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公爵令嬢と第三王子の恋人ごっこ
恋人ごっこ 後編
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また別のある日のことだ。
食堂でリーナは友人たちと昼食をとっていた。
恋人同士の甘い会話とはまた違った、ファッション、観劇、誰かの噂話と少女たちの会話は楽しいものだ。
ある令嬢が恋人(婚約者)と街に出て、花屋で一緒に花を選んで買ってもらったと嬉しそうにいれば、別の令嬢がやはり恋人(婚約者)と観劇に行ったときに手を握り合ってみたと恥ずかしそうに告白する。
そのたびに小さく歓声が上がり、次はアレをしてみたい、これをしようかとお互いに情報を交換してはクスクスと小声で笑いあう。
中には所詮は親に決められた婚約者同士と、入学以来ぎくしゃくしていた者たちもいたが、「恋人同士だって喧嘩をしたりしますわ」の一言で、お互いの胸の内を吐き出しあった。
その後は恋人としては別れたものの、前よりはずっとましな婚約者同士の間柄に納まったものもいる。
もちろん、そんな彼女たちの「ごっこ遊び」に眉を顰めるものが生徒にも教師にもいないわけではないけれど、恋に恋する乙女たちにはどこ吹く風。
どうせ限られた時間だけのお遊びなのだから、楽しまなくてはもったいない。
そもそも始めたのが王子とその婚約者なのだから、表立って文句を言えるものなどいなかった。
そんな、一通り話が終わった後、不意に令嬢が表情を引き締めてリーナにつげる。
「アンジェリーナ様、最近こちらの校舎で不審者が目撃されているそうですわ」
「まぁ」
令嬢の言葉にリーナやほかの令嬢たちも声を上げ、顔色を悪くする。視線でお互いの顔を確認し、彼女以外にも同じ噂を知っているものがいることを確認し合い、信ぴょう性を確認する。
どうやら本当に不届き物がいるらしい。
「アンジェリーナ様はロナルド殿下が常にご一緒にいますから安心ですわね」
「そ、それは」
そうでなくても高位貴族の彼女たちが一人で行動することはまずない。
学園内ですら使用人が付いて回っているのだ。――授業中は近くに待機場所がある。
そんな中、一緒に花を買ったという令嬢が不安そうな顔で呟く。
「私は婚約者が校舎が別なので、少し不安で」
その言葉に、リーナは首をかしげた。意味が解らなかったからだ。
だが彼女を慰める友人たちにそれを聞くのはなんとなく憚れて、令嬢は手っ取り早く婚約者の王子に尋ねた。
彼の方でも同じ話題が伝わっているようだが、こちらはさらに詳しい情報が出ているようだ。
「不審者? あぁ、どこかの男爵令嬢が高位貴族用の校舎まで来ているようだな。
本人は迷ったと言っているようだが、そもそも迷うような場所でもなければ、用があるとも思えん。何らかの裏がないかと現在調査中だそうだ」
男女の情報の違いが、その男爵令嬢が男子生徒に声をかけているせいらしい。
自分からわざわざ名乗っての行為らしく、声をかけられた方も困惑しているようだ。
もっともだいたいが「恋人(婚約者)がいるので」と言う趣旨の言葉を返すと途端に離れて行くらしい。
恋人ではなく婚約者と言うと離れて行かないという話なので、高位貴族の男子生徒の間では警戒が高まっているらしい。
「警戒」
「冊子ケース1および5に対する警戒だ」
「どちらもハニトラでしたわね。わかりました。こちらでも下位貴族の恋人や婚約者がいる令嬢に話を流しておきます」
「よろしく頼む。下位貴族は被害が少ないせいか軽く考えるものが多いからね」
その場合胃を痛めることになるのは、その下位貴族の寄り親である高位貴族だ。
寄親と寄子の子息女が同時期に学園に通っていることも多く、彼らはこうした面でも将来の上下関係や対処方法を学ぶのである。
公爵家令嬢であるリーナも当然寄り子の子息女が学園に通っており、週末は彼らを誘って茶会でも開こうと手配を入れた。
「さて、難しい話はここまで。リーナ、アレクに聞いたんだが、最近城下町で話題になっているお菓子屋のクッキーを手に入れたんだ」
「そうですわね、ロン様。私もキャスリンに聞きましたわ。バニラの風味がいいとか」
さすがに王子と公爵令嬢の二人は、他の者たちのように気軽に城下に出ることはできない。
ロンが手に入れたものだって毒見までしっかり終わっているものだ。
だがそれが何だというのか、これは「ごっこ遊び」なのだから、細かいことは目をつぶってしまえばいいだけである。
リーナはメイドが淹れた香り高い紅茶に目を細め、皿の上に並べられたクッキーを指でつまむとロンへと差し出した。
それからまたしばらくして。令嬢の一人が「そういえば」と口にした。
「そういえば、男爵令嬢が一人退学になったとか」
「あら?」
「それが、例の不審者だったとかで。安心しましたわ」
「まぁ」
さざめく令嬢たちの間に安堵が広がる。
すでに高位貴族の男子生徒にちょっかいを出す男爵令嬢の話題は男女にかかわらず広がっており、ピリピリとした空気が校舎を満たしていたのだ。
「プラータナ伯爵家の方が頭を抱えていましたからねぇ」
「まぁ、プラータナ伯爵の寄子だったんですね」
「えぇ。なんでも男爵家の御父上に言われても態度が改まらず、仕方なく学園でプラータナ伯爵家の方が直接注意されたのですが聞き入れられなかったとか」
「男爵家、ですのにねぇ」
「えぇ」
寄り親はきちんと仕事をしていた。と言う言葉に、かの家を擁護する声が上がり、それ以上責める言葉は出ない。
聞けば、かの伯爵家の派閥の下位貴族の子息女たちが揃って件の男爵令嬢を諫めたり咎めたりしたようだが効果がなく、敵対派閥や中立派はこぞって距離を置いた。
そうなれば庶民だって男爵令嬢から離れていくだろう。
それを受けて男爵令嬢がいじめだのいわれのない中傷だと騒いだものだから、寄り親の令嬢が出て行かざる得なくなり、結果として男爵令嬢本人は退学処分となった。
「その彼女は、何がしたかったのかしら?」
「さぁ?」
呟かれた素朴な疑問に答えられる令嬢などいない。
結局彼女たちの疑問が解決されることはなかったのだが、それっきり話題に出ることもなく、次第に風化して消えたのである。
食堂でリーナは友人たちと昼食をとっていた。
恋人同士の甘い会話とはまた違った、ファッション、観劇、誰かの噂話と少女たちの会話は楽しいものだ。
ある令嬢が恋人(婚約者)と街に出て、花屋で一緒に花を選んで買ってもらったと嬉しそうにいれば、別の令嬢がやはり恋人(婚約者)と観劇に行ったときに手を握り合ってみたと恥ずかしそうに告白する。
そのたびに小さく歓声が上がり、次はアレをしてみたい、これをしようかとお互いに情報を交換してはクスクスと小声で笑いあう。
中には所詮は親に決められた婚約者同士と、入学以来ぎくしゃくしていた者たちもいたが、「恋人同士だって喧嘩をしたりしますわ」の一言で、お互いの胸の内を吐き出しあった。
その後は恋人としては別れたものの、前よりはずっとましな婚約者同士の間柄に納まったものもいる。
もちろん、そんな彼女たちの「ごっこ遊び」に眉を顰めるものが生徒にも教師にもいないわけではないけれど、恋に恋する乙女たちにはどこ吹く風。
どうせ限られた時間だけのお遊びなのだから、楽しまなくてはもったいない。
そもそも始めたのが王子とその婚約者なのだから、表立って文句を言えるものなどいなかった。
そんな、一通り話が終わった後、不意に令嬢が表情を引き締めてリーナにつげる。
「アンジェリーナ様、最近こちらの校舎で不審者が目撃されているそうですわ」
「まぁ」
令嬢の言葉にリーナやほかの令嬢たちも声を上げ、顔色を悪くする。視線でお互いの顔を確認し、彼女以外にも同じ噂を知っているものがいることを確認し合い、信ぴょう性を確認する。
どうやら本当に不届き物がいるらしい。
「アンジェリーナ様はロナルド殿下が常にご一緒にいますから安心ですわね」
「そ、それは」
そうでなくても高位貴族の彼女たちが一人で行動することはまずない。
学園内ですら使用人が付いて回っているのだ。――授業中は近くに待機場所がある。
そんな中、一緒に花を買ったという令嬢が不安そうな顔で呟く。
「私は婚約者が校舎が別なので、少し不安で」
その言葉に、リーナは首をかしげた。意味が解らなかったからだ。
だが彼女を慰める友人たちにそれを聞くのはなんとなく憚れて、令嬢は手っ取り早く婚約者の王子に尋ねた。
彼の方でも同じ話題が伝わっているようだが、こちらはさらに詳しい情報が出ているようだ。
「不審者? あぁ、どこかの男爵令嬢が高位貴族用の校舎まで来ているようだな。
本人は迷ったと言っているようだが、そもそも迷うような場所でもなければ、用があるとも思えん。何らかの裏がないかと現在調査中だそうだ」
男女の情報の違いが、その男爵令嬢が男子生徒に声をかけているせいらしい。
自分からわざわざ名乗っての行為らしく、声をかけられた方も困惑しているようだ。
もっともだいたいが「恋人(婚約者)がいるので」と言う趣旨の言葉を返すと途端に離れて行くらしい。
恋人ではなく婚約者と言うと離れて行かないという話なので、高位貴族の男子生徒の間では警戒が高まっているらしい。
「警戒」
「冊子ケース1および5に対する警戒だ」
「どちらもハニトラでしたわね。わかりました。こちらでも下位貴族の恋人や婚約者がいる令嬢に話を流しておきます」
「よろしく頼む。下位貴族は被害が少ないせいか軽く考えるものが多いからね」
その場合胃を痛めることになるのは、その下位貴族の寄り親である高位貴族だ。
寄親と寄子の子息女が同時期に学園に通っていることも多く、彼らはこうした面でも将来の上下関係や対処方法を学ぶのである。
公爵家令嬢であるリーナも当然寄り子の子息女が学園に通っており、週末は彼らを誘って茶会でも開こうと手配を入れた。
「さて、難しい話はここまで。リーナ、アレクに聞いたんだが、最近城下町で話題になっているお菓子屋のクッキーを手に入れたんだ」
「そうですわね、ロン様。私もキャスリンに聞きましたわ。バニラの風味がいいとか」
さすがに王子と公爵令嬢の二人は、他の者たちのように気軽に城下に出ることはできない。
ロンが手に入れたものだって毒見までしっかり終わっているものだ。
だがそれが何だというのか、これは「ごっこ遊び」なのだから、細かいことは目をつぶってしまえばいいだけである。
リーナはメイドが淹れた香り高い紅茶に目を細め、皿の上に並べられたクッキーを指でつまむとロンへと差し出した。
それからまたしばらくして。令嬢の一人が「そういえば」と口にした。
「そういえば、男爵令嬢が一人退学になったとか」
「あら?」
「それが、例の不審者だったとかで。安心しましたわ」
「まぁ」
さざめく令嬢たちの間に安堵が広がる。
すでに高位貴族の男子生徒にちょっかいを出す男爵令嬢の話題は男女にかかわらず広がっており、ピリピリとした空気が校舎を満たしていたのだ。
「プラータナ伯爵家の方が頭を抱えていましたからねぇ」
「まぁ、プラータナ伯爵の寄子だったんですね」
「えぇ。なんでも男爵家の御父上に言われても態度が改まらず、仕方なく学園でプラータナ伯爵家の方が直接注意されたのですが聞き入れられなかったとか」
「男爵家、ですのにねぇ」
「えぇ」
寄り親はきちんと仕事をしていた。と言う言葉に、かの家を擁護する声が上がり、それ以上責める言葉は出ない。
聞けば、かの伯爵家の派閥の下位貴族の子息女たちが揃って件の男爵令嬢を諫めたり咎めたりしたようだが効果がなく、敵対派閥や中立派はこぞって距離を置いた。
そうなれば庶民だって男爵令嬢から離れていくだろう。
それを受けて男爵令嬢がいじめだのいわれのない中傷だと騒いだものだから、寄り親の令嬢が出て行かざる得なくなり、結果として男爵令嬢本人は退学処分となった。
「その彼女は、何がしたかったのかしら?」
「さぁ?」
呟かれた素朴な疑問に答えられる令嬢などいない。
結局彼女たちの疑問が解決されることはなかったのだが、それっきり話題に出ることもなく、次第に風化して消えたのである。
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