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第4章 Haunting Voice
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目が覚めた時、ソファの上に居た。
見慣れない応接室。
見慣れない観葉植物。
「ここは……?」
そこであたしは、オリンピアに乗り込んだことを思い出す。
生理中だったことも助長して、興奮のあまりに貧血を起こし、急に意識が漆黒に染まった闇に引きずり込まれたかのようにして、意識を失ってしまったらしい。
ここは、オリンピアの応接室なのだろうか。
身体の上には、大きな男性の背広がかけられている。
「どなたの?」
まだ鈍い頭をフル回転させて、最後に記憶あったのは――。
「朝霞さんの?」
朝霞さんの優しい笑みを思い出す。
背広から柑橘系の香水の香りがするから、間違いないだろう。
よかった。
朝霞さんならきっと、話をあるべきところに収めてくれる。
彼や真理絵さんの関与しないところで、暴走したオリンピアの社員がいたんだ。多分複数。
それは彼らの独断なのか、第三者の示唆があったのかはわからないが、朝霞さんが調べ上げて、きちんとしてくれる――。
「本当によかった。話がわかるひとで……」
今だから言えるが、ちょっぴり……恋寄りに憧れていた時期もあったけれど、真理絵さんが朝霞さんを好きだということを知ってから、深く考えないようにした。
恋寄りといっても、早瀬とのことを引き摺っていて、亜貴のおかげでぎりぎり男性嫌いにならずにいた程度だったから、性別を超えた有能な人間に対する尊敬と羨望が九割以上。だから彼がエリュシオンを辞めても平気で。
オリンピアを覗きに来た際に、朝霞さんはいなかったけれど、皆から悪意を向けられたのを知って、もう過去には戻れないと悟り、そのまま携帯ショップに赴いて、今までの電話をやめて新規の番号のものに変えたのだ。
二年ぶりに朝霞さんを見ても、懐かしさや信頼感は蘇るけれど、恋心は全くなく、それなら早瀬に再会した時の方が複雑な心境で動揺した。
人間一期一会とはいうけれど、あたしのように縁を切ったと思った複数の人間にまた邂逅することもあると思えば、運命とは不思議なものだと思う。
「さ、ちゃんと話合いしないと……」
背広を持って立ち上がった時だった。
「ここなんだな!?」
聞き慣れた声と共に、バタンと大きな音をたててドアが開き、背広姿の男が入って来たのは。
ダークブルーの、くせ毛のような無造作ヘア。
すっと目尻が伸びた切れ長の目、髪と同じダークブルーの瞳。
そして、女泣かせの泣きぼくろ。
無駄にフェロモンを撒き散らしている、麗しき王子様顔の早瀬が、颯爽と入って来た。
あれ、ここ……エリュシオンだったっけ?
目をぱちくりしているあたしに、早瀬は微かに安堵した顔をした。
「大丈夫か、帰れる?」
「は、はい。でもどうして……」
すると早瀬の後ろから、ワイシャツ姿の朝霞さんが爽やかな笑みを浮かべて言った。
「ああ、俺が呼んだよ。きみが倒れた時、バックが落下してきみのスマホが転がったんだ。画面に彼のLINE通知がたくさんあったから、失敬してきみのLINEで倒れたことを彼にお知らせしたんだよ」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます、朝霞さん」
「どう致しまして。でも体調よくなったならよかったよ」
「おかげさまで。色々ご迷惑おかけして、本当にすみません」
「あはは。色々とやらかしてくれた、昔を思い出すけどね。あれからはちょっとは成長したのかな」
「しました!! ……多分」
「あはははは。多分ってなんだよ、多分って」
和やかな雰囲気のあたし達を、じぃっと。とにかく、じぃぃぃぃっと、なにか言いたげに早瀬が見ていた。
ああ、そうだ。
早瀬にもお礼言わなきゃ。
「お忙しいのに、あたしのせいですみません!」
ただいまHADESプロジェクト緊急会議中だったはずなのに。
「いや、それはいいけど……。これ誰の?」
尋ねられる前に、奪い取られた背広。
「ああ、俺のだ。ありがとう」
……なんだろう、この険悪な空気。
早瀬がなにか陰湿なオーラを放ち、一方朝霞さんは、どこまでもにこにことキラキラオーラで。
……朝霞さんが爽やかイケメンだから、僻んでいるとか?
王様は他国の王様を認めたくない狭量の持ち主とか?
