エリュシオンでささやいて

奏多

文字の大きさ
上 下
147 / 153
第13章 brighting Voice

 6.

しおりを挟む
 
 *+†+*――*+†+*


 数時間後、朝霞さんは命を取り留めた。
 手術は大成功だがまだ絶対安静が必要で、現在小林さんが入っていたあの特別室で集中治療を施している。

 雑菌を懸念する医師により、ここ数日は面会者を控えるように言われ、遠目でしか機械をつけられている朝霞さんを見ることが出来なかったが、あれだけ厳重な病室の上に、棗くんが手配した護衛役がいるというし、あたし達はひとまず引き下がることにした。

 朝霞さんはそうして助かって手厚い治療の最中にいるが、あの天使は、帰らぬひととなったのだ。

 今、あたし達は外来の待合所にいる。
 今日が休日だったこともあり、待合所には誰もいなかった。
 
「遥のおかげで、朝霞が助かったのって……喜んでいいのか悪いのかわからねぇ。遥なら朝霞を助けられるとしても、遥ではないあいつが、朝霞を助けらるわけないとも思っていたし、やっぱり助けられたかとも思うし」

 須王と棗くんが席を外し、残ったメンバーの中、裕貴くんが真情を吐露する。

「あの口ぶりなら、同じ記憶を持つ違う遥が、また現れるってことだろう? だからってあいつが死んでいいはずもないし、かといって朝霞が死ねばよかったのかと思ったら、そういうわけでもないし」

 その複雑さは、あたしにもよくわかった。

「もしも今後、またあいつが現れたら、その時俺、遥って声をかけられるかわからない。元気な遥を見るのは嬉しいはずなのに、弱々しい遥じゃないと遥とは思えない気もして。今までどんな遥でも俺のダチだと思っていたのに、偏見みたいな自分が本当に嫌になる」

「裕貴くん……」

「なにより俺が知っている遥は、本当の遥なのか? なにがオリジナルなんだろう。もう本当に頭、パニックでさ」

 あたし達が認識する〝存在〟とは、なんなのだろう。

 同じ肉体なのか。
 同じ記憶なのか。

 たとえば裕貴くんとそっくりな肉体を持つ少年が現れて、裕貴くんの記憶を持っていたら、あたしはそれを裕貴くんだと認識出来るのだろうか。

 この世に同時期、或いは入れ替わりで多数存在している――、いわば多次元を凝縮したような並行世界パラレルワールド

 それをあたしは受け入れられるのだろうか。

「これって、危険よね」 

 女帝が重々しく言った。

「自分と同じ意見の個体を増やすことが出来るのなら、どんなことでも数で押し切れるということじゃない。民主主義の日本は多数決で決定するのが主よ。だとすれば、これは勢力となれる、危険分子よ」

 ……組織エリュシオンは、だから天使や黒服を増産して実験していたのか。

 彼らの意思など無視して、違う誰かの命令を遂行出来るように。

 その時、須王と棗くんが帰ってきた。
 二人が手にしているのは、温かい飲み物だった。

「ありがとう」

 須王がくれたのは、柚レモネードだ。
 揶揄でもなさそうだから、素直に受け取った。

「工事現場で小林のふりをして俺が縛り上げた男は、棗の仲間が回収していたんだが、消えたそうだ」

 すっかり存在を忘れていたけど、囚われていたのか。
 
「まあ、死体処理の手間はなかっただけ、よかったのかもね。どこかで死体が転がっているかもしれないけれど」

 棗くんがさらりと、笑えない冗談を言う。

「あのさ、俺、遥からLINE貰ったじゃん?」

 裕貴くんが、ホットココアを口にしてから言う。

「うん。あの子がしてくれたんだよね」

 あの天使が、朝霞さんを助ける側にいたことは、その件でも裏付けされたようなものだけれど。

「ん……。と思っていたんだけれど、道をどうとか公園名とかやたら具体的だったのがひっかかって。それがわかるということは、少なくとも土地勘がなきゃ駄目だろう? 俺と棗姉さんだって、あの公園にすぐ行き着いたわけじゃない」

「調べたんじゃない?」

「まあそうなんだろうけど、あの遥がLINEの主だとしたら、入院病棟だかの歌の真っ最中じゃないか。そんな暇、あったのかなって。歌を歌っていたという前提だけれど」

 裕貴くんはポスターを見上げる。

 そこには小さく日時が記されていて、確かに歌を歌いながらは無理だ。
 大体天使は、朝霞さんの行動をどうやって知ったのだろう。

 朝霞さんと天使に繋がりがあった?
 それとも朝霞さんの監視役も同席していたのだから、敵の内部にいる誰かが流した情報なんだろうか。

「別の遥から裕貴に連絡したのかもよ? でもあれ? スマホの受け渡しはどうしたんだろう。LINEって複数台で出来なかったよね」

 女帝の疑問に裕貴くんが答える。

「うん、初期化されるはず。だからあいつがあのスマホでしたのだろうと思っていたけど……、絶対に出来ないわけでもないんだよね」

 さすがはSNSに詳しい裕貴くんだ。
 あたしには、そういうのはさっぱりだ。

「iPad版、パソコン版の他にも、凄い手間と時間はかかるけれど、LINEと一部のスマホのOSのバックアップ機能からの復元で、同一アカウントでのやりとりが出来ないこともない。遥達はいつもスマホを持たされていたのかなって思えば、なんで面倒な手間をかけてLINEを複製するんだよって」

