7 / 8
木島香の困惑
7
しおりを挟む
「でも、そんな事あり得るかな」
飲食も禁止されているし入れ替えるくらいに本が汚れる事なんかあるだろうか。
「例えば図書室に水なんかが持ち込まれる様な事はないかな? 掃除の時とかはどう?」
「水拭きする時にバケツを入れるっていうことはあったと想うけど」
そうだ。あの書庫の掃除をした時も水拭きをする為にバケツを持ち込んだっけ。
「うん、書庫で掃除をしていたことがあるって話だったよね。それも件のあまね先輩と」
「あ、うん。あったけど……でも、それがどうかしたの?」
私は何気なく言った言葉に妙に食いついてきた友人に少し面食らいながら答える。
「で、その時盛大にすっころんだんでしょ」
「も、もう。それを言わないでよ。恥ずかしい」
私は顔を赤らめて言い返した。あの時の無様な様はなるべく思い出したくない。
「まあまあ、そう言わないでさ。でもさ、そもそも、何ですっころんだんだっけ?」
「それは、だから。あまね先輩が脚立に乗ってて、それがガタガタ揺れてたから、あせっちゃったんだよ」
そうだ。危ないと想って思わず駆け寄ろうとしたのだった。でも、トーコは更に言い募ってくる。
「それだけ? ただ駆け寄ろうとしただけじゃそんなにはならないんじゃない?」
「え? それだけって?」
トーコの聞いている意図が分からず私は一瞬混乱した。が、そんな私に対して彼女は冷静に問い返してくる。
「下が濡れてたんじゃないの? だから滑ったんでしょ?」
「ああ、そうそう。水拭きしてたのがまだ乾いてなかったんだよね」
「うん、香の方はそうだったんだよね。じゃあ、先輩が脚立を揺らしてしまったのは何でだと想う?」
「いや、それは……私がちゃんと抑えてなかったからかもしれないけど」
脚立で高所作業をする場合は下で押さえなければならない。それを怠ったという意味では私にも責任があるのかもしれない。が、トーコが言いたいのはそんなことではないようだった。
「そういう事じゃなくってさ。結構上の方で作業してたってことでしょ」
「ああ、そうだったと想うよ。でも、それがどうかしたの?」
「ちょっと想像してみたんだけどね、グラついた状態になったのは棚の中を拭いている時じゃないと想うの。だってさ棚の中を拭いている時って言うのは棚に重心がかかってるって事でしょ」
「ええと。ああ、そういう事になるのかな」
ちょっとわかりにくいけど言いたいことは分かる。雑巾を掛ける時は棚に顔をつっこむような形で作業をするのでグラついたりする可能性は少ないということだろう。
「じゃあ、更に聞くけど、その棚には本が入ってたのかな」
「えっと……。上の方はあんまり入ってなかったと想う。あったとしても二、三冊かな」
本がぎっしり詰まっている棚は一度本を別な場所に移して作業するのだが、少ない場合は一々そんな事はせずに本を少し移して雑巾で拭いていたと想う。
「なら、脚立がぐらついたのはその時じゃない? 中にある本を手にとって別な場所に移そうとした時」
「ああ、確かにその状態なら重心を崩すこともあるかもしれないね。でも、ねえトーコ。何が言いたい訳? それって本の入れ替えと関係あるの?」
「下の床は濡れてたんだよね」
「うん……。え? ひょっとしたら、その本を下に落として汚したっていいたいの? でも、濡れた床に落としたくらいじゃ交換するほど汚れないと想うけど」
バケツを置いていたならそこにボシャンと落っこちた可能性も否定できないが、片付けていた筈だった。
「いや、そんな話をしたいんじゃないよ。私が言いたいのはその後、あんた、すっころんでどうなったんだっけ?」
「いや、だから言わなかったっけ? 尻もちをついて露わな姿を見せちゃったんだって」
「それだけ?」
「それだけって……あ、後。靴もすっとんでっちゃったって……もう、更に恥ずかしい事思い出させないでよ」
「その靴ってどこへいったかは確認した?」
「いや……。それどころじゃなかったし。後で先輩が持ってきてくれ……」
そこまで言った時、私は何だか胸騒ぎがした。何か大事なことを見落としているようなそんな感覚。それに対して、トーコは言葉を続ける。
「仮に先ほどの想像が正しいとするよ。先輩は手に本を持っていた。脚立はぐらついた状態でね。慌てていたからちゃんともててなかったかもしれない、例えば、指がページの中に入ってしまって本が開いた状態になってしまった、なんてことは考えられないかな。そして、そこに靴が飛んで来て当たってしまい、そのまま挟まる様な状態になって……」
本はそのまま下に落ちる。そんな状態であればぐしゃぐしゃになりページの中身はぐっしょりと濡れて靴跡も付いて……
「えっと……。じゃあ、つまり」
ここに至って余りの予想外な答えに呆然となる。そんな私に友人は飽くまで静かな口調でその言葉を口にした。
「うん、単刀直入に言うよ。本を汚した犯人。そして先輩が庇っていたのは、香。あんた自身だったって事じゃない?」
飲食も禁止されているし入れ替えるくらいに本が汚れる事なんかあるだろうか。
「例えば図書室に水なんかが持ち込まれる様な事はないかな? 掃除の時とかはどう?」
「水拭きする時にバケツを入れるっていうことはあったと想うけど」
そうだ。あの書庫の掃除をした時も水拭きをする為にバケツを持ち込んだっけ。
「うん、書庫で掃除をしていたことがあるって話だったよね。それも件のあまね先輩と」
「あ、うん。あったけど……でも、それがどうかしたの?」
私は何気なく言った言葉に妙に食いついてきた友人に少し面食らいながら答える。
「で、その時盛大にすっころんだんでしょ」
「も、もう。それを言わないでよ。恥ずかしい」
私は顔を赤らめて言い返した。あの時の無様な様はなるべく思い出したくない。
「まあまあ、そう言わないでさ。でもさ、そもそも、何ですっころんだんだっけ?」
「それは、だから。あまね先輩が脚立に乗ってて、それがガタガタ揺れてたから、あせっちゃったんだよ」
そうだ。危ないと想って思わず駆け寄ろうとしたのだった。でも、トーコは更に言い募ってくる。
「それだけ? ただ駆け寄ろうとしただけじゃそんなにはならないんじゃない?」
「え? それだけって?」
トーコの聞いている意図が分からず私は一瞬混乱した。が、そんな私に対して彼女は冷静に問い返してくる。
「下が濡れてたんじゃないの? だから滑ったんでしょ?」
「ああ、そうそう。水拭きしてたのがまだ乾いてなかったんだよね」
「うん、香の方はそうだったんだよね。じゃあ、先輩が脚立を揺らしてしまったのは何でだと想う?」
「いや、それは……私がちゃんと抑えてなかったからかもしれないけど」
脚立で高所作業をする場合は下で押さえなければならない。それを怠ったという意味では私にも責任があるのかもしれない。が、トーコが言いたいのはそんなことではないようだった。
「そういう事じゃなくってさ。結構上の方で作業してたってことでしょ」
「ああ、そうだったと想うよ。でも、それがどうかしたの?」
「ちょっと想像してみたんだけどね、グラついた状態になったのは棚の中を拭いている時じゃないと想うの。だってさ棚の中を拭いている時って言うのは棚に重心がかかってるって事でしょ」
「ええと。ああ、そういう事になるのかな」
ちょっとわかりにくいけど言いたいことは分かる。雑巾を掛ける時は棚に顔をつっこむような形で作業をするのでグラついたりする可能性は少ないということだろう。
「じゃあ、更に聞くけど、その棚には本が入ってたのかな」
「えっと……。上の方はあんまり入ってなかったと想う。あったとしても二、三冊かな」
本がぎっしり詰まっている棚は一度本を別な場所に移して作業するのだが、少ない場合は一々そんな事はせずに本を少し移して雑巾で拭いていたと想う。
「なら、脚立がぐらついたのはその時じゃない? 中にある本を手にとって別な場所に移そうとした時」
「ああ、確かにその状態なら重心を崩すこともあるかもしれないね。でも、ねえトーコ。何が言いたい訳? それって本の入れ替えと関係あるの?」
「下の床は濡れてたんだよね」
「うん……。え? ひょっとしたら、その本を下に落として汚したっていいたいの? でも、濡れた床に落としたくらいじゃ交換するほど汚れないと想うけど」
バケツを置いていたならそこにボシャンと落っこちた可能性も否定できないが、片付けていた筈だった。
「いや、そんな話をしたいんじゃないよ。私が言いたいのはその後、あんた、すっころんでどうなったんだっけ?」
「いや、だから言わなかったっけ? 尻もちをついて露わな姿を見せちゃったんだって」
「それだけ?」
「それだけって……あ、後。靴もすっとんでっちゃったって……もう、更に恥ずかしい事思い出させないでよ」
「その靴ってどこへいったかは確認した?」
「いや……。それどころじゃなかったし。後で先輩が持ってきてくれ……」
そこまで言った時、私は何だか胸騒ぎがした。何か大事なことを見落としているようなそんな感覚。それに対して、トーコは言葉を続ける。
「仮に先ほどの想像が正しいとするよ。先輩は手に本を持っていた。脚立はぐらついた状態でね。慌てていたからちゃんともててなかったかもしれない、例えば、指がページの中に入ってしまって本が開いた状態になってしまった、なんてことは考えられないかな。そして、そこに靴が飛んで来て当たってしまい、そのまま挟まる様な状態になって……」
本はそのまま下に落ちる。そんな状態であればぐしゃぐしゃになりページの中身はぐっしょりと濡れて靴跡も付いて……
「えっと……。じゃあ、つまり」
ここに至って余りの予想外な答えに呆然となる。そんな私に友人は飽くまで静かな口調でその言葉を口にした。
「うん、単刀直入に言うよ。本を汚した犯人。そして先輩が庇っていたのは、香。あんた自身だったって事じゃない?」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
ミステリー
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
ばいばい、ヒーロー
上村夏樹
ミステリー
ボーカル不在の軽音楽部の前に『歌姫』こと小日向綾が現れる。貴志たちはボーカルとしてスカウトするのだが、彼女はどうしてもボーカルにはなってくれなかった。
文化祭ライブの日が近づく中、ボーカル探しをする貴志たちは様々な謎に巻き込まれることに。
密室でグローブをズタズタに裂いたのは? 密室を移動してコントラバスを破壊したのは? 密室で脅迫状を軽音部に送り付けたのは? そして軽音部に隠された謎とは?
青春×バンド×密室×謎の四重奏。多感な少年少女たちの心を描くほろ苦い青春ミステリー。
※2017年SKYHIGH文庫賞最終候補作です。
赭坂-akasaka-
暖鬼暖
ミステリー
あの坂は炎に包まれ、美しく、燃えるように赤い。
赭坂の村についてを知るべく、男は村に降り立った。 しかし、赭坂の事実を探路するが、男に次々と奇妙なことが起こる…。 ミステリーホラー! 書きながらの連載になるので、危うい部分があります。 ご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる