エリュシオンでささやいて

奏多

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第5章 Invisible Voice

 5.

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 *+†+*――*+†+*


 午後五時――。

 あたしが早瀬に望んでいたのは、言葉なんだろうか。

 あたしは、どんな言葉が欲しいのだろう。

 九年前のことを謝罪されても困るし、じゃあなにが欲しいのかと言えば、早瀬の言葉を信じる根拠となる言葉、なのかもしれない。

 音楽家としての早瀬須王は尊敬しているし、その言葉には疑うことはないのだけれど、過去に遡るあたしの傷に関係するもの全般に、あたしは疑心暗鬼なのかもしれない。

 カタ、カタ、カタ……。

 パソコンは快調、さすがIT。

 パソコンのことはさっぱりわからず、チーフになってようやくチーフ以上の部長クラスまで共有してファイルを閲覧出来るネットワークフォルダーというものの便利さはわかったけれど、教えられたもの以外を進んでどうこうしたいという欲求もなく、ただびくびくと使っている感じだ。

 シークレットムーンの香月さんがパソコンをレベルアップしてくれて、鹿沼さんが喝を入れてくれても、元気になったパソコンを使いこなすことが出来ないのが、申し訳ない。

 キーボード入力は早くはないけれど、両手でなんとか入力出来るようになった現在、いまだ誤字脱字が多く、入力してからのチェック作業もまた大変だ。

 画面と睨めっこしながら、共有フォルダに入れて誰でも閲覧出来るような企画資料を作っていると、ぽんと肩を叩かれた。

「柚。帰り、お茶しない?」

 ……女帝だ。

 顔を見ずに、なにか喧嘩をふっかけられているような気分がしないでもないけれど、いつもあたしに嫌味たらたら敵視びんびんだった女帝のこのお誘いに驚いたのは、あたし以上に周囲だったらしい。

 早瀬が会食に行くために、早めに終わったらしい会議室から、わらわらとひとが出てきており、その中には女帝腰巾着三人衆のうちふたりもいた。

 この珍妙な……意図があるに違いないだろう場面に驚愕しつつ、ふたりはにやにやと意地悪な笑いを浮かべて、あたしと女帝の元に来た。

「本当に無能は手間がかかりますよねー」

 などという声に、即座に反応したのは女帝で。

「ええ、無能なひとほど、窮地に立たされている仲間に、手を差し伸べる度胸も思いやりもありませんこと、よく学びましたわ」

 やたら笑顔の女帝の前で、会議で疲れ切っていたふたりの顔から、さぁぁぁっと血の気が引いた。
  
「あ、あれは……」

「そう。私達が助けようとしたら、勝手にこのモグラが……」

「そうそう。勝手にこのモグラが……」

「ふふふ、美保さんと同じ事を言うんですね。でしたら、美保さんに言ったのと同じ言葉を」

 そして優雅に上品な笑顔で彼女は言った。

「ふざけんな、徒党を組んでも役立たずのハイエナ共が」

 ドスの利いた声で。

 ……わぉ。笑顔なのに殺気が飛んだよ。

「あら失礼、おほほほほ、ごめんあそばせ。私この先、柚と仲良くさせて頂きますから。私、された仕打ちは決して忘れないタチなんで、覚悟してて下さいませ」

 目だけ笑っていない作り笑いに、周囲が凍り付いた音が聞こえた気がした。

 ……昨日までの敵は今日の援軍、心強い味方だと思い知って、あたしは笑いを堪えるのが大変だった。







 地下鉄木場駅にほど近い、喫茶店内――。

 ここから然程距離は離れていない高級ケーキ店の、キューブ型ケーキを全種取り扱う店内には、女性ばかりが溢れている。

 店内は白木造りで明るく清潔感漂う内装になっていて、なにより椅子がぼすっと座れるものであることはポイントが高い。 

「だからさ、あんたは理想と計算が高すぎなんだよ」

 向かい側で、腕組をして座っているのは久しぶりの裕貴くん。
 足元にはボストンバッグと、椅子の横にたてかけられているのはギターだ。

「べ、別にそんな……」

 女帝、今までそういう意見を受けたことがないのか、また白目で小指をたてて驚いている。

――柚、ちわ!

