エリュシオンでささやいて

奏多

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第2章 Dear Voice

 6.

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 *+†+*――*+†+*


 13時、玄関前――。

 またもや早瀬が、育成課にあたしと出かける旨を宣言したものだから、邪推する人達の陰口と視線を浴びる。

 まあ確かに重大なプロジェクトの発案者ではあるけれど、こちらも通常業務があるのだから……と気遣える王様ではなく。

 さらにさりげなく、あたしの腰に回ったこの手!!

 手で素早く払ってみたが、まるで吸盤でもついているかのように、あたしの腰から離れない。

 通常早瀬は、あたしと同じ上のフロアの窓際の一番良い席に、パーテーションに区切られた偉そうな自席を持っているのだが、とにかく忙しい奴なので、会議室にばかり籠もっていることが多い。

 さらに作曲活動をするための別宅兼スタジオは、都内の青山に自分のものを持っており、もう会社に来なくてもいいんじゃないかと思うけれど、よほどの繁忙期でなければ真面目に会社にくる。
 
「さあ、許可を貰った。行こうか」

 今度は肩に回された手。
 
「コートをとってきます」

 変な噂をたてられる前にくるりと身体を回して、自席からコートとバッグを手にし、近寄るなオーラを出す。

 早瀬は受付横の来客用のハンガーに自分のコートをかけていたらしく、それはそれは素晴らしく格好いい……王子様がマントを格好つをつけて羽織るような感じで、受付にいる女帝や美保ちゃんを魅惑した。

「じゃあこいつと出かけてくる。戻らないから」  

「早瀬さ……ん、お電話がかかってきたら、早瀬さんのいつもの番号にお電話いたしますね」

 女帝、プライベートナンバーの方に、連絡する仲なんだぞといわんばかりの顔つきで、あたしに勝ち誇る。

「ああ、そうしてくれ。いつものように、会社の携帯の方に」

「か、会社……」

 ああ、女帝可哀想に。

 今、早瀬によって、夢と希望が一気に壊されたね。

 あたしもわかるよ、その気持ち。
 ねぇ、最低でしょう、この男。

 と、あたしが同情心を見せたにもかかわらず、逆にそれで気分を害したらしい女帝は、強気に出て早瀬に問うた。

「あの……打ち合わせの時とかであったら困るので、LINEのID教えて頂けますか?」

 あたしを見ないでよ!
 別にあたし早瀬と連絡取り合いたいとか、羨ましいなんて、これっぽちも思ってないし!

「ああ、気遣って貰ってすまないな。だったらエリュシオンのhayaseのメルアドに送っておいてくれ。LINEIDは非公開だ」

 女帝の思惑をあえて外したのか無意識なのか、早瀬は軽くそう言うと、あたしの腕を掴んで(恐らく、距離を開けて後ろを歩かせないように)、女帝に背を向け歩き出した。

「……LINEと言えば上原。お前、いい加減申請許可しろよ」

 ああ、見ずともわかる――。
 早瀬のことなら、どんな小声の呟きも聞き漏らさない聡い耳をしている女帝が今、極悪般若の面を被ったね。

 〝お前、早瀬様からのIDをなに却下してやがるんだ!!〟

 そんな怒りのオーラに背中が焦されそうになり、慌ててエリュシオンから出て、早瀬にきっぱりと言う。

「御用があるのなら、エリュシオンのueharaにメール下さい」

「お前メールなら、ひと言じゃねぇか。……しかも、すぐじゃねぇし、一度きりだし」

「だってどうでもいい……失礼。〝今夜は月が綺麗だ〟と突然言われたって、はぁとしか返答のしようがないでしょうが。LINEだって結果は同じですよ!」

 LINEになにを期待しているのかわからないが、LINEをしたいなら女帝と思う存分どうぞと言うと、早瀬はむくれた。

「ホントお前、男心をわかってねぇよな。男心というより俺というか……」

 エスカレーターで下りながら、早瀬は前髪を掻き上げて言う。

「……俺、女とみたら見境なく声をかけて、即答を求める男じゃねぇんだわ。誰が〝今夜は月が綺麗だ〟なんて、わざわざ手間をかけるかよ。特に、どうでもいい女は勘違いさせたくねぇんだけど?」

 おや、早瀬に分別があったんだ?
 あたしてっきり、据え膳かと思ってたのに。

「ではどうでもよくない女とLINEしたい時に、即答求めて下さい。恐らくあなたがひと言書くだけで、たくさんのハートマークつきで長く書いてくれますから。ひとりの寂しさも埋めてくれますよ」

 本当に、寂しいっ子は面倒だ。
 
 やれやれと駄々っ子をあやすような気分でいたのに、詰るような眼差しを僅かに揺らして、前に立つ早瀬があたしを見上げるようにして言う。

「だからお前に言ってるだろうが」

「あたしに言ったって仕方がないでしょう?」

「俺、お前以外にそんなこと言わねぇぞ?」

「だから、あたしに言われても……」

 じとりとした目が向けられた。
 ダークブルーの瞳はなにやら陰鬱そうだ。

「………」

「……なんですか?」

「……もういい。よくはねぇけど、LINEはいい。ちっくしょ……」

 早瀬は盛大なため息をついた。



 玄関から出るかと思いきや、早瀬はあたしを連れて隣にある立体駐車場に来た。

「色々見て回るから、俺の車に乗れ」

「あたし体力には自信があるので……」

「乗れ。乗らねぇと、今夜もホテル直行だ」

「……っ!!」

 極力早瀬と一緒の空間に居たくないのに、さらにはその空間の支配権が早瀬にあるなんていう危険な目に、どうしてあわないといけないの。

「返事!!」

「……はい……」

 ……やっぱりあたし、自虐的なのかしら。




 早瀬の車は今まで見たことがなかったけれど、きっとポルシェとかフェラーリとか、ベンツとか、そういうものだろう。

 そう思っていたけれど、出てきたのはあたしの知らない……葉っぱのようなものが下で繋がったV字型エンブレムをした、車体の低い黒い車だった。

 二人乗りスポーツカータイプで、左ハンドル。
 滑らかな曲線が上品なフロント、タイヤのホイールが赤い。

 ドアが開けられず、中から早瀬がドアを開いてくれた。

 車内は黒と赤のコントラストで男らしい。

「なに突っ立ってる。乗れ」

 ぎこちなく、靴の裏の泥を持ち込んだらどうしようと緊張しながら助手席に座る。

 彼はシフトレバーがある中央の赤い革張りのところを開けると、中の小物入れになっているようなところから、ダークブルーの眼鏡ケースを取り出した。
 
「眼鏡……」

「ああ。運転と作曲する時は眼鏡をつける。元々視力は良い方ではなくてな」

 甘い顔が、小さく細めの黒縁眼鏡にクールに引き締まって見え、どこまでも理知的で紳士的な大人の男になる。

 背広姿のイケメンに眼鏡って、無敵だ。

 やばい。
 ベリームスクの匂いまで車内に漂い始めたよ。
 

 車が走り出した。
 衝撃が少なく音も静かな車内。

 ハンドルを切る早瀬の、クールな男の醸すフェロモンに息苦しくて。

 色香だけをだして平然としている王様が自ら運転してくれるこの状況で、ふと、昨夜の喘ぐ早瀬の声を思い出し、頬をパンパンと叩く。

 意識するな、意識するな。

「どうした?」

 尋ねる声まで、情事のような甘さが漂って、あたしの脳みそが蕩けそう。

「こ、このお車は、国産ではないですよね?」

「これはアメ車だ、シボレーのコルベット。通勤用の車で悪かったな。もっと派手なフェラーリとかの方がよかったか?」

「いえいえ、あんな高級車に乗ったら生きた心地がしません」

 すると早瀬は笑い出した。

「この車、俺がお前に貸した金以上だぞ」

 一千万円以上!!

「ひぇぇぇぇっ!!」
 
 そんな高級車が通勤用って、エリュシオンのハデスは金持ちすぎる!
 
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