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第8章 Loving Voice
8.
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あたしは月曜日にもうひとつやることがあった。
それは――隆くんだ。
金曜日、自ら約束を違えて指定場所に黒服を寄越した隆くん。
彼は、組織に関係するのだろうか。
――駄目だ、俺も行く!
須王は立ち会いたいと言ったけれど、あたしは隆くんをまだ信じたかった。
お人好しかもしれない。
須王があのコンビニに来なかったら、あたしはどうなっていたかはわからないが、ティッシュの中に発信器を入れたのが同じ黒服だというのなら、少なくともあたしを拉致するというよりは、GPS的な場所特定が目的だったのではないかと、思うんだ。
即ち、須王のマンションに入ったのが確認したから、あのコンシェルジュが動いたと考えれば、隆くんの役目は思った以上に軽いものなのかもしれない。
彼が脅されているのかなんなのか、あたしは確かめたかった。
彼に罪悪感があるのかどうか――。
そこで須王との妥協案として、電話を通話状態にしたままならOKということで、待機中の須王に会話を聞かせることにして、あたしは集めたアンケート用紙を持って、上階パラダイスに赴いた。
十三時のパラダイスはいつもの如く混み合っている。
……いや、いつも以上か?
隆くんの姿が見えたから、ちょいちょいと呼んだ。
「あ、柚さん! 大丈夫でしたか?」
会った途端に、にこやかな笑顔を向けられて当惑する。
「金曜日は残念でしたが、腹痛がよくなったらお店、行きましょうね」
邪気のない笑顔。
「腹痛?」
「ですよね? わざわざお友達が伝えて下さいましたよ? だから柚さんは今日は行けないと」
「だ、誰が!?」
「ええと、髪がくりんくりんとして、目がばっちりの華やかな美人さんでした。首からぶら下げている名刺が、三芳さんとありましたね」
……まさか女帝?
え、女帝がなんでそんなこと!?
「あ、アンケートですか!? うわあ、こんなにありがと「あのね、隆くん。隆くんの姿を見たっていうひとがいるの」」
「見た?」
隆くんは目をぱちくりさせた。
「待ち合わせ前に、守衛さんになにかを渡して出て行ったと」
「俺が帰ったの、十九時でしたけれど、その時まで柚さんいらっしゃったんですか? 伝言はティラミスを持っていって一時間後くらいでしたから、俺、食中毒でも起こしていると心配して……」
「待って。それ本当なの?」
「はい。だけど金曜日はおばさんも早く帰ってしまったから、誰も俺がここでアイデアを練っていたことは知らないでしょうが」
「あたし、おばちゃんに行けなくなったと、先に言いに来てたの。そうしたらおばさんは、隆くんは外におつかいに出かけていて直帰になるからって。スマホ忘れていったから、家に戻るまで連絡出来ないって」
隆くんの眉根が寄せられた。
「金曜は、確かにちょっと出かけたことはありましたが、すぐ俺ここに戻ってきましたよ。大体、出かけている俺が、どうして待ち合わせ前にここの玄関を出て行けるというんですか」
「いや、だから……」
これは一体どういう状況?
隆くんは嘘をついているの?
あたしは女帝を疑いたくない。
こんなに邪気のない顔で不思議そうにしている彼が、画策したの?