「うちの上原が世話になった」
しかし早瀬も笑った。
とても眩しく、とてもいい笑顔なのに……なにかどす黒い。
「いえいえ。元々は俺の可愛い部下でしたから、お気になさらず。ええと、早瀬さんは今の上司なんですか、上原さんの」
早瀬に負けじとキラキラオーラを振りまく朝霞さん。
「上司……そうですね、まあそんな堅苦しい関係ではないですけど。な?」
堅苦しくない関係ってどんな関係なんだろ。
「な?」
同意しないのにいらっとしたような早瀬の声に、慌ててぶんぶんと頷いた。
「仲いいね、君たち」
「ええ、おかげさまで」
だからその笑顔で中身がない会話、やめて欲しいってば。
……ざわついた声が聞こえてくる。
「イケメン、目の保養……」
「生早瀬、素敵~」
周囲はただの野次。
だけどなんだろう、あたしの目からは笑い会うふたりが怖い。
「では失礼する。HADESの話は、顧問弁護士を通させて貰うことになったのでよろしく」
「うーん、どうしようかな」
朝霞さんは考えるふりをして笑った。
「そんな面倒なことをしなくても、こちらが取り下げます」
さすが朝霞さん!!
「ただ……オリンピアの後、そちらがまた同じプロジェクトを公表したら、どんなに裁判沙汰になっても、世間からはイメージ悪くなるでしょうね」
確かにそうだ。
盗んだ盗まないと注目度を浴びるのが、真実がどうであっても、悪いイメージにならないとも言い切れない。
「そこでひとつ提案します」
朝霞さんは微笑んだまま、言った。
「早瀬さん。うちに在籍するといい。早瀬須王あってのHADESなんでしょう? あなたがうちでHADESを作った。そして落ち着いたらエリュシオンに戻り、エリュシオンでHADESを進めればいい」
オリンピア発、エリュシオン経由……ってこと?
「だとすれば、あなたにHADESは付属する。あなたがどこに行こうと、HADESは守られる。あなたが歩く広告塔で、著作権だ。誰も侵害できない」
朝霞さんは絶大なる自信で笑う。
「上原さんと一緒に来ればいい。いい条件で、ちゃんと給料も出す。どうだろう、いい提案だと思うけど」
早瀬は――、
「断る」
その上を行く、超絶な自信漲(みなぎ)る笑顔で拒絶した。
「さすがは、悪名高きオリンピアの社長」
「は、早瀬さん!? オリンピアは……」
「半年前、倒産しそうな朝霞社長の会社を誰が救済しましたか?」
途端、笑みを無くした朝霞さんに、早瀬が超然として言うと、片手を伸ばしてあたしの肩を抱いた。
「それでわかったよ、色々と。悪いが、俺も上原もお前らの道具になるつもりはねぇ。来るなら、こんな姑息な手を使わず、正々堂々と来い。俺は、こんなことくらいで、負ける男じゃねぇから。……見くびるな」
「え? え?」
話が見えない。
だってこんな言い方、まるで――。
「朝霞さんはいいひとですよ? あのですね、厄介な社員がしでかしたことで……」
「はは。いいひとねぇ、いいひと。よかったな、朝霞社長。あんたの真っ黒な腹を見られまいと作りあげた話を信じられるほどに、上原が単純で。まあ、だから使い途があったんだろうけど。悪いが、上原経由でノコノコ呼ばれて来た俺ではあるが、そっちの手のひらの上で転がるつもりはねぇ。……帰るぞ」
「え、ちょ……朝霞さん、ねぇなにか誤解……」
しかし朝霞さんは、ため息をつくとこう言った。
「手強いなあ。早瀬須王のブランドを大きくさせたのは、音楽だけじゃないみたいだ。……わかっていて乗り込んできたその勇気に敬意を表して、今は引き下がる。また連絡するよ、上原」
「は? れ、連絡? あたし番号変えてますけど」
「LINEを見て俺に連絡するくらいだ。最低でも十五分あれば、お前自身の番号やアドレス帳情報はすべて、見れる。案外、俺の携番もチェック済みかもな」
「え……え!?」
「またね、上原。お大事に」
朝霞さんが、いつも通りの爽やかな笑顔で手を振った。
なにひとつ弁明することなく。
「は……?」
あたしひとり状況がわからず、肩に手を回したままの早瀬に押されるようにして、悪意と称賛半々の眼差しの中、オリンピアを後にしたのだった。
……この状況で笑える朝霞さんも、あたし達を黙って見つめる真理絵さんの目も、とても怖かった。
再び、早瀬の黒い外車の中――。
助手席にほぼ押し込まれた状況のあたしは、運転席に乗り込んだ早瀬に尋ねた。
「……え、と……どういうことですか?」
エンジンがかかる。
「お前、まだわかんねぇのかよ。あの胡散臭い笑みを向ける朝霞っていう社長が、HADESを公表させたんだよ。あいつが仕組んだことだ」
「ええええ!? でも朝霞さんは、彼の知らないところで暴走した社員が……」
「まだ信じてるのか? 本当にお気楽な奴。それが本当なら、今頃その公表の撤回や取り消しにあくせくしてるだろうさ、一秒でも早く、無関係の事実をうちにでも伝えるだろう。仮にも上場会社のエリュシオンに喧嘩売ったんだ。知らなかったわからなかっただけで、すまされるわけがねぇ。責任など取るつもりはねぇよ、勝てると信じてる顔だ。問題は、なにに対して勝つ気でいるか、だ」
「で、でも朝霞さんとは初めて会ったんですよね?」
まるで長年のライバルのように、知ったように早瀬は言っているけれど。
「ああ。会議中に、お前が心配していると思って、状況をLINEに流した。まるで既読が着かねぇと思ったら、ぱっとマークがついて。で、あの朝霞という名前でLINEが来たから、会議放置で飛んで来る羽目になった。あの分じゃ、俺が流した会議状況も見てるな、裏目に出た」
あたしは、バッグの中に戻されていたスマホを取り出してLINEを見た。
早瀬からは『HADES、潰す方向に進むかも』『オリンピアから取り戻す気もねぇらしい』『これは、なにか裏がある』などなどひと言ずつ。
それに対して、あたしが出したことになっている右下の吹き出しには、『早瀬須王さん、初めまして。朝霞といいます。上原さんが倒れたので、下記の住所まで引き取りに来て下さいませんか? 十五分待ってもいらっしゃらない場合、上原さんは俺が頂きます』
「十五分……で来たんですか、木場から青山まで。渋滞、してたのに」
「ああ。高性能ナビで裏道通りながら、スポーツカーをすっ飛ばした」
「そ、そうですか……」
「それだけかよ」
「いや、その……ありがとうございました。興奮しすぎたための、病気ではない貧血が祟っただけだったのに」
「そっちの礼かよ」
「え、どっちの礼ですか?」
「……まぁいいや。俺のために乗り込んだんだろ、お前」
「え?」
「オリンピアにお前が居たことですべてが繋がった。最初、エリュシオンで不審者でも来てお前が拉致されたかと思ったからな」
「え、美保ちゃんにオリンピアに行ってくるって行ったのに」
「あいつ……言えよな! ……それよりお前、朝霞とどんな関係だったんだよ。すげぇお前、心を許しているっぽいけど、昔の男?」
ハンドルを切りながら、どこか面白くなさそうに憮然と早瀬は尋ねてくる。
「違いますよ! そんなのじゃないです」
「じゃあどんなのだよ」
「朝霞さんはエリュシオンのエースだったんです。一応営業ではあったんですけど、昔のエリュシオンは他の課と掛け持ちすることが多くて、所属課はあってないようなもので。色々な部署で朝霞さん、走り回ってたひとでした。あたしは企画にいて、彼は主任で。……新人時代から色々、ダメダメなあたしを助けてくれたんです。もうひとりの女性の先輩と共に、専属の教育係みたいに。大変お世話になった方です」
「………」
「温厚で頭もいいし実行力もあって、なにより前社長を尊敬して社長の教えに忠実なひとでした。社長には息子がいるとは皆聞いていて知っていたけれど、エリュシオンに在籍もしていないし、前社長の次に社長としてエリュシオンを引っ張り上げるのは、朝霞さんだと誰もが思っていたと思います」
「あいつはそれについてどう言ってたんだ」
「朝霞さんはとても謙虚なひとで、主任如きが社長なんてと笑い飛ばしてました。二年前、今の社長が営利目的の方針を打ち出した時、一番憤って食ってかかったのが、朝霞さんでした。いつも優しくて穏やかなひとだったのに、あの時は豹変したように」
「………」
「だから、朝霞さんが独立してオリンピアを作ったことに対して、彼を諫めるひともいなくて、逆に皆朝霞さんに同調してやめていきました」
「なんでお前は行かなかった?」
思えば、早瀬にあたしのことを話すのは初めてかもしれない。
早瀬に、あたしの過去は話したくなかったから。
「あたしも誘われたけど、あたしは前社長がエリュシオンを守って欲しいと言われたことが忘れられず、どんな形でも前社長が作ったエリュシオンに関わりたいと思って残りました。その結果が、裏切り者ですけどね」
あたしは乾いた笑いをした。
「半年前」
早瀬は言う。
「オリンピアが破産した」
「本当ですか、それ。だって今、営業しているじゃないですか」
「破産したが、ある音楽の協会が資金を援助して、オリンピアは助かったそうだ」
「それ、あたし初めて聞きましたけど」
「半年前、お前はそれどころじゃなかったろう」
確かに、亜貴が大変で早瀬からお金を借りた時期だ。
「その協会の副会長が、現忍月コーポレーション副社長、忍月栄一郎だ。そして団体代表理事が、現MSミュージック社長、三芳英雄。ちなみに言えば、副会長はMSミュージックの専務理事に就いていて、三芳社長と懇意にしているらしい。三芳社長は副会長の金のなる木だ」
「え、忍月って……OSHIZUKIビルのあの忍月財閥の忍月ですか!?」
「ああ。ただ栄一郎というのは、コーポレーション社長であり忍月財閥現当主の甥にあたり、どちらも後を継ぎたくて躍起になっている」
「三芳社長に、そうできるほどの力があるんですか?」
ただの成金のように思えたけれど。
「あいつにはそこまでのものはない。副会長が狙っているのは、三芳社長の金とコネだろう。音楽界のコネだけはあるそうだからな」
「音楽界のコネがあっても、副会長にメリットになるんですか?」
「昔から音楽界は、財界・経済界・政界と結びつきやすいからな。お偉いさんが抱えている音楽家に取り入れば、そこから力を手にできる」
「そういうものなんですかね。あなたもそうなんですか」
「……さてね」
早瀬は誤魔化した。
「お前の家にも来てただろう? 音楽界のボスの家のようなものなんだから」
あたしは昔を思い出す。
確かに家に、色々とひとが訪れていた。
たまに、あたし達子供の馬になって遊んでくれた背広姿のひとも居たことを思い出せば、もしかして……一種の両親に対する媚びだったのだろうか。
どう見ても、音楽と無縁に見える怖いひとも来ていた。
……別に家族で演奏したわけでもない。
なにを話に来てたんだろう。
「じゃあ朝霞さんは、オリンピアを救ってくれた協会を背負う、三芳社長か副会長に言われて、こんなことをしたと?」
「ああ。それと協会の会長が、別の財閥の名だから、そちらの手がかかっているのかもしれねぇし」
「財閥って、たくさんあるんですね」
あたしには無縁の世界だ。
「今の日本で四大財閥と呼ばれるうち、比較的新興なのは忍月財閥と向島財閥。古くからあるのが、一之宮財閥と西条財閥だ。でその協会の会長は、一之宮の御曹司だ。三芳がどこに泣きついたか、だな」
「しかしよく知ってますね、朝霞さんのことを知らなかった割には、協会のこととか」
「一応俺も、その協会の理事だからな。まあ名前を貸しただけで顔出しには行ってはいないが、一応協会の動きは目を通す」
本当にこのひと、二十六歳なのかしら。
「そういえば、女帝と三芳社長が応接室にいるんでしたよね。なにか言ってましたか? やっぱり違約金支払えって? 示談の条件とかもなし?」
「あ、そういえば三芳親子に会ってねぇや」
「え」
「だからいったろう。朝霞からLINE入って十五分で飛出したんだって」
「じゃあもしかして、女帝諸共、あなたに会いたがっていたのなら、いまだ待ちぼうけ食らっているということ?」
「知らねぇよ。勝手に親子漫才してればいい。俺はなにも聞いてなかったことにする」
女帝と三芳社長が共謀していたのかどうかはわからないが、親子揃ってひたすら早瀬を待っているのかもしれないと思ったら、なんだか気の毒だと思ってしまった。
「話を戻すが、今のオリンピアは音楽のためではなく、協会のために働いているフシがある。それで今では、悪い噂ばかりが俺の耳にも届く。エリュシオンもひとのことを言えた義理じゃないだろうが」
「……っ」
「三芳社長が泣きついたところからの指示で、エリュシオンというより俺に対する宣戦布告に出たんだろうと俺は思ってる。俺を利用しようとしているか、排除か」
あたしは頷いた。
「ただ腑に落ちねぇのは、HADES公表に踏み切るための情報収集の速さだ」
「確かに、昨日の私憤が端を発しているのだとしたら、内部情報だとか引き抜きだとか、動きが速いですものね」
