127 / 153
第11章 Blue moon Voice
2.
しおりを挟む*+†+*――*+†+*
あたし達は、瀬田さんという強大な協力者を得て、シンフォニアの中に入る。
いや、もう本当に、シンフォニア社長と話すのは瀬田さんと須王や棗くんだけでいいと思ったのだけれど、放置されている間に、誰が襲ってくるかわからないと脅されれば、あたし達もついていくしかない。
瀬田さんは裕貴くんを覚えていて、三芳社長を見知っているらしい瀬田さんは、娘である女帝もわかったようだ。
となれば、瀬田さんにとっては面識がないのは、あたしだけだ。
以前瀬田さんはあたしの父親の元友達だということを聞いたけれど、その名前を出していいのかわからず、横浜でもあたしはウサ子だったために、須王と女帝の同僚で初めて会ったことにした。
あの黒服達、襲ってこないけれどどうしているのだろう。
須王は黒服達を下っ端要員だと言っていた。
須王のマンションを爆破したのがレベル2だとしたら、レベル1。
顔を見ない今頃、また同じような姿をしたレベル1が、にゅうっと増産されているのだろうか。
あたしの頭の中は、近未来のSF映画だ。
既にいる〝天の奏音〟の信者を黒服に似せて修正を加えているのか、同じ顔をした黒服達が、様々な年代で増産されているかわからないけれど、可能性的には前者の方が現実的だ。
なぜそんなことをするのか、わからないなりにも。
レベル2がいるということは、レベル3はいるのだろうか。
なぜ今、仲間にまで攻め立てた敵の攻撃が止まっているのだろう――。
そんなことを思いながら、エリュシオンより広く綺麗なフロアに入った。
「いらっしゃいませ、瀬田様。社長室にて社長がお待ちしております。九階までエレベーターでお上がり下さい」
瀬田さんは顔パスで、お揃いの制服を着た三人の受付嬢に、にこやかに挨拶をされている。
そしてアポを取っていない須王を見て、受付嬢達の瀬田さんに向けていた作った笑顔が、わかりやすいほど欲望をただ漏れにして、にやけるようにして緩む様を、あたしはじっくりと見た。
当の本人はいつもながらの反応に、動じることはなく。
「ああ、彼らは私の友人だ。是非社長に紹介したくてね。早瀬くんはわかるね。皆早瀬くんの部下だ」
須王以外、部下という一括りにされてしまった棗くんも女帝も、営業用スマイルが眩しいこと。
たとえ最大手に勤めていようと、彼女達受付嬢には太刀打ちできない余裕と主役級の美しさに、見慣れているあたしまでくらくらしてしまうが、さすがは教育された受付嬢、この美しさに白旗をあげるどころか、敵意にも似た笑みを向けてくる。
「いらっしゃいませ」
そしてちらりと裕貴くんを見て、心なしかまた欲望が漏れ始めたが、なぜか最後のあたしを見て、嘲るような薄ら笑いが顔に浮かんだ。
あたしには、華という美しさがないのはわかってはいたけれど!
そんなに明らかに、態度を変えなくてもいいじゃない!
ぷりぷりしながら最後尾についたあたしは、皆と同じエレベーターに乗った。
「それで棗達は、シンフォニアでなにを聞きたいのかね?」
「HARUKAというインディーズの歌手についてですわ」
すると、瀬田さんは僅かに目を細めた。
「どうしてシンフォニアで?」
「HARUKAの情報をどこよりも仕入れていると思うので」
今度は須王が答えた。
「なぜそこまでHARUKAという少年を気にするんだ? エリュシオンでデビューをさせたいと? それとも早瀬くんが鍛えたいと?」
「俺が鍛えたいのはこの裕貴だけなんですが、あまりにも人気だというので、どんな少年か確認したいと思いまして」
須王が鍛えたいと口にした、裕貴くんは嬉しそうだ。
「しかし瀬田さんもご存知だったので?」
「やはり父さんの耳にも入るくらいの子なのかしら」
突然の須王と棗くんの言葉に、あたしはびっくりした。
女帝と裕貴くんも驚いた顔をしている。
だって、今の瀬田さんとの会話で、どこに〝瀬田さんも知っている〟という情報があった?
「なぜそう言い切れる?」
瀬田さんは訝しげにふたりに返す。
「HARUKAという名前だけを聞いて、少年だと断定出来たことです」
「ええ。私は、インディーズの歌手としか言ってなかったわ」
――どうしてシンフォニアで?