「あたし、コンビニに来てって隆くんと思われるひとからメモを預かったと守衛さんに言われたの。隆くん知らないの?」
「知りませんよ。ここに戻ってきて、なんでわざわざ木場駅まで行かないといけないんですか。ということは、柚さんは腹痛ではなかったんですか?」
「ええ。元気に美味しく頂きました」
「だったら、あの華やかな美人……三芳さんはなんでそんな嘘をつきにここまで来たんですか?」
確かにティラミスを食べていた時は、あたしは二階の社員達と一緒にいて、女帝とは食べていないから、一階の受付にいた女帝がいつ出かけて戻って来たのかなんて知らない。
だけど――。
「柚さん、なにか嫌な予感がします。気をつけて下さい、その三芳さんに」
真剣な顔であたしに言う隆くん。
「奈緒さんがあなたにそう伝えたのなら、あたしはお腹が痛いように見えたのね」
「え?」
「奈緒さんはあたしの初めて出来た同性お友達なんです。だからあたしは、奈緒さんを疑うことは出来ません」
「では俺を疑っているんですか!?」
「いいえ。隆くんが善意だと言い張るのなら、あたしはそれを信じる」
「……っ」
隆くんの瞳が揺れた。
これは、罪悪感――。
「今元気でここで隆くんと会えたのだから、それでいい」
「……俺が玄関で守衛になにかを渡したっていうの、誰ですか」
隆くんは焦っているようにも思える。
不思議だね、危険を経験すると、腹の底を見せ合わないこの膠着した……とも言える状態では、ゆっくりと観察出来るんだね。
「もしかしてそいつが……」
たとえば隆くんの役割は、あたし達の仲間との関係に楔を打ち込むものじゃないのか、とか。彼の武器は、この純朴そうに見える表情だとか。
だけどよく見れば、瞳が揺れているもの。
それは、隆くんらしくない。
そうか、コンシェルジュのように隆くんも配置されていたのか。
「ごめん。須王は嘘をついていない。あたしは須王を信じている」
「……付き合っている方ですか?」
付き合っているかと聞かれれば――。
「付き合ってはない。だけど、あたしが好きな男よ」
「……っ、騙されているんじゃっ」
「騙されていない。あたしは、彼の言葉を信じるの。……無条件で」
隆くんが、あたしの揺るぎない態度に僅かに狼狽した時、厨房の中から隆くんが呼ばれた。
「邪魔してごめん。お仕事頑張って」
「柚さん、俺は……」
「もう一緒にお店はいけないけど、ここで美味しい食事、楽しみにしてる」
「柚さん、だからっ」
「あたしが譲歩出来るのはここまで。ティラミス、ありがとう。隆くんのおかげであたし、皆と話すことが出来たの」
「………」
「ありがとうございました」
頭を下げて、帰りに須王に寄って貰って買ったハンカチを入れた紙袋を渡した。
受け取ろうとしない隆くんに、無理矢理持たせると、あたしは笑顔で手を振り厨房を出た。
あたしは、コンビニと言った。
それに対して隆くんは、木場駅のコンビニと言った。
それだけで答えは出るだろう。
ニュアンスから導き出した当てずっぽうな答えであったとしても、あたしはそれを聞いて、もう彼と今まで通りには出来ないと思った。
彼を、敵か味方か追い詰めようとしなかったのが、あたしなりの誠意。
助けて貰ったことは、本当にあたし感謝したから。
くそ、泣くものか――。
「なぁ――」
突然に肩を叩き、そう声をかけてきた背広の男は、須王ではなく。
「須王は元気かな、エリュシオンのモグラちゃん」
ややくせっ毛の黒い髪とワイルドな容貌。
「ええと……、忍月コーポレーションの宮坂専務?」
「当たり。ようやく覚えて貰えてなによりだ」
彼は笑った。
「単刀直入に聞くけど、須王と連絡がまったく取れねぇんだが、須王をここに黙って連れてきてくれねぇか?」
「え、ここにですか?」
「ああ。俺が行くと、絶対あいつ機嫌を損ねるから。須王がここで食事をするお前だったら、須王が釣れると踏んだ」
「いやいやいや……。だったらエリュシオンの外線で呼ばれた方が……」
「とうにやった」
「ではスマホの留守電にも」
「それもやった」
「では出るまで粘ってみたら……」
「粘って、ようやく出たと思ったら切られた。居るのならとさらに呼び出していたら、今度は電源を切られる」
……ん?
なにか聞いたことがあるような……。
「さらに友達を使ってみても、まるで連絡がねぇし、相変わらず出ねぇし。その友達までもが適当に返事しているだけで、須王と直接喋らせてくれねぇんだ。俺、頼み事は聞いてやってるのによ」
――私、電話に出させますね~なんて毎回言ってるのよ、それなのに頼み事なんて、決まり悪いったら。
「あの、つかぬことをお聞きしますが」
「なんだ?」
宮坂専務は腕組をして、上からあたしを見下ろす。
「宮坂専務の下のお名前はなんですか?」
「なんだ、俺に興味があるのか?」
「いえ、あなたへの興味は、まったくないんですが」
「……またか」
「え?」
「いやいや、こちらの話。で? 俺が下の名前を言ったら、どうなるんだ?」
「でしたら、多分もれなく須王がついてくるかと」
「は?」
「あ、じゃああたしからお尋ねします。専務のフルネームは、宮坂……渉さんですか?」
同時に、正解の大声が響き渡った。
「てめぇ、渉!! 柚に手を出すな!!」
「……ね?」
あたしは引き攣りながら、専務笑って見せた。
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