20 / 153
第3章 Bittersweet Voice
2.
しおりを挟む*+†+*――*+†+*
「32番、予定を変更して俺……宮田裕貴が作詞作曲、ギターパートとボーカルをさせて頂きます」
薄暗くなった屋外、スポットライトを浴びた裕貴くんの、凛とした声が響き渡る。
「りすとうさぎと、精一杯やりたいと思います」
裕貴くんはあたしと早瀬を見て、緊張に強張ったような顔で笑い、審査員の方を見た。
「正直、俺は人間不信となり、音楽をやめようと思いました。しかし、そこから引っ張り上げてくれた、見ず知らずのあのうさぎとりすに背中を押して貰い、ここに立っています」
裕貴くん……。
「信じていた手を払われ、どんなに苦しくて不幸のどん底にいても、必ず差し伸べてくれる手や声がある。そう信じさせて貰った俺は、苦しみの最中で戦う幼なじみと、そして言葉ですれ違う不器用この上ないりすとうさぎに、この曲を捧げたいと思います」
泣くまいと思っているのに、自然と涙がこぼれ落ちる。
口が悪い裕貴くん。
だけど、早瀬の言い方に悪気がないと必死に教えてくれた裕貴くん。
ギターを壊して音楽を辞めようとするまで、きっと誰より深く傷ついていただろうに、今の裕貴くんは自分の恨みを晴らすというよりは、赤の他人であるあたし達のことを気に掛けてくれている。
裕貴くんの方が大人だ。
「ちょっといいかね?」
年配のちょっと目つきの悪い男性審査員から質問が出た。
「これはコンテストだということをきみは知っているかね?」
「はい」
「それなのに、私達ではなく違う人間に聞かせたいというのかね?」
就職活動の面接官もそうだけれど、時に審査をする側の人間は、威圧的に押し出てその者の反応を見ることがある。
ここで裕貴くんが慌てふためき、動揺したために音楽に乱れが出てしまったら、それだけの人間だと思われて終わるだけだ。
人材など数多くある。その中で本番に弱い者が脱落しても、それはただのふるいにかけて落ちた人間のひとりにしか過ぎない。
裕貴くん、動じないで。
お願い。真っ直ぐな心で受け答えして。
その願いが通じたように、裕貴くんは悪びれた様子もなく、スタンドマイクに向けてはきはきと答えた。
「ご気分を害してしまったらすみません。音楽は自己表現するものですが、俺は音楽を自分のためにではなく、誰かの勇気となるために演奏したいんです」
「ひとのために音楽をやると?」
「そうです。言葉で伝えたくても伝えられない思いを音楽に乗せて、直接心に届けるような演奏者になりたい。それが俺が望む音楽の姿だと、りすとうさぎによって、明確になりました」
「そうしたものがプロには必要ないのだとしたら?」
別の女性審査員が尋ねる。
「プロにならず、インディーズのままでいるだけ。……残念ですが」
裕貴くんの意志は揺らぐことなく。
「このチャンスを棒に振るというんだね?」
別の若い審査員も尋ねる。
「仕方ありません。届けたいと思うものがない音楽を良しとするのなら」
このままでは、演奏することも出来ないのではないだろうか。
ねえ、裕貴くん。もう少し妥協を……。
「俺は妥協できません」
あわわ……。
「話にならんね」
「ええ。聞く価値もない」
ざわざわと、審査員達が反発する。
威圧なのか本気なのかわからないけれど、裕貴くんは狼狽していなかった。
真ん中で腕組をして考え込んでいたおじいさん審査員が言った。
「きみは目指しているミュージシャンはいるのかね?」
「尊敬する音楽家ならいます」
裕貴くんは即答する。
彼が慕う音楽家がいるという話は聞いていなかった。
「それは誰かね?」
「早瀬須王さんです」
は、早瀬!?
仰け反りすぎて、後ろに倒れそうになった。
「早瀬くんだと?」
「はい。早瀬さんの曲は全部弾け……早瀬?」
裕貴くんも考えている。
裕貴くん、あなたが尊敬しているのは後ろのりすよ、りす!
