異世界で幼女化したので養女になったり書記官になったりします

瀬尾優梨

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5巻

5-2

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 私たちが身支度を調ととのえて部屋を出ると、男性陣もちょうど扉を開けたところだった。当然といえば当然だけど、あまりよく寝られていないんだろう。みんな眠そうで、髪もボサボサだ。ベルフォードの騎士は唯一ぱりっとしていたけど、こっそりあくびを噛み殺しているのを目撃してしまった。そりゃあ、あの狭い部屋を男四人で使うのは地獄だろうね。
 一階の食堂へ下りたけど、宿泊客は当然私たちだけ。閑古鳥かんこどりが鳴くとかいうレベルじゃないそこでは、超不機嫌そうな主人が待っていた。テーブルには既に料理が置かれている。うん、まずそうなサラダだ。なんか、うぞうぞ動くものが見える気がするけど、もしかしてイモムシさんですか? おはよう、イモムシさん! 
 ほとんど手を付けられなかった朝食の後、私たちは水でお腹をふくらませつつ作戦会議を始める。妙な匂いはするが、ミーナたちのチェック済みなのでなんとかまともに飲めそうだ。
 ……日本のクリーンな水に慣れている私。この世界に来てお腹は少し丈夫になってるけど、どうか下痢げりしませんように……

「今日が正念場だ。他のグループと同様に、我々も今日をもってこの宿やどから消えることになるかもしれない」

 リーダーはわざとなのか、カウンターの主人にまで聞こえる声で言う。だが、全く気にしていないのか、主人はガン無視で新聞のようなものを読んでいる。こっちの話に介入する気もないみたいだ。鉄の心臓だな、この人。

「とにかく……まずは先行しているはずの他のグループと合流しなければ」
「マリウス陛下なら、的確なご指示をくださることでしょう」

 ベルフォードの騎士も意見を述べる。おおっ、やっぱりマリウス陛下への信頼は厚いな! どこかの枯れ木王とは全然違うね! 
 でも、その頼りになる陛下の行方が分からないんだよね。昨夜、もう一度ティルに偵察に行ってもらったけど、「全然位置が分からない……本当に。たぶん、精霊じゃ入れないところにいる」と困惑した様子で教えてくれた。
 ミーナもティルも、私に対して嘘をつかない。言えないことでも「今は言えない」「今度言う」と教えてくれるから、二匹が分からないことは本当に「分からない」んだ。空を飛べるティルなら、陛下やヴェイン様の居場所も見つけられると思ったんだけど……だめだったか。
 ちなみに、行方が分からないのはペサン地方入りした他のグループに関しても同じだった。気配を感じ取れるのは、まだエスターニャ城とペサンの中間を移動している後発のグループくらい。彼らにだけでもストップを掛けられたらいいんだけど……無理だよね。色々と。
 できることなら、次のグループが来る前に決着を付けたいけれど、私たちも行方不明になる可能性だってあるんだから、余所見よそみをしている暇はない。
 ……ヴェイン様たちに関してはもう、どうか生き延びていてほしいとしか言えない。
 ヴェイン様――
 大丈夫ですよね? 
 生きて帰るって、私は約束しました。
 だから――ヴェイン様も、死なないで。マリウス陛下と一緒に、戻ってきて。
 みんなで一緒に、無事な姿で、ベルフォードに帰りましょう。


   ***


 しばらくあれやこれや意見をぶつけ合った後、四人ずつ二組に分かれ、片方が大声を上げたらもう片方がすぐに駆け付けられるくらいの間隔で行動するという方針に決まった。
 第六グループはそもそもの男女比が一対一だから、バランスを考えて男女二人ずつの混合チームを作る。戦力と相性を踏まえて、私とセレス様、聖剣持ちの騎士とディストのお兄さんで一組、もう一組がシェリーとジョセス、それからリーダーともう一人のディストのお兄さんだ。最近、セレス様と組むことが多いな。
 私たちは最後に水だけたくさん補給して、宿やどを出た。ああ、日本のおいしい水が恋しい。

