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第12章 Moving Voice
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『殺生』に狙われていたのは、女帝と小林さんだった!?
女帝のスマホに電話をしたが電源が入っていない旨のアナウンスが流れ、LINEは既読になることもなく。それは小林さんの電話も同じだった。
あたしから血の気が引き、ぶるぶると震えが止まらなかった。
これは、スマホを見ていなかったあたしのミスだ。
あたしが女帝を危機に陥らせた。
あたしは美保ちゃんが吊り下げられていた時、先に見つけていた女帝は、ずっと吐き続けていたことを思い出す。
そういうのが見るのだけでも苦手の女帝を、あたしの唯一出来た同性の友達を、あたしがこの手で――!!
「柚、大丈夫だ。大丈夫だから」
気づけばアウディの助手席に座っていたあたしは、運転する須王が伸ばした片手で、シートベルトの許す範囲で彼の肩に引き寄せられる。
鼻の奥が熱くなり、堪えていたはずの涙がぽろぽろと零れる。
「ああ、くそ。運転していなければ……」
須王の指があたしの涙を拭い、そして冷たい手をぎゅっと握られた。
じんわりとした生を伝える熱が、今は切なくて堪らなくて。
なぜあたしは須王とふたりで車に乗っているのか、少し前の裕貴くんの家での会話をぼんやりと思い出した。
――確か、スタジオには三芳の車がなかった。ということは、三芳の車で小林を乗せて出ていたのか。だったら、棗……。
――ええ。GPS発信器をこっそりつけていてよかったわね。車に置いた私のパソコンからなら、それまでの足取りとかより詳細はわかるけど、おおまかなものならスマホでもわかる。
須王と棗くんは、秘やかにスタジオに出入り出来る車すべてに発信機をつけ、もしなにかトラブルがすぐ駆けつけられるようにしていたようだ。
プライベートなんてあってなきに等しい現状、それで本人の安否の確認は出来ずとも、少なくとも車が動いた形跡があったのなら、最終地点は追える。
――病院の近くの、ショッピングモールを示しているわね。
それは、あたしがパワーストーンを買った、小林さんの奥様がいるお店が入っている場所だった。
スタジオから離れているが、小林さんは奥さんに会いに向かったまま、消息を消したのだろうという結論になり、奥さんがなにかを見たり聞いていないか、奥様のご贔屓の須王が(嫌々、渋々)お店に電話をかけたのだが、別の店員が出て、今は休憩中とのこと。戻り次第連絡をするという手筈になっていたのだが、連絡がこなかった。
――これは、手がかりがない以上、行くしかねぇな。
――裕貴の家族の無事の確認も大切だから、ここは別れましょう。須王と上原サンと車で向かって。私は後で裕貴と合流するようにするわ。家族を待つまでの間、車が今までどこからどこに向かったのか、データ検証してみる。
慌てて須王と車に乗り込んだものの、静かなるふたりの空間で、どうしても最悪のことを思い浮かべてしまい、女帝達のSOSに気づかなかった罪悪感に、あたしは胸が押し潰されそうになっていたのだった。
「ああ、俺。お前の泣き顔に弱いんだよ」
困ったような声音を出す須王。
「……あたし、散々泣かされてきたけど?」
「セックスでもな?」
「ちょっ!」
にやりと笑う須王を見て、この瞬間涙が引いたあたしは、須王流の慰め方だったことを知る。
「泣くなら、俺のことだけにしろ」
「……っ」
「他は許してやんねぇぞ。俺が横にいるのに、俺以外に心奪われるなんて」
それは冗談にも思えない王様口調だけれど、実にふて腐れた言い方で。
今までこのひとに、どれくらい泣かされ(啼かされ)ただろう。
あたしもどれほど、恨み言を向けただろう。
そうか、この件は須王も罪悪感を感じているのか。
あたしの心に、共鳴して辛いのか。
ならばあたしは、涙を拭って前を向かないといけない。
過去に囚われるのではなく、未来に向けて出来ることを今したい。
……そう思えるようになったのは、きっと須王のおかげだ。
「弱気になってごめん。女帝と小林さんが生きて戻ってくるように、あたし最善を尽くす」
須王は返事の代わりに、あたしの頭をぽんぽんとして、微笑んだ。
「うぉっと……、須王の電話に、棗くんからだ」
その時、すぐに応答出来るようにと、充電器付の専用ホルダーに置いてあった須王のスマホがブルブルと震え、運転している須王に代わり、あたしがスピーカーにして応答した。
『ねぇ、上原サン。あのふたりがスタジオから出てから、あなたに連絡してきた時間帯を教えてくれないかしら。確か渋滞しているっていうことだったわよね』
「うん。渋滞に巻き込まれたお知らせだった。時間は……ちょっと待っててね」
女帝から連絡が来たのは、LINEでの一度きりだ。
LINEを見て、その時間を告げる。
『うーん、やっぱりおかしいわね』
「どういうことだ、棗」
『このソフト優秀で、発信機を取り付けた以降の軌跡を記録してくれているの。それで念のためその軌跡と、今に至るまでの交通状況を調べて見たら、彼女の車が動いている付近で渋滞はなかった。もっと言えば、その時間帯に都内の道路は裏道も含めてどこも渋滞していないの』
「え……でも……」
渋滞に巻き込まれているとそう書いていたのは、女帝だ。
大仰な形容だったのだろうか。
『それでね、上原サンがLINEを受けた時間、彼ら……病院からの帰りだったの』
「病院って……、まさか遥くんの?」
『ええ、そのまさか。病院の駐車場に15分ほど停めて、動き出している』
女帝、寄るとか言ってたっけ?
しかしどう考えてもその記憶がないし、須王に聞いても彼も聞いていないという。
『上原サン、返信で遥のこととか書いた?』
「いいえ。あたしが書いたのは、変な電話がかかってきて、裕貴くんの家の安全を確かめにいくとだけ……」
LINEにはちゃんとその文面には既読になっている。
「柚、それに対しての返信は?」
「ないわ。既読はついているけど」
『しかも今はショッピングモールにいるけれど、病院からショッピングモールに行くまでもうひとつ、立ち寄っている場所がある』
それに答えたのは、ハンドルを片手で握る須王だった。
「……裕貴の家か?」
『須王、正解。10分間ほど停車しているようね』
「ええええ!? あたし達が今までいた裕貴くんの家に、女帝達も来ていたってこと!?」
「棗。この車にも発信機をつけているだろう。これと三芳の車のルートを同時にシミュレートして見てくれ」
『今、そう指示を出しているわ。……と、準備出来たようね、早送りで見てみる。……ふぅん?』
やがて棗くんが愉快そうな声を出した。
愉快そうでもそれが愉快ではないだろうことは、経験からして悟っている。これは……。
棗くんの代わりに、なにも見ていない須王が言う。
「俺達が裕貴の家に到着する前に、三芳の車は病院から裕貴の家に着き、そしてそのままショッピングモールで停まった。柚が三芳からのLINEを受けた時は、裕貴の家からショッピングモールに向かっていた……か?」
『正解』
「な、なななな!」
正解出来る須王も凄いけれど、問題はその内容だ。
少なくとも裕貴くんの家になにか用事があるというのなら、LINEであたしが裕貴くんの家に向かうと言った時に、実は忘れ物があって行って来たとか、女帝なら返信があってもいい。
どうして、知らないふりをしたの?
どうして、そんなところに行ったの?
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