「なあ、皆さん」
おじいさん審査員は、他の審査員に言った。
「かつて早瀬須王も、作曲のコンテストにおいて同じことを言いました。〝音楽は心を伝えるもの〟であると。私はその時、早瀬くんの審査をしておりました。そんな彼は音楽界の第一人者となった」
あたしは思わず早瀬を見た。
りすは大して気に留める様子もなく、他人事のようにして、ベースを弄っている。その中の顔はどうであるのかわからない。
音楽に妥協無く、ぱっと閃いて素晴らしい音楽を作る彼が、そんなことを思いながら音楽を作っていたなど知らなかった。
――同情じゃねぇよ、なんのために俺が音楽やってると思ってる。
ねぇ、早瀬。
――俺、お前に音楽を楽しいと思って欲しいんだ。
――それでも今、一緒に音楽をやりたかった。昔みたいに。
なぜ、あなたは音楽をしているの。
どんな心を伝えていると言うの。
――俺にだって……伝えたい言葉はあったんだ。
それは音楽と関係あるの?
「あの時の彼の目と、今の宮田くんの目と言葉の強さは似ている。生意気だと却下するのではなく、その音楽をまず聴いてみようじゃないですか。伝えたいものがあるという、彼の音楽を」
おじいさん審査員はにっこりと裕貴くんに笑った。
「きみが伝えたいという心を、審査員であるかは関係なく、聞いている私達にも届けてくれるかね?」
ああ、物わかりがいい裕貴くんもまた、言葉が不器用で。
最初から、そういえばよかったんだね。
審査員だからと、聞く者を拒絶してしまったから審査員は気分を害したのかもしれない。そこをあのおじいさん審査員が、取り持ってくれたのだ。
いい審査員が来てくれた。
「俺の言葉が足りませんでした。はい、立場は関係なく楽しんで頂けたら嬉しいです」
裕貴くんがあたし達に振り返り、笑って見せた。
あたし達は準備はOKだと頷き合う。
伝えたい音楽がある――。
それは裕貴くんだけではなく早瀬も。
そして、あたしもある。
奏でる音がどうか救いになりますよう。
あたしにとっての、天使の歌声になりますよう。
あたしは、シンセの左端の鍵盤を押して、ドラムのリズムを再生する。
早瀬が打ち込んだドラムは、大きなアンプを通して広がりを見せながらリズムを刻んで。
早瀬が弦を親指で何度も叩きつけてから、引っ張っるようにしては叩くという、ひと昔前まではチョッパー奏法とも呼ばれていたスラップベースをそれに乗せてくる。
早いのに安定した低音。それをエフェクターでビヨンビヨンと跳ねるような効果を出して。
早瀬と裕貴くんが頷き合うようにして、裕貴くんのギターが乗った。
やがて裕貴くんに頷かれてあたしは1音を押す。
それを合図に、ベースとギターとシンセが、変拍子のようだけれど特異な四拍子のメロディアスなフレーズを、同じ調子で合奏して弾いてくる。
寸分の狂いもなくぴったりなリズム。
合同練習なんて大してしていないのに、シンセと弦楽器の音を聞いて、それに合わせるというふたりのリズム感が、あまりにも爽快すぎて、めちゃくちゃ楽しくなってきた。
やがてそれは、あたしのシンセだけが同じ音程のフレーズを繰り返す中、早瀬は音階が下がり、裕貴くんは音階が上がるように動いて、派手にハモっていく形となる。
裕貴くんのギュイーンというギターの音を合図に、リズムは同じだけれどあたしの鍵盤を押すことでブラスの音とストリングス系の音が付加されて、早瀬と裕貴くんに頷いて見せれば、和音だけのAメロに入る。
~♪
……正直、裕貴くんの歌声はあまり期待してはいなくて。
それがどうだ。
彼は歌までこなす。
ややハスキーな声量あるその声音だけで、シンセで他の音色も纏っているような音が響いている錯覚に陥る。
この子、本番に強いんだ。
乱れぬギターの旋律。
揺れない歌声。
早瀬、この歌声……どう?
ねぇ、ひとをぞくぞくとさせる歌声じゃない?
純正律、裕貴くんいけそうじゃない?
りすを見たら、りすのベースのリズムが突然変わった。
あたしにはわかった。
――俺の曲調に柔軟に対応出来る奴を見つけ出せ。どんな曲でもこなせる奴を。
これは裕貴くんの実力を認めたがゆえの、早瀬流のテストなのだと。
コード進行はそのままだけれど、突然変わったリズム。
第三者からは、そういう予定だったとしか思えない絶妙なベースのリズムで、裕貴くんの歌声は少しぶれた……と思いきや、ギターでそのリズムでのアレンジをしながら、歌声を支え始めた。
どんな予定外の出来事も即座に対応出来る音楽性。
乱れないリズム感。
これは――女帝の弟が叩きたくなるのもわかる。
やばい。
本気にやばい。
……興奮してきた。
ベースとギターが凄まじいテクを見せるのなら、ねぇあたしもいい?
置いてきぼりのシンセは寂しくて。
ねぇ、あたしの旋律で参加していい?
ちょっとだけ、あたしも仲間に入れさせて。
ゆっくりと動ける指を動かすと、ベースとギターが緩やかな旋律となった。
目立たせないでと焦っても、あたしがやろうとしていることを汲み取ってくれたふたりのおかげで、あたしは動き出した指を長い間、動かさないといけなくなった。
早瀬が設定していない真ん中の鍵盤で、あたしの心に浮かぶメロディーをそろそろと弾き、動かない右手の小指の代わりに左手を使うという、クラシックではナンセンスな指運び。
だけど楽しくて。
ちょっと間違えてしまったけれど、あたしのソロをふたりが飾ってくれたのが嬉しくて。
……あたしも弾けたよ。
あたしの音が出せたよ。
そう思うと、感慨深くて泣けてくる。
泣いてばかりいるあたし、凄い顔になっているだろう。
頷いてピアノソロとも言えないゆっくりだった旋律は終了。
裕貴くんのソロの時は、お返しに派手に飾って上げたいと、両手で早瀬が打ち込んだふたつの鍵盤の同じコードを押せば、また違う顔の音色が派手に広がって。
負けじと弾かれるギターソロは、汗が飛び散っているかのような速さと凄絶なテクニックを見せて、これは早瀬でも真似出来ないんじゃないかなと思えば、今度は早瀬が無理矢理ベースソロを割り込んでくる。
あたしはきっちりコードを奏でていなければ曲が消えてしまうため、ベースの代わりに、ストリングスが入ったピアノ音でコードを構成する三音を、次々に押していく。
裕貴くんに負けないテクニックを披露するりすと、楽しそうに挑発を受ける裕貴くんと、あせあせしながらコードを守っていくうさぎと。
楽しい。
とても楽しい。
あたしが間違えても、すぐ早瀬がベースでフォローしてくる。
早瀬がずっとソロを弾くと、裕貴くんが怒ってギターを割り込ませて。
ねぇ、審査員の皆さん。
あたし達は、一時間前はこんなに仲良くバンドが出来る状況にはなかったんです。裕貴くんは音楽をやめようとして、あたしは指が動かないから鍵盤を弾こうなんて思わず。
それを強引な早瀬によって、ここまでの曲になりました。
楽しいと感じて貰えてますか?
あたし達の音楽で、うきうきするような高揚感を一緒に感じて頂けてますか?
完成度高い同じ曲に、ここまでの楽しさを感じましたか?
