エリュシオンでささやいて

奏多

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第12章 Moving Voice

 8.

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「だとしたら選択肢は絞られる。三芳達は出てすぐ拉致されたパターン。犯人は三芳の車で早苗を病院から連れ出し、裕貴の家に置いた後、三芳から奪いとった彼女のスマホで、本人になりすまして柚にLINEをした後、車をショッピングモールに停めて、自分は後で用意していた車かなにかで再び裕貴の家に戻り、ドーベルマンに薬を飲ませた。俺が追いかけた時車が動いたから、もしかしてひとりがあっちこっちとアクティブに動かなくても、複数人の犯行だったのかもしれねぇ」

 須王は眉間に皺を寄せながら続けた。

「もうひとつは……三芳か小林、いや両方が敵に操られていたという可能性。それはAOPかなにかの強制暗示があったと考えれば、スタジオでは普通だったのだから、車に仕掛けられていた可能性が高い。ただAOP自体に指示力はないから、どこかで直接指示出来る誰かと接触しないといけねぇな。それが、裕貴の家で俺が逃した奴かもしれねぇし」

『須王が逃した男は、小林さんだったのかもしれない。実は早苗の顔もギミックで、その下に奈緒の顔があったとしたら、それを隠すために彼女を連れて逃げた……という可能性もあるわね』

「でも奈緒さんが、即興で裕貴くんのお姉さんのふり出来るの?」

「確かにそこがひっかかる。長く接触していないと、仕込むことは出来ねぇだろうし。三芳はド素人なんだから」
 
『どちらにしても、車の動かし方さえわかればある程度絞られてしまう。そう考えたら、随分お粗末よね』
 
「ああ。俺もそう思う。棗の裏がなければ、三芳の車の動きは、三芳達を疑わざるを得ない状況だ。大体第三者の目撃証言が出るような杜撰な真似、組織の関係者がするはずはないだろうし」

 女帝のふりをする必要性はなんだったのか。

「奈緒さんも小林さんは被害者だよ。ふたりにおかしな罪を被せられる前に、早く救出してあげないと!」

 あたしに向けられていたSOS。
 あれは女帝の叫びだと信じて。

「罠の可能性もあるけどな」

「それでもそれは、奈緒さんの意思じゃない。奈緒さんは、友達のために今も戦っているとあたしは信じる」

 生きている。
 絶対、彼女が死ぬものか。

 DEAD OR ALIVE?ではなく、ひたすらALIVEを信じてきっぱりと言い切ったあたしは、握った拳を震わせた。

「そうだな。柚が初めて出来た友達だし、パワーストーンのブレスレットの守護もあるだろうしな」

 須王が横目であたし見ながら、美しく微笑んだ。

 こんな時だというのに、どきっとしてしまったあたし。
 あたしが運転していたら、絶対アクセルを深く踏み込んで大惨事だっただろうと思う。

 この王様の艶は、身構えていないと本当に心臓に悪い。

『っと、裕貴の母親と祖母が戻って来たわ。殺気もおかしな点もなさそう』

 棗くんが言うなら安心だ。

『今、裕貴に代わるわ。その間再度私がよく見てみる』

 そして電話は裕貴くんの声になった。

『柚、須王さん! 大丈夫だったよ。いつもの定期検診だったらしいけど、急に担当医が学会でお休みになって代わりの先生がとんちんかんなことばかり言ってて、それで戻りが遅くなっちゃっていたみたい』

 裕貴くん、無事が確認出来て本当に嬉しそうだ。

「病院あるあるだよ。先生代わった途端に、おんなじ説明をしなけりゃいけないことも沢山あったし」

 亜貴の時がそうだった。 
 なんのための紹介状やカルテだと何度も思ったものだ。

「大きな病院なら特にそういうものだよ。たらい回しにされるし」

『あれ、そういえばどこの病院に行ってるんだろう。ねぇ、母ちゃん。どこの病院に……え、遥のとこ!?』

 なんと、遥くんの病院に通院しているらしい。

 そんな時、ピーピーという電子音が聞こえて、あたしと須王と顔を見合わせる。こちら側の問題ではなく、電話の向こう側から聞こえてくるようだ。

『あれ、棗姉さん、パソコンから音が鳴っている』

 そして棗くんの声が再び聞こえた。

『……須王、行き先変更』

「どうした?」

 硬質な棗くんの声に、思わずごくりと唾を飲み込む。

『車が動いている』

 ピーピーという電子音は、まるで生命の危機を知らせる心電図のように頭の中に響き、脳裏に赤い警告ランプがぴかぴかと光る。

『車とかち合えるようにナビをするわ。そこから三一九号線に乗って』

「了解」

 須王はハンドルを右に切った。

 なにもわからない中でひとつ確かなことは、車が動いているということは、運転している人間がいるということだ。

 誰が車を運転しているのだろう。

 女帝や小林さんか、それとも――。  



 *+†+*――*+†+*


 棗くんの声のナビに従っての、カーチェイスが始まった。

 誰を追っているのかわからない、ただ記憶にある女帝の車を追って須王はハンドルを切りながら車を走らせる。

『次の信号右折』

 運転する須王は男らしい……などと見惚れている場合ではなく、棗くんの言葉すべてを聞かずして、瞬時に判断して応じられる須王の見事なハンドル捌きに秘やかに簡単しながら、あたしは左に右にと揺られる。

 どんな高性能ナビよりも、棗くんのナビに安心出来るのは、棗くんが須王の相棒として相応しい有能であることを、あたしも須王も心から認めているからだ。

 生まれ持っていた瞬発力に加えて、修羅場慣れした経験が的確さを後押ししている。

 それはきっと須王も同じで、だからふたりは秒より僅かな時間で伝達しあえるのだろう。

 あたしだったら、その場での即断に向いてないから、絶対須王の足手まといになる。彼の足手まといになりたくなければ、おとなしく乗っているしかない。

『……この先、混み合っているから、道を変えて先回りした方がいいわね。二本目の小道を左』

「了解」

 突然の車線変更、ごめんなさい。
 キュキュとタイヤの音をたててしまい、歩行者の皆さん、驚かせてごめんなさい。

 モグモグは左右の窓に向けて、ぺこぺこ頭を下げてフォロー。
 黙っていても、出来るメスモグラにならないとね。
 
『次を右』

 狭い裏路地ぎりぎりに高級外車が走るなんて、まるで映画のようだ。

『そのまままっすぐ駆け抜けて』

 しかし――直線の終焉には、道がない。
 正確に言えば、長い下りの石段が待ち受けており、突き当たる場所が見えず、かといって進路変更するにも左右に道がない。

 まさかの棗くんのナビミス!?
「棗くん、階段しかないけど!」

 なにも言わずに直進する須王に代わり、思わず悲鳴混じりの声が出た。 

「棗くん、Uターンが出来るスペースもないけど!」

 しかし棗くんの返答はなく。

「須王、停まって! そこ階段だから、須王!?」

 さらには無言のままの須王の動きも止まらない。

「須王、ブレーキ、ブレーキ!! このままだと階段から落ちる。須王!」

 あたしの言うことなんか聞いていない須王の眼差しには迷いがなく、迫り来るリミットに、後ろに仰け反るあたしの目には恐怖の涙が滲む。

 もう声すら出てこない。
 
 そんなあたしの横で、須王はまるで死に誘うかのようなカウントダウンを始めた。

「5、4……」

「須王、須王……ひぇぇぇぇぇ!!」
 
 パニックの最中、須王と一緒ならそれもいいか……などと考えてしまうあたしの耳に届いた、須王が口にする数字は――。

「0」
 
『Down!』

 棗くんの声も同時に響く。

「柚、踏ん張れ!」

 棗くんの合図と同時に、ヴォンと音をたてた車は、ハリウッド映画のアクションのように空を飛んだのだった。

「△○※〒×◇!?!?」

 シートベルトをしていないままジェットコースターが下り始めた気分で、あたしの口から、わけのわからない言葉が迸った。

「あははははは」

 隣の運転手は大笑い。
 文句を言いたくても、その余裕がない。

 車体は当然のように階段の上に落下する。
 須王の片手がすっと伸びて、落下の衝撃からあたしの頭を守ってくれたけれど、すぐさまハンドルだのなんだので方向を固定させたまま、車は階段を跳ねるようにして降りていく。

 そして――。

 車は、何事もなかったかのように一般道を走ったのだった。
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