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第4章 Haunting Voice
6. ~Asaka side~
しおりを挟む~Asaka side~
薄暗い部屋。
銀の燭台に置かれた、三本の血色の蝋の炎が揺れている。
香ばしい肉が焼ける匂いと共に、どこか饐えたような動物的な匂いも混ざっている。
「御前、申し訳ありません」
俺が跪くその男は、優雅にナイフとフォークを動かして、分厚い肉を食べていた。
なんの肉かわからない。
人間の肉を食べててもおかしくない、残虐な男――。
「また失敗したのか。お前に言われて待って待って……ようやく熟したというのに、娘ひとり攫えぬとは」
テーブルの下、彼の両足の間には女が顔を埋めて、奉仕している。
ぴちゃぴちゃと、ここからが饐えた異臭の発生源だ。
「邪魔が入りました」
思った通り、男は激高した。
「なんと! お前は娘と知り合いなのだろう!? あんなに打ち解けておっても、誘い出すことも出来ぬのか」
……やはりまた、盗聴してたか。
「どうするつもりだ」
「来週、娘と会います。その時に必ずや」
「連れてこいよ」
「御意」
「お前の功績は、この真理絵から聞いておる。お前の手腕で金が……お……そこだ。うまくなったなあ、可愛い真理絵」
男が片手で笠井の頭を撫でたようだ。ここからは笠井の顔が見えないが、見えたからと言って気まずいだけだろう。
「真理絵が推挙したから、お前にしたのだ。あの娘に、この楽園に留める〝石榴〟を食わせ、私が地下世界を統べる。あの男ではない。……私を失望させるなよ」
「……御意」
何度目かの陰鬱な言葉を、無感情に吐き出した。
「要、取り逃がした罰を受けよ」
「御意」
俺は、食事中の男より目線を高くならないように気をつけて、口淫を受ける男の歓喜の声を背にして、屈強な黒服が立つ扉から出て行く。
豪奢な屋敷は、西洋の古城を思い出させる。
金をかけているのがよくわかる、古さを良しとした陰鬱極まりない屋敷は、どんなに絶叫が響いても周りに漏れることがない。
その中で俺が向かう場所は、拷問部屋だ。
俺は、再会した上原を思い出す。
彼女には、変わり果てた俺を見せたくない。
たったひとり、俺の恩人の遺志を継ぐ彼女には。
彼女が、闇に堕ちたオリンピアに来なくてよかったと、言ってやりたかったけれど。
偶然聞いてしまった〝計画〟。
俺が抑えても動き始めてしまった時に、彼女から飛び込んできた。
昔より愛らしく、女の色香をうっすらと漂わせる彼女。
彼女は、早瀬によって花開いたのか。
恐らく、昔彼女が酔った時に口にしていた〝スオウ〟とは、早瀬須王なのだろう。彼女が早瀬と同じ高校出身だということは、調査でわかっている。
そして彼は――。
奇しくも、早瀬須王が上原と特別な仲だとは思わなかったけれど。
だけど彼なら。
だからこそ彼なら。
初対面の俺を真っ直ぐに睨んだ早瀬のあの目の強さに、俺は、御前を凌ぐ覇者の風格を見いだしたのかもしれない。
彼が上原のために身体を張るかどうかは、俺の試しでわかった。
頭も切れる。ただの顔だけの男ではなさそうだ。
彼ならきっと、こんな三文芝居の奥にあるものを見抜く。
彼女を拉致しようとする動きがあったから、俺は彼を動かした。彼なら、きっと上原の家に入ることが出来るだろうと思ったから。
怪しい動きは、俺の管轄外のもの。彼らが何者かはわからないけれど、俺が彼らを抑えられないのなら、彼女が懇ろにしている男の姿を見せつけることによって、引かせるだけ。
次はいつ来るかわからない。
願わくば、俺に入る情報が先であるように。
俺は信じる。
早瀬須王が、この狂った死者の墓場たる冥府を制し、ペルセポネーである上原を守ることを。
彼女に、地下に残らねばならない石榴を食べさせるな。
彼女は、日の当たるところが相応しいのだから。
鞭が俺の身体を切り裂く。
「早瀬、上原を守れよ」
しなる鞭。
俺は……痛みに声を上げながら笑った。
この、出口のない地獄の中で――。
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