タッタラ子爵家の奇妙な結婚事情

れん

文字の大きさ
上 下
15 / 17
公爵令嬢と第三王子の恋人ごっこ

恋人ごっこ 前編

しおりを挟む
 しばらくして、ロンとリーナは学園内のサロンにて向かい合っていた。
 二人の間にあるのは少しばかりスモーキーな香りの強い紅茶。
 これをリーナはミルクと砂糖をたっぷりと入れて、ロンはミルクだけを入れて飲むのが好みだった。茶菓子は口の中でほろりと崩れるクッキーだ。
 お互いの授業の内容や、友人達の話をしながら恋人同士の話は弾む。
 もうすぐ王宮の庭ではクチナシが咲くね。などと話していた二人に向けられる視線は穏やかだ。

 今の学園内で最も高貴な二人が「恋人ごっこ」をすることははじめは奇異の目で見られていた。
 高位の貴族にとっては結婚は家同士の繋がりであり、契約だ。ゆえに市井の者のような恋人などは夢物語の中でしか存在せず、せいぜいが愛人がいいところだろう。
 三男や次男など、まだ婚約者がいないものが学園内で庶民や下位貴族を相手に恋人を作ることもある。だが、その多くが期間限定のお遊びで、そこから婚約に至るケースは少ない。
 結局のところ、高位貴族にとっては恋人と婚約者は別物なのだ。

 そんな中で、市井の者のように婚約者と「恋人ごっこ」をする二人は変わり者に違いなかった。
 だが、家同士の繋がりである婚約者ではなく恋人ならば、紳士淑女の〝適切な距離〟が少しだけ短くなる。それはほんの一歩、いや、場合によっては半歩の距離なのかもしれない。
 だがそれでも近いのだ。
 婚約者を寮の入り口まで送るのは義務ではなく権利である王子は言う。

 ロビーの隅で別れを惜しむように話すことも、別れ際、お互いの手を握ることも、明日また会うことを約束することも。
 サロンでテーブルの上でお互いの手を握り合っていても、自分だけの愛称で相手を呼んでも、呼ばれても、恋人同士ならばいいじゃないかと言う。

 貴族の、家同士の、婚約者同士なら「はしたない」ことでも、市井の恋人同士の間柄なら、むしろそれくらいは可愛らしい部類だ。
 しかも彼らはちゃんとした婚約者同士だ。他の誰かを相手にちょっかいを出しているわけでもない。
 そしてそんな彼らを見て、真似するものが出てくるのも早かった。
 何しろ彼らだってそういうことに興味を持つお年ごろなのだ。

 市井の恋人同士をはしたないなどと言いながらも、本音を言えば興味があるし、何なら試してみたい。
 だが婚約者のいる身で恋人を作るわけにもいかない。だが「恋人ごっこ」ならば? 何よりそれをしているのは今学年の生徒で最も高貴な二人である。
 あの二人がしているのならばと、免罪符を手に入れた生徒たちの行動は早かった。
 おかげで現在の学園の雰囲気はかつてない程ふわふわしている。

「そういえば、入学式の日に高位貴族用の校舎付近で迷子になっている生徒がいたね」
「まぁ珍しいですわね」

 そんなふわふわした空気の中で、ロンが「そういえば」と話題を変えた。
 リーナは首を傾げつつも驚いた。この学園は様々な経験をもとに、現在は校舎が大きく五つに分けられている。
 卒業式や入学式を行う講堂を中心に、王族、高位貴族が学ぶ場所と、下位貴族、平民が学ぶ校舎に分かれ、さらには男女も校舎そのものが分かれている。
 男女が一緒に授業ももちろんあるが、多くが別々に分かれており、昼食も別々の場所に食堂がある。もちろん、中庭などで男女が一緒に取ることも可能だが、リーナもロンも友人達との社交に努めており、別々にとることが多かった。

「高位貴族なら一人で動かないだろうし、下位貴族や庶民なら高位貴族の校舎にそもそも用がないだろうしね」

 高位貴族が下位貴族や庶民と一緒に学ぶこともあるが、その場合は必ず高位貴族が下位貴族の校舎に出向くことになっているし、呼びつける場合は講堂までだ。
 庶民が立ち入り禁止と言うわけではなく、高位貴族と一緒ならば校内を歩くことや施設の利用は可能だ。ただし、行き帰りは必ず高位貴族が付き添うことが決められている。
 これは警備上の決まりであり、破れば高位貴族側が罰せられるのだ。
 そういうことになるまでに、最初に渡される手引書のページが倍になったらしいと聞けば、卒業生も在校生もそれ以上は何も言えなかった。
 ゆえに下位貴族や庶民が、ロンたちが学ぶ校舎に一人で来ることはほぼない。

「ロン様はどうしたんですの?」
「警備に言っておいた。それでその足でキミに会いに行ったよ」

 王子である彼が直接庶民や下位貴族に声をかけることはない。かけられた方も困るだろうということをしっかり理解している彼は、適切な対応を取るとリーナのもとへ駆けつけたのだという。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

500文字恋愛小説【SS集】

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
1ページ完結、掌編恋愛集。 1話の文量は500文字のみ。 (改行含まず) 1話は極短です。 1日1話更新、365話完結予定。 とはいえ、1話完結方式ですので、どこから読んでいただいてもOK。 好きなお話を見つけてください。 暇つぶしにどうぞ。 ※本作品は過去に書いた作品の転載+書き下ろしです。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

絵姿

金峯蓮華
恋愛
お飾りの妻になるなんて思わなかった。貴族の娘なのだから政略結婚は仕方ないと思っていた。でも、きっと、お互いに歩み寄り、母のように幸せになれると信じていた。 それなのに……。 独自の異世界の緩いお話です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

公爵令嬢は占いがお好き

四宮 あか
恋愛
0時投稿で更新されます。 辺境の爵位だけは立派な公爵令嬢ティアは条件の悪さと特殊な加護を持っているせいで全然婚約者が見つからなかった。 相手探しはとっくに諦めていたティアは王都で行われた仮面パーティーを抜け出し、異国の衣装を身にまとい街の一室で今日も趣味の占い師ごっこをしていた。 そんなティアの下に美しい容姿と物ごとを面白いか面白くないかで判断する性格から、社交界でゴシップネタが絶えない奇人 ノア・ヴィスコッティがやってきて占いを的中させてみせろといいだした。 加護を使って占いを的中させたところまではよかったのだけれど。 彼はティアに興味を持ってしまったから、さぁ大変。 占いの館をつぶしてトンズラしたのはいいものの、それで逃げ切れる相手ではなかった。 ※なろう、カクヨムにも上げてたのですが。 いろいろ書き足したいところ足してあげます。 表紙はイラストは。 フリー素材サイト『illust AC』さまより アイコさんの占い師①の作品を利用規約を確認してお借りしております。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】大事な弟を…嫁に行くっていう家に、騎士の姉が潜入しました。<ショート5話展開>

BBやっこ
恋愛
仲の良い姉と弟、弟の夢は…お嫁さん。 可愛い弟を応援する姉は、騎士になって養子を得る人生設計を順調に送っていた。 そんなある時実家にいる弟が手紙でお嫁さんになると知り? 相手方に乗り込む事に!5話になった。 BLか迷ったけど、女騎士視点が多いので家族愛で。

処理中です...