ゼロから始めたあたし達。
それでも皆で力を合わせれば、どんな困難でも乗り切れるという力を、あたし達は証明したいのです。
音楽は権力や金でどうこう出来るものではない。
奏でようとする者が音楽を愛する限り、愛ある音楽が生まれるんです。
それが、聞いているものの心を支える、至高の音楽になる気がするんです。
あたしは早瀬が大嫌いでたまらなかった。
だけど早瀬の音はあたしを支えてくれている。
ひとりで苦しむなと。
自分が傍にいるよと。
……それが、指が動かなくなったあたしにとって、どれだけ心強いことだろう。
目を瞑っても、心地よい早瀬の音に溢れている。
どこにも、あたしが拒絶していた早瀬はいない。
昔ながらの、あたしが心を許した音があるだけだ。
――音楽を楽しんで貰いたいんだ。
早瀬がいる。
傍で早瀬があたしの手を取り、立っている。
昔のように肩を並べて立っている。
あたしが九年間望んで望んで、だけど叶わなかったあたしの早瀬への想いが、音楽となり形となる。
耳から染まる早瀬の音が、あたしを九年前に戻していく。
溶け合いたいよ、早瀬。
あたしあなたが好きだったの。
あなたに裏切られたくなかったの。
あなたに愛されたかったの。
こんな風に、傍にいて貰いたかったの。
ねぇ、教えて。
理由があるのなら、どうしてあんなことを言ったの。
どうしてあたしから離れていったの。
ねぇ、須王――。
「柚っ」
裕貴くんの声で、はっと我に返る。
ギュイーンとギター、最初のメロディに戻る合図だ。
慌ててあたしは、その鍵盤を押した。
ギターとベースとシンセが一体になる。
僅かなずれもなく、ひとつになる。
そして――。
「ありがとうございました」
審査員から拍手がおこった。
それはあのおじいさん審査員だけだった。
「楽しかったよ。勇気を貰ったよ」
複雑そうにしている他の審査員。
満場一致の拍手を貰えるほど音楽は甘くはない。
それでも、ひとりでも心に残る音楽になったのなら、全力を出して、そして楽しんで演奏したあたし達は満足だ。
だけど、楽器を片付け終えた裕貴くんは――。
「終わ、終わっちゃった」
両目から大洪水。
初めての舞台だった十七歳。
緊張も無くなって座り込んでしまっている。
「ご苦労様!」
あたしはうさぎのままで、裕貴くんの頭をよしよしと撫でた。
「柚、ありがとう。俺、すごく楽しかった。だから終わってなんだか、涙が止まらなくて……ああ、くそっ!!」
「凄く格好よかったよ、裕貴くんのギターも歌声も。あとは審査……」
「審査は見ないでもわかる。あのりす、ベーシストでもねぇのにあれだけのテクもってるのなら、俺、課題が山積みだと思うから」
「裕貴くん……」
「あれ、りすおじさんは?」
「え? あ、あそこに居るよ。なにぼけっと突っ立っているんだろう。表彰式もう始まるのに。ちょっと連れてくるね」
表彰式はステージに全員が並ばないといけない。
それなのに、りすがステージの袖で後ろ向きになっているのだ。
「早く。なにやってるんですか、始まっちゃいますよ?」
腕を引いて、一緒に歩く。
「……ありがとうございました。あたし、音楽好きです」
しかし反応がない。
「あの?」
……冷たいな、この男。
表彰式が始まったから、慌てて早瀬と列に戻った。
五位から名前が呼ばれていくが、バンド名『裕貴と森の音楽家達』の名前が呼ばれない。この名は、勿論あたしが名付けた。裕貴くんは嫌がったけれど、結局いい名前が思いつかなかったみたいで、あたしのが命名したものにしたようだ。
「一位」
あたしは神に祈る。
「『Sweety Love』!」
しかし選ばれたのは、あたし達ではなく。
そして、女帝の弟達でもなかった。
あたしの前に歌っていた女の子の居るバンドだった。
女帝の弟が選ばれなかったのは不幸中の幸い。
それは裕貴くんには慰めにもならないだろうけれど。
「この度は、審査員特別賞を設けることになりました。どうしても、賞から外すことが出来ない、心に残る素晴らしい音楽があったのです」
そうマイクで話したのは、おじいさん審査員。
「『裕貴と森の音楽家達』」
呼ばれた。
「裕貴くん、呼ばれた!」
「皆さん、前に」
「裕貴くん、呼ばれたよ。さあ、行こう」
呆然として固まる裕貴くんの腕を掴んで、おじいさん審査員のいる場所まで歩く。
「音楽とはなにか。それを言葉と音楽で伝えようとした、そこに評価を……」
「ちょっと待って下さい!」
異議を唱えたのは、どこからかの列の男性だ。
「どうしてパクった音楽が評価されるんですか! 俺達の曲を盗作したんですよ、犯罪ですよ」
顔は見えないが、女帝の弟だ。
パクったのが裕貴くんだって?
「そんなのが特別賞になるのはおかしい。なんですか、金でも渡したんですか!?」
むかつく。
あんた達でもあるまいし!