――HARUKAの情報をどこよりも仕入れていると思うので。
――なぜそこまでHARUKAという少年を気にするんだ?
あ……。
同じ会話を聞いているのに、どうしてあたしはすぐ気づけないのだろう。
「ふむ。実は……話は聞いている」
瀬田さんは言った。
「小柄で華奢な身体で、世界に通用するソプラニスタの声帯を持ち、天使の声が出せるという奇跡の少年だと。公園で歌っているところをネットで話題になり、どのプロダクションもノーマークだっただけに、こぞって引き抜こうとしているのに、捕まえたと思ったら忽然と消えてしまい、話を進めることが出来ないと」
忽然と消える――それは、HARUKAが遥くんだとしたら、歌を歌ってすぐ病院に戻るのを、誰も追いかけられないゆえの表現なのだろうか。
上野公園で見た時のように、空に飛んでしまうかと思うくらいに軽やかに地面を跳ね、さながら両翼を羽ばたかせる天使のように、人混みから消えていったのだろうか。
「瀬田さんのところに、HARUKAの素性の情報は行ってますか?」
「いや、そこまでは。それならシンフォニアの社長の方が情報が入っているだろう。……さあ、着いた」
チン!と音がしてエレベーターのドアが開くと、下の受付嬢と同じ制服を着た、初めて見る顔の上品そうな美しい女性が出迎えた。
「いらっしゃいませ、瀬田さま、そして皆さま。下より連絡は受けています。私は社長秘書の品田と申します。社長室にご案内致しますので、こちらへどうぞ」
細い腰に、タイトスカートから輪郭がわかる大きなお尻を左右に揺らす様は圧巻で、健全な高校生である裕貴くんは赤い顔をして目をそらしているが、健全な音楽家である須王は見向きもしていないようで、ほっとした。
そんなあたしの様子をこっそりと見ていたらしく、歩調を遅らせた須王があたしの隣に並ぶと、少し身を屈めるようにして耳元に囁く。
「目移りしないか、心配だった?」
「……っ!!」
……どうしてこの男は鋭いのだろう。
わかっているなら、わざわざ聞きに来なくてもいいから!
「べ、別に……」
そしてあたしは、須王の慧眼に敵わないことを十分にわかっているはずなのに、空惚けてあさっての方を向くが、その頬を片手で掴んだ須王は、あたしの顔を須王の正面に戻す。
「安心しろ。お前の輪郭の方がそそるから」
流し目つきの不意打ち。
「なっ!」
これでも声は抑え、代わりにこんな場所で冗談はやめろと目を吊り上げれば、須王はさらに小さなひそひそ声で尋ねてきた。
「お前、忘れてねぇよな。今日のブルームーン、スタジオの俺の部屋で月を見ながら過ごすっていうこと」
「あ、忘れてた……」
「お前っ」
「嘘だって。覚えてるよ」
遥くんのことで、忘れかけただけだって言おうとしてやめておく。
「だったらいい。お前、時々ボケボケだから」
「ボケボケって、ちょっとね!」
小声のやりとりとはいえ喧嘩腰の会話は、しーんと静まりかえっている中で響くらしく、後ろ向きの棗くんからわざとらしい咳払いを食らう。
「ほら、棗くんに怒られた!」
そう唇を尖らせると、突如須王は顔を傾け、キスの顔をあたしに近づけた。
ひっ、こんなところでなにを!!
しかし直前で止め、蕩けるような目を意地悪そうに細めて笑うと、どっきりして仰け反るあたしの小指に、一度彼の小指を絡めてから、棗くんの隣に戻ってしまった。
「な、なんなの……あのひと」
こんな状況で、なぜかご機嫌なのはわかったけれど、時折見せるクールさ返上をどうにかして欲しい。あたし、それを躱す経験値はないんだから。
もっと凄いことをしているのに、触れられた小指がじんじんと熱を持つ。
もう、不意打ちはやめてよ。
須王のことしか考えられなくなるじゃない。
……遥くんのことであれこれ不穏なことを考えているのではと、須王が心配したための、意識の塗り替えだとは思いつかないあたしは、裕貴くんがさらに耳まで熟したトマトのように赤面していたことに、気づかなかった。
0
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。
しかし、そこに香奈が現れる。
成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……
オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕!
※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。
【今後の大まかな流れ】
第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。
第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません!
本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに!
また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます!
※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。
少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる