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第3章 ニートと帝国動乱
第30話 『神の鉄槌』作戦
しおりを挟むーー テルミナ帝国 帝城 執務室 皇帝 ゼオルム・テルミナ ーー
《はい。毎日楽しく過ごしています。お祖父様も頻繁に来ていただいてますし、最近は一緒にボーリングを練習しています。フフフ、お祖父様はズルいんですよ? ガーターになりそうになるとウンディーネでレールを塞ぐんです》
「グッ……そ、そうか。それは楽しそうじゃのう。しかしズルはいかんのぅズルは。アムラスは大人げないのぅ」
おのれアムラスめ! 余はメレスに会えぬというのに何がボーリングじゃ! ボールと一緒に転がりそうなほどヨボヨボのくせに無理しよって! そこまでしてメレスの気を引きたいのか! しかもゲームに精霊を使うなど、なんと卑怯な奴じゃ!
《フフフ、ですが私も最初はフラウで同じことをやってしまい、リズに怒られてしまったのです。ですからお祖父様を責められませんでした。でもお祖父様が私と同じことをしたことで、同じ血が流れてるのを実感できて嬉しかったです》
「ま、負けず嫌いなところはアムラスではなく、父とアルディスの血じゃろう。父もそうじゃが、メレスの母はそれはもう負けず嫌いでのぅ。父はいつも負けてやったもんじゃ。うむ、やはりアムラスの血ではなく余とアルディスの血じゃな」
アルディスはチェスにしても魔物の討伐数競走にしても、勝負事となると負けるのを嫌がった。毎回負けそうになると、躊躇うことなくウンディーネで邪魔してくるのじゃ。地竜と戦っておる余にハンマー型にした水弾を落としてきたりの。アレはめちゃくちゃ痛かったのぅ。しかもそのせいで地竜に足をかじられたしのぅ。ほんとになんなのじゃあの脳筋女は……本当にエルフじゃったんじゃろうか?
《お母様も……エルフの里の皆はお母様をとても明るくて面倒見が良くて、大雑把な性格とは言っていましたが負けず嫌いだったのですね。だからウンディーネを上位精霊まで成長させることができたのかもしれませんね》
「そうじゃ。魔力値だけじゃが、エルフで唯一 SS-ランクになったのがメレスの母じゃ。その時に精霊も成長したんじゃ。上位精霊の放つ精霊魔法はかなり強力じゃった。おかげで古代ダンジョンでアルディスに助けられたことが幾度もあったのぅ」
精霊は上位精霊になると、中位になった時の比ではないほどにパワーアップする。水龍の頭に乗りダンジョンを縦横無尽に駆け巡るアルディスを、止めることができる者は余を含めて誰もおらなんだ。近づくと巻き込まれるからのぅ。
あの日。その力があれば先帝から逃げる事ができたはずなのに戦ったのは、リヒテンに預けたメレスを守るためだったのかもしれぬ。そのおかげでメレスを預かったリヒテンが、万が一の時に用意しておいた隠れ家に逃げることができた。そしてアルディスにより先帝の十二神将も半分になり、余が先帝を討つことができた。ほんとに最後まで強くいい女じゃった。
《フフフ、お父様。優しいお顔をされています。お母様を本当に愛していらしたのですね。お母様が亡くなってからも正妻を持たれないのは、やはりお母様を忘れられないからですか? 》
「う、うむ……まあそうじゃ。プロポーズもしておらんし籍も入れておらなんだが、余の正妻はアルディスじゃからの」
余は皇帝になるとも思っていなかったから、アルディスと出会う400年前までは妻を持っていなかった。恋人は10人ほどいたがのぅ。しかしアルディスを失ったあと、何の因果か皇帝になってしもうた。そうなればデルミナ様のご加護を引き継がせるために、余の優秀な血を残さねばならん。じゃから余は側室を多く娶った。正妻にというおなごも多くいたが、その座に据える気にはならなかった。その後は5人の男の子を産ませた時に子を作るのをやめた。多過ぎても兄弟のうち誰かが加護を得た時に、争うのが目に見えているからのぅ。
しかし5人の息子は余のほどの武力を得ることは叶わなかった。余は息子が加護を得るのは無理じゃろうと思い、孫に期待した。しかし今の時点でS+ランクからSS-ランクの壁を超える者はまだおらぬ。やはり少数で上級ダンジョンを攻略できるようにならねば、なかなか難しいようじゃ。余とアルディスもそうやってなったからのぅ。
ひ孫に余の血を濃く受け継いだ有望な者がおるが、アレはまだSランクになったばかりじゃし何よりも唯一余の頭脳を受け継がなかった馬鹿じゃ。魔王に突っかかりそうじゃから、ニホンから遠い土地を管理させダンジョンにひたすら挑ませておる。なんで余の血からあんな脳筋馬鹿が生まれたのか謎じゃ。孫の嫁はまともだったんじゃがな……
「お父様? 何か悩み事ですか? 顔色が優れないようですが……」
「む? い、いやなんでもない。それよりこんなテレビ電話ではなくそろそろ会いたいのぅ。メレスも父と旅行に行きたいじゃろ。そろそろ父がそっちに行っても良いのではないか? 魔王にもう一つ幻身の指輪とかいうのを出させれば父娘で旅行も可能じゃろうて」
数週間前に珍しく魔王からテレビ電話があって出てみれば、突然アルディスが現れて心臓が止まるかと思ったのじゃ。そしてそのあとすぐにメレスの姿になり、尚更わけがわからなかった。
そんな混乱する余にメレスが幻身の指輪というマジックアクセサリーの効果だと教えてくれた。余はそんなアイテムがあるのかと驚いたものじゃ。しかし同時にこれがあれば余は帝城から抜け出せるし、メレスとデートもできると歓喜したものじゃ。
そう思ったのじゃが、この幻身の指輪には欠点があり鑑定をすれば見破られるらしい。隠蔽のスキルで鑑定のスキルは防げるが、魔道具の鑑定の銀盤は防げないからのぅ。これではもしも指輪を手に入れても、王城の出入口で必ず行う銀盤によるセキュリティチェックに引っ掛かってしまう。
じゃがそれならば帝城さえ出れば余であることがバレることはないのじゃ。城を出たら400年前のモテモテじゃった時の姿になり、メレスとデートをするのじゃ。きっと恋人と間違われるじゃろうな。メレスも余のようなイケメンの父を持って鼻が高かろう。
欲しいのぅ。なんとしてもあの幻身の指輪が欲しいのじゃ。
「私もお父様とお会いしたいですが、今帝国は大変な時だと周囲の者たちが口を揃えて言っているのを耳にしています。なんでもロンドメル公爵に反乱の兆しがあるとか。しかしお父様が帝城にいるうちは公爵は動けないようで、臣下の者たちも安心して職務に励めていると聞いております。ですから私も我慢をしなければと……そこに存在するだけで、臣下や民を守られているお父様を私は尊敬しております」
「そ、そうなのじゃ。父ほどの強力な力を持つ男は、存在するだけで国を統治できるのじゃ。配下の者たちが頼りなくてのぅ。困ったものじゃ」
ぐぬぬ……誰じゃメレスにそんなことを言ったのは! 帝城から出るなどとこれ以上言えなくなったではないか!
「ですが本当に帝城は安全なのでしょうか? なんでも側室や妾の方を里帰りさせたと聞いております。これは帝城まで危険が及ぶことがあるということなのでしょうか? 私はとても心配で……」
「あ、いや。それは大丈夫じゃ。その……念のためじゃからの」
クッ……余とエルフとの子がいると知り、ドン引きしていた女たちにキレて全員を追い出したとか言えぬ! 仕方ないじゃろ! あんな目で見られたらもう抱けぬ! まさか100人の側室と妾による余のハーレムが、これほどあっさり崩壊するとは思わなんだ。
この歳で独り身になるとはのぅ。平民ならあそこまで引かなかったはずじゃが、貴族の女ばかり集めたのが仇になったのぅ。これがチキュウで流行っているという熟年離婚というやつか。キツイのぅ……
「そうでしたか。安心しました。お父様は本当にお優しいのですね。フフフ、やはり私はお母様の血を濃く受け継いでいるようです。お父様に似た強くて優しい男性がこんなにも好きなのですから」
「そ、そうじゃろうそうじゃろう! 父は強くて優しくてイケメンじゃからのぅ。ん? 今なんと言ったのじゃ? 強くて優しい男性がこんなにも好きと言ったか? こんなにも? ま、まさか好きな男がおるのか!? よもや魔王ではないじゃろうな!? 」
「フフフ、秘密です。それではそろそろ寝る時間ですので、今日はこの辺で失礼します。おやすみなさいませお父様」
「まっ、待つのじゃメレス! 魔王のようなスケベで不細工な男は……クッ! 切れおった……」
なんということじゃ! 余のメレスが魔王を好きじゃと? 魔王め! いったい余のメレスに何をしたのじゃ! このままでは余のメレスが魔王の毒牙に! 迎えに行かねば……これ以上魔王のところにメレスを置いておけば手遅れになる! 早くあの魔王城からメレスを救い出さねば!
コンコン
「失礼します。陛下……メレス様との通信は終わりましたか? もう夜も遅いです。そろそろお休みになってくだされ」
「む? リヒテンか。良いところに来た。よく聞くのじゃ。メレスが危ないゆえ、今から魔王のところから救い出しに行く。余が勇者となり部隊を編成して奪還作戦を行う。すぐに手配せよ」
「またですか……ロンドメル公爵が急におとなしくなりました。恐らく反乱の時は近いとの分析が出ております。そんな時に皇軍を引き連れて帝都を出れば、どうなるかはおわかりでしょう。それに皇軍及び配下の者たちの軍へ演習を禁止させ、艦隊を領地に留めるように通達しているのです。陛下が帝都を出れば示しがつきません。なによりアクツ殿はダンジョンに挑んでいる最中です。留守中に皇軍を率いてアクツ殿の領地に行けば、急いで攻略を中断して戻ってくるでしょう。そうなればアクツ殿の怒りを買い、2等級の停滞の指輪を譲り受けることが難しくなりますぞ? 」
「グッ……しかしこのままではメレスが……」
2等級の停滞の指輪は欲しい。余はメレスともっと長くいたいのじゃ。そのためにはどうしても手に入れたい。そのためならば、昨年の帝国美女コンテストで優勝した女をくれてやってもよい。余の妾にするつもりじゃったが、しばらく無理そうじゃしの……まああの女をくれてやれば、魔王とは良い取引ができるじゃろう。奴はスケベじゃからのぅ。
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「メレス様はもう半年近くアクツ殿のところにいるのです。今さらでございましょう。あと1ヶ月以内にはロンドメル公爵も動き出すと思われます。まずはロンドメル公爵を討ち滅ぼし、その後で迎えにいかれればよいかと」
「クッ……ロンドメルめ……余の行動を縛った罪は重いぞ……必ずこの手で殺してくれよう」
「もうしばらく我慢してくだされ。ロンドメル公爵を討ったあとは、地球の領土も含め、皇家の直轄領が大幅に増えるでしょう。領地無しの貴族を引き上げ、新たな忠誠を誓わせれば200年は反乱は起こらないかと。今しばらくの我慢ですぞ」
「わかっておる。メレスのためじゃ。これを機に徹底的に粛清をしてやるのじゃ」
「それがよろしいかと。アクツ男爵家が【冥】の古代ダンジョンを攻略した頃には全てが終わっておりましょう。アクツ殿で思い出しましたが、恐らく攻略は間違いなくされるでしょう。その際の褒美はいかがなされますか? さすがに二つもの古代ダンジョンを攻略した者を、今の地位に留めておくことはできないと思いますが」
「うむ。伯爵……では足らぬか。まあ侯爵家が半分になるからの。侯爵にