エリュシオンでささやいて

奏多

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第13章 brighting Voice

 7.

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 *+†+*――*+†+*


「ん……ふ、ぅん……」

 あたしの口から甘い声が漏れる。

 くちゅりくちゅりと響く水音。

 執拗に追いかけられては、絡まる熱いもの。

 それは息苦しくなるほどにあたしの中で一杯になって、己の存在を主張しながら、誘うようにしてするっと逃げる。

 あたしを置いていかないで。

 必死になって追いかけるあたしは――。

「ん……、柚……っ」

 呼ばれる名前に薄く目を開くと、涙で滲んだ視界が須王で塞がっていた。

 熱い吐息。
 少し掠れた情熱的な声。

 あたしは――ねっとりと官能的に舌を絡ませ合う、濃厚なディープキスの最中だった。

 理性が戻っても、蕩けるようなこの甘さに敵うはずがなくて、底なし沼に引き摺られるように、この蠱惑的で甘美なキスに溺れてしまう。

 外されていたシートベルト。
 ベリームスクの匂いがする大きな体に包まれながら、ゆっくりとしたリズムを刻んで貪られるキスは、あたしの体の深層に灯った火種を煽っていく。

「ん……ふぅ……あ……っ」

 動きに合わせるように体を揺らし、甘美な痺れに喘いでぶるりと震えれば、あたしの後頭部がよしよしと撫でられた。

 その仕草はとても優しいのに、獰猛に動きだした須王の舌は、あたしの口の中で暴れ、弱い部分をすべて暴いていく。

「は……ん、ふ、あぁ……っ」

 ぞくぞくがとまらない。

 自分から出る声が、甘くいやらしいものになって、泣きそうになる。
 だが同時に、須王だからこうなっとしまうと思えば、それを隠したい気にはならなかった。

 あたしの息が完全にあがってしまうと、須王は唇を離し、彼の首元にくっつけるようにあたしの頭を引き寄せ、その頭にすりと頬擦りをしてきた。

「目、覚めた?」

「……ん」

 砂糖菓子よりも甘く感じるその声に、くらくらする。
 
「……俺以外の男の前で、可愛い寝顔を見せるんじゃねぇぞ?」

 寝ろと言ったのは誰だっけ。

 ぼんやりと思うあたしだったが、回り込んだ須王の手であたしの顔を持ち上げられる。

 熱を帯びたダークブルーの瞳。
 それは情熱の炎を揺らめかせながら、ゆっくりと優しく細められる。

「欲しくてたまらなくなるから」

 ちゅっとリップ音をたてて、あたしの唇が啄まれる。

「キスだけで終わらそうとしてやっている、自制心が強い俺に感謝しておけ?」

 またちゅっと音をたてて、キス。

 ああ、ふわふわとまだ夢心地だ。

 あたしは須王の服を手でぎゅっと握りながら、息を乱して言う。

「……目覚めてこの状態で、自制心が強いとは言わない……」

 ちゅっ。

「うるせって」

 ちゅっ。

「ああ、くそ。とまらねぇじゃないか」

 ちゅっ。
 ちゅっ。

 ぎしりと軋むシートの音。

 そしてまた、エンドレスな深いキスに逆戻りをするのだった。




  ……とまあ、それが地下駐車場だったからよかったものの、唇がタラコになるくらいにあれだけキスをしているところを、誰かに見られたら、あたし……恥ずかしくて生きていられない。

 最近、一層に拍車がかかる、彼の甘さ。
 そのおかげで大いに惑わされるあたしは、彼の熱に触れるだけで眩眩くらくらとしてしまい、その男らしい力強さに体が疼くようになってしまった。

 しっかりするんだ、柚!
 バカップルと言われたいのか!

 かつて彼を嫌おうとしていた理性がそう叱咤するけれど、そんな理性だって須王の甘々モードにやられて、最近ではおとなしくなってしまうじゃないか。

「ここどこ?」

「ラブホ」

「……っ」

 ……だから、役目放棄して喜ぶんじゃないの、あたしの理性!
 
「なに嬉しそうにしているわけ、お前」

 須王が笑ってあたしの頬を人差し指で突く。

「べ、別に、嬉しいわけじゃ……」

「このツンデレめ。だったら本気にラブホにすればよかったかな」

「え、違うの?」

「そんな残念そうな顔をするなって。後でたっぷり抱いてやるから。な?」

 あたしの頭をぽんぽんと叩きながら、あたしを見つめる眼鏡をかけた須王の瞳は、妖しく揺らぐ。

 ……だから、抱いて貰えると喜ぶんじゃないの、あたしの理性!
  
「だったら、どこに行くの?」

 エレベーターに乗りながら再度尋ねると、須王は笑って言う。

「ブルームーン」

「は?」

「知らねぇ? 丸の内にあるジャズクラブ」

「ええええ!? あの「Blue Moon」? え、ええええ!?」

 ……だから理性、ちょっと役目を果たそうよ。




 ジャズクラブ「Blue Moon」。
 老舗のジャズクラブで、大きなレストランやBARも兼ねているのだが、なにより見所は、国内外問わない有名なジャズアーティストの生演奏だ。

 それは、以前あたしが吐いてしまったあの生演奏つきのホテルのレストランと似ているけれど、こちらの方はプロばかりの完全なるリサイタル。
 きちんとチケットを買わないといけない、小コンサートホールでもある。

 クラシック育ちののあたしですら知るこの場所は、お忍びで著名な音楽家達も通っていて、ちょっとした音楽サロンになっているとの噂もある。

 どのゲストでも即売り切れるプレミアチケットを巡り、大金が動いているとも聞いたことがある。

 その「Blue Moon」に、思いついたように行こうとする須王に脱帽だ。

 さすがにかの有名な早瀬須王といっても、音楽界からしてみれば、まだ若造だ。チケットの手配は難しいだろう――。

「一旦地上に出て、社員入り口の裏口から中に入る」

 エレベーターに乗った時、須王はそう言った。

「社員のふりをして中に入って、大丈夫? ばれるんじゃ……」

「誰がふりをするかよ。ちゃんと支配人に話を通してあるから大丈夫」

 須王から話を聞くと、彼はあたしが寝ている間に、昔恩を売ったという「Blue Moon」の支配人に電話をしたらしい。

 当然、チケット分は売切れてしまっているが、後の方でいいのなら聞けるスペースがあるからとのことで、騒がれたくない須王にとっては願ったり叶ったりで、目立たない裏口から中に入らせて貰うことにしたようだ。



 そうして今、コネがなければ入れない高級クラブが、目の前に拡がっている。

 歴史を感じさせる、古ぼけた倉庫。
 それは、裕貴くんと出会った横浜の赤レンガ倉庫なみに大きい。

 裕貴くんに自慢してやろうと、写メを撮りながら裏口に歩いていく。
 
「お前、来たことねぇんだ?」

「来れるはずないでしょう? 音楽の大御所でも簡単には入れないと聞いているこのお店に、そば屋の出前のように電話一本で入れるコネなんかないし!」

 改めて考えると、この王様は凄い男だ。
 その才能もコネも、尋常ではない。

 心の中で舌を巻いていると、体を屈めた須王に顔を覗き込まれた。

「惚れ直した?」

 にやりと笑われて。

「あ、あたしは、そんな肩書きなんて……」

 不意打ちの美しい笑みに、どっきんと心臓が跳ねてしまったことを隠そうと、そらした目を泳がせて答えるあたしに、須王は笑った。

「そうだよな、お前が惚れたのは俺自身だものな?」

 否定出来ないのが、なにか……悔しい!

「ず、随分とおわかりのようで!」

「勿論。お前の気分が晴れない時の一番の療法は、音楽だろうことも」

「え?」

「色々考えたんだよ、どこに連れていこうかと。どう考えても、理不尽なことが続いた今は、音楽がお前にとっていいだろうなと思ってね」

 須王は癖ある前髪を手で掻き上げる。

「だから別に、デートに手を抜いたわけじゃねぇから。音楽なら別にいらねぇコネをフル活用して、お前を楽しませてやるし、俺も勉強になるし。いいことづくめ」

「須王……」

「よかっただろう、俺が音楽してて。……運命的だと思わね?」

 あたしは返事の代わりに、須王の腕に抱き付いた。

 音楽をしていたから苦しかった。
 でも、音楽がもたらしたのはそれだけではない。
 
 あたしと須王を結びつけてくれた。

 昔も今も――。


「今日は誰がゲストなのか知ってるの?」

「手島さより」

 それはジャズピアノを弾きながら歌う、海外で活躍する日本人アーティストだ。

「うわ、グラミー賞こそ逃したけれど、海外でも大人気の……天使の七色を持つという?」

 ふくよかな体格をした女性で、三十代後半あたりのはずだ。

「ああ、俺も生声は初めてだ。最近は表に出ていなかったから余計、チケットはすぐ売れただろうな。緊急シークレットライブのようだぞ」

「シークレット……それを聞けるの!? あたしが!?」

 期待にぞくぞくする。
 
 あたしは、須王と共に倉庫の中に入った
 裏口にはひとが立っていたが、須王の名前だけでなんなくパス。

 今度ひとりで、勝手に須王の名前出して入ろうかしら。

「……お前、心の声、ただ漏れ。俺を連れていけよ、なんでひとりで来ようとするんだよ」

「冗談だってば」

 ……もぐもぐの音楽ひとり旅企画、実行前に失敗。
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