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第7章 Staying Voice
9.
しおりを挟む「ただまあ、俺が見破るのが前提の脅しで、俺がどの程度なのか試したという意味合いはあるだろう。これからは、失敗した刺客は仲間からの報復されるから、命がけになるということだな」
「なんで、仲間なのに殺さないといけないの!」
「そういうところなのさ、〝エリュシオン〟は。組織の……上からの命令があれば、仲間でも殺す。人間じゃねぇんだよ、ただの捨て駒の養成だ。親に捨てられた子供に、誰かのために役立つ方法を植え付けている。傍迷惑にも」
須王は遠い目をして、笑った。
「……新生エリュシオンは変わっていればいいと思ったが、どうやらそうはうまくいかねぇな」
「ねぇあのコンシェルジュ、ここから落っこちたのはわかるじゃない。頭撃ち抜かれていたのわかられたら、須王に殺人容疑をかけられるんじゃ……」
しかも須王は銃を持っている。
調べられたらまずいのではないか。
「はは。そういうために、棗がいるんだよ」
「棗くん?」
「ああ。だからあいつも、いまだ闇を引き摺っているんだけれどな」
「………」
棗くんは明るいし、冷静に判断して、きちんと物事を言えるひとだ。
だけど確かに、輪に混ざろうとしないあたり、孤高のオーラは出ている。見た目とは違う、特異な香りがある。
「それと、柚。お前、ちょっとバッグの中身見ろ。おかしなもの入れられてるかもしれねぇから」
「おかしなもの?」
「ああ。お前が来た途端に、こうなった。確かに俺に監視がついていたとはいえ、タイミングがよすぎだ」
須王は、別のソファの上に上がったままのあたしのバッグを持ってくる。
立ち上がっても、銃撃はなされなくなったようだ。
……窓はないけど。
「おかしなものといっても、お化粧した時にもバッグ見たけどいつも通りだったし……ポーチやティッシュ、お財布……」
あたしは主要物を取り出して、バッグを逆さまにして見たがなにも出てこない。ポケットも見てみたけれど、ざらつきもしない。
須王が、ティッシュを手にした。
「お前、キャバクラのティッシュ使ってた?」
「え? あ、別にチラシは確認したことないけど……あれ、百鈞で買った可愛い花柄の包みのティッシュを使っていたはずだったけど。どこかで貰ったかな……」
須王が袋を破り、中にある折り畳まれているティッシュを取り出し、伸ばしていく。
すると下になっていたティッシュの中に、小さな錠剤くらいの何かがあった。それを親指の腹に置いて見ていた須王は、人差し指と共にぷちりと潰した。
「発信器だ」
「な、なんの?」
「GPS。お前がどこに移動したのか、筒抜けだったわけだ」
ダークブルーの瞳を、剣呑に細める。
「え、なんでこのティッシュが……」
「木場のコンビニが怪しいがな」
「え?」
「コンビニで黒服達が来たろう。あの時、お前のカバンの中に忍ばせたんじゃねぇかな。まあエリュシオンで入れられた可能性もあるが」
「そんな……」
コンビニ――。
あの時は、黒服退治に夢中になっていて、仮にカバンに手が伸びていたとしても、なにも気づかなかっただろう。
