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第8章 Loving Voice
6.
しおりを挟む「なんだか、ざまぁとかは思えねぇな」
車を運転しながら須王は苦笑した。
牧田チーフには救急車を呼んだ。
デリケートな部分の手当は、やはりきちんとして貰った方がいいだろうから。それに頭を打ち付けていたことで、あんなにアパートがどしんどしんと振動を感じていたのなら、もしかして頭蓋骨がどうにかなってしまっているかもしれない。
羞恥の治療だろう。
だけどそれは自分が招いたことだ。
冷たいかもしれないけれど、それくらいは自分でなんとかして貰いたい。
「あのさ……」
躊躇いがちに須王が言う。
「牧田から鎖を外した時、あいつ、ひとこと……俺に言ったんだ」
「なにを?」
「……久我稔、エリュシオンの社長の名前を。牧田を指示出来た側にいると言いたかったのか、朦朧として社長に助けを求めていたのか、それはわからねぇけどな」
「……そういえば社長、須王の一大事に会社に出てこないわよね」
「ああ。一応三芳が連絡をしているらしいが、現われねぇな」
……すべてが怪しく思えてしまう。
すべてが、計画的に配置されていたんじゃないかと。
その時、須王のプライベート用のスマホが鳴った。
須王はスピーカーにした。
「どうした?」
『大丈夫かなって。あ、こっちは平穏よ~』
「そうか、こっちも大丈夫だ。たった今、パソコンからデーター盗むように指示をした奴が休んだから、自宅に話を聞きに柚と来たところだったんだ」
『あら、推測通り他課でのプロジェクト関係者だった?』
「ああ。それで家に来たら、偸盗の音楽がかかっていて、鼻フックに玉口枷とドリルバイブで性処理調教されていた」
棗くんが息を飲む声が聞こえた。
『随分と、自己主張してきたわね』
「だろう? さらにボールギャグを取ったら、柘榴の残骸が出てきた。で、あとは救急車に任せて今帰途中だ。……お前、これをどう見る?」
『……威嚇ね。しゃぶしゃぶ店と同じじゃない? 今回そのひとひとりの露出なら、組織の性処理班ではないわね。組織の者のように見せかけられただけ』
「根拠は」
『はは、須王もわかっているでしょう。組織は痕跡を残さない。少なくともそのひとは生きていて、外部と会話出来る状態にあった。それを見逃すわけはないと思うわ。ま、私が知る組織のままであれば、の話だけど』
須王はにやりと口端を吊り上げる。
それは須王も棗くんと同じ意見だったからなのだろう。
「俺と柚がいるエリュシオンの社長、久我稔を調べてみてくれねぇか? そいつが久我の名前を出したんだ。ちょっとそいつは巨漢だから、ブランドもの身につけている久我と恋仲にあるとは考えにくいんだ」
『だけど社長自ら引き抜いた、あんたを窮地に陥らせるために、そんなあんたにとって箸にも棒にもかからない女を使うかしら?』
「ああ、俺もそこがひっかかる。久我がやらせていたのなら、これは俺に喧嘩売っていることになる。俺からすべての契約を白紙に戻して、独立したり他に行ったり出来る状況にするということだ」
ありえない。
エリュシオンは須王で持っているのだから。
エリュシオンを潰したいのなら話は別だが。
『わかったわ、久我稔を調べておくわね。でも上原サンの方が、久我親からなにか聞いていたりしないのかしら』
久我親とは、前エリュシオン社長のことだろう。
あたしは須王と棗くんの電話だということを忘れて、普通に考えて答えてしまった。
「うーん、聞いたのは、子供に手を焼いているってことかなあ」
『あら、上原サン。スピーカーにしてたのね、朝ぶり~』
「あ、棗くん朝ぶり~」
本当に棗くんのこのノリ、女友達なんだろうなって思うの。
全く須王ってば、なんで邪推しちゃったのか。
「前社長は、エリュシオンを息子ではなくて社員に引き継がせようとしていたから、息子を警戒していたフシはあるわ。こっちが聞かない限り前社長も一人息子のことを口にしなかったし、あたし達社員も、まさか社長の話だけにしか出てこなかった息子が突然しゃしゃり出て、エリュシオンを乗っ取っちゃうなんて思っていなかった」
『想定外だったのね、久我稔の後継は。だったら彼が、なぜ父親のエリュシオンが必要だったのか、ってところに焦点が当たると思うんだけれど。エリュシオン、なにか特殊なことをしていたの?』
「普通の会社だったけどなぁ。エリュシオンはぎりぎりの経営状態で、朝霞さんが中心となってなんとかしなきゃって皆で頑張っていたの。本当、朝霞さんが次の社長になるって誰もが疑ってなかったし、実際社長も朝霞さんを凄く可愛がって色々なところ回って、自分の代理をさせていたし。だから現社長が、稼ぎ頭の朝霞さんがいなくても欲しいと思うだけのエリュシオンの魅力は、ないと思うのよ。朝霞さんがブレーンだったし」
『まあ新エリュシオンでは、朝霞さんの代わりに、須王がブレーンとなって稼ぎまくっているんでしょうけど』
「朝霞の代わりっていうのも嫌だな」
須王が、苦虫をかみつぶしたような顔でぼやく。
「大体ね、今のOSHIZUKIビルディングになんで移る必要があったのか、よくわからない。現社長の一存だったから。まだ都心に近いとかならわかるけど、木場……しかも忍月財閥のビルになぜ入らないといけなかったのか」
「それは……」
上擦った声を出した須王が言葉を切り、そして棗くんに言う。
「棗。あいつにその線を聞け」
『まぁ、不正アクセス分析頼んだばかりなのに?』
「結局自分のところでは、片手間で作ったものの解読も出来ねぇから、お前のところに返したんだろうが。だったら作った奴にやらせればいいのに、それも出来ねぇなんて情けねぇ限りだ。本当にあいつも、作ったら作りっぱなしで無責任で、なに威張ってやがんのか……」
あれ、そういえば香月課長が作ったシステムを解析してどんな不正アクセスだったのかと結果を出したのは、棗くん関連だと思ってしまったけれど、そういえば最初に頼んでいたのは――。
「あいつって、渉さんのこと? だったら……、作った〝あいつ〟って香月課長のこと?」
『わおっ、須王そこまで話したの?』
「話してねぇよ!」
「なんの話?」
「ああ、こっちの話……棗、大笑いするんじゃねぇよ!!」
……渉さんとシュウさんが身内というのは教えて貰ったけれど、棗くんが知っていて、あたしが知らない須王の話「その1」か。
だけどどうして香月課長をどうしてそこまで毛嫌いするんだろう。
いまいち須王の環境がよくわからない。
わかるのは、須王が心から信頼出来る存在は、棗くんひとりだということぐらいで。
『OK。渉さんに聞いてみるわ。なにか久我稔に打診したかって』
「ああ」
『だけどあんた、電話に出て上げなさいよ。居留守使われるって、凄く嘆いていたわよ、渉さん。私、電話に出させますね~なんて毎回言ってるのよ、それなのに頼み事なんて、決まり悪いったら』
……ああ、須王のマンションでも電話かかって来たのに出なかったし。
「あいつと話すことはねぇんだ。話したい奴が話してればいい」
『別に私も、お喋りしたいわけでもないんだけど……』
「お前はあいつのタイプだ。だから懐刀、行け」
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