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第13章 brighting Voice
4.
しおりを挟むああ……、あたしは。
皆の前で公開ちゅーをして、彼に抱き付いてとろんとしまっていたのだと悟り、行き場のない羞恥と屈辱さに、須王を涙目でキッと睨む。
「俺のせいか? ん?」
「……っ」
「いつもこんな程度じゃねぇだろ? 皆にこんな生温いのをしていると勘違いされても困るな。だったら見せてやるか。柚……」
「いりません、しません。いやー!!!!」
顎を掴まれたあたしは、やはり涙目で。
そしてなぜか、大爆笑されたのだった。
そんな時靴音がして、いつの間にかいなくなっていた棗くんが戻ってきた。
「――朝霞、下半身の火傷で重篤だって。皮膚移植はしているけれど、追いついていないようよ」
冷ややかにも思える声に、場が静まった。
「このままなら熱傷創に細菌が繁殖して敗血症となる。もって2日。仮に意識が戻ったところで、地獄よ。だから……このまま眠らせた方がいいか、決めて欲しいって」
「眠らせてって……」
「ええ、安らかに死ねるように」
あたしから出た言葉は、早かった。
「いやよ。朝霞さんにはもっと聞かなきゃいけないの。生きていて欲しいの」
「上原サン。こういっちゃなんだけれど、生きることで恥を晒すことになるかもしれないわ、彼」
あたしはまっすぐに棗くんを見つめて言う。
「それでも。朝霞さんの生死を、あたし達に決める権利はない。それをしてしまったら、あたし達と朝霞さんをあんな目に遭わせた奴らと、なんら違いがないわ」
そう言いながらも、須王の服を掴むあたしの手は震えていた。
だからきっとそれを隠すために、須王がその手を握ってくれたんだろう。
「……棗。人工皮膚は?」
「時間がかかりすぎるし、範囲が広すぎる」
須王の言葉を、棗くんが却下した。
「だけど、人工皮膚が届くまでの間、繋ぎとして速効があるものがあるとすれば、可能性はひとつ……。遥の異常性に賭けること」
以前、棗くんがこう言っていた。
――衛生的な環境で血が吹き出すようなことをされて、それでも遥は普通でいられる。……ううん、傷がどこだかわからないけれど、その傷を治癒出来るのかもしれない。
――遥の身体は拒絶反応を起こさず、提供者の身体も拒絶反応が出ないということ? そういう特殊性があるのかしら
だけど、それは――。
「待てよ、棗姉さん。遥が〝再生〟出来る体というのは、推測だろう?」
裕貴くんの言う通り、それは推測。
それはただの可能性。
……妄想にも似た。
「遥のところに行くか」
須王がそう言った。
彼は、棗くんを否定していない。
むしろ、棗くんと同じ結論に至った彼だから、その選択肢を信じているような気もする。
「だけど須王。遥くんは、病室から出れないのよ。AOPを使ってまであの特別室にいる!」
「そうだ、柚の言う通りだよ」
「だったら、入れた奴なら出せるだろう?」
須王がなにを言っているのか、あたしの頭では理解が出来なかった。
「まさか、須王」
しかし棗くんは理解出来たらしい。
「ちょっとこっち来て」
棗くんが怖い顔をして、須王を影に連れて行く。
棗くんに来るなと言われたけど気になってしまい、あたしと裕貴くんがこっそりふたりのやりとりを覗いた。
「須王、忍月栄一郎に頼むつもり!?」
「ああ」
「忍月よ!?」
棗くんの言葉に、須王が声を荒げた。
「それしか方法がねぇなら、頭を下げるしかねぇだろうが!」
「……上原サンが言うから? 上原サンのために、あんたは憎悪を捨てて、妥協の道を選ぶというの!?」
「捨ててねぇよ! だけど俺だって、目の前で救える命を見殺しにしたくねぇんだ。可能性があるのなら……」
「そうやってあんたは、昔を忘れようとするのね。昔をなかったことにして、良い子になろうとする」
「棗!」
……このままなら、駄目だ。
「わかってる? ひとに銃を向ける瞬間、昔のあんたは薄ら笑いをしていたの。そんなあんたが、今……笑っていないと本当に思える? 手に残る、命が消える瞬間を……、あんたは忘れて生きれると思っているの!?」
だから――。
「やめ……」
「うわああああ! なんだよ、なんでいるんだよ!?」
突然の裕貴くんの声。
ふたりを止めようと動き出す寸前だったあたしは、驚きのあまりにびくっとして、裕貴くんの声に振り向く。
「ひとをストーカーのように言うなよ。今日は病棟の方で歌を歌ってきて、その帰りだ。たまたまさ」
そこにいたのは、裕貴くんと――。
「やあ、お姉サン」
パーカーとハーフパンツ姿の――。
「は……HARUKA、くん?」
この場に明らかに異質な彼は、にこっと笑った。
目の前には、上野公園で見た顔がある。
9年前の記憶を掘り起こして、消えてしまった――天使の顔。
そしてそれは、病院で見た裕貴くんの幼馴染みの顔でもある。
透き通るような肌の白さは、白皙を超えて病的なものも感じるが、見える手足は至って健康そうで、矛盾された美妙さにくらくらしてしまう。
「お姉サン、また会えたね」
にこにこと微笑むその顔は、美少女と言っても過言ではない。
あたしの周りには、どうしてあたしのような平凡顔がいないのかと思うくらい、皆それぞれに異常に整い過ぎている。
中でもこの天使の顔は、まるで現実味を覚えないけれど。
「どうして、こんなところにいるの、あんた」
闖入(ちんにゅう)者に、なにをどう反応していいのかわからなかったこの場で、次に口を開いたのは女帝だった。
彼女も動揺を隠せないのか、声を意志的に押し鎮めているようだ。
「やだなあ、オバサン。もう僕が言ったことを忘れたの? 僕は入院病棟の方で歌っていたんだよ。音楽療法のボランティアで」
にっこりと、天使の顔から悪魔のような毒が吐かれ、指をさしたのは壁に張られてあるポスター。
『天使の歌声で癒やされよう 音楽療法士によるヒーリング スタッフ募集』
音楽……。
HARUKAは歌手だとわかっているけれど、朝霞さんの言葉が離れない。
――エリュシオンは音を奏でる者に開かれている
誰が敵?
誰が味方?
彼は今、なぜ現れたの?
そんな中で女帝が、真っ赤な顔で憤慨し、キーキーと叫んだ。
「オ、オバ……っ、オバ……っ!!!」
「耄碌バアサンというよりは、いいでしょう?」
……以降、女帝の怒りは筆舌に尽くしがたく。
裕貴くんが知る遥くんは、こんなキャラだったのだろうか。
女帝を宥めながら、ちらりと裕貴くんを見ると、口をあんぐりと開けて固まっている。
そうか、そんなキャラではなかったんだね。
「どうした、ゆ……」
駆けつけた須王も、天使を見て言葉を失ったようだったが、女帝から引き剥がしたあたしを、彼の大きな体の後ろに隠し、警戒を露にさせた。
そして、先ほどまでご立腹だった棗くんは、天使が視線を送っていた壁の貼り紙を見て、目を細める。
「これで言うのは三度目だけど、お兄サン達が僕を殺してしまいそうな危ない目をするから、最後に言っておく。僕は病棟で歌を歌いに来た。別にストーカーでもないから」
こんなに、ストレートに話す子であるのなら、上野公園でなぜ直接話しかけてくれなかったのだろう。
なぜあんなに意味ありげに。
「あなたは、裕貴くんの友達の遥くんなの? 今、入院している」
あたしは単刀直入に尋ねる。
「そうとも言うけど、違うとも言える」
なによ、それ。
「だったら、上野公園で俺達に会ったのは?」
須王の声は恐ろしく低い。
「同じとも言うけど、違うとも言える」
そのなぞなぞのような問題を、誰か解けるひとはいるのだろうか。
「――遥じゃない」
不意に裕貴くんが言うと、天使は動ぜず乾いた笑いを見せた。
「裕貴の知る、〝ハルカ〟はもっと弱々しいか」
どうして、こんな答えなの?
他人なら他人だと、そう言えばいいのに――どうして彼は〝裕貴〟という名前を知っているの?
誰かから、教えられているの?
それとも、本当に知っていて?
「遥じゃないよ、お前は」
そして裕貴くんは目の前でスマホを取り出し、電話をかけた。
そう、裕貴くんにLINEを寄越した遥くんの電話。
だから裕貴くんは、絆はないと証明しようとしたのだ。
しかし期待は虚しく、ブルブル震えるスマホを天使は取り出して見せる。
画面には「裕貴」と出ている。
「そ、そんな……っ、だったらお前が俺にLINEを寄越したのか?」
「そうとも言えるけど、違うとも言える」
「ふざけないで。きちんと答えなさいよ」
苛立ちを代表したのは女帝で。
「だから精一杯きちんと答えているよ。お姉サン、助けて」
天使はあたしに手を伸ばす。
「僕達、他人の関係じゃないじゃないか」
その手の形は変わり、突き立てた親指以外は握られ、そしてその親指が、首の前で左から右に移動した。
まるで、首が落ちた――とでも言うように。
ざわりとあたしの肌が粟立ち、呼吸が引き攣った時、ガァァンと音がしてあたりはやけに静まり返る。
須王が壁を片手の拳で叩いたのだ。
穴こそ空かないものの、ぱらぱらとなにかが落ちてくる。
「力尽くで言わせようか?」
すると天使は両手を挙げて、降参のポーズを取る。
「暴力反対。僕は体力に自信がないから」
「……その地声からすると、ソプラニスタか」
「ねぇ、無視しないでよ」
「バックに誰がついている」
「誰もいないって。あのボランティアのことを言っているのなら、ここの病院だけど」
「そんなこと聞いていねぇんだよ!」
ガァァン!
再度叩き付けられた拳。
今度は塗装が一欠片、上から落ちてきた。
……恐らく須王なりに加減をしているんだろうけれど、本気を出したらこの壁、崩れるんじゃないだろうか。
「やだなあ、カッカしないでよ。落ち着かせてあげるからさ」
そんな中、天使は歌う。
9年前に聞いたあの歌――そう、須王が口にした十悪、「瞋恚」の歌を。
まるで声の洪水。
圧倒的な歌唱力。
圧倒的な存在感。
歌い終えた後も、その余韻にぼぅっと惚けてしまったくらいで。
「バックにいるのは、組織……エリュシオンということか?」
「さあね。こんなもの、一度聞けば歌える。皆そうさ」
「皆?」
「ああ。遥でありHARUKA」
それは嘘をついているようには見えないのに、どうして明確な答えがあたしの中に出てこないのだろう。
そしてそれは、怜悧な目をしている須王も同じようで、だからこそ彼は一層苛つく。
だが、ため息をついて頭をがしがしと掻くと、須王は嫌々そう言った。
「どうしても答えたくないのならいい。お前の言葉ではなく、お前の音楽に聞くとする」
「え?」
天使が目を瞬かせると、須王がにやりと笑った。
「裕貴がギター、棗がベース、小林がドラム。ちょうど俺がプロデュースする『HADES』にボーカル募集をしていたところでね」
待て待て待て。
「須王、なにを……っ」
あたしの声が悲鳴のように裏返る。
「新生HADESに、こいつをいれる。歌唱力は問題ない」
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