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終章 ニートの逆襲

第22話 魔界の門

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「追い詰めたぞ悪魔軍大将ジャマル! 」

 谷を流れる川を渡ろうとする集団に対し、俺は聖剣を前に突き出し叫んだ。

 聖剣の先では僅かな数の親衛隊を引き連れたジャマルが、心底悔しそうな顔で俺を睨んでいる。

 それはそうだろう。すぐ目の前にそびえ立つ山の中腹には魔界へと繋がっている門があり、あと少しでその門を潜り魔界へと逃げることができたのだから。

 だがそんなことはさせない! 悪はここで滅ぶのだ!

「ニート連隊突撃! 世界を救え! 」

『『『『『了解! 』』』』』

 三田と田辺を先頭に、ニート連隊の隊員たちが一斉に剣を抜きジャマルらへと襲い掛かる。後方では鈴木率いるスキル中隊が、炎系のスキルで三田たちを援護している。

 ジャマル率いるアバドン族の戦士たちの動きは鈍い。そんなジャマルたちへニート連隊の精鋭たちは容赦なく襲い掛かり、そしてついにジャマルへとその剣を突き立てた。

『グアァッ! 』

「「総司令! 」」

「ああ……ジャマル! この俺がいる地球に侵攻したことを後悔するがいい! 」

 左右の両脇へ三田と田辺により剣を突き刺され、身動きができなくなったジャマルへ俺はその胸めがけて聖剣を大きく振り上げた。

『グフッ……キサマ……舐めたマネを……これで勝ったと思うな……よ……俺は四魔将で最……ほかの四魔将が必ずこの地を……キサマを滅ぼしに……必ず』

「そうか、それは楽しみだな。もういい、魔界に還れ』

 憎悪の目を向け捨て台詞を吐くジャマルへ、俺は薄っすらと笑みを浮かべそう答えた。そして振り上げた剣を勢いよく突き下ろした。

『ギャアァァァ……』

 ジャマルは断末魔の声を上げ、やがてその目から光は失われていった。

 俺はジャマルに突き刺した剣を抜き、後方に控える兵と上空で滞空している飛空艦隊へと振り向き聖剣を天高く掲げた。

「魔界より侵攻しダンジョンの魔物を解き放った悪の元凶は、たったいま阿久津公爵と皇帝が率いる連合軍によって滅んだ! 俺たちの勝ちだ! 勝鬨をあげろ! 」

《《《 》》》

《悪魔を滅ぼし我らが王! 》

《我らが魔王! 阿久津公爵! 》

《《《  》》》

 地上にいる数百の兵と飛空艦の甲板で観戦していた数万の兵が、剣と魔銃を掲げアルプス中に響き渡るかの声で俺を称えた。

「はいカットォォォ!! 」

 そこに静音のひと際大きな声と、映画撮影の道具であるカチンコの音が響き渡った。

 静音の背後には、進軍途中で手に入れた複数のカメラや収音マイクを手に持つ腐ノ一たちの姿が見える。

「アクツさんお疲れさまです! 」

「ああ……撮り直しはもう無しでいいんだよな? 」

 満面の笑みを浮かべ駆け寄ってきた静音からタオルを受け取り、俺は汗を拭いながら確認した。

「はい。ジャマルが一部セリフを間違えましたが、まあそこは編集でなんとかします」

「そうか。おーい三田! もう休憩していいぞ! 」

「はい! 連隊は後方の待機所に移動せよ! 」

 俺の指示に三田は連隊を後方に用意した待機所に移動させた。飛空艦の甲板にいた兵たちも続々と艦内に戻っていく姿が見える。

 俺も三田たちに続き、後方のティナたちのいるテーブル席へと移動し腰掛けた。

「お疲れ様コウ。思ったより時間がかかったわね」

 ティナが熱いコーヒーを手渡しながら俺を労ってくれた。

「結局2時間近く掛かっちゃったな。静音のこだわりには参ったよ」

 ジャマルを殺すだけなのに、途中何度もカットが入りやり直しをさせられたからな。その度にジャマルから憎悪の目を向けられて空気が悪かったのなんの。抵抗することを制限され、殺されるのが確定している戦いで映画撮影ごっこを目の前でされりゃな。そりゃ悔しいよな。

