エリュシオンでささやいて

奏多

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第11章 Blue moon Voice

 6.

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「違うの。こうやって須王の部屋に気軽に行けるのが、夢だったらどうしようと思っちゃって。現実は須王がいなくなったままだったらどうしようって」

「まだ……不安か?」

 薄闇の部屋に響く、苦しげな声。
 あたしに尋ねる須王の方も、不安なのだ。

「ううん、安心した。この手の温もりが、こっちの方が現実だよって教えてくれるから」

 あたしは須王の手を取り、両手でその掌に頬をあてて目をそっと閉じる。

 静謐の中であたしの中に動く〝好き〟が大きくなってくる。

 大丈夫。
 あたしは間違えない。

「須王……好きだよ」
 
 そう微笑むと、須王が泣き出しそうな顔で笑い、身を屈めるようにして、少し冷たいその唇で、あたしの唇に触れるだけのキスをした。
 そしてあたしの顔を彼の胸に押しつけながら、あたしをぎゅっと抱きしめ、あたしの頭の上で頬を擦りつける。

「不安にさせてすまない。……不安になってすまない」

 彼はどんな気持ちで、ブルームーンに思いを馳せて、この薄暗い部屋の中であたしを待っていたのだろう。

 もしかすると、彼の色々な過去を思い出してしまったのではないか。
 今日、再会したお母さんに拒絶されたことも。

 そして恐らくは、追い打ちのようなブルームーンをかき消す雨と、あたしの自分勝手な不安が、彼にとってすべて否定されたように思ってしまったのだろう。

 彼の望みは、絶対に叶うことはないと――。

 彼は決して強くない。
 強くあろうとしているだけだ。
 心はきっと……、愛に飢えた幼子のように、迷子になっている。

 ……そう思うと、彼を縛る闇の存在に、泣けてきた。

 用意された椅子に座ったが、しとしとと雨が降っている。

 それでもあたし達は、願い事を叶えてくれるブルームーンが顔を出すのを、待ち続けた。……手を繋いで。

 いつしか、あたし達は願いごとのためにブルームーンを待っているのではなく、ブルームーンの出現を願うようになる。

 何十分待っただろう。
 やがて、奇跡は起こったんだ。

「あれ、雨止んだ?」

 雨音が止まった。
 それと同時に、誰かが雲を吹き飛ばしたかのようにして、煌々と輝くブルームーンが見えたのだ。

「須王、ブルームーンだよ! 出てきてくれたよ!?」

 あたしは須王の手を取って大喜び。
 須王も仄かに顔を緩めて、笑みを零した。

 すぐに雲に隠れてしまい、さらにまた雨が降ってきて、ブルームーンは二分見えていたかどうかの刹那の時。

 だけど時間なんて関係がない。
 雲間からブルームーンは出てこないと思いながらも、出てくると信じて待った結果、姿を現してくれたことに意味があると、あたしは思うから。

「信じていれば、必ず叶うんだよ!」

 そう、ブルームーンが教えてくれたような気がして。

 諦めるなと。
 願い続けろと。
 信じ続けろと。

「どんなに暗雲が立ちこめて、絶望的な状況でも、信じて願い続ける限りは必ず叶う。だから諦めないで、信じ続けようよ。不幸になるために、生まれてきたわけじゃないって。信じれば、絶対幸せになるんだって」

 愛されなかった子供だったのは、お互い様。
 愛に飢え、それでもあたし達は、誰かを愛することが出来た。
 それって凄いことでしょう?

「ブルムーンって、凄いねぇ。見れて良かった……」

 興奮したあたしの口を、顔を傾けた須王が自分の口で塞いだ。

「柚が俺の腕の中で、笑っていられますように」

 涙で湿った願い事が届く。

 ……笑っちゃうくらい、あたしも同じことを考えていた。

「須王があたしの横で、笑っていられますように」

 そういうと、ふたりの額をこつんとぶつけあって、口元で笑った。

「真似、すんな」

「須王こそ」

「俺の方が先だからな」

「あたしの方が先だってば」

 ブルームーンにかけた願い事は、近くで見たいお互いの笑顔。
 くすぐったい気持ちになる。

 やがて至近距離で見つめ合っている目は熱を孕み、互いの唇から漏れる息が微かに乱れる。

 あたしは須王の背中のシャツをぎゅっと握って、目を閉じて薄く唇を開く。

 すると須王の熱い舌があたしの口の中に入ってきて、彼の存在感を彼の熱く甘い吐息と共に示した。

「んぅ……」

「ゆ……ず」

 音を立てながら夢中になって舌を絡ませていると、また窓が明るくなる。
 唇を重ねたままふたりで窓を見ると、ブルームーンが恥ずかしそうにたなびく雲の端から、こちらを覗いていた。

 今度は長く留まる気らしい。

 月明りを浴びた須王は、あたしの服のボタンを外し、あたしは須王に促されて須王の上衣を脱がせる。

 何度も見慣れている彼の裸体が青白く光ると、その色香に眩暈を感じて、同時に身体が淫らに反応して熱くなってくる。

 触りたくて仕方がない。
 顔を埋めたくて仕方がない。

 須王がそれを感じ取ったのか、あたしを抱き上げると彼の膝の上を跨がらせて置くから、あたしは彼にしなだれかかるようにして、須王の首に吸い付いてから舌を這わせた。
 鎖骨に溜まった汗を舌で掬い取り、彼の隆起した胸板に指先と舌を這わせると、須王がまるで赤子を抱くようにして、あたしを片腕で支えて、熱っぽい優しい目で見つめている。

 儚げにも見える須王から、生きた声が聞きたくて、あたしが弱い胸の先端にされているように、吸い付いてから舌を絡ませ動かした。

「ん……」

 気持ちよさそうなその声に歓喜したあたしは、どくどくとうるさい須王の心臓の音を、彼の胸に直接耳をあてて聞きながら、反対の胸の突起も指で弄りながら優しく愛撫し続ける。

 ブルームーンの光を浴びての秘め事は、あたしの情欲だけではなく、須王の情欲もかき立てるようで、彼の割れた腹筋から滑り落ちたあたしの手が触った部分は硬く膨らんでいて、それだけで興奮してしまったあたしは、ぶるりと身震いをした。

 ブルームーンよ、あたし……このひとが好きなんです。
 苦しませられても泣かされても、それでもこのひとが好きなんです。

 このひとの前なら、あたしは淫らになる。
 あたしのすべては、彼に欲情してしまうんです。

 そんなあたしを、見ていてください。

 前戯なんていらない。
 ただこのひとが欲しい――。

 あたしは目でそう訴えた。
 須王はあたしのしたいようにやらせるらしい。

 彼のズボンのベルトをカチャカチャと外す。
 まるで急いているかのように手が震えてうまくいかなければ、須王がふっと笑って手伝ってくれた。

 恥ずかしいという羞恥の心も、ブルームーンが覆い隠してくれる。
 月の光を浴びて、ただ剥き出しの感情だけがあたしを支配する。

 このひとが欲しい。
 今にも消えてなくなってしまいそうな、この王様が。

 ズボンのチャックを開けて、半勃ちのそれを取り出すと、月光に浴びたそれは神秘的なもののように思えた。
 優しく掌で包み込みながら、愛情を込めてそれの側面に舌を這わせてキスをしていくと、須王が乱れた呼吸をしながら、うっとりとしたような面差しとなった。

 それが嬉しくて、アイスでも舐めるようにして先っぽを口に含むと、須王から鼻にかかったような喘ぎ声が聞こえる。

 それでもとろりとした目でじっとあたしを見るから、あたしも須王を見つめたまま、膨張するそれを懸命に愛しながら微笑んで見せると、須王はあたしの頭を撫でて微笑んでくれた。

 静かな夜の秘め事。
 
 あたしが欲しいのは快感ではない。
 須王とひとつになっているという実感。

 目で合図すると、須王はこくりと頷く。
 だからあたしは、雄々しく聳え立つそれの上に跨ぐようにして、同じ椅子に膝で座り、ショーツのびしょ濡れになっているクロッチをずらした。

 須王を愛すのと同時にあたしも須王の視線で愛されていた。
 舐めれば舐めるほどに、須王に口淫されている気分に陥っていたあたしの蜜壷は、熱い蜜で溢れて須王のそれに垂れ、それをまぶすように掌で軽く扱けば、須王が掠れた声で言う。

「やらし……」

 その流し目は破壊力満点で、またじゅんと濡れて垂らしそうになる。

 そしてあたしは、上からゆっくりと腰を沈めて須王を呑み込んでいった。

「ん……」

 まだ半分というのに、彼の熱さと堅さを胎内で感じると、ぞくぞくして身悶えてしまう。ぎちぎちとあたしの中を押し分けて、奥へと進んでくる感触に、自然と唇から悦びの声が漏れて、繋がったこのままで死んでしまいたくなる。

「ああ……気持ちいい……」

 あたしが須王を受け入れる側の女でよかった。
 この一体感と充足感を感じられてよかった。

「は……ん……」

 せり出すあたしの喉元から、震えるような喘ぎが止まらない。
 同時に無意識にぎこちなく腰を揺らせば、それだけで白い閃光が散って弾け飛びそうになってしまう。

 須王は憂いを帯びた目で、はしたなく悶えるあたしをじっと見ていたが、息が荒く、あたしも同調したように呼吸が乱れる。

 その半開きの唇が欲しくて、あたしは上半身を須王の身体に密着させながら、自分から須王の唇を奪う。
 熱い視線を絡めたまま、下半身は繋がったまま、ちゅくりちゅくりと静謐な部屋の中に響くその音は、あたしのねだるような甘い声が混ざり、須王の舌を求めてねっとりと絡み合う。

「も……いい?」

 須王が切羽詰まった声を出す。

「俺、お前のエロさにやられて、限界なんだけど」

「……っ」

「なんでそんなに、俺が好きで仕方がねぇっていう蕩けた顔で、繋がるわけ? お前俺をどうしたいの?」

「あたしだけのものにしたい」

 きゅっと締め付けた胎内の須王が、大きくなる。

「お前だけのもんだろ、俺は」

 欲情に蕩けたダークブルーの瞳は、月明かりにさらに青く見える。

「出会った時から、俺はお前に囚われているんだから」

 そう、睦言のように囁きながら、須王は下から大きく突き上げてくる。


「やあああっ、あっ、ああっ、すお……やっ、んんん」

 筋肉の隆起が見える須王の広い背中にしがみつくようにして、大きく揺さぶられるあたしは、互いに突き出した舌をも擦れ合わせながら、全身に駆け上る快感に身体を奮わせた。

「柚……、好きだっ」

 切なげに声を弾ませて、須王は言う。

「昔も今も……俺……っ、お前だけ、だからっ」

「すお……嬉しい、嬉しいっ」

 須王はあたしの頭を自分の首に埋めさせながら、繋げたままあたしの広げた両足を持ち上げるようにして立ち上がる。

 子供がだっこされているような格好で、だけど子供にはしないいやらしい揺さぶりをしながら、あたし達はブルームーンを見た。

 切なくなるほど美しい月に、須王が微笑む。
 高校時代の面差しをした彼が、あたしとひとつになりながら言う。

「ブルームーンに誓う。俺は、お前だけを愛し続ける」

 快楽の狭間に入り込んだ歓喜。

「あたしも、あたしも、須王だけが……」

 快感に声にならないのがもどかしくて。
 そんなあたしの訴えに、くすりと須王は笑って言う。

「遠くねぇ未来に、俺の家族になってくれ」

 それは静かに、心に染み入る声で。

「お前以外に、家族はいらねぇ」

 家族に裏切られた彼が求める家族に、あたしを選んでくれたことが嬉しくて、ぶわりと感極まってしまう。

「うん……」

 目から零れた涙は須王の唇に拭われ、そんな優しさとは正反対に獰猛に突き上げてくる。

「あんっ、はっ、ああっ、やあっ、ああああっ」

 うねるような快楽は須王にキスをされながら、一気に頭上にまで駆け上り、そしてあたしは弾け飛ぶようにして絶頂を迎えたのだった。
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