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バセット王子
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メディニ王国第一王子バセット。それが彼の名前であり、立場であった。国土はそれなりに広く、豊かであった。
周辺諸国とも友好関係を続けており、それぞれの王族の子弟がこの国へと遊学に来ることもしばしばだ。現在は国の東にある豊かな水源をもつ国、ソリジャの姫君がこの国の学園の魔術科に留学している。
唯一の懸念と言えば、西南に位置する辺境の地には魔物が発生すると言われるダンジョンがあり、数十年に一度スタンピードが起きるということだろうか。
もちろん、王国としてはそれに備えて、かの地には武勇で知られた一族に統治を任せ、また、騎士団を定期的に訓練として派遣するなどして魔物との戦いに慣れさせるなどして対策をしている。
そんな、どこにでもありそうな平和なメディニ王国。その第一王子がバセットだった。フルネームを、バセット・エディ・メディニ。セカンドネームのエディは初代国王のあだ名で、家族や親しいものはそちらの名前で呼ぶ。
バセット王子はダークブロンドの髪と翡翠色の瞳をした端正な顔立ちの青年だ。年は今年で十六歳。王国にある学園の貴族科に通う学生でもある。
学園とは、この国の貴族の子息女が最低一年以上通う必要がある学び舎だ。騎士科、魔術科、歴史科、そして貴族科の四つがあり、前三つが平民でも能力があれば――相当狭き門ではあるが――受け入れていることに対して、貴族科は貴族でなければ通うことはできない。
正確に言えば、相応の寄付金を弾まねば入学できない。と言った方がいいだろう。そのため、金のない地方貴族をはじめ、男爵家や、金があったとしても次男、三男などは貴族科ではなく別の科に通うことも多々あった。
逆に言えば、金のある商人などが貴族科に入学することも可能だ。貴族科はいってみれば若い貴族たちの社交場であり、実践訓練の場である、そこである程度のツテや縁を得ることも商人にとっては重要だろう。毎年、数人といったレベルではあるが、貴族以外の身分の者も入学している。
そんな貴族科の校舎の一角、その中でもまたさらに上位貴族たちだけが立ち入ることを許されている――正確に言えば、下位貴族がおいそれと立ち入ることを避けている――サロンで、バセット王子はため息をついた。
秀麗な顔立ちのバセット王子がため息をつくだけで、周囲には憂鬱の青紫の花が咲き誇る。そんな幻視すらしてしまいそうなほど、彼の憂い顔は様になっていた。
少し離れた場所でばっちり目撃してしまった令嬢が挙動不審な様子でカップを上げたり下げたりしている。同席している令嬢が一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに彼女の視線の先へと自身も視線を向け、さもあらん、という様に苦笑いを浮かべると、そっと友人の手首に手を添え、無意味な行動を抑えた。
そんな、やり取りなど一切視界に入った様子もなく、バセット王子は優雅な仕草でカップを持ち上げた。王族である彼のために提供された茶葉はもちろん最高級のもので、フルーツにも似たさわやかな香りが鼻孔をくすぐる。
「我らが主は憂い顔も麗しいが、さて、悩み事は何だろうか?」
「そうだね、サフウェン。私も気になるところだよ」
バセット王子の席に同席しているのは、二人の青年だ。年はバセットと同じぐらいだろう。一人は短く刈り込んだ赤毛に琥珀色の瞳の青年で、がっちりとした体格をしている。もう一人は黒髪に青い瞳の眼鏡をかけた青年で、肩の下あたりまで伸びる髪を首のあたりで一本に結んでいる。
赤毛の青年がサフウェン・ルシアン・フォッソ。黒髪の青年がジラリ・ジェラール・オークレア。どちらもバセット王子の側近候補で、赤毛のサフウェンは現第一騎士団長の息子、黒髪のジラリは宰相の息子だった。
現国王であるバセット王子の父と、彼らの父親である第一騎士団長、宰相も学園の同期であり、友人であるというので、彼らも同じことを期待されているのだろう。
別段、彼らもそのことに不満はなかった。こうして同じ貴族科で机を並べ、競い合いあう仲というのはなかなか他では得られないものだ。
だが二人は、ここのところ憂鬱さを増しているバセット王子にいったい何があったのかと心配を募らせていた。
周辺諸国とも友好関係を続けており、それぞれの王族の子弟がこの国へと遊学に来ることもしばしばだ。現在は国の東にある豊かな水源をもつ国、ソリジャの姫君がこの国の学園の魔術科に留学している。
唯一の懸念と言えば、西南に位置する辺境の地には魔物が発生すると言われるダンジョンがあり、数十年に一度スタンピードが起きるということだろうか。
もちろん、王国としてはそれに備えて、かの地には武勇で知られた一族に統治を任せ、また、騎士団を定期的に訓練として派遣するなどして魔物との戦いに慣れさせるなどして対策をしている。
そんな、どこにでもありそうな平和なメディニ王国。その第一王子がバセットだった。フルネームを、バセット・エディ・メディニ。セカンドネームのエディは初代国王のあだ名で、家族や親しいものはそちらの名前で呼ぶ。
バセット王子はダークブロンドの髪と翡翠色の瞳をした端正な顔立ちの青年だ。年は今年で十六歳。王国にある学園の貴族科に通う学生でもある。
学園とは、この国の貴族の子息女が最低一年以上通う必要がある学び舎だ。騎士科、魔術科、歴史科、そして貴族科の四つがあり、前三つが平民でも能力があれば――相当狭き門ではあるが――受け入れていることに対して、貴族科は貴族でなければ通うことはできない。
正確に言えば、相応の寄付金を弾まねば入学できない。と言った方がいいだろう。そのため、金のない地方貴族をはじめ、男爵家や、金があったとしても次男、三男などは貴族科ではなく別の科に通うことも多々あった。
逆に言えば、金のある商人などが貴族科に入学することも可能だ。貴族科はいってみれば若い貴族たちの社交場であり、実践訓練の場である、そこである程度のツテや縁を得ることも商人にとっては重要だろう。毎年、数人といったレベルではあるが、貴族以外の身分の者も入学している。
そんな貴族科の校舎の一角、その中でもまたさらに上位貴族たちだけが立ち入ることを許されている――正確に言えば、下位貴族がおいそれと立ち入ることを避けている――サロンで、バセット王子はため息をついた。
秀麗な顔立ちのバセット王子がため息をつくだけで、周囲には憂鬱の青紫の花が咲き誇る。そんな幻視すらしてしまいそうなほど、彼の憂い顔は様になっていた。
少し離れた場所でばっちり目撃してしまった令嬢が挙動不審な様子でカップを上げたり下げたりしている。同席している令嬢が一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに彼女の視線の先へと自身も視線を向け、さもあらん、という様に苦笑いを浮かべると、そっと友人の手首に手を添え、無意味な行動を抑えた。
そんな、やり取りなど一切視界に入った様子もなく、バセット王子は優雅な仕草でカップを持ち上げた。王族である彼のために提供された茶葉はもちろん最高級のもので、フルーツにも似たさわやかな香りが鼻孔をくすぐる。
「我らが主は憂い顔も麗しいが、さて、悩み事は何だろうか?」
「そうだね、サフウェン。私も気になるところだよ」
バセット王子の席に同席しているのは、二人の青年だ。年はバセットと同じぐらいだろう。一人は短く刈り込んだ赤毛に琥珀色の瞳の青年で、がっちりとした体格をしている。もう一人は黒髪に青い瞳の眼鏡をかけた青年で、肩の下あたりまで伸びる髪を首のあたりで一本に結んでいる。
赤毛の青年がサフウェン・ルシアン・フォッソ。黒髪の青年がジラリ・ジェラール・オークレア。どちらもバセット王子の側近候補で、赤毛のサフウェンは現第一騎士団長の息子、黒髪のジラリは宰相の息子だった。
現国王であるバセット王子の父と、彼らの父親である第一騎士団長、宰相も学園の同期であり、友人であるというので、彼らも同じことを期待されているのだろう。
別段、彼らもそのことに不満はなかった。こうして同じ貴族科で机を並べ、競い合いあう仲というのはなかなか他では得られないものだ。
だが二人は、ここのところ憂鬱さを増しているバセット王子にいったい何があったのかと心配を募らせていた。
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