 せっかくの女帝の誘いを断りたくないなあと思っていた時に、裕貴くんがエリュシオンに来た。女帝に誘われたことを見ていたのか、どこからか現われた早瀬が裕貴くんに囁いた直後、裕貴くんが棒読みで「俺も美味しいケーキ屋に連れて行ってよ、綺麗なお姉さん」と言ったために、気分をよくした女帝の許可もあり、三人でケーキを食べることになった。
  
 そこで始まったのが、女帝が語る華々しい恋の遍歴。
 それをじっと聞いていた裕貴くんは、フォークに刺したキャラメル味のケーキを口に運んで、美味しそうに食べると、ひと言。

――あんた、り……須王さん狙ってふられただろ。

――そりゃあ、あのひとが嫌いそうな典型的なタイプな気がする。

――あのひとだけじゃないな、あんたいつも男に逃げられるだろ。

 そう言ったら、女帝は怒るどころか身を乗り出して、裕貴くんに助言を求めたため、女帝の恋愛相談室となってしまった。

 あたしに相談されるより、きっと裕貴くんの方が的確なアドバイスが出来そうだ。

「あんた、自分が連れ歩く男のスペックの範疇をまず頭で考えてから動いて、それで一目惚れだとかいうタイプだろ」

 ストレートに切り込む裕貴くんの言葉に、女帝は返す言葉もないようだ。

「そういうの、男はすぐわかるから。わからねぇのは、恋愛経験がねぇ童貞だけ。わかっててそれに乗るのは、ヤリ目的!」

「そ、そうなの……?」

「あんたが計算高いのと同じく、あんたも見てくれはいいようだから、そういうのを利用しようとする無駄に顔だけいい男もいるんだ。そういうのばかりあんたが引っかけるから、いつもヤったらすぐさようならなんだよ。運命の恋とか言ってる暇に、まずあんたのその色眼鏡を外すこと!」

「……」

「あのり……須王さんは、めちゃくちゃハイスペック過ぎるんだよ。特殊中の特殊の神様みたいなもんなの! それと自分は釣り合うなどと思うから、フラれるんだよ! ……で、柚もそこで傷つかない! 俺が怒られるから!」 

 なにか忙しい裕貴くん、お兄さんかお父さんみたいだ。

「ところで、あんたは柚の友達なの?」

「そうよ、今頃気づいたの?」

 友達という響きに、ちょっとあたしはぽっとしてしまった。
 
「うわぁ、またあのひと、厄介な事態になってるんだ」

「どういう意味?」

「あ、こっちの話だよ、柚。よかったね、友達か。……友達ね、うん、須王さんにフラれて結束ができたような、めちゃくちゃ複雑そうな関係の友達だけど、出来てよかったね」

 途中早くて聞き取れなかったけれど、裕貴くんに褒められたことは素直に嬉しくて。

「ありがとう、裕貴くん」
 
 そう笑ったら、複雑極まりない微妙な顔をしていた裕貴くんとは違い、女帝は満足げに笑っていた。 

「ところで裕貴」

「呼び捨てかよ、おばさん」

「あ゛!?」

「い、いえオネエサマ。なんかあのひとみたいだな」

「裕貴は早瀬さんの信者なの?」

「めちゃくちゃ尊敬してる。音楽だけは」

 ……ちょっとひっかかる言い方だけれど。

「私設ファン倶楽部の会長は私だから。あんたと柚で副会長ね」

「あやしい宗教にするなって! もういい加減あのひとから離れて、次の相手探した方がいいって」

「柚に言わないで私にばかり次を勧めるのが気に入らないわね。だったら早瀬さんなみのイケメン、連れて来てよ。それともあんたが……ふむ。よく見たら悪くない顔してるわね」

「やめろって! 俺にも好みがあるんだよ!」

「失礼ね。どんな好みなのよ」

「おとなしそうだけど芯がしっかりしてて根気強くて、ちゃんと周り見てる優しい奴! KYじゃなくひとの痛みをわかれる奴!」

 裕貴くんそういう子がタイプなんだと、微笑ましく見ていたあたしに、女帝の視線が向けられていた。

 どうしたのかと首を傾げると、女帝はにやりとして言った。

「なんだ、柚がタイプなのか。なに、口説くつもり?」

 途端に響く裕貴くんの絶叫。

「うわあああ、やめてくれ! 絶対冗談でもあのひとに言わないでくれよ、俺死にたくないよ、音楽ちゃんとやりたいよ、あのひと敵に回したくないんだよ!!」

 そう裕貴くんが、なぜか半狂乱になって騒いでいた時だった。

「奇遇だね、こんなところで会うなんて」

 ひとりの爽やかな男性が、キラキラオーラを纏いながら声をかけてきたのは。

「なにこの、イケメン!!」

 女帝のイケメンセンサーを即時に反応させたのは、裕貴くんを出動させた元凶である……朝霞さんだった。



 ここでまさかの朝霞さんの登場に、自然と顔が強張るのを感じる。

――嘘をついてまでお前の家に来させた……そこに理由があるとすれば、やはりあの黒いボックスカーが怪しいんだよな。

 朝霞さんがなにを考えているのかわからない。

 だからこそ、このタイミングがよすぎる登場がなにか怖い。

「ど、どうして朝霞さんがここに……」

「俺、甘い物好きなの、上原はわかってるよな?」

 照れたように笑う朝霞さん。
 そこには、二年前の顔があった。

 ……思い出せば、朝霞さんは甘い物に目がなくて、昔も話題となったスイーツのお店には必ず顔を出しているというマメさはあった。

「ここに、いつかは来たいと思ってて、ようやく来れたと思ったら、まさか上原に会うとはなぁ。すごい偶然だ」

 偶然なのか、必然なのか。

 必然であるというのなら、青山から木場にまで赴いた理由が必要だ。もしもこの喫茶店に故意的に入って来たのだとしたら。

「俺も、ここいい? ひとりではさすがに恥ずかしいなと思ってて」

「はい、どうぞ」

 そう返事をしたのは女帝。
 早瀬に二年も片想いしていた割には、目はキラキラだ。

「ねぇ柚さん。こちらの方はどなたなの?」

「ああ……奈緒さん。こちらは、エリュシオンの前身に居てあたしの上司だった……、今はオリンピアの社長をしている朝霞さんです」

「オリンピア……」

 女帝が警戒したような声を出せば、朝霞さんはなにも気にしていないというように、いつものキラキラオーラを出して言った。

「初めまして、朝霞です。俺はきみのことを知っていますよ、MSミュージックの三芳社長のお嬢さんでしょう? いつもお父さんにはお世話になっています」

 朝霞さんと女帝の父親が面識あるのは、協会とやらが関係あるのだろうか。
  
 誰よりも驚いたのは、静かに傍観していた裕貴くんだった。

「ええええ!? おばさん、三芳!? 三芳史人の母親かなにか!?」

「おばさんじゃない……でしょう? どこがお母さんなのかなぁ、独身女性に向かって」

 女帝はにっこりと笑いながら、目で睨み付けている。

「私は、史人の母ではなく姉よ?」

「ああ……なんとなく。自己中で高飛車なところが、父親譲りで……」

「なんですって!?」

 途端に女帝の目がギンと吊り上がった。

 大きく見える目だから、迫力あって怖い。
 裕貴くんも怯えているようだ。

「金ばらまけば誰でも言いなりになると思ってる、あんな最低な奴らと一緒にしないで貰いたいわね! ……って、おほほほ」

 ……意外。
 女帝は、あの親子と折り合いがよくないんだ。

 ということは、昨日三芳社長が違約金だなんだと騒いで、女帝と共に応接室に行ったのは、共謀していたからではなくて本当に諫めていたのか。

 つまり、早瀬にした謝罪は、計算ではない……と。

「はははは。なんだか手厳しいなあ」

 朝霞さんは笑う。

 早瀬曰く、朝霞さんも相当あくどいことをしてオリンピアを大きくしているということだが、まるでそんな様子には見えない。

 とにかく爽やかだ。
 だけど笑い続けているのが、なにか胡散臭くも感じる。

 その時、やけに無表情な男性店員さんが来て、朝霞さんの前にケーキを置いていく。ひと皿にひとつ乗っている正方形のケーキが、ひとつではない。

「二、三……うわ、おじさん四つも食うわけ?」

「ああ。迷ったから、全部にした。どうだい、きみ達も食べるかい?」

「いらねーよ。これだから金持ってる大人は」

「ははは。上原は食べるだろう?」

「え、あたしは……」

「お前が好きなベリーだ。やるよ」

 ああ、これ……迷った奴だ。

「遠慮しないで」

 え、貰えるのなら……。

 すると裕貴くんが立ち上がると、あたしの前に置かれた皿を奪うようにして言った。

「柚、太るから駄目! カロリー過多!」

「えー」
  
「えーじゃない。ぶくぶくのうさ子になってもいいのか?」

「……うさ子?」

 裕貴くんは女帝の疑問の声を無視をした。

「じゃ、そういうわけで俺達帰るから。頑張れ、おばさん」

 強制終了した裕貴くんの顔が警戒のものとなっている――。

 有無を言わせない目力に促されるようにして、あたしも席を立つ。

「誰がおばさん……まあいいわ。朝霞さん、一緒にケーキを……」

 女帝が朗らかに朝霞さんに声をかけた、その時――。

「……行くな」

 朝霞さんが恐ろしく低い声を出した。

「座ってろ」

「え?」

「いいから、早く座れ!!」

 朝霞さんが怒鳴った瞬間――。

 バアアアアアン!!

 大通に面している窓ガラスが割れて、破片が飛んだ。

 あたし達の席は真ん中とは言え、破片が宝石のようにきらきらとしてあたしの方に向かっているのを、ただ呆然と見ているしか出来なくて。

「柚、しゃがんで!!」

 裕貴くんの声は聞こえているけれど、金縛りになったようにして身体が動かなくて。

「馬鹿っ!!」

 破片があたしに届く寸前、女帝があたしを抱きしめるようにして破片からあたしを守った。

「奈緒さん!?」

「……大丈夫よ。あんた反応遅すぎ!」

 そう怒る女帝の背後から、サングラスをかけた黒服の男達が入って来た。

「潜れ!」

 朝霞さんの力で、テーブルの下に、女二人押しやられた。

 カツ、カツ、カツ。

 靴音が響き、ざわめきがバアアアンという、耳をつんざく音によって消え、悲鳴もさらにバアアンという二回目の音によってかき消される。

 カツ、カツ、カツ。

 ゆったりとした靴音なのに、動くことが出来ないくらいに威圧感があって。

 一体誰がなんのためにとか、あのバアアアンはなんの音かとか、忙しい疑問が頭にぐるぐると回る中、身をずらして見た……靴音の正体は、黒服の男で。

 その男が不意に横顔を見せた。
 サングラスをしたその男の顔が、あたしの中の記憶を刺激して。

 チカチカと警告のランプが点灯している。

 男は手に、拳銃のようなものを持っていて、静まりかえった店内でなにかを探しているようだ。

 その時、つんつんとあたしの服が引かれて。

 〝ゆず、おばさんとおれについてきて〟

 いつの間にか一緒にしゃがんだ裕貴くんがそう口を動かし、顎で促した。
  
 あたしは、怯えた顔をしている女帝の手を揺すって、裕貴くんが示す……すぐ近くの出入り口を促せば、ひょっこりと素早く立ち上がった裕貴くんがフォークのようなものを反対側に投げつけ、バアアアン!という音を合図に、あたし達は飛出した。

 バアアアン、バアアアン!!