「ああ。昨日の横浜での件があろうとなかろうと、朝霞側にHADES情報が漏れていた可能性が高い。ということは、エリュシオンか外部協力者にスパイがいたということ。三芳がそれを知っていたか知らなかったかはわからんが」
それじゃなくてもエリュシオンはチームワークが取れていない。
皆で一丸となってさあ頑張ろうということがない。
誰かの仕事は誰かのもの。誰も興味を持たず、他人のふり。
定時五時になったら、帰り支度をするものが多く、社内で評価されるのは利益になる仕事を考えてとってきた者のみ。
そんな中で誰がスパイかなど考えようにも、該当者がたくさんありすぎる。
「HADESどうするつもりですか?」
「俺自身は、そこまでダメージくらってねぇんだ。一度潰す」
「ええええ!?」
「周りが勝手に、売るためのどうでもいい付属品ばかり押しつけてきていたからな。演奏者を俺が選んだと言っても、リストから選んだだけであって、俺自身が見つけたわけじゃねぇし。ボーカルだって、まだお前が見つけていないのも意味があるように思えてな。別に三芳社長の力がねぇと出来ねぇわけでもねぇし、秘密裏でエリュシオンではなく俺のシークレットプロジェクトで動こうと思ってる」
あたしは唖然とした。
既に早瀬は前を向いている。
凹まず、違う選択肢を選んでいた。
どんな形をとるにしても、早瀬の音楽の追求心は廃れることがないのだ。
さすがは王様だ。
「あ、あたしがオリンピアに来ることなかったんだ……」
なんだか気が抜けて項垂れてしまうと、早瀬は片手を伸ばしてあたしの頭を撫でた。
「お前のおかげで、朝霞の狙いがわかったじゃないか」
「わかったんですか!?」
「まずは俺を利用して、名を上げようとしていること。そして多分、お前だ」
「なぜにあたし!」
「恐らく……俺を動かすものだと思われた。朝霞に」
「あたしそんなこと言ってないのに!」
「……まぁ、当てずっぽうというものでもねぇし。それに、朝霞のあの目」
「朝霞さんの目?」
「俺を利用したいくせに、敵意丸出しだった。すげぇ黒い笑みだったし。そんなの考えればひとつしかねぇ。……ああ、むかつく。なのにあいつにへらへらしやがって」
「へらへらもなにも、あたしが尊敬していた上司だったんですから」
「ああ、ここでブレーキ踏んで、その口塞ぎてぇ!!」
「ここは首都高です!!」
「……お前、あんなに俺とキスして感じていたくせに、なんで乗り換えようとすんだよ。アキだけでも腹立つのに」
「感じ……乗り換えってなんですか! 亜貴がなんで関係あるんですか!? あたしにとって朝霞さんは、いつまでもいい上司なんですよ。どんなに今は悪くても、恩を感じているんですから」
「俺だっていい上司だろうが。恩を感じるのなら俺にすればいいだろ!? なんでその言葉遣いに戻るんだよ、俺といる時にまであいつの影を引き摺らなくてもいいだろう!?」
早瀬が声を荒げてくるから、あたしも負けじと声を張る。
理不尽なことには、徹底抗戦だ。
「あなたは直属の上司ではないでしょう!? それにいいだけいつものように話させておいて、朝霞さんのせいにしないで下さいよ」
「お前、俺よりあいつの方を庇うわけ?」
「はあああああ!?」
その時、あたしが手にしたままのスマホが震えた。
「……うわ」
「なに」
「いえ、なんでもないです」
「だからなに!」
「ハンドル! ハンドルから手を離さないで下さい、わかりましたから、これです、これ! いつの間にか、LINEが出来る状態になってたんです。朝霞さんと!」
『上原、今度食事にいかないか?』
「……俺、時間かかってようやくLINE出来るようになったというのに……。なんであいつは……」
「すみません、聞こえませんでした。なにか?」
「うるせぇよ! 削除してブロックだ。なんだよ、その渋い顔。貸せ!!」
「あ、ひとの!!」
そして、LINE画面から勝手に削除されてブロックをしたようだ。
すると……。
「なんで俺のプライベートの方に来るんだよ、あいつ!!」
『邪魔するな』
「あははは。朝霞さん、お友達欲しいんじゃないんですか?」
「人ごとだと思って……っ、俺はいらねぇよ!」
貧血で倒れたことも忘れ、言い争うようにして車は走り、エリュシオンについた時は、くったりとしていた。
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