あかね色に染まる校舎に舞い落ちた君は

山井縫

文字の大きさ
上 下
10 / 84
白い部屋で目覚めた私は

しおりを挟む

 時間は午後七時になろうとしていた。既に生徒の姿はなくなっている。
 だから警察が事情聴取をする為に使える教室や部屋はいくらでもある筈だった。
 でも、滝田刑事は『折角だからあなた達の教室を使わせてもらいましょう』と提案してきた。何が折角なんだか良くわからないし、私としてはあの光景を思い出しそうになるので正直気が重かった。でも、ここを逃れても週明けに登校したら入室しなければならないのだ。
 逆に何事もない教室を見る事で、あの記憶を上書きできるかもしれない。そう思って提案に乗る事にした。
 一階の保健室から三階にある教室へと向かう。廊下にポツンポツンと灯かりが付いているのみで、各教室には当然電気はついていない為辺りは薄暗い。
「静かな物ね」
 私の後ろで落ち着いた口調が耳に入る。滝田刑事だ。確かに昼間はあれだけ人が寄り集まっている場所なのに、今はその面影が全くなくそれが少し気味が悪い。だから、一緒に付き従う様に後ろを歩くこの二人の人物が警察官であることに心強さを感じる。最も、こんな状況で夜の教室を歩かなければならないのは、その警察が原因でもあるのだが。
「そうですね。いつもは大勢の生徒や先生がいるのに、何だか別世界みたいです」
 普段ならちょっとした非日常も感じられるシチュエーションかもしれないが、既に私は非日常に巻き込まれている。これ以上は沢山だった。そんなことを考える私に滝田刑事が尋ねてきた。
「一クラスは何人なのかしら」
「えっと、ウチのクラスは人です。他のクラスも同じだったと思います」
「一学年は何組くらいあるの?」
 確か学校全体で一年から三年まで全てクラスA~H組で分けられていた筈だ。つまり、
「八クラスまでですね」
「確かにそれだけの人数がひしめき合ってるとは思えない光景よね。陽と陰、表の世界と裏の世界が反転して現れる世界みたいな」
 小首を傾げてちょっとおどけた様な口調で言うその様を見て、この人は何歳なんだろうと改めて疑問を抱いた。
「病院なんかもそうですな。入院患者がいても夜、消灯時間が過ぎて人が出歩かなくなると、途端に世界が変わったように見えますよ」
 そこへ品川という男性刑事も口を挟んだ。
「ああ、確かにそうね。人がいても夜の病院てうら寂しい物があるものね。私はそんなに経験はないけど。シナさんは三カ月くらい入院してたことあったでしょ」
 歳は品川刑事の方が上だが立場は滝田刑事の方が上なのだろうか。二人の先ほどの振る舞いからそんな感じがする。
「ええ。規則正しい生活って奴を久々に経験しましたが、却って調子を崩してしまいましたわ。この稼業、不規則な生活と不摂生が当たり前の暮らしですからな。夜は眠れないことも多々あって、又、入院中の病室ってのはことさら静かなもんでね。弱りましたわ。慣れるまで眠剤に頼らないと眠れないなんてことがざらでした」
 しみじみとそんな事をいう品川刑事。まあ、こんな時間に学校を練り歩いたりしなければならないのだ。警察も確かに大変なんだろう。
「こらこら、警察官がそんなことでどうする。常に規則正しく健康的な生活と肉体を維持して事ある時には万全な態勢で事案に臨むことが求められているのだ」
 急に滝田刑事の言葉が固く強い口調になり、私はそのギャップに少し驚いた。が、言われた品川刑事はまるで柳に風で気にした風はない。
「そりゃ理想は分かりますが、事件はアタシらの生活形態や健康状態を忖度して起きてくれないんですよ。そんな事デカジョウもお分かりかと?」
 デカジョウという聞きなれない言葉。なんだろうと想ったが、その言葉を聞くと滝田刑事は、
「その呼び名は止めてよ」
 一転ムキになったように言葉を返した。何だかちょっと可愛くも見えた。
「こりゃ失礼。滝田巡査部長殿。で、そうおっしゃる巡査部長殿は普段の勤務外でも余程折り目正しく生活されているんでしょうな」
「そりゃそうよ。朝は寝れるだけ寝て、帰ったらダラダラするだけして、寝たくなったら寝こける生活よ」
「はあ、では非番の折にはさぞ規則正しい生活をされているんでしょうな」
「決まってるわ。酒をしこたま飲んで寝れるだけ寝てるわよ」
その2人の様子に少し頬が緩みかける。が、その掛け合いを邪魔するの形になり少し申し訳なさを感じながらも声をかけた。
「あの……」
「え。あ、ご、ごめんなさい。未成年の前で相応しい話じゃなかったわね」
「全く、警察官として年長者として範にならなければならないというのに、嘆かわしい話ですな」
「う、うるさいな。ちょっと黙ってなさいよ。で、何かしら」
「あ、あの。もう、着きます。私達の教室に」
しおりを挟む
ツギクルバナーリンクよろしければお願い致します。ツギクルバナー関連作品
東雲塔子シリーズ
-------------------------------------------------------
【連作短編集】東雲塔子の事件簿
あかね色に染まる校舎に舞い落ちた君は
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

ビジョンゲーム

戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

処理中です...