 裕貴くんが、手にしていた皿を円盤投げのようにして男に飛ばすと、反射的にそちらに反応した男の隙を見て、自動ドアから走って出る。

 外にいた別の黒服ふたりがこちらに駆けてくる。

 ギターを振り回す裕貴くん。
 バッグをぶんぶんと振り回し、捕まえられそうになったら、思いきりその手に噛みつくあたし。

「とりゃああああ!」

 そして、拳一本で黒服を地に沈める女帝。

 外は雑踏。

 野次や行き交う人々の群れに交ざり、近間のデパートの中に入る。
 秋冬ファッションを披露しているマネキンに混ざり息を潜めて見守ると、あたし達を探していたふたりの男達は諦めたようにして、やがて外に横付けされた黒塗りのボックスカーに乗り込んで、車ごと走り去ったようだ。

 そう……、ナンバーの隠された、あの車だった。

 外に出てふと、思い出す。

「あ、朝霞さん……」

「柚。あの朝霞っていうのが怪しい!」

 裕貴くんの目は険しくて。

「え、だけど……」

「騙されるな。いいか、これ……柚に勧めたベリーのケーキだ。ちょっとひっかかって、これだけ持ってきた」

 有名スポーツメーカーのボストンバッグのポケットに、手を突っ込んだ裕貴くんが掴んでいたのは、元は紫と赤色のケーキと思われたものの残骸。

「あそこに病院あるからな。もしもの時は、ニャンコごめんよ」

 裕貴くんが指を振ると、停車中の車のボンネットに丸まっていた黒猫が反応して、地面に置いたケーキを一口食べた。

 すると――。

「!!!?」

 パタリと倒れたのだ。

「ほら、みろ!」

 死んでいるわけではないようで、身体が少し痙攣して、麻痺しているような感じだ。

 ……ぞっとした。
 朝霞さん、あたしを麻痺させてどうしようとしていたんだろう。
  
 裕貴くんが猫を抱えて、近くに見えた動物病院に連れて行く。

 女医さんが診察してくれると、ふぐの中毒にも似て神経と筋肉の両方に麻痺をおこし、呼吸ができにくくなっているものの、点滴すれば命に別状もないし、発見が早かったために後遺症も出ないだろうということ。

 後にしながら、犠牲にしてしまった猫ちゃんに詫びて、皆で揃って頭を下げた。

 猫には申し訳ないことをしたが、女医さんの手で元気になって貰おう。

「ところで裕貴、なんで朝霞さんが怪しいと?」

「あの朝霞って奴がちらちらと窓の外を見てて。そしたら車が停まって出てきた男が拳銃を構えて。ケーキもやけに柚に勧めていたし」

 全然、気づかなかった。

「柚、あんた朝霞さんに恨まれるようなことしたの!?」

「まったく、身に覚えがない。ねぇ、朝霞さんがそんなものを入れる時間はなかったんじゃ?」

 店員が置いたのをすぐあたしに勧めたのだから。

「まあ、朝霞は本当は知らなくて、店側に毒を入れた犯人がいたかもしれない可能性はあるよ」

 あの店員、やけに無表情だった気はするけれど。

「だけど、裏で示し合わせていた可能性だってある」

「……っ」

「はぁ……。須王さんの予想は大当たりということか。まさか拳銃が出るとは予想してなかったけど」

「これから、どうしよう」

「とにかく小林さんっていうのと合流だ。柚の家は、先回りされている可能性もあるから、なしで。電話番号聞いているから、小林さんに電話してみる」

 裕貴くん、頼もしい。
 あたしはなにも出来なくて、十七歳の機転に助けられている。

「……あんた、家に寄る用事があったの?」

「あ、うん……。ちょっとね、早瀬のスタジオで避難させて貰うことになってて。それで身の回りのものとか……」

「……。なに、早瀬さん、こうした事態、わかっていたというの?」

「ここまで具体的かはわからないけど……」

「具体的でしょう。裕貴が護衛として機能しているってことは、早瀬さんの指示があったということでしょう?」

「どうなんだろう」

「身の回りっていうのは、下着とか化粧品とか?」

 あたしはこっくりと頷いた。

「だったら、ここならうちが近いから、適当に私のもの見繕って、あんたにあげるわ。家に帰れるようになるまで、それで我慢して貰える?」
  
「我慢もなにも……、そんなこと奈緒さんにして貰うことは……」
 
 すると女帝は、気づいたようにポンポンと、自分の身体についたガラスの破片を手で落としながら、言った。

「私ね、父親が成金趣味で、そのせいで金に困らずちやほやされて育ったのよね。弟見てると、昔の自分を思い出してうんざりするんだけど」

「……」

 赤レンガでの彼を思い出す。
 顔はよく見れなかったけれど、うん……ちょっと難ありだったよね。

「そんなんで、金ですべてが解決出来るという環境が当たり前で。周りから女帝とか言われていい気になっててね」

 今でも女帝、だものね。

「だけど目覚めるわけよ、周りは皆、私の肩書き目的だということに。私を見て貰うためには目が小さすぎるから、目を大きくする整形手術をしようとしたら、親父に猛反対されてさ。グレてレディースに入ったこともあったけど、化粧に目覚めてコンプレックスがなくなったのよね」

 ……今さらっと、グレてレディースに入ったこともあるとか言ってなかった? え? 元ヤン?

「金ではなく、己の美貌で世に君臨してやろうと思ったんだけど、早瀬さんを追いかけて、最初で最後の親父の力を借りてエリュシオンに来て。ここで困った時に手を差し伸べてくれるような、そういう……いわゆる友達というものを作ろうとして、あの三人がそうだと思っていたけれど、違った。それがあんただったとは、二年も知らないでいたけどさ」

 女帝はにっと笑った。

「助けられたら助ける。助けられなくても助ける。それが友達でしょう?」

 ああ、なんだろう。

 夜露死苦!

 とか言われている気がするのは。

 裕貴くんの通話が終わったようだ。

「よし、小林さんと連絡ついたよ。近くにいるらしいから、来てくれるって。柚が顔わかっているんだろう?」

「うん。ガテン系の感じのひとだよ」

「ガテン系とあのひとと、なんで繋がりあるんだろう。まあいいや、おばさんどうする?」

「タイマンなら腕が鳴るから、私、柚の護衛につくわ」
  
「さらっとなに言ってるのかわからないけど、おばさん。柚の護衛はきっとあのひとが譲らないと思うけど」

「女同士じゃないと出来ないことあるでしょう? 早瀬さんだって全能じゃないんだから」

 すると裕貴くんは困ったような顔で、女帝に訊いた。

「……おばさん、あわよくばあのひとに取り入ろうとか、そういう邪なこと考えていないよね?」

「ないね」

 きっぱりさっぱりと。

「こんな状況見たら、昔の古傷が疼くというか……こちらの話。私は柚が心配なの。私もなにかに役立てれると思うわ、なんならご飯作りでもいいし」

「わかった。おばさん信じる」

「信じるのは構わないけど、おばさんやめて」

「わかった。じゃあ……三芳さん」

「なんで柚が柚で、私は苗字のさん付なのよ」

「名前を呼んだら怖いもん。食われそう」

「あ゛!?」

 あたしは笑ってしまった。

「まあいいわ。私、自分の家から柚の着替えとか用意して、スタジオに行くわ。場所はわかってる。早瀬さんのことなら」

 あたしは裕貴くんと顔を見合わせて、苦笑した。

「柚、LINE交換しよう」

「うん」

 あたしのスマホのLINEは、亜貴、裕貴くん、早瀬。そして女帝が並ぶことになった。こんな状況だけど、やっぱり同性がいるのが嬉しい。

 後でLINEに生理用品もお願いして、持ってきて貰おう……。

「須王さんに、三芳さんが来ると言っておかないとね」

 裕貴くんに、あたしは言った。

「あたしから言うわ。奈緒さんは頼もしくて信頼できるひとだから、早瀬もわかってくれると思う。もし、奈緒さんにしたことで早瀬が渋るなら」

「渋るなら?」

「横っ面を張り飛ばす!」

 拳を裕貴くんに見せると、

「あんた、いい度胸してるわ。現役ならスカウトしてるわ」

「いえいえ、結構です!」

 女帝が愉快そうに笑った。
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