エリュシオンでささやいて

奏多

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第11章 Blue moon Voice

 4.

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 *+†+*――*+†+*

 残念ながら、ナダマンが持っている情報はそれだけだったらしい。
 
 それでもHARUKAの身元がばれていないのは、裕貴くん情報を使用していたからだったという情報を得た代わりに、ナダマンに須王の秘蔵っ子である裕貴くんの名前がばれてしまった。

――名高社長。裕貴は俺が離しませんからね?

 念を押している須王を見た、裕貴くんのにやにやが止まらないこと!
 あたしもちょっぴり妬けちゃうくらい、須王は裕貴くんを特別に思っているらしい。

――しかし、HADESプロジェクト、驚いたよ。早瀬くんがあのオリンピアと提携するなんて。

 さすがは音楽業界の大ボスだ。その話も耳に入っているのか。

――提携していませんよ。俺があんな程度のプロジェクトをすると? やるならもっと凄いことをしますから。

 その凄いことの担い手はギターの裕貴くんであり、ベースの棗くんであり、ドラムの小林さんであり。雑務兼広報のあたしと女帝であり。

――え? 無関係? 勝手にきみの名前を使ったと!? それはいかん、いかん! ルール違反だ! だけど……関わり合ってなくて正解だったかもしれない。オリンピア、あのプロジェクトがコケて、今じゃ社長は責任放棄で行方不明というじゃないか。

 ナダマン情報に、ぞわりとした。
 朝霞さん、まさか闇の組織に連れ去られたの?

 なにより朝霞さんとはいまだ電話はおろか、LINEもメールも音沙汰なしで、連絡がとれていないのだ。
 オリンピアに行けるような状況でもなかったけど、まさかそんな状況になっていたとは。


――まあ、自業自得だな、あの朝霞社長は。

 その時のナダマンの目が怖かった。
 勝手に須王の名前を広告塔として朝霞さんが使ったことに、同じ業界人として怒っているにしては、まるで朝霞社長をよく知る上での嘲りのように、冷たい侮蔑の眼差しだった。

――あの男は、調子に乗りすぎたんだ。……の分際で。

 なんの分際か聞き取れなかったあたし達。
 しかし瀬田さんが、そうしたナダマンの呟き自体を諫めてしまい、なにを言いたかったのか、あたしにはわからなかった。

 朝霞さん、音楽業界のトップにいるようなひとの耳に届く評判も、唾棄されるほどに悪いものだったのだろうか。
 ……朝霞さんとあたしは、また会えるだろうか。

「柚、大丈夫?」

 そんなことを思い出していると、女帝に顔を覗き込まれた。
 
 ああ、そうか。
 ナダマンのところから、車に戻ってきたんだっけ。

 思い出すのは、別れ際の瀬田さんの耳打ち。

――ウサギさん。今度、『森の音楽家』達で遊びにおいで。今日は用事があるから帰るが。

 被り物をしていたのに、なぜわかった!?

――ははは。早瀬くんの目だよ。ウサギさんに向けるのと同じだった。きみは恋人なんだろう、彼の。

 瀬田さん、怖!!

――それに、私とお父さんのことは気にしないでくれ。きみにその件でどうこうはしないから。

 しかも家族のこと、思いきりばれているという。
 怖っ!!

 それで半ば放心状態で車に乗り込み、今に至る。

 窓の外はぽつぽつと雨が降ってきたようだ。

「あら、また雨ね。降ったりやんだり、今日は落ち着かない天気だこと」

 棗くんが運転しながらそうぼやくと、

「雨か……」

 残念そうな助手席の須王の声が聞こえる。

「見えねぇな、今日の月」

 願い事を叶えてくれる(かもしれない)ブルームーン。
 そうか、見えないのか。
 残念……。

「なに、あんたそんな感傷的な男だった?」

「……今夜の月は特別なんだよ」

「ああ、ブルームーン? 願い事でもしようとしてたの? もう願いが叶っているくせに、贅沢者」

 ふと思う。
 棗くんは、なにを願うんだろう。

 彼の願いもまとめて叶えられたらいいのに。

「え、なになに、今日はなんの日なの?」
  
 裕貴くんが身を乗り出してきた。

「ブルームーン。一ヶ月に二度満月が見える、珍しいものなんだって」

 あたしが答えると、女帝までもが目をきらきらさせた。

「凄い、柚。物知りね」

「須王の受け売りで、あたしも知らなかったんだ、実は」

 笑いながら須王を見ると、裕貴くんが笑った。

「なに、須王さん。柚と一緒にブルームーンを見て、ふたりの永遠の愛でも願おうとしてたの?」

 すると須王はゲホゲホと咽せ込んだ。

「おま……ゲホゲホ!」

「須王さん、意外にロマンチストだよね。柚がそれを願って、須王さんを誘って見るならまだしも、須王さんが柚を誘って見ようとするなんて。やっぱり、尻に敷かれているよね」

「「はああああ!?」」

 あたしと須王が反応したのはほぼ同時だった。

「あたし、この偉そうな王様を尻になんて敷いてないわ!」

「そうだ。少なくとも皆の前では敷かれていないはずなのに、『やっぱり』って何だよ!」

「須王、そこ!? 少なくともってなに!? あたし、いつでも敷いてないよ!?」

 昔から強引に振り回してきたのは、須王の方。
 須王と両想いになっても、彼の攻撃にやられているのはあたしの方。

「ははは、だけど須王さん、どこだろうと柚には頭上がらないじゃないか。横浜でのしょんぼり須王さん、動画に撮っておきたかったよ」

 須王はまた咽せている。

「横浜? あたしがウサ子だった時? 須王、どうかしてたっけ?」

「柚が怒っただろう? そうしたら、須王さん……」

「裕貴っ!! お前なに……ゲホゲホゲホ、ゆ……ゲホゲホゲホゲホ!」

「ほらね、須王さんも肯定しているでしょ? 柚が尻に敷いているって」

「ちょっと、須王! そこで咽せてないでちゃんと否定してよ!」

 と言いつつ、手を伸ばして須王の背中を摩ってあげると、棗くんが大爆笑。その度に車が高速道路で蛇行するものだから、プチスリルを味わう。

 女帝も笑いながら言った。

「でもさ柚。柚には早瀬さん、素の顔を見せているんだから、やっぱり柚の力の方が偉大じゃない?」

「あたし本当に偉大じゃないから! もう皆でなによ~、須王がへんなところでゲホゲホするからじゃない!」

 すると立ち直ったらしい須王が、少し掠れたような声であたしに言う。

「お前、俺にふるか!?」

「当然! 助けてよ!」

「俺、知らね」

 ぷいと横を向く須王。

「須王!! ……ねぇ、皆ほら! これであたしの尻に敷かれていると思う?」

 車内はどっと笑いが湧いた。
 ……それはあたしの言葉を肯定するものではない笑いの気はしたけれど、つられてあたしも笑ってしまった。

 会話内容はどうであれ、こうした弄ってくれて笑い合える仲間が過去いなかったあたしにとっては、嬉しくてたまらない。

 あたしの日常から笑顔が消えた日々は、辛くてたまらなかった。

 またこうして、笑うことが出来るなんて。
 またこうして、あたしを輪の中に入れて貰える時がくるなんて。

 嬉しい。
 嬉しいよ。

「ちょっと、なんで泣くの、柚!」

「え、柚泣いちゃったの!?」

「おい棗、車を止めろ。俺が柚の隣に座る」

「あんた、高速乗っているのわかっているくせにそんなこと言う!? ちょっと危ないから、そこから後ろに行くんじゃないっ! どうしてあんたは、上原サンに関しては周りが見えないの、須王!」

「あははははは」

 あたしは泣きながら笑った。
 
 あたしはこの仲間達が好きだ。
 勿論ここにいない小林さんも好きだ。

 須王だけではない。
 好きだと思えるひとと一緒にいれる今が、とても幸せに思う。

 だから――。

「早く終わらせたいね」

 涙を拭いながら言う。

「大好きな皆を危険に陥れるすべてのことが。あたしもわけもわからない理由で、縛られたくないし」

 敵は大きすぎて、目的も曖昧だ。
 遥くんにしても、どうしてあたしの昔の記憶を刺激するのかよくわからないけれど、きっとあたしには対峙しないといけないことがあるんだろう。
 きっと今までが安穏すぎた……そんな気がしているからこそ。

「あたし、皆と笑っていたい。皆が大好きだから、悲しい顔をさせたくない。誰も危険な目に遭わせたくない。……そう思うのにあたしは弱い。守って貰うばかりで、迷惑かけてばかりで、幸せを願っちゃいけないかもしれないけど、あたし……こうやって皆といれるのがとても幸せで、ずっと長く続けばいいなって思うんだ」

 車の中はしーんと静まりかえっていた。

「ありがとう、そう思わせてくれて。ありがとう、あたしの傍でこうやって笑ってくれて。とっても幸せだよ、あたし」

 やがて女帝が、両手を広げて横から抱き付いてきた。

「柚、私もこうしていられるのが幸せよ。私にもブレスレットをくれたのだって、嬉しかった」

 そう、涙声であたしに言ってくれた。

 取り巻きはいても、いつもひとりだった女帝と心を通わせあい、男性陣の困惑も考えずに、あたし達はわんわんと泣いてしまった。

 後ろからは裕貴くんにあたしの頭をぐしゃぐしゃにされていたし、前部座席のふたりからは、ミラー越しちらちらと心配そうな目が送られたのはわかったけれど、……皆に伝わったかな。

 あたしがどれだけ皆が好きで、どれだけあたしの日常に皆の笑い声を入れてくれたことに感謝しているか。
 どれだけ皆と、未来をも共有したいのか。
 
 ……この時、あたしはなにかを感じたのかも知れない。
 いずれ皆が離れてしまうような、そんな嫌な予感を――。 
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