 確かに電話だけの機能ならば、新規のスマホでもいいはずだ。
 それがあの番号に拘ったということは、捨てたくない情報があったとしか考えられない。

 たとえばそれは――。

「裕貴くんと、繋がっていたかったのかも。どんな遥くんでも、きっと裕貴くんのことが大切で」

 あたしの言葉に、項垂れた裕貴くんは肩を震わせた。


「裕貴くんと音楽やりたいというのは、どの遥くんも変わらずに思っていて」

――裕貴と、一緒に音楽……したかったなあ。大好きな早瀬さんの曲、僕も歌いたかったなあ。 

「……そう考えるとさ、『ちくしょう違う遥が、俺の知る遥のふりしやがって』とは思えなくて。また遥が現れたら、今までしたくでも出来なかったこと、したいなとも思って。俺も遥も、須王さんの音楽が本当に大好きだったから。心底憧れていた須王さんと音楽するの、夢のような出来事だから」

 須王は手を伸ばすと、その大きな掌で裕貴くんの頭を撫でる。

「俺にとっては遥はやっぱり遥で。ああ、なんで俺ばかりいい思いして、遥に最近LINEしていなかったんだろうとか、なんで、遥がそんな目にあっているんだろうとか。ちくしょ……泣きたくねぇのに……」

 裕貴くんの震えた声は、あたしの……いやきっとこの場にいた全員の心をも揺さぶった。

 

 今日はめまぐるしく過ぎ、気づけばもう四時だ。

「ねぇ、美味しいもの食べようよ。裕貴の分、私がおごってあげるから、裕貴が好きなものにしよう。ステーキだろうが、寿司だろうが、お姉様に任せなさい!」

 女帝が裕貴くんを勇気づけるようにして言うと、小林さんが笑った。

「そうだな、俺達もとんだ目にあったから、慰労会とするか」

 あたしも同調し、女帝と裕貴くんと一緒にスマホでレストラン検索して、棗くんや須王にも意見を聞いていると、あたしの体がひょいと持ち上げられた。

 そんなことをするのは、ひとりしかいない。

「悪い。俺と柚、抜けさせてくれ」

「え?」

「上手いケーキでも、柚に探させて買って明日帰る。だから……すまない」

 須王が謝るのを奇妙に思って首を傾げると、女帝も裕貴くんも小林さんも、そして棗くんまでもがわかったというように頷いた。

「ごめん、柚。俺、自分で一杯一杯だった」

「私も。まずあんたに気づいてあげればよかった」

「え? え?」

「アウディ、あんたが使いなさい」

「え、棗姉さん、俺達歩き!?」

「がはははは。死にかけていた奴に優しいな!」

「柚、行くぞ」

「え、ちょ……」

 それであたしを抱き上げたまま、須王は歩き出した。

「ちょっと、ちょっと皆―-っ!!」

 手を振り返す皆から遠ざかり、あたしはぽかぽかと須王の胸を叩く。

「一体なんなの、ちょっと!」

 それでも構わず須王は歩き、駐車場でぽつんと停まっている車の助手席にあたしを押し込み、自分は運転席に乗った。

「気分悪くねぇか?」

 その眼差しが真剣だったから、どきりとする。

「え?」

「お前、すげぇ顔色してるんだよ。あのままあの中にいたら、お前気を遣って笑いながらぶっ倒れるぞ」

「じ、自覚ないんだけど……」

「気を張りすぎている証拠だ。俺相手なら、無理しなくていいだろう?」

 ふっと笑う須王の目が優しい。

「さあ、どこにデートにいこうか。希望はある?」

「べ、別に……」

 デート……。

 なぜこの単語に、あたしの顔は緩んでしまうんだろう。

 たった今、天使が死んで朝霞さんが生きたというのに。

 どうして、こんなにそんな現実から逃避して、須王とふたりだけの世界に閉じ込められたいと願ってしまうのだろう。

「だったら俺がセレクトしようか。着いたら起こすから、寝てろ?」

 須王があたしの頭をぐいと引き寄せ、彼の肩に凭れさせる。

「ん?」

 王様で泣かされてばかりだけれど、それでも多分、誰よりもあたしに敏感で優しくて。

 彼にとても抱き付きたい心地を押さえながら、シフトレバーを握る彼の手に、おずおずと手を重ねる。

 もっと須王の温もりが欲しくて。

「どうしたよ? この甘えっ子」

 ぞくりとするほどの甘い声。

 あたしは聞いていないふりをして目を瞑った。 
 
「……〝気をつけろ、お前達の中に〟……命を賭けた朝霞は、あの時の最後、なにを言おうとしたんだろうな。もう、柚を泣かせたくねぇのに……」

 須王の悲しみに満ちた声を最後に、あたしは意識を沈めた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...