼んでくれても。
だけど聞き捨てならない――。
「別にあたし、尻に敷いてませんが。ねぇ須王」
「………」
須王はじとりとしたような目をあたしに向ける。
「ぶはははは。ようやく付き合えた女の尻に敷かれるのが血筋なんだ。やっぱり須王もそうか、こりゃあいい」
笑い転げる専務を横目に、あたしは目を細めた。
「付き合ったらの話ですよね。でもあたしと須王は、付き合っては……」
「は!? それマジで言ってる!? 隆にわざと言ったわけじゃなく!?」
「い、いや……別に付き合おうという話をしてないじゃない?」
「お前……っ、今さら……」
「ぶははははは。付き合っていたつもりなのは須王だけか。まあ、前見た時よりも、名前で呼び合える仲になったということに拍手を送ろうか。おめでとう」
パチパチパチ。
乾いた拍手に須王がキレ……る前に、あたしは彼の手を握った。
「おーおー、所構わずいちゃついちゃつきやがって。初々しいな」
あたしのとった行動の理由をわかっていながら、元凶の専務はそんなことを言う。
「いちゃついているところ悪いが、須王に話したいことがある」
須王はあたしの手を離さず、余裕であたしの指を指の腹で撫でている。
かなり大胆不敵な王様だから、手を離そうとしたけれど許しては貰えず、とにかくにやにやする専務の目から逃れるために、あたしの膝に置くしかなかった。
「悪いと思ってるのなら、話す前にさっさと会社に帰れ」
「思ってねぇならいいんだな?」
専務の悪びれる様子もない態度に、盛大な舌打ちが聞こえた。
「要件は棗を通せ」
「例の件についてだ」
「今ここでしなくてもいいだろ!?」
苛立ったように須王が言う。
例の件?
「今したくないなら、今度からは電話に出るか?」
「………」
出たくないんだな、わかりやすいくらいの嫌悪の情。
「それに、モグがお前の女なら、いずれ巻き込まれる」
「……ああもう、今言え。簡潔に!」
笑いを滲ませて、ゆっくりと専務の声が聞こえた。
「例の件、ジジイはシュウにしそうだ」
シュウとは、須王が嫌いなシュウさんのことだろう。
「お前、すべてをシュウに押しつけて、逃げたままでいいと思うか?」
ギンと細められた、専務の険しい目。
低い声音の厳しい声に、空気が張り詰める。
「……俺が悪いのか?」
怒りに満ちた須王の声。
あたしの手をぎゅうぎゅうと力を入れて握られる。
「勝手な理由で、ここに集めたのは誰だ」
睥睨というより他人のように冷たい、須王の眼差し。
専務はそれをたじろぐことなく、余裕で受け止める。
「はは、それに乗ったのはお前だろう。約束を果たしてねぇのに、ほざくな」
段々と声を伝える空気が剣呑になってきて、慌ててあたしは声を出した。
「あ、あの……喉渇きません?」
「「乾かねぇ」」
ふたり即答で、はい終了。
「は……なに、シュウにお願いしますと頭を下げろと? シュウが可哀想だと思うなら、お前がなればいいだろう。俺に押しつけるな」
「須王!」
「確かに俺は、柚に会いたくてお前の提案に乗ったよ。だがな、お前がシュウのためにしたことで、俺を責めるのは筋違いだ。それはタツキも同じ意見だろう。俺らの条件を呑むほどにシュウが大事でもな、俺からしてみればシュウは何様なんだよ。俺だって……」
須王は声を震わせて言った。
「俺だって、助けて貰いたかったよ。対等だろうが。なんでシュウだけ……。俺も演技をすればよかったのかよ。その場で倒れれば」
須王から素直に漏れた真情の吐露に、専務は目を細めた。
確かに、くせっ毛のところとか、言葉遣いとか、(やや)ワイルドなところとか、宮坂専務と須王には似通ったところがある。……須王本人が認める認めないは別として。
それを知っていたのに、どうして宮坂専務は渉さんではないと、今まで除外してきてしまったのだろう。
考えてみれば、以前食堂で専務が須王に声をかけた時も、須王は目も合わせず、相手を嫌悪しているというより存在を唾棄したような態度を取っていた。
電話を無視している時のように。
「帰るぞ」
須王があたしの手を掴んで出ようとするから、あたしはしっかりと地面に足をつけて、踏ん張って抵抗した。
「おい、柚!」
「話せばわかる!」
「あ゛!?」
しかし王様の目力は凄まじい。
ぶるぶると震え上がりながらも、エリュシオンのモグモグは頑張る。
「お話。ね?」
かなり背を丸めて縮こまりながら。
「……お前、こいつが誰だかわかって言ってるか?」
「わかっているわよ。専務が渉さんだったのね」
「それでこいつと話せというのか、お前」
鎮められたその声は、彼の怒りと反比例。
「うん。後でなんでもお願い聞くから、ちょっとお話しよう」
「冗談じゃねぇよ」
「じゃあもう、須王のお願いは聞かないね?」
にこっと笑って見せた。
「お前……」
「ん?」
……あたしだって、どんなことを言われるかわからない須王の頼みを聞くんだ。それくらいしても、あたしは彼らに話をさせたかった。
極悪非道で、須王を見捨てた渉さん。
あたしには、専務がそういうタイプには見えなかった。
その声から、言葉尻から、脅迫とかそういう物騒な思惑なしに、ただ須王と話したいだけのようにしか思えなかったから。
パラダイスでは隆くんに見られると思い、パラダイスを出てその上である六階の休憩スペースに、心底嫌がる須王となぜか笑い転げる専務を連れる。
このビルで六階はよくわからなかったりする。
会社の看板も出ていないけれど、六階の案内地図には空き部屋というには大きすぎる空間があり、おそらく会社が入って居るだろうとしか思えない、不思議な階。
この階の奥まったところに、自販機とテーブルと椅子が置かれた休憩室があり、ここは穴場であることをシークレットムーンに居た千絵ちゃんから教えて貰った。
丸テーブルにあたしを挟んで両側に座っているのが、威圧感あるイケメン。
ここにシークレットムーンの香月課長や結城課長が入れば、ここは六階でも食堂のようにパラダイス。
……とは言えないあたしは、不機嫌極まりない顔で腕を組んで足を組んでいる須王をひやひやしながら見ている。
「まさかこうあっさりと、須王が釣れるとはな」
専務は、堪えきれないようにして笑い出した。
あなたがお願いしたんでしょうと思いつつ、中々に笑い声が途切れない彼はかなりの笑い上戸らしく、それまでの鋭い目つきが緩和されるから、空気が和やかになる。
「さすがだな、モグ。あさっての方向の土を掘っていたのに、いつの間にか、あの須王を尻に敷いたか」
……モグとはあたしのことらしい。
あたしのフルネームを見たくせに、あたしはモグか。
まあいいけどね、モグモグ可愛いし、専務は須王の身内なんだから気安く呼んでくれても。
だけど聞き捨てならない――。
「別にあたし、尻に敷いてませんが。ねぇ須王」
「………」
須王はじとりとしたような目をあたしに向ける。
「ぶはははは。ようやく付き合えた女の尻に敷かれるのが血筋なんだ。やっぱり須王もそうか、こりゃあいい」
笑い転げる専務を横目に、あたしは目を細めた。
「付き合ったらの話ですよね。でもあたしと須王は、付き合っては……」
「は!? それマジで言ってる!? 隆にわざと言ったわけじゃなく!?」
「い、いや……別に付き合おうという話をしてないじゃない?」
「お前……っ、今さら……」
「ぶははははは。付き合っていたつもりなのは須王だけか。まあ、前見た時よりも、名前で呼び合える仲になったということに拍手を送ろうか。おめでとう」
パチパチパチ。
乾いた拍手に須王がキレ……る前に、あたしは彼の手を握った。
「おーおー、所構わずいちゃついちゃつきやがって。初々しいな」
あたしのとった行動の理由をわかっていながら、元凶の専務はそんなことを言う。
「いちゃついているところ悪いが、須王に話したいことがある」
須王はあたしの手を離さず、余裕であたしの指を指の腹で撫でている。
かなり大胆不敵な王様だから、手を離そうとしたけれど許しては貰えず、とにかくにやにやする専務の目から逃れるために、あたしの膝に置くしかなかった。
「悪いと思ってるのなら、話す前にさっさと会社に帰れ」
「思ってねぇならいいんだな?」
専務の悪びれる様子もない態度に、盛大な舌打ちが聞こえた。
「要件は棗を通せ」
「例の件についてだ」
「今ここでしなくてもいいだろ!?」
苛立ったように須王が言う。
例の件?
「今したくないなら、今度からは電話に出るか?」
「………」
出たくないんだな、わかりやすいくらいの嫌悪の情。
「それに、モグがお前の女なら、いずれ巻き込まれる」
「……ああもう、今言え。簡潔に!」
笑いを滲ませて、ゆっくりと専務の声が聞こえた。
「例の件、ジジイはシュウにしそうだ」
シュウとは、須王が嫌いなシュウさんのことだろう。
「お前、すべてをシュウに押しつけて、逃げたままでいいと思うか?」
ギンと細められた、専務の険しい目。
低い声音の厳しい声に、空気が張り詰める。
「……俺が悪いのか?」
怒りに満ちた須王の声。
あたしの手をぎゅうぎゅうと力を入れて握られる。
「勝手な理由で、ここに集めたのは誰だ」
睥睨というより他人のように冷たい、須王の眼差し。
専務はそれをたじろぐことなく、余裕で受け止める。
「はは、それに乗ったのはお前だろう。約束を果たしてねぇのに、ほざくな」
段々と声を伝える空気が剣呑になってきて、慌ててあたしは声を出した。
「あ、あの……喉渇きません?」
「「乾かねぇ」」
ふたり即答で、はい終了。
「は……なに、シュウにお願いしますと頭を下げろと? シュウが可哀想だと思うなら、お前がなればいいだろう。俺に押しつけるな」
「須王!」
「確かに俺は、柚に会いたくてお前の提案に乗ったよ。だがな、お前がシュウのためにしたことで、俺を責めるのは筋違いだ。それはタツキも同じ意見だろう。俺らの条件を呑むほどにシュウが大事でもな、俺からしてみればシュウは何様なんだよ。俺だって……」
須王は声を震わせて言った。
「俺だって、助けて貰いたかったよ。対等だろうが。なんでシュウだけ……。俺も演技をすればよかったのかよ。その場で倒れれば」
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