しかも折りたたまれたティッシュを一枚一枚皺を伸ばさないと、もしかして鼻や口を拭いて捨てたかも知れない……こんな巧妙な忍ばせ方、絶対なにか仕掛けられているなどわかるはずがない。
そりゃあ警戒してバッグの中を綺麗にしていたとしても、無料で貰ったティッシュはねぇ。使っちゃうもの。
「ご、ごめん……」
「なんでお前が謝るよ。俺が気づかなかった、俺のミスだ」
須王は胸の中にあたしを入れた。
仄かに硝煙とベリームスクの匂いが混ざり、まるでワイルドベリーだ。
「スタジオに戻ろう。ちょっと棗に電話するから、お前支度していろ」
「わかった」
「顔、強張ってる。大丈夫だから。な?」
「……うん、今回もありがとう」
「どういたしまして」
少し気取って返した須王に笑ってしまった。
あたしは寝室で、服などをボストンバックに詰める。
コンシェルジュは紙袋だけを置いていったのだろうか。
なにか細工とか、盗んだものはないだろうか。
そう思い、服も払いながら詰めていくが特になくなったものはない。
「あれ、棗なんで出ねぇんだろ」
そんなぼやきを流しながら聞いていたあたしは、隣の仕事部屋にも忘れ物がないか覗いた。
「あ……楽譜メモ、余計に散らばってる」
記憶より散乱しているということは、コンシェルジュはこの部屋に入ったのかしら。
まさかこんな不可解な暗号みたいな楽譜を盗んではいないだろうと思いながら、よく見れば右上に数字らしくものがついているのがあることがわかったため、ばらばらで集めるのもなんだし、数字があるものは順番に集めようと思い、しゃがみこんで数字を追った。
この数字は順番なのか、作品番号なのかもさっぱりわからないけれど。
「あれ? 九番目がない?」
姿勢を低くして一枚、遠くに落ちていないか探したけれど見当たらない。
「あ……そこになにかある」
それは机の裏側だった。
「よしよし九番目だ。これで順番通りだわ」
何気なくそれを見たあたしは、次第に顔を曇らせた。
「なに、これ」
もう一度じっくり見る。
それは、天使が歌っていた――あの音楽だったんだ。
いつも口ずさんでいたあの曲が、須王の字で書かれている。
「なんで!?」
驚いてよろけたあたしは机にぶつかってしまう。
朝までは、机上でセックスをしていてもつかなかった画面がついた。
強制終了するかどうか聞いている小さなウィンドウが開いている。
その後ろにあったのは――。
「柚、病院に行こう。小林が襲撃にふたりを守って怪我を負った。棗は……って、おい。どうした?」
「ねぇ、須王。なんであなた……あたしの家族を調べているの?」
須王の顔が強張る。
「なんでパソコンが……」
終了をせずに続行をした画面には、あたしの家族の盗み撮りをしたような、明らかに違うところに視線がある写真画像がたくさんあった。
集めたのは、写真だけではないんだろう。
写真だけなら、無意味だ。
彼はあたしを守ってくれた。
あたしは彼を信じた。
だけど彼は、持たなくてもいい情報がある。
それはなんのため?
「あたし……上原家の娘だから、あなたは近づいたの?」
トラウマがぶり返す。
有名人の娘――そこになにか特別な意味があった?
あたしが、上原家の娘ではなかったら、彼はあたしに興味を持たなかったの?
マンションであたしは、彼の言葉は彼の本当の心だと思って、彼を受け入れた。
ねぇ、それは間違っていたの?
「柚……」
近づく彼から、一歩あたしは後ろに下がった。
「柚、それは違う」
「だったら、なんで写真が!!」
須王は苦しげな顔をして、一度言葉を呑み込むような仕草を見せ、そしてため息と共に口にした。
「十二年前、助けられたお前に会いたくて、お前の家に言って門前払いを食らったと言っただろう。あの時、対応したのは……お前の姉、碧だ」
「………」
「俺は一度聞いた音は忘れねぇんだよ。……組織で聞いた声は特に」
「……は?」
須王は真剣だった。
「俺は、お前の姉の声を、組織にいたひとりの声と同じだと思った。だとしたら、お前が妹だからという理由で、お前が引きずり込まれねぇよう、家族情報も一緒に情報を集めていた。今も尚」
「ちょ、ちょっと待って。なんで碧姉がその組織にいるの? 特別に優しくはないけれど、そこまで残虐ではないわ」
「……俺が聞いたのは、組織の命令をする方ではなく、飼われている女達の方だ。俺達のような傭兵としてではなく、その……性処理班だ」
「真理絵さんのような、おかしなことをされるということ?」
「ああ」
あたしは目を細めた。
「でも碧姉は、世界的にも有名なバイオリニストで、コンサートで世界を飛び回ってる。忙しい身の上でそんな……」
「お前は同行していたわけじゃねぇだろ? コンサートだって、顔見せするのは数日でいい。現にあの真理絵という女も、日中オリンピアで働いていた」
「……だからって」
「そう、だからさ。今エリュシオンがどう変わって動いているかわからねぇ。俺に出来ることは、まずお前の周りをすべて疑うことだ。だけど言えねぇだろ、お前の姉貴が組織にいただなんて」
須王の声は悲痛さに滲んでいた。
「今正直、隠すべきか悩んだよ。だけど俺はもう、お前の前では嘘を言いたくねぇんだ。隠そうとして、お前の信用を失いたくねぇ。もう、嫌っていうほど懲りたから」
「……っ」
「やっぱり信じられねぇ?」
迷い子のような頼りなげな瞳。
「やっぱりお前は、お前の家族を疑った俺を敵だと思うか?」
……これか。
須王が、敵になるかもしれないと思った理由は。
「隠していて悪かった。だけどまだ今も関わっていると確証がねぇのに、言うのは……」
あたしは目を瞑り、深呼吸。
あたしが出来ること――。
「教えてくれてくれてありがとう」
あたしは頭を下げる。
ちゃんと、事実を見極めることだけだ。
「だったらあたし、もっと気を引き締めないとね。会っていないからって、昔から親近感はなかったとはいえ、一応は血が繋がっているから。あたしも、家族に相対しないといけない時期に来たんだと、そう思うようにする」
「……柚」
「あたし、須王をもう不信にも嫌いにもなりたくないの。ただちょっと、そんな話を聞いていなかったから、あたしに対して裏があったから近づいたのかと思ったら、ショックで。あなたの言葉を信じようと思っていたから余計に」
「俺がお前に近づきたかったのは、お前の環境や背景は無関係だ。ただ、助けてくれたお前に会いたくて仕方がなかったから。……それだけだ」
その顔は真摯で、彼の真意だとわかったから――、
「やましいものはなにもねぇよ。昨日言ったのは嘘偽りはねぇから」
あたしは微笑んだ。
「わかった」
「……本当に俺の言葉信じるのか」
「え、嘘ついてたの?」
「そうじゃねぇけど」
「もう嘘つかないんでしょう?」
「ああ」
「だったら、疑ったあたしの方が悪いでしょう。あたしの方が、ごめんなさいでしょう?」
「……くそっ」
「ん?」
「お前の男前ぶりに、また惚れたわ」
「お、男前って……」
「男前で、どこまでも慈愛深い。本当に俺が惚れた女は、どこまで惚れさせるんだろうな」
彼はあたしをぎゅっと抱きしめながら、あたしの耳元で囁く。
「信じてくれて、ありがとう」
その声は震えていたけど、あたしは気づかないふりをした。
「どういたしまして」
いつぞやの会話を思い出し、笑ったのはあたしだけじゃなかった。
「ああ、そうだ。こっちも忘れていた」
あたしは手にしたままの楽譜を須王に見せた。
「ねぇ、なんであなたがこの曲を知っているの?」
須王は楽譜を見て、訝しげな眼差しを向けた。
「お前の方こそ、なんでこれを知ってるんだ」
「ほら、前に天使の話をしたでしょう? 九年前に首だけで発見されたって。あの天使が歌ってくれた歌なの」
「……なぁ、柚。これを知っているのは、エリュシオンの組織の奴だぞ」
「え……」
「そして組織は、外部で接触した奴を許さねぇ。会話をすれば特に。だから俺、十二年前お前の家から逃げたんだ」
「……っ」
「お前、本当に見逃されたのか?」
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