「黙りなさい」
おじいさん審査員が、低い声で威圧的に言った。
「違う音楽でした」
「は?」
「私の耳には、全く別な音楽として聞こえましたが。仮にどちらかが盗作をしたとしても、私達審査員は素晴らしい音楽を選ぶだけ。あなた方が選ばれなかったのは、彼らより評価されなかったということだけですね」
「……っ」
ありがとう。
本当にありがとうございます。
音楽を愛する裕貴くんの純粋な心は、審査員に届いたんだ。
特別賞なんて、凄いね。
「以上で……」
「おかしい!!」
声をあげたのは、ステージ下からだった。
なにやら派手なスーツを聞いたおじさんが、怒り心頭のようだ。
「なぜ私の息子は選外なんだ!! だったら特別賞でもいいじゃないか」
……この無駄に整った顔立ちは、うん。女帝のお父さんだな。
MSミュージック社長。
つまり、裕貴くんの仲間を金かなにかで買収した人物。
「瀬田さん、ここでの入賞は、売れる人材のはずだ。ビジュアル音楽性、なんでそいつらよりも劣るというんだ!!」
「売れるか売れないかは、ここにいるスカウトマン達の目とその後の訓練次第。私の目には狂いはないと思いますぞ」
瀬田さんと言うらしいおじいさんが、きっちりと反論してくれる。
「だったら! このゲテモノ揃いの奴らの音楽を売り出したいと思う奴らはいるのか!? 手を上げてみろ!」
そんなこと、しなくたっていいじゃない。
あたし達は頑張ったんだ、それをどうこう言われる筋合いはない。
「誰もいないじゃないか! 大体こんな奴らは「ここにいるとしたら?」」
この声――。
え?
「私がプロデュースしたいと言ったら?」
ステージの下から現われたのは――。
「早瀬さんっ!!」
早瀬須王、そのひとだ。
無駄にフェロモンを撒き散らす、りすの姿ではない彼。
あたしは慌てて後ろに振り向く。
ちゃんと、出っ歯なリスはいる。
だとすれば――。
「あなた早瀬さんではないんですか?」
小声でりすに尋ねると、りすの大きな顔は小さく縦に揺れた。
「私は清掃員で、廊下をモップ掛けしていたら頼まれまして……」
ざらついた声質の老女の声。
機材を控え室に返す時、確かに背の高いおばちゃんは目にした。
この姿でお疲れ様と声を掛けたら、ぎょっとしていたのを覚えている。
いつの間に!!
とりあえずは演奏後であるのは間違いないだろうけれど。
「あの顔……見たことあるとは思っていたけど、あの楽器の使い方とか、考えればわかったはずなのに! はぁ、りすおじさんが、早瀬り……いや須……」
あたしは裕貴くんの口を手で押さえた。
「黙って」
早瀬は、こうした事態を見抜いていたのだろう。
だからきっと、他人顔で裕貴くんを救うために。
……なんてひと。
「早瀬さん、本気でアレをプロデュースする気ですか!?」
あたし達をアレ呼ばわりかい。
「すべてとは言いません。ギターの彼だけですけれど。彼は磨くほどに光る」
魅惑的な笑みを浮かべて、口端をつり上げる。
裕貴くんは、あたしに口を抑えられたまま、うさぎのようにぴょこんと飛び跳ねた。
「は!? あんな彼より、うちの息子の史人の方が」
おお、こんなところで親だからと子供を売り込む気ですか。
「私はね、音楽の才能を見ています。どんなに金で買収してひとの曲を盗作しても、あなたの息子さんの音楽の才能が、彼に劣るのは事実です」
きっぱりと言い切る早瀬に、拍手を送りたくなった。
「息子が、盗作だと!?」
すると早瀬は腕組をしながら、にやりとして言った。
「だってこの曲は、俺が宮田くんのために書き下ろした曲ですから。なんなら著作権侵害で訴えてもいいですけど?」
……うわ、はったりだ。
そしてそんなはったりをかますのは、恐らく――。
「はああああ!? 嘘だ、宮田の曲だっていうから、だから俺が頂いたのに!!」
……女帝の弟、三芳史人の自白を強要するために。
「ええ嘘です。あれは宮田くんの曲だ」
怒気を帯びたその声音に、蒼白な顔となった三芳親子は、どうしようと顔を見合わせたが後の祭りだった。
「音楽を冒涜しないで頂きたい」
0
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる