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第7章 Staying Voice
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――残念ながら混浴ではねぇ。俺、お前の身体に触れたら抱きたくてたまらなくなるから、ちょっとひとりで、鎮めさせて?
別に、今までずっと抱いてきたんだから、抱きたいときに抱いてくれればいいのに。ひとりで鎮めないでふたりで――などと思うあたしは、彼に毒されてきたのか。
彼は心を通じ合わせてからの方が、ここ半年のように強制的に抱こうという意識が薄まったのか、戯れた延長で繋がっているように思う。
彼は彼で、半年間と決別をしたいのか――。
だけどまあ、公共のプールで彼のを舐めてしまった感触がまだ身体から離れずに、悶々と身体が疼いてしまう。
「いかんいかん。これなら痴女じゃない」
恐らく、あたしの方が彼に触れたいのだ。
彼の痕跡を消したくはなかったけれど、お風呂だから仕方がない。
身体を洗って、温泉らしい湯船に入る。
そして服を着て外に出ると、須王がシャツの第三ボタンまで外した格好で、ジーパン姿で壁に背を凭れさせるようにして立っていた。
物憂げな横顔は、なにか声をかけにくい障壁のようなものがあったが、ゆっくりと彼の顔がこちらに向くと、ゆるりと微笑んだ。
「どうしたよ、突っ立って」
「……いや、考え事したいのかなって」
「お前は踏み込んでいいから。いつでも俺の領域に」
「……っ」
「まあ? 俺のを舐めようとするくらいは、入りてぇんだろ?」
「ちょっ、い、言わなくても……」
「無理」
須王はあたしの腰を片手で引き寄せて言う。
「お前が俺にしようとしてくれたのは、来世でも忘れねぇよ」
「そ、そんなに覚えてなくてもいいから!」
「だから無理だって」
ちゅっとリップ音をたてて、唇に啄むような軽いキスがなされた。
「お前、俺を悶えさせる天才だからな。どうすんだよ、俺……どろどろに溶けて甘々になったら」
「今もじゃない?」
「は? 俺、セーブしてるんだけど」
「それで?」
「それでって……。悪ぃけど、俺がタガ外したらこんなもんじゃねぇから。お前監禁するよ?」
「か、監禁!?」
「俺、物騒だから。好きだと思ったものは、どんな手を使っても傍に置きてぇ奴だから。今さらだろ」
須王は人ごとのように、呵々と笑う。
じょ、冗談よね?
そう思って窺い見る彼の横顔はクールで、まったく冗談のように思えなかった。
エレベーターで、深いキスをしあったまま、到着。
いやもう、甘々だよね。
もうこの眼差しだけで、キスしたい気分になるぐらいは。
あたし、色惚けなのかしら。
しっかりしなくちゃ。
そう思って、顔をパンパン叩いているあたしの横で、須王が玄関の鍵にあたるカードをスロットに差し込む。
そして、ノブを手にして、動きを止めた。
「どうしたの?」
「………」
須王の顔は険しい。
「ねぇ、ちょっと」
「……火薬の匂いがする」
須王は目を細めて言った。
「へ?」
「入られたな。罠か、待ち伏せか」
「でも、ここには厳重なセキュリティが……」
「そのはずだったが、過信しすぎたか」
「ど、どうするの!?」
「……しっ。こっちに来る」
玄関のドアに耳をあてていた須王が、固い声を出してあたしを制した。
あたしは彼の無言の指示の元、ドアの横側の壁に背をつけて立ち、息を詰めて待つこと、きっかり三秒。
ドアノブが静かに動いた瞬間にドアを大きくこちら側に開けた須王は、少しよろけて出た、それの腹に拳を繰り出した。
動いた相手の手が須王の手を弾くと思った瞬間、触れる寸前で拳を止めた須王は、反対の手で目潰しをして、直後に寸止めをした拳をそのまま腹に入れ、前屈みになった相手の喉元に伸ばした腕で押さえつけるようにして、そのまま手を回すようにしながら、相手を仰け反らせながら仰向きに倒した。
あたしが驚いたのは、須王の鮮やかな体術だけではない。
須王が相手にしたのは、黒服でも厳めしい男達でもなかったからだ。
「な、なにをするんですか!」
床に尻餅をついたその人物は、コンシェルジュのお姉さんだったのだ。
「しらじらしいな。俺にブランクがあるとはいえ、俺の動きに反応していたくせに」
須王は彼女の腕を後ろ手に取りながら嗤う。
「わ、私は……っ、護身術を習っていて……」
「ほう? だったら、なぜ中にいた」
「そ、それは……連絡がありまして」
「どんな?」
「早瀬様のお部屋から、異臭がすると」
「……で、なぜ家の中に入る。コンシェルジュだというのなら、留守中、中に入るのは規約違反じゃねぇか」
「そ、それは……早瀬様になにかあったのだと」
「ふぅん? 上に行っていると予約をしたのにか? 手配したのは誰だ?」
「そ、それは……っ」
「それに、予約したのは四時間だが、二時間が一度の予約の限度だと、それがルールとは習わなかったのか? 二週間、コンシェルジュをしていて?」
もしかして須王は、あたしがこのマンションに来た時から、なにかコンシェルジュに違和感を感じたのだろうか。
だからきっとわざと切り上げたんだ。
……この先に、なにか不穏な動きが起きることを感じて。
「二時間しねぇで帰るとは思わなかったから、中に入ったんだろうが。ゆっくり、異臭の元を設置して」
「ち、違います! 予約を四時間で入れたのは、空いていたからです! だから……」
コンシェルジュは泣きながら、あたしに助けを求める。
「本当です。信じて……」
「信じて欲しいなら、このまま中に入れ。柚、俺の後ろに」
須王は彼女の喉元を後ろから腕を巻き付けるようにして締め上げながら、あたしの盾として中に入る。
……確かに、花火のような匂いはしている。
だけど外からはそんな匂いはしなかった。
異臭だと騒げるだけの匂いは、外に漂っていないことは事実。
「で、この部屋の異臭は見つかったのか?」
「そ、それは……」
「まさか、異臭がなかったとは言わねぇだろう。こんなにしている中で。ど素人の柚ですら、この匂いを感じているというのに」
褒められているのか貶されているのか微妙だ。
「位置を示せ。お前が俺を助けようとして中に入ったというのなら、わかりやすい異臭物の元を見つけてねぇとは言わせねぇぞ?」
「リビングの、ま、窓の傍に……」
コンシェルジュは、観念したようにダイニングが見えるリビングを指さした。
それは斜め側……ソファの近く。
確かに、なにか紙袋が置かれてある。
「じゃあ、一緒にあそこまで行こうか」
「え……」
コンシェルジュは明らかに戸惑いを見せた。
「どうした。案内しろよ?」
須王は強制的に彼女を連れて移動し、紙袋は真っ正面の方向へとなる。
「……ご、ごめんない。頼まれただけなんです。袋を、窓際に置くようにと」
「誰に」
「それは……」
コンシェルジュは泣き出してしまい、嗚咽ばかりで埒があかない。
本当に、このひとはただ置いただけじゃないか?
そう思えてしまうあたしとは違い、須王は笑い出す。
「いいなぁ、泣くのを武器にして、素人ぶる男は」
「え、男!?」
あたしは驚いた。
どう見ても、お姉さんじゃないか。
「喉仏も出てないよ!?」
喉だって華奢でするっとしているし、肌もきめ細かい。
「棗だって出てねぇだろ。女体化の措置を受けた奴は、外見なんて関係ねぇ。まあ性器はつけたままかは場合によるが」
女体化の措置?
なに、それ。
「悪ぃが、棗を超える逸材は見たことはねぇ。俺は、お前が二週間前に受付に現われた時点で、男だと思っていた。そういう元男だと思っていたから放置していたが、まさか事前からそんな計画に俺も組み込まれていたとはな」
OH、だからなんでわかるの!?
あたしは、初めて見た時から男なんて微塵にも思わなかったのに。
今だって、服を剥いで確かめたいくらい、外見からはまったく異性とは感じない。
……もしかして、須王に媚びを売っていなかったからとか?
確かに、見慣れた……ねっとりとした視線はなかった。
でもそれは、お仕事だからとあたしは思っていたけれど。
なんかそれ、天然か人工的か、あたしが区別つく判断になるかも。
ということは、彼はいつもそんな熱視線の中にいるということなのか。
凄いモテまくり人生だ。
……ふぅん。
「な、なにを言っているんですか。私は、普通の女です。ただ、脅されただけなんですっ」
須王は、ふっと口元で笑うと言った。
「〝我らは永久の闇より汝を求めん〟」
途端、彼女がびくっと身体を震わせて、嗚咽が止まったのは刹那の時。
「手の内はわかってんだよ」
須王はコンシェルジュを、紙袋のところに乱暴に突き飛ばした。
「爆発しちゃう!」
「いいや……」
突き飛ばされた彼女が普通人とは思えない迅速さで、紙袋には顔を突っ込まず足一本で踏みとどまった瞬間だった。
キラキラと三度、なにかが窓の奥で光った。
彼女が驚いた顔で、窓の外を見る。
その刹那――。
バリィィィン!
静かだけれど、異質で不穏な音と共に窓が割れる音がして、驚いたままのコンシェルジュがコメカミから血を流した。
バリィィィン!
第二弾が紙袋を貫く。
「柚っ、伏せろ!」
須王が呆然と立ち竦むあたしを床に押し倒すように覆い被さってきた瞬間、窓硝子が吹き飛ぶような爆発が起きて、コンシェルジュが吹き飛び、外のベランダから落ちた。
キラキラとまた光ったと思った瞬間には、ヒュンヒュンと音をたてて矢継ぎ早に飛んで来るものにより、部屋のものが音をたてて壊れていく。
「ひっ」
「大丈夫だから」
須王があたしの耳を両手で塞ぎながら、その身体で、目の前で人が死んだ衝撃に震えるあたしを抱きしめる。
そしてボロボロとなった背もたれ付のソファを横向きにして盾にすると思いきや、こちらに向いたソファのクッションを上げ、そこにあるトランクケースから、長い筒はついていない銃を取り出す。
そんなところに銃!
あたし思いきり、お尻に敷いていたじゃないか!
「柚、耳を塞げ」
でも逆に、そんなところに隠さねばならない彼の環境を忍ぶ……なんていう暇もなく、両耳を塞いだあたしの横で、一緒に寝転んだまま……少し傾いた須王の銃口から火が噴いた。
どこにいるのかわからないけれど、光が点滅する方向に刺客がいるのか、彼の数発の銃弾が炸裂した後、向こうからの攻撃はなくなった。
「ちっ、逃げた。柚、怪我はねぇか?」
「う、うん……ないけど……、あのコンシェルジュは……」
「外でぼろ雑巾になっているだろう。あの程度の爆発なら命は取り留められる。だから先に撃ち抜いたんだろう、俺に回避させた罰として。まあ下手なこと喋られるわけにもいかねぇだろうしな」
「……っ」
「恐らく怪しげな紙袋を覗くために窓際に立たせたかったんだろう。紙袋はただの餌だ。爆発もこんな程度なら、ガス爆発で終わるだろう。……きっとご挨拶って奴だな。恐らく拉致を失敗し続けている黒服から、レベル2にパワーアップしたということの告知も兼ねたんだろう。殺る気ではねぇな、あくまでお前の拉致がメインみたいだ」
「殺す気がないなんて、なんでわかるの!?」
「火薬の匂いがわざとらしすぎるんだ。俺の素性がわかっているのなら、プロならもっと俺が気づきにくい方法をとる。本気に殺そうというのなら、あんなに目立つ大きな紙袋ではなく、もっと小さな取り付けが出来る、たとえばC4……プラスチック爆弾にするとか時限式にするとかの方法を選ぶ。今回のは、好奇心は身を滅ぼすとか、深入りするなという……揶揄めいた警告も感じるな」
「……っ」
あたしなんか多分、真っ先に紙袋を覗いていただろう。
餌に飛びつく。
まさしく、飛んで火に入る夏の虫。
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