 本当は蘇生させたあと、ニート連隊にさっさと殺させてそれを動画で撮って終わりにする予定だったんだけどな。静音に撮影させたのは失敗だった。

 俺はやっと終わった撮影に、ため息を吐きつつ熱いコーヒーを口に含んだ。


 今から三時間ほど前。森でナンシーとダロスを協力者にした俺は、軍に魔界の門がある山の手前の谷に来るように指示をした。そして軍と合流して皆にナンシーたちを紹介した後、ジャマルを蘇生させ親衛隊を十人ほどゾンビとして蘇らせた。

 ナンシーとダロスはジャマルを生き返らせたことにショックを受けていたけど、ちゃんと殺すからおとなしく見ているようにと言って落ち着かせた。

 この戦争が終わったことの証明や領民を安心させるために、ジャマルの最期の映像がどうしても欲しかったんだ。ナンシーがトドメを差した時にスマホで撮った映像はあるけど、あれはあまりにも悲しい展開だったからやり直すことにしたんだ。

 地球に侵攻しさんざん虐殺してくれたんだ。ジャマルには二度くらい死んでもらってもいいだろうと思ってさ。ああ、もちろんジャマルは魂縛で縛った。それで俺の命令に逆らえず、ただ殺されるだけだからあれだけ憎悪を向けてたんだけどな。

「でもなんかよお? 締まらねえラスボス戦になっちまったな」

 テーブルの向かいに座っているリズが、両手を頭の後ろに組んでつまらなそうに言う。

「仕方ないですぅ。すでに恋人だと思っていた人に殺されてたんですから」

「ケケケ、それはそれでお似合いの最期っちゃあ最期だけどな。でもいくら広報用の映像が欲しいからって芝居での事故死みてえなのはなぁ」

「あはは、言い得て妙だね。故意の事故死だけどね。まああれを見た領民が安心してくれればいいさ」

 戦闘の芝居中に本当に死んだらたしかに事故死だよな。最初から殺すつもりの芝居だけど。

「それもそっか! あ~あ。戦争ももう終わりかぁ」

 リズはもう竜に乗って思いっきり戦えないことに不満そうだ。まあ竜に乗って広い大地で何万もの魔物と戦うことなんてそうそう無いからな。

「フフフ、ジャマルが死ぬ所をもう一度見れるとは思わなかったわ」

「俺たちが椅子に座り、観戦している姿を見たジャマルのあの時の顔は忘れられないな」

 俺たちの左隣のテーブルに座っていたナンシーとダロスが、暗い笑みを浮かべ倒れているジャマルを見つめながらそう口にした。

 二人からしてみれば何度殺しても殺し足りない相手なんだろうな。

「さて、撮影は終わったし魔界の門があるところに行くとするか」

 俺は軍にここに来るまでに倒した悪魔や魔物の回収を命じたあと、飛空要塞で観戦していた魔帝を呼んだ。

 そしてヴリトラにまたがり、恋人たちを連れて山の中腹にある魔界の門へと向かった。


 ☆☆☆☆☆☆☆


「これが魔界の門か……」

「でけえ……」

「なんだか恐ろしいですぅ」

 雪に覆われた山の中腹にたどり着くと、そこにはまさに地獄の門と呼べるおどろおどろしい雰囲気をまとった巨大な門が扉を閉めた状態で鎮座していた。

 この門の先に魔界があるのか。

「魔王」

 俺と恋人たちが魔界の門を見上げていると、火竜のアグノールに乗った魔帝とアルディスさんが追いついてきた。どうやらベルンハルトも一緒のようだ。

「フンッ! アバドン族か」

 魔帝はアグノールからから降りるなり、ナンシーたちを睨みつけた。先祖を魔界から追い出したアバドン族が生きているのが気に入らないようだ。

「協力者として生かしておいた。今後のためにな」

「今後のためじゃと? これほど巨大な魔界の門じゃ。魔神とてかなりの力を使ったはず。破壊すれば最低でも百年は再び侵攻してくることはないじゃろ。それなのに何を協力させるというのじゃ」

