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第12章 Moving Voice
4.
しおりを挟むだとすれば、あの電話の主はさっちゃんに間違いない。
なぜ変声機を使った変態さんを装ったのかはわからないにしても。
……別に普通でもよかったよね?
なんでさっちゃん、黄ばんでいるとか腹立たしいことを言ったんだろう。
男を装いたかったのかしら。
あの音楽を流したのが須王や棗くんを釣るためであったとしたら、ここに集めるのが目的ということになる。
裕貴くんのご家族がお姉さん以外が留守になることを見計らって、再び裕貴くんの家に集結させる意味はなに?
裕貴くんのお母さんやおばあさんになにかあったのではないかと、ハラハラさせたかったとか?
……なんだろう。
まるでしっくりこない。
さっちゃんの意思が見えない。
そんな時、裕貴くんのお姉さんを抱き留めたままだった須王が、体をずらすようにして手の位置を変えた。
なに、後ろから抱きしめてる!?
……違う。
これは、後ろから羽交い締めをしているんだ。
なぜ!?
「棗」
「OK」
須王だけではない。
今度は棗くんが一度しまったはずの銃を手にして、お姉さんのコメカミに銃口を押しつけたのだ。
「須王さん!? 棗姉さん!? おかしくなってしまったのかよ、それは俺の姉貴だぞ!?」
裕貴くんの悲鳴があがる。
残香とはいえAOPの威力で、ふたりはおかしくなってしまったの!?
「棗姉さん。姉貴を疑う理由はなんだよ?」
それは裕貴くんも思ったらしい。
すると棗くんは、依然お姉さんに殺気を飛ばしながら、冷たい笑いを顔に浮かべて言う。
「あんな曲、あるわけないじゃない。須王の即興なのに」
「ああ。試させて貰った。そいつが本当に裕貴の姉貴かどうか」
即興……。
だからあたし、電話口の音楽と違うように感じたの?
「絶対音感の柚なら最初からわかっただろう。電話口から流れた音楽と俺が口ずさんだ曲は違うと。な?」
ドヤ顔での絶大なる信頼に、そんな音楽だったんだと納得してしまったあたしは――。
「は? わかんなかったのか、お前!?」
……モグモグ、地面を深く掘って潜りたいです。
「わ、わかったわよ、うん」
にっこりと笑って見せるが、舌打ちした須王にはばれているようだ。
あたしが感じた些細な違和感を、偽者が指摘出来るはずがない。
音楽のセンスにおいて、須王に勝る者はいないのだから。
そしてきっと、本物の須王ならこう続ける。
「……お仕置き決定」
……ああ、間違いなく須王だ。
「あら、須王残念だったわね。愛しの上原サンと意思疎通できなくて」
「うるせぇよ。お前とは意思疎通出来ただろ?」
「光栄ですわ、我がハデス様」
……王様と女王様のお戯れに、笑えるような場面ではない。
依然殺気と緊張感漂うこの場では、不気味でしかないのだ。
「さて」
須王が威嚇めいた低い声を出す。
「仮にあの女がここに来たとして。この柘榴の香りがあの女の仕業だとして」
あの女とは、さっちゃんのことだ。
「どうしてお前には、柘榴の香りが染みついていないんだろうな?」
あたしははっとする。
棗くんが足を引っかけて須王に抱き留めさせたのは、もしかして須王に匂いを確かめさせるため!?
「お前に香りをかけずして、あの女が目的が達成出来るわけねぇだろ」
そうだ。
もしもこのお姉さんが本物であったのなら、お姉さんしかいない家に、なぜ記憶操作ができる柘榴の香りを振りかけたというのか。
「浄化を……」
――母ちゃん、いつもこの部屋になにかかけているよね、スプレーみたいの。俺の顔に何度かかけたことあるだろ。やめろっていってもしつこく顔に。
――さっちゃんが来るたびにシュッシュしてくれるんですよ。
さっちゃんが、お姉さんにシュッシュしなかった理由はなにか。
棗くんの銃口がぐいとお姉さんのコメカミに宛てられる。
そして女王様だとは思えないほど、低い声が発せられた。
「音楽がわからないのなら組織の者ではないわね? だとしたら、〝天の奏音〟かしら」
「組織?」
裕貴くんがきょとんとする。
それを無視して、棗くんは続けた。
「あなたが自分でこの匂いを撒いたんでしょう?」
さっちゃんではなく、このお姉さんが!?
「ちが……」
否定するお姉さんを擁護するようにあたしは言った。
「でも顔や声が。裕貴くんがお姉さんだと認識しているのに、なぜ? もしかして遥くんのように最初からそう思い込まされていたってこと?」
「待てよ、柚。それはないよ、だって姉ちゃんだぞ、俺の。なんで弟の俺や、姉ちゃんを産んだ母ちゃんが騙されるんだよ!」
「写真にはいただろう、姉貴の顔」
須王が嘲るように笑いながら、動く彼女をぐいっと締め付ける。
「だからこれは、裕貴の姉貴の顔を真似した偽者だ。声帯模写が特技なんだろう」
「はああああ!?」
……うん。裕貴くん、その気持ちわかるよ。
「それと。音楽家に音楽を聴かせるデメリットを考えるべきだったな。迷惑車から流れた騒音では、仮に玄関のドアを閉めた場合でも、あんな小さい音にはならねぇ」
確かに、耳を澄まさないといけないほどの小さな音量だった。
「となれば、お前の言い分はすべて偽りとなる。あの女も、音楽を流した迷惑車もいなかった」
と、すれば――。
「さあ、言え。誰の命令で、裕貴の姉貴になりすました。音楽を流した変声機の奴は誰だ。今、どこにいる!?」
「わ、私は裕貴の本当の姉よ! 裕貴、あんたならわかるでしょう!?」
涙を流しながら、彼女は叫ぶ。
……不思議と、追い詰められているのに彼女の顔色は変わらず、汗も掻いている様子はない。
ただ声だけが、悲痛だ。
そう、顔と声がちぐはぐなのだ。
まるで仮面を被っているかのように。
「姉貴。姉貴が彼氏といつも別れる理由を言ってみてよ」
裕貴くんがそれに気づいたかわからない。
しかし裕貴くんしかしらない情報で、確認しようとする。
目の前の姉の顔をしたのは、本物か否か。
「今まで遡ること五人、同じ理由でなんで別れている?」
裕貴くんはいつも恋愛相談に乗っていたと言っていた。
「そ、それは……。そんなこと、あんたには関係ない……」
……ああもう、これはアウトだ。
「知っているだろうさ! 毎回毎回うるさいほど俺に意見を求めて!」
裕貴くんは爆ぜたように言う。
「答えは、彼氏が早瀬須王以上のイケメンではなかったから、だ!」
単純明快な答えに、あたしの顔が引き攣った瞬間、膠着だった事態は動く。
羽交い締めをしている須王の脇を狙うようにして、彼女の両肘がぐっと下がった瞬間、彼女の片足が外側から回り込むようにして須王の片足に巻き付くと同時に、体を半回転して須王の羽交い締めから逃れようとしたのだ。
それは素人の動きではなかった。
しかし須王は片腕を伸ばして彼女の首に巻き付けて拘束すると、棗くんが銃と見せかけて、彼女のみぞおちに容赦なく膝を入れ、彼女は二つ折りになって崩れる
鮮やかな連携にあたし達は目を瞠ることしか出来なくて。
ぐったりとした彼女の首を触っていた須王が、一瞬目を光らせてびりびりと音をたてて、裕貴くんのお姉さんだったものの顔を剥いだ。
「な、なななな!」
よく映画とかである特殊メーキャップだろう。
シリコン製に見えるのに、紙を破るような音にひっかかりを感じたあたしだったが、今は音よりも現われる顔の方が問題だ。
出て来たのは――。
「早苗ちゃん!?」
それは、遥くんの病院で、ナースステーションから遥くんの病室につれていった、裕貴くんに馴染みがある若い女性で。
それに瞠目していて、不穏な影が近づいていたことに気づくのが遅れた。
それでもまず先に反応したのが須王と棗くんで、あたしと裕貴くんは、窓硝子が割れる音で、初めてそちらを振り向いた。
硝子の破片を散らせて、中に飛び込んで来たのは――。
「ケルベロス!? どうしてここに!?」
そういえば、中に入る時、あんなに存在感あったはずのドーベルマンは檻の中に居なかった。
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しおりを挟んでくださっている皆様へ。
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