「両グループ間の距離は目視確認できるところまで。それ以上は決して離れない。いいな」

 分かれる直前、リーダーが私たちにそう念押ししてくる。もちろんだ。散り散りばらばらにはなりたくない。
 砂塵さじん渦巻うずまく町を歩く。相変わらず人気ひとけはない。むしろ、人間がいるのはあの宿やどだけだったんじゃないかと考えてしまうくらいだ。
 荒れ果て、舞い散る粉塵ふんじんによって常に薄曇うすぐもりのこの町は、まさにゴーストタウン。近くにセレス様たちがいてくれなかったら、とても出歩けなかっただろう。

「……さっそくお出ましか」

 セレス様がつぶやいて、側に控えるプフェルマイネの毛並みをでる。とたんにプフェルマイネは標準キツネサイズから狼サイズにふくれ上がり、ディストのお兄さんが連れていた仔ライオンも、本物のライオンよりさらに大きくなった。騎士は聖剣を抜き、少し離れたところにいるシェリーたちも精霊に構えの姿勢をさせている。
 ――真っ黒な悪の精霊は、誰の目にも見える姿で近くまで迫ってきていた。


 のそりのそりとうようにやって来る、大きな姿。これは……スライム型って言うんだろうか? 大福餅だいふくもちのような形で、尺取しゃくとり虫みたいに体を伸縮させながらこっちに迫ってきている。移動しづらそうに見えるんだけど、脚を生やすとかいう発想はないのか? 

「……ヒューバート! おまえたちは後方に回れ!」

 離れたところでリーダーが叫ぶ。ヒューバートっていうのはベルフォード騎士の名前だ。私たち四人組の中では、ヒューバートが指揮を取っている。
 リーダーの指示を受けて私たちはその場から大きく迂回うかいし、精霊の背後に回った。鈍足どんそくの私じゃみんなに追いつけないから、巨大化したミーナの背中に乗せてもらう。やっぱりモフモフって頼りになる。

『行くよ、玲奈!』
「よろしく、リィ!」

 ミーナを仮の名で呼び、首の後ろの皮をつかんでしがみつく。毛だと抜けるし痛いから、よく伸びる皮の部分をつかんでほしいってミーナに頼まれたんだ。
 重装備のヒューバートも、ディストのお兄さんの大柄なライオン型精霊に相乗りしている。セレス様はとっくにプフェルマイネにまたがり、真っ先に駆け出していた。
 大福型精霊は、二手に分かれた私たちに戸惑とまどったようだ。でも、最終的に狙いを定めたのは――リーダーたちの方だった。こっちには悪の精霊を倒せる唯一の武器、聖剣持ちのヒューバートがいるから、本能的にけたのかもしれない。
 大福型精霊のサイズは、学校の校庭の陸上トラック一周分程度。精霊たちが全速力で駆けると、すぐに後方に回ることができた。

『気をつけて、玲奈。敵はこいつだけじゃない』
『他にもいるの!?』
『これほど大きくないけど、ヒラメみたいに薄っぺらいのが二体。こっちが大福に気を取られているうちに、足元から忍び寄る気だ。こんなに大きいけれど、大福は弱いしおとりだ。ヒラメに気をつけて』
『了解、ヒラメ注意報ね!』

 ティルの報告を受けて、私はミーナの上で首を後ろにひねる。ティルが示す方を見ると、確かに水たまりのような黒い影が二つ、じわじわとこっちへ向かってきていた。
 挟み撃ちを仕掛けるにしろ仲間をおとりにするにしろ、こうして見ると、悪の精霊は確かに集団行動を取っているようだ。ひょっとしたら他のグループの人たちもこうやって敵に挟み撃ちされて、やられてしまったんじゃ――

「セレス様、後ろ!」

 私はヒラメ型精霊の一番近くにいたセレス様に呼びかける。セレス様はプフェルマイネの上から怪訝けげんそうにこっちを見て――私の掛け声の意図いとを察したのか、目を見開いた。

「後ろにも!? ……ヒューバート殿! 背後!」

 ヒューバートとディストのお兄さんも振り返る。同時にライオン型精霊がくるりと体の向きを変え、二体の精霊に向かって突進した。
 まさか自分に向かって来ると思わなかったのか、ヒラメ型精霊はあわあわと二体そろって逃げ出していく。

「させるか!」

 プフェルマイネがすんごい高さまで跳躍ちょうやくし、逃げようとした精霊二体に通せんぼするように立ちはだかる。プフェルマイネににらまれて、彼らはじりじりと後退し――

「もらった!」

 ライオン型精霊の背から、ヒューバートが跳び上がる。聖剣を地面に垂直に構えた彼は、落下の勢いそのままに精霊一体を串刺しにし、地面をえぐるように剣を振るってもう一体も始末した。
 剣先でき上げた土が周囲に舞う中、じゅわわっと音を立てて精霊二体が消え去った。ヒューバートはライオン型精霊の背に再びまたがり、例の大福型精霊の方にUターンする。

「こっちだ!」

 ディストのお兄さんが叫んで、ライオン型精霊が、低く長くうなる。そのたてがみがぶわっと逆立ち、いくつもの光の玉が放たれた。
 大福型精霊の背面に光の玉がぶつかると、がくっとその巨体がかしいだ。効いている。

「レイリア殿! 同時に行くぞ!」
「はい!」

 セレス様に呼びかけられ、私はミーナの背中にしがみついた。ミーナとプフェルマイネが併走へいそうし、同時に跳躍ちょうやくする。
 この大福型精霊も、倒せるのはヒューバートの聖剣だけ。でも彼は精霊持ちじゃないから、悪の精霊への抵抗力が低い。だからヒューバートが接近できるようになるまで、私たちで弱らせるんだ。
 敵はせめてもの抵抗か、黒いかたまりを吐き出してきたけど、ミーナがにゃんっ! と叫ぶと、あっという間に消え去った。そのままミーナとプフェルマイネが、私たちを乗せた状態で精霊に飛びかかる。
 ミーナの爪が、プフェルマイネの牙が、精霊の胴体を切り裂いていく。本体から切り離されたバスケットボール大の闇のかたまりが浮かび上がったけど、ある程度の高さまで浮遊したところで、ばちんと音を立てて消え去った。
 ふと周囲を見ると、リーダーたちの組で唯一戦闘に参加していないシェリーが、リス精霊を抱えてその場にうずくまっていた。リス精霊はいつもより少しだけ大きくなっていて、ふさふさの尻尾をぱたぱたと動かしている。ああやって結界を張って小振りな闇の破片がみんなに届かないようにしているんだ。

「接近するぞ、ヒューバート殿!」

 ディストのお兄さんの掛け声で、その背にヒューバートを乗せたライオン型精霊が、大福型精霊に向かって突進する。大福型精霊はヒューバートを倒そうと触手のようなものを伸ばしてくるけど、素早く飛びかかったプフェルマイネが根本から食いちぎった。
 ライオン型精霊の背中で、ヒューバートが叫ぶ。

「レイリア嬢! 真上から貫通させる! 足場を作ってください!」
「了解です!」

 私は大福型精霊のボディに視線を走らせる。
 確か日本の公園に、こんなドーム型の遊具があった。中心部がトンネル状になっていて、表面には手足を引っかけて登る用のへこみがあるやつ。よし、そのイメージで攻撃するぞ。
 私のイメージを読み取ったミーナがぶるっと毛を震わせ、その体からぽんぽんぽん、とひと抱えほどある光の玉を生み出し、大福型精霊に向けて放つ。光の玉はバシバシッと大きな音を立てて敵の体に当たり、大きなへこみを作った。
 ライオン型精霊が跳躍ちょうやくする。私が作ったへこみを足場に一度、二度、三度、リズミカルにジャンプして頭頂部に達したとき、ライオンの背から飛び降りたヒューバートが剣を構え、大きく振りかぶった。
 刃が当たった箇所がざっくりとえぐれ、まさに大福を包丁で切った時のように裂けていく。
 聖剣で斬られたために再生できなくなったんだろう。ずずずず、と崩れる大福の体を、ヒューバートがもう一度十字をえがくように斬る。
 ほぼ四分割された悪の精霊はブルブル震えながら形を崩し、やがてじゅわわっと音を立てて蒸発した。

「よくやった!」

 消えゆく精霊の向こうで、リーダーが叫ぶ。剣をさやに収めたヒューバートも、親指を立てて向こうへ合図した時――
 リーダーの方に歩き出していたミーナとプフェルマイネが、ほぼ同時に体をびくっと震わせた。それぞれの背中に乗っている私とセレス様の体が揺れる。

「プフェル?」
「どうしたの、リィ?」
『……玲奈。囲まれている』

 辺りを警戒して返事をしないミーナに代わって、ティルが心の中で声をかけてくる。
 私はミーナに歩みをうながしながら、辺りに目を配った。

『形は? 数は?』
『数は結構いそう。囲まれている。ティルみたいに空を飛ぶタイプの精霊じゃないと、逃げられない』
『倒せないの?』
『倒せなくはない。でも、かすかに感じるの。こいつら、マリウス陛下の精霊にも襲いかかった形跡がある』

 えっマリウス陛下……つまり、第一グループに? ということはヴェイン様にも? 

『ヴェインは精霊持ちじゃないからよく分からないけど、あいつらからは討伐隊の精霊に接触した気配がするんだ』
「みんなの精霊に?」

 私が上げた声が聞こえたのか、セレス様が難しい表情で振り返った。

「レイリア殿、君の精霊も感じているのか? ……覚えのある精霊たちの気配があちこちからしているらしいのだが」
「は、はい。……でもリィが言うには、周囲にいるのは悪の精霊だけみたいで」
「何、囲まれているのか? ……いや、ならばなぜ皆の精霊の気配もするのだ? プフェルが言うに、君たちの国王陛下の精霊の気配もじっているそうなのだが」

 さすが、プフェルマイネは鋭い。
 私はごくっと唾を呑み、手を伸ばしてセレス様の軍服の袖を引っ張った。リーダーたちの精霊はそこまで感知能力にけていないから、先に二人で簡易打ち合わせだ。

「先手を打って倒しますか?」
「だが、討伐隊の精霊の気配についてはどう説明する? 悪の精霊を退治することで皆に危険を及ぼしてはいけない」
「じゃあ、ひとまずリーダーに相談、ですかね」
「ああ」

 二人でぼそぼそ会話をした後、セレス様がリーダーに説明しに向かった。
 私も作戦会議に参加しないと。そう思ってミーナに指示を出そうとしたけれど――

『っ! 玲奈、接近してきた!』
『速度が速い! こっちの動きがばれたんだ!』

 ミーナとティルの叫びに、私はぎょっとして背後を振り返る。
 ついさっきまで、周囲には無味乾燥な荒れ地が広がるばかりだったというのに、今やあちこちから黒い影がおどり出ていた。何かしようとしている私とセレス様の様子を見て一気に臨戦態勢に入ったんだろう、各々おのおの隠れていた場所から飛び出して、かなりの速度で迫ってきている。
 その様子に、どくっと心臓がね、体中から冷や汗が噴き出す。
 まずい。包囲される。

「セレス様! やつらが迫ってきて――」

 とっさに声を上げたけれど、遅かった。
 一番速度の速い悪の精霊がつたのような手をにゅっと伸ばし、近くにいたシェリーの足首をつかむ。

「きゃあっ!?」
「シェリー!? ……うわっ!?」

 引き倒されたシェリーを起こそうとするヒューバートの両腕にも黒いつたが絡みつき、聖剣を取り落としてしまう。

『玲奈、衝撃に備えて!』
「うっ!?」

 ミーナが叫んだ直後、私の腰にも長い腕のようなものが巻き付いてきた。そんなに太くはないけれど、ぞっとするほど冷たい。
 ミーナの上から引きずり落とされ、視界いっぱいに灰色の空が広がった――と思ったら、私はすぐに真っ暗な世界に放り出された。



 第2章 地下迷宮から脱出せよ! 


 真っ暗な世界に放り出された瞬間は、意識が飛ぶかと思った。
 でも、現在の私は自分の体が暗い闇の中をたゆたっているのを感じている。感覚としては水中にもぐっているような状況だ。でも息はできるし、うっすらとだけど周囲の様子も見える。
 この暗い闇の中に、第六グループの仲間も全員沈んでいた。七人、誰もぴくりとも動かない。不意打ちだったから、みんな気絶してしまったんだろう。意識があるのは私だけのようだ。

『玲奈、玲奈。頑張って』

 この声は……ミーナ? 

『今、ミーナたちで玲奈を守っているの。意識は大丈夫?』
『う、うん。ここは一体……?』
『分からない……玲奈が気絶しないようにするだけで精一杯なの』

 申し訳なさそうにティルが言うけれど、ひとまず怪我はないみたいだし、ミーナとティルの守護の力が通じると分かっただけでもおんだ。
 ここは一体どこなんだろう――と思っているうちに、闇の中の旅行は終わった。
 私たちの体は徐々に黒い水底みなそこに沈み、そして不意に、足元からすぽんとどこかへ放り出された。背中から固い床に落下したけど、痛みはない。ミーナたちが守ってくれたおかげだろう。

「……さっさと腕輪を着けろ。目が覚める前に放り込んでおくぞ」

 誰かの声。近くでがちゃがちゃという金属の音と、カチリと何かをめるような音がする。私はごくっと唾を呑み、とりあえず気絶したフリをしておいた。
 間もなく、私の体が乱暴に引き起こされる。私は目を閉ざしたまま、されるがままにしておいた。すると私の二の腕に、ひんやりとした金属の輪っかが通される。
 そのとたん、この部屋のすえたような匂いが鼻孔びこうを刺激して、思わずオエッと言いそうになった。ミーナたちが掛けてくれた守護が切れたのか。ということは、この腕輪には精霊封じのまじないがほどこされているんだ。

「……全員できたか?」

 男の声。おっと、意味が分かるということは、言語理解能力だけは生きてるんだな、よかったよかった。
 それにしてもこの男の声、どっかで聞いたことがあるような――
 思い出そうと脳みその引き出しを探る私の体が、ひょいと誰かにかつがれた。周囲から、ガハハ、と下品な笑いが起こる。

「ああ、こいつはあの生意気なベルフォードの小娘じゃないか」

 ……んんっ、この声は、確か――

「モルド、気絶している相手にやろうってのか?」
「いや、やめておく。何かあったら後が面倒だ。ただ、こいつが用済みになったその時は、遠慮なくやらせてもらう」

 モルド――ああああ、あれだ! 歓迎会で私に絡んできた、腹の立つマイラの戦士! 
 私を抱えているこいつが、あのモルド? ってことは……討伐隊なのに私たちを捕まえている? 
 ……どういうこと? 


 私はモルドにかつがれて、別の部屋に放り込まれた。乱暴なやり方に腹は立つが、ひとまず乙女の純潔じゅんけつは守れたのでよしとする。

「今日は捕まえたやつらのチェックがあるそうだ」

 私を放置したモルドが、誰かと話している。たぶん、同じようにマイラから来た仲間とだろう。裏切り者め。髪むしってやろうか。

「なら、やっと第一グループも始末できるのか。あいつらうるさいから、いい加減ぶっ殺してぇと思ってたところだ」
「ああ。許可が下りた後は、男は四肢切り裂いて始末して、女は俺たちにくれるってよ」
「やったな。今回捕まえたグループ、半数は女じゃねぇか」
「あの、うぶそうな女二人。あれもらった」
「俺にも寄こせ。あのでかくておっかねぇ女たちはいらねぇ」
「俺もだ」

 モルドたちの声が遠のいていき、がちゃん、という施錠せじょうの音と共に、扉は完全に閉じられた。私はしばし辺りをうかがってから、体を起こす。
 まずは、体の状態確認。両腕は細い紐で後ろ手に縛られているため、背中でバタバタ動かすしかできない。右腕にはあの忌々いまいましい精霊封じの腕輪が。足が拘束されなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろうか。
 続いて、周囲の確認。ここはペサンの宿やど彷彿ほうふつとさせる、狭くて汚い小部屋だった。だけどあそことは違い、室内にはベッドすらなくて、ぼろい麻布あさぬのすみに丸めてあるのみ。あの用水路みたいなのは……まさか、トイレ代わり? あそこで排泄はいせつしろと? 
 窓はドアの上部に付いた小窓だけ。かなり高い位置にあるから、ドアの外の様子をうかがうこともできなさそうだ。たぶん近くの部屋に第六グループの仲間も寝かされているんだろうけれど、物音がしないからよく分からない。
 ……仕方ない。ミーナやティルとは今は交信できないし、まずはこの状況を脱する方法を考えなければ。
 状況を整理すると、私たちは、悪の精霊に捕まってどこかの建物に放り込まれた。なぜか敵側にモルドたちもいて、討伐隊たちを拘束している。
 モルドたちの話によれば、第一グループをはじめとした討伐隊の面々はまだ生きている。「誰かさん」が今日やって来て、捕らえた私たちのチェックをするらしい。その後、男性は殺され、女性はあのくず共のなぐさみ者にされてしまう。だが、それは断固拒否する。
 うーん……モルドたちは最初から敵とグルだったのか? それとも途中で敵の勧誘を受けたのか。
 これもエスターニャ国王のがねだろうか。ひょっとしたら今日来るという人物も、国王のことを指しているのかもしれない。精霊を封じられて無力化した私たちを自分の目で確認して、始末するために。
 ……仲間たちがみすみす殺されるのも、男に抱かれるのも、御免被ごめんこうむる。
 私には、武器がある。
 やってやる。
 悪の精霊だろうと国王だろうとマイラの戦士だろうと、私たちに危害を加えるつもりなら容赦はしない。


 縄で体を拘束された場合の脱出方法はいくつかある。
 小説なんかではよく「肩の関節を外す」なんて聞くけれど、却下きゃっか。痛いのは嫌だし、そもそも技術的に私には無理だ。
 あと、爪や煉瓦れんがかどみたいな先端がとがったものに縄をこすりつけて切るという方法もある。これはできなくはないけれど時間が掛かるだろうし、すごく労力もりそうだ。
 ……というわけで。
 指先を必死に動かすこと、数分。

「……よし!」

 ようやく右手の中指が左手の指輪に引っかかる。
 抜けた指輪が床に落ちると同時に、私の体は大人から十歳程度のそれへと戻っていく。あわせて拘束もほんの少しゆるまって、何度か手首をひねると縄から解放された。
 続いて、忌々いまいましい腕輪を取り払う。こちらも腕周りがゆるゆるになっていたから、あっさりと外れた。

『……ミーナ、ティル。いる?』

 心の中で呼びかけると、二匹のはっと息を呑む音が聞こえた。

『あ、よかった玲奈! ちゃんと声が聞こえるね!』
『ティルたちは無事だよ。そっちは?』
『今はなんとかね。……まだ出てこられないの?』

 ミーナとティルの元気そうな声を聞けて一安心だけど、二匹が私の中から出てくる気配はない。

『そうしたいんだけどね、この部屋にも精霊封じがされているみたい』
『こうやって話はできても、出ていくのは難しいな……』
『え……それじゃあ、縄抜けしても意味がなかったってこと?』

 なんてこった、と唇を噛む私に、ミーナが元気よく、にゃんっと鳴いた。

『大丈夫! あのね、この部屋の精霊封じを制御しているのはドアだけみたいなの』
『建物全体じゃなくてよかったよ。だからね、ドアが開けば、精霊封じはいったん解除されると思う』
『ドアが開けば……ね』

 私は床にあぐらをき、金属製のドアをじっと見つめる。硬そうだ。自力での強行突破は無理だろう。
 ……となれば。


 約一時間後。

「……これくらいで済ましてあげるんだから、感謝してよ」

 私はドアの前で伸びている男を見下ろし、声を掛けた。もちろん返事はない。
 私渾身こんしんの、「か弱い乙女が助けを求める声」に釣られてやって来たマイラの男にドアを開けさせ、瞬間私の中から飛び出したミーナとティルが、男を吹っ飛ばしてくれたというわけだ。

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