「門を壊すつもりがないからな」

「なんじゃと!? なぜ壊さぬのじゃ! 」

 俺が門を壊す気がないと答えると、魔帝だけではなくこの場にいた全員が驚きの声を上げた。

 その中でベルンハルトがなにかに気付いたかのように口を開いた。

「まさかアクツ……貴様逆侵攻をするつもりか? 」

「ああ、魔界に乗り込んでサタンとかいう魔王を倒すつもりだ」

 ベルンハルトに俺は口角を上げそう答えた。

「やはりか……」

「ま、魔王! 本気か!? 」

「本気だ。魔帝、ダンジョンから魔物を解き放ったこのシヴァの角笛はもう一つあるんだよ。それが存在する以上、次に魔界の門が現れるのを待っているわけにはいかない。そもそもこの地球をこんだけめちゃくちゃにしてくれたんだ。ジャマルに命令したサタンて野郎にその代償を払ってもらう」

 ジャマルの遺体からシヴァの角笛を回収した際に、その形状からナンシーにもう一つあるかと聞いたらあると答えが返ってきた。やはり魔神シヴァには二本の角が生えていたようだ。

 この角笛は吹いた者と同種族の魔物をダンジョンから開放する効果がある。吹いた者の魔力が高ければ高いほど、高ランクの魔物が開放される。つまりこの角笛がある以上、また世界中のダンジョンから魔物が出てくるということだ。それも悪魔の都合のいいタイミングで。

 それに魔帝はこの巨大な門を破壊したら百年は安心だというが、果たしてそうだろうか? 小さな門ならもっと早く魔界と地球を繋げることができるんじゃないか? その時に角笛を持たせたサイクロプスだけ地球に寄越し、そこで角笛を吹かれたらまた同じことが起こる。

 今度は俺に見つかる前に逃げるかもしれない。そんなことを嫌がらせのように延々と繰り返されたらたまったもんじゃない。

 ナンシーがジャマル率いるアバドン族が侵攻に失敗したら、次は吸血鬼族がやってくる予定だと言っていた。その吸血鬼は権謀術数に長けていて、正攻法では侵攻してこないだろうとも。ならダンジョンの魔物を使ったゲリラ戦法をやってくる可能性がある。そんな奴らに角笛を持たせるわけにはいかない。

 以上のことから角笛をまた吹かれる前に探して破壊するべきだと考えた。まあもともと逆侵攻はするつもりだったが、ナンシーからの情報でなおさら魔界に攻め込まないといけなくなったというわけだ。

 そういったことを俺は魔帝や、その場にいた恋人たちへと説明した。

 ティナやオリビアやメレスたちは納得し、リズとアルディスさんは魔界に行けることを飛び跳ねて喜んでいた。どんだけ戦いたいんだよこの二人は……

「なるほどの……確かにそれは放ってはおけんのう。ククク、そうか。魔界へ侵攻し魔王サタンを倒すか」

「なに嬉しそうな顔してんだよ気持ち悪いな」

 どうせ先祖が失った領地を取り戻せると思ってるんだろう。

 チッ、結局魔帝の思惑通りになっちまった。まあいい、そんなに先祖の土地がいいなら魔帝を魔界に残して門を破壊してやる。そうすれば俺とメレスの仲を邪魔する奴はいなくなるしな。

「気持ち悪いとはなんじゃ! 貴様だけには言われとうないわ! 」

「まあ待てゼオルムよ。それでアクツ、すぐに攻め込むのか? いくら貴様がいるとはいえ、この戦力ではさすがに厳しいのではないか? 」

 本当のことを言われ怒りだした魔帝をベルンハルトが制し、俺へと懸念を伝えてきた。

「今は無理だ。まだ地球の混乱が治まってないしな」

 日本のダンジョンから流出した魔物はほぼ殲滅できた。しかしほかの領地はまだまだだ。大陸ではかなりの数の魔物が四方に散っている。それらを殲滅するには相当な時間がかかるだろう。特に数が多く繁殖力の高いゴブリンは、今後何十年とこの地球に残るだろう。

 ならせめてオークやオーガ。そしてトロールなどの大型の魔物だけでもなんとかして、そのあとテルミナ帝国軍をできるだけ引き連れて魔界に行きたい。ゴブリンは民間人でもなんとかなるしな。

「ふむ、チキュウに散らばった魔物を片付けてからというわけか。しかし相当時間が掛かるぞ? その間この門はどうするのじゃ? 」

「初代様の言う通りじゃ。門をこのままにしておけばまた大軍が攻め寄せてくるぞ? 」

「ジャマルをゾンビ化して傀儡にし、アバドン軍は侵攻中ってことにするさ」

 ナンシーから聞いた話によると、ジャマルたちは地球の侵攻に1年という期間を与えられたらしい。ということはその1年の間は魔界から新たな軍がやって来ることはないということだ。

 魔界に繋がる門はここだけらしいので、この門の前に大将であるジャマルと配下のゾンビたちを大量に配置してナンシーとダロスに監視させればいい。数ヶ月に一度魔界に定時報告に行く必要もあるらしいから、魂を縛ってあるダロスに侵攻は順調とか報告させに行かせればいいだろう。なんなら報告要員にあと数人ほどアバドンの兵を蘇生させてもいい。

「なるほどの。アクツにしては頭が回るの」

「うむ。魔王にしては無い頭を振り絞って考えたの」

「この野郎……」

 なんなんだコイツら……先祖と子孫揃って馬鹿にしやがって。子孫の前でベルンハルトに裸踊りでもやらせるか。

「ア、アクーツさん……本気ですか? 確かにあの即死のスキルがあれば他の四魔将を打ち倒すことが可能かもしれませんが……」

「魔界には数百万の軍勢がいる。ドラゴンや強力な魔獣もだ。いくらアクーツ殿でもさすがに厳しいのではないか? 」

「魔界はかなり広いんだろ? だったら大丈夫だ。今度はこっちのタイミングで侵攻できるからな」

 逆侵攻されるなんて夢にも思っていないはずだ。そこをゾンビを含めた大軍で電撃的に侵攻すれば悪魔たちは大混乱に陥るはず。その間に各地を制圧しゾンビを増産していけば、サタンのもとまでたどり着くことができるだろう。

「そうじゃ! 魔王と余の軍勢がおればなんとかなろう! すぐにでも各領で暴れとる魔物を片付けて侵攻の準備をせねばな! そして先祖の土地を取り戻すのじゃ! 」

「そうだな」

 お前と従軍した帝国軍で統治すればいいさ。俺はメレスとアルディスさんを連れてさっさと地球に戻り門を破壊する。

 ククク、夢が叶って良かったな魔帝。念願の魔界で余生を過ごすがいい。

 なにはともあれこれでいったん終戦だ。

 ナンシーとダロスに通信機とマジックテントを渡して、軍が集めている魔物をゾンビ化して帰るか。ナンシーたちへは近くの帝国軍から定期的に食料を持ってこさせればいいだろう。

 あ~大量の竜はどうすっかなぁ。食費がやばいよな。早いとこなんか解決策を考えないとな。でないとティナがどんどん不機嫌になりそうだ。

 それと魔界に行くならもう少し力を付けておく必要があるな。サタンはジャマルより遥かには強いって言ってたしな。ジャマルはSSランクだったからSSSとかか? 滅魔が通用するなら敵じゃないが、万が一があるかもしれないな。

 【時】の古代ダンジョンの攻略をしておくかな。『時』というくらいだから、もしかしたら時間を止めるスキルとかあるかもしれない。そんなスキルがあったら無敵もいいとこ……いや待てよ? 時間を止めれるってことは街であんな事やこんなことを……これは攻略するしかないな。そんなスキルを誰かが手に入れたら大変だ。俺が責任を持って保管しておかないと!

 俺はベルンハルトと喜び合う魔帝の姿を眺めながら、時の古代ダンジョンを攻略することを決意するのだった。
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