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第3章 ニートと帝国動乱

第37話 氷解

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 ーー テルミナ帝国 南部 旧コビール侯爵領北部 山岳地帯 反乱軍司令官 グリード ーー




「リーダー。北部反乱軍の車輌部隊がまもなくこちらに着きます」

「そうか。受け入れ準備はできているな? 10時間以上走り続けてたはずだ。まずはゆっくり休ませてやれ」

「へいっ! 」

「これで2万てとこか……帝都を攻めるわけではないからなんとかなるとは思うが……」

 俺は仮設テントを出て行く部下を見送りながら、集まった兵力の計算をしていた。

 まさか帝都と両公爵領がこれほど呆気なく陥落し、皇帝まで討たれるとはな。誤算も誤算、大誤算もいいところだ。

 深夜に帝都とマルスとハマール公爵領。そして俺たちが潜んでいた帝国直轄領であるここ、元コビール侯爵領の軍基地が奇襲を受けたと聞き、俺たちは急いで領都から脱出した。そして各地の仲間からの情報を集め、これらがロンドメル公爵の仕業であることがわかった。

 そして帝都が今朝になり占拠されたとの報告を受け、俺はそのあまりの呆気なさに呆然とするほかなかった。

 予定では内戦は長引くと思っていた。その混乱に乗じ防衛が手薄になった帝都に攻め込むつもりだったが、その帝都がたった一夜で陥落してしまった。いったいどうやってこれほど大規模な奇襲を成功させたのかはわからない。しかし現に帝都が陥落したのは間違いない。

 当初は俺たちが皇帝を殺すか捕らえることで、独立を果たすつもりだった。しかしロンドメルに先を越されてしまい俺たちは目標を失った。しかし帝国が混乱をしているのは確かだ。そこで俺たちは、急遽目標を変更し各地の車輌部隊に乗せれるだけ人を乗せここに集まるように指示をした。ロンドメル公爵領都を襲撃するためだ。

 マルス公爵が捕らえられていることから、恐らく次の皇帝はロンドメルになるだろう。それならばロンドメルが加護を得て次の皇帝に決まるまでの間に、ロンドメルの領都を制圧し結界の塔を手中に収める。これはチキュウ各地にいる皇帝派の貴族が降伏する前に行わなければならない。

 結界の塔は古代の遺物であり、帝国本土を守るのに重要な物だ。現地の仲間によれば、ロンドメルがハマール公爵とマルス公爵領を攻める時に真っ先に確保したそうだ。これはロンドメルがそれだけこの塔が重要だと認識しているという証拠に他ならない。

 俺たちがこれを制圧しロンドメルの一族を捕らえることに成功すれば、ロンドメルが皇帝になった時に取引ができるはず。皇帝を殺すことが不可能になった以上、獣人の国の建国を認めさせられないまでも最低でも自治を認めさせたい。そのためには帝国南東部のロンドメル公爵領都に攻め込み、結界の塔を制圧する必要がある。

 結界の塔の周囲の警備は厳重だ。通常は飛空艦隊と精鋭からなる2個師団の陸上部隊が配備されている。しかし今は各地の制圧のため手薄なはずだ。恐らく飛空艦隊は戦艦クラスは無く、陸上部隊も1個師団しかいないだろう。そこを2万の獣人部隊で攻め込む。飛空艦隊や戦闘機からの攻撃と、地上防衛施設や陸上部隊からの攻撃により多くの犠牲を払うことになるが、領都と塔の制圧さえできればその頃には各地から徒歩で向かってきている仲間も合流する。たとえ俺が死んでも引き継ぐ者はいる。その者がロンドメルと交渉をしてくれるはずだ。

 できれば今夜か明日中にロンドメル領都と結界の塔を制圧したい。ロンドメルがチキュウ各地の皇帝派の貴族を討伐する前に。ロンドメルが加護を得て皇帝となり、帝国をまとめる前に。

 あまりに突然のことで準備不足は否めないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。獣人の未来のために、いつか帝国を滅ぼし理不尽に殺された同胞の仇をとるために。そしてゼナのために……






 ーー沖縄沖 飛空戦艦フェアロス 艦橋 メレスロス・テルミナ ーー



 憎い憎い憎い……

 お父様を殺したロンドメルが憎い。

 殺してやる殺してやる殺してやる……

 私からお父様を奪ったロンドメルを、その一族全てを凍らせて砕いてやる。

 あの放送を目にしてから、私の心は冷たい殺意に蝕まれていた。

 ロンドメルがお父様がいるべき玉座に座っている姿を目にしたあの瞬間。私にはロンドメルを殺すことしか考えられなかった。

 私のお父様をよくも……私の家族をよくも……

 寒い……心も身体もとても寒い……

「メ、メレス様……本当に全ての通信を切断して出て行ってよかったのでしょうか? せめて光殿が戻られるのを待つべきではないでしょうか……」

「光は帝国の内戦に光は関与しないから戻らないわ。それにお父様とは仲が悪いわ。光に言っても困らせるだけよ」

「それは……」

 光ならロンドメルを倒せる。けど、悲しいことに光はお父様と仲がとても悪い。お父様が亡くなっても、仇を取ろうなんてきっと思わないわ。なによりロンドメルは帝都だけではなく、マルス公爵やハマール公爵まで一晩で占拠するほどの大兵力を持っているのは間違いない。光が領地から離れたらみんなが危ない。私は、私を受け入れてくれたあの島の人たちを危険に晒したくはない。

 これは私のわがまま。無理なのはわかっている。たった一隻でロンドメルのところまで辿り着けるはずがないことも。

 でもこの憎しみを抑え切れないの。フラウはわかってくれている。私と一緒に死んでくれるって言ってくれている。なら一人でも多くロンドメルの兵を道連れにしてやるわ。この憎しみと私の命が消えるまで、全てを凍らせて一人でも多く……

「ごめんなさいリリアにみんな……私の復讐に巻き込んでしまって」

「いえ、メレス様をお守りするのが私の使命ですから。それに私も優しかった高祖父の仇を討ちたい気持ちがあります、最後までお付き合い致します」

「我々もリリアと同じ気持ちです。最後までメレス様と共に」

「みんな……ごめんなさい」

 私はリリアとオルマ。そして艦橋にいる雪華騎士たちにそう謝った。

 ごめんなさいみんな。みんなを巻き込みたくはなかった。けれどどうしようもないの。

 悲しいの……悔しいの……そして憎いの……優しかったお父様を、私のかけがえのない家族を奪ったロンドメルが憎くて仕方がないの。

 寒い……コウ……

 光は私が死んだら悲しんでくれるかしら? 怒るかしら? 優しい光。私に自由を与えてくれた光。私に温もりを思い出させてくれた光……そんな光にはもう二度と会えない。

 こんなことになるなら光がダンジョンの攻略を再開する前日の夜に、バニーガールの衣装を着てあげればよかった。あの時はリリアがサイズが小さすぎると言って恥ずかしがって流れてしまった。光はとても残念がってたわ。お尻が丸見えになるのがそんなに恥ずかしいのかしら? 光にしか見せないのだから、別に私は気にしないのに。

 光……この間のデートの時、勇気を出して私の気持ちを伝えればよかった。リリアがあんなに早く想いを伝えるように背中を押してくれていたのに……でも自信がないの。光の前では強がってばかりいて素直じゃない私が、エスティナたちのように光に愛してもらえるわけがないもの。

 でも最後に会いたかった……光……

『なっ!? こ、後方から膨大な魔力を確認! 戦艦級……いえ、飛空要塞級の魔力です! それが戦闘機に匹敵するほどの速さで接近してきます! 』

「馬鹿な! 飛空要塞級以上だと! 全方位魔力障壁展開! 反転して迎撃態勢を取れ! 」

「飛空要塞級以上の魔力? それも戦闘機なみの速度で近づいている? 」

 私はレーダー観測班と艦長との会話に耳を疑った。飛空要塞はS+ランクの魔石と、S-ランクの魔石を複数使用している。そんな飛空要塞が戦闘機なみの速度で迫っている? そんなことあり得ない。

『魔力障壁展開! 反転して迎……ま、待ってください! 飛行物体は人です! 黒い革鎧を着た……あ、あれは! アクツ男爵です! 』

「アクツ男爵が!? ま、魔力障壁展開中止! 射手に攻撃をするなと伝えよ! 」

「光!? 」

「光殿!? 」

 光がなぜここに? ダンジョンは? フォースターから連絡が行った? でもなぜ?

 私はそう戸惑いつつも心が温かくなっていくのを感じていた。

『アクツ男爵が上部ハッチに着艦します! 』

「ハッチを開放せよ! いいですねメレス様? 」

「え、ええ……」

 光が私を追いかけてきてくれた。光が……

 それから少しして艦橋のドアが開き、黒革の鎧姿の光が現れた。

「光! 」

「光殿! 」

「コラ! メレス! 黙って出ていったら駄目だろ! 心配したぞ! 」

「あ……ご、ごめんなさい……でもお父様が……」

 光は艦橋に入るなり一瞬で私の前に立ち、両手で私の両頬を挟みながら怒っていた。

 私は光が本気で怒っているのを感じて、いつものように強がりを言えず素直に謝った。

「あの殺しても死なない魔帝のことだ。今頃城の抜け道から外に出て、味方の貴族を集めて反撃の準備をしてるさ。反逆者のロンドメルの言葉を真に受けすぎだ。反抗する皇帝派の貴族の戦意を喪失させたいから、死んだことにしてるかもしれないだろ? だいたい単艦で帝都に行くなんて自殺行為だ。リリアや雪華騎士たちを死なせたいのか? 」

「そ、それは……でもお父様から何も連絡が……帝都もその周辺も占拠されていて……」

 あのお父様が逃げることが想像できなくて……

「万が一そうだったとして、ならなぜ俺に連絡しなかった? 俺に一緒に仇を取りに行って欲しいと言わなかった? 」

「ロンドメルは相当な兵力で侵攻してきたはず。光がいないとみんなが危ないと思ったから……それにお父様と光は仲が……」

「はぁ~……確かにレーダーに映らない艦隊は厄介だ。でもメレスは島の皆をみくびり過ぎだ。俺がいないからってそんな簡単にやられる奴らじゃない。エルフが何千人いると思ってるんだ? 現に俺がいない間に完璧な警戒態勢を敷いていた。それに魔帝のことはそこまで嫌ってないよ。確かに毎日ウザいほど電話やメールをしてくるし、すぐマウント取ろうとして挑発してくるし親馬鹿だし、メレスに近づくなとか言うし正直殺したいと思うことも多々あるけど」

「え、ええ……」

 ものすごく嫌っているようにしか聞こえないのだけど……

「でもあんな奴でもメレスのたった一人の父親だ。あんなのでもメレスが悲しむなら助けるし、生きてるとは思うけど万が一魔帝が殺されていたなら俺が代わりに復讐してやる。それでメレスの心が晴れるなら、メレスの心を救えるならなんだってする」

「光……わたし……私は……ううっ……お父様が……おとうさまを……」

 ああ……光……光は私のために……私を救うためにここに……

 私は光の温かい両手に包まれながら、頬を涙がつたっていくのを感じていた。

「女の子が気を張って一人で頑張るんじゃない。辛い時、困った時は頼っていいんだ。男ってのはそのためにいるんだから」

 光は私の頬をつたう涙をそっと拭い、ギュッと抱きしめて耳元でそう言ってくれた。

「……はい」

 私は光の背に手を回して抱きしめ返しそう答えた。

 ああ……温かい……凍りついた私の心が溶けていく……

 私には頼っていい人がいる。大好きな人が私を守ってくれる。

「光殿……」

「リリアも宰相の爺さんが心配だろ? 雪華騎士の皆も帝都や領地にいる家族が心配だと思う。なら今からロンドメルをぶっ潰してみんなを救いに行こうか」

「は、はい! 」

「光……」

「いいんだ。メレスが心配なんだ。もちろんリリアや雪華騎士の皆もだ。俺たちはもう仲間なんだから」

「光……ありがとう……私……私……」

「ははは、お礼ならキスがいいかな。そしたらずっと外でみんなの盾になって戦い続けられるよ」

「そ、それでしたら私がメレス様の代わりに! 」

「え? おぷっ! 」

「リ、リリア!? 」

 光が冗談ぽく言った言葉にリリアが反応して、抱きしめ合う私と光を引き剥がして光にキスをした。それはとても勢いがあって、歯と歯があたる音が聞こえてくるほどのキスだった。

 リリアはいつも光が私に触れると身代わりになろうとする。そんなこと頼んでないのに仕方なさそうに、でも頬を緩んでるの。ズルイわ……私だって光に触れて欲しいのに……キスだって……

「メレス? んっ……」

「メ、メレス様!? 」

 私は凍っていた心が一転して燃えるように熱くなり、目の前で痛みを堪えながらもキスをする二人を引き剥がし、光の首に腕を回して唇を重ねた。

 周りからはリリアを始めみんなの驚く声が聞こえてくる。

 でもそんなの関係ないわ。私は光が好き。優しくて温かい光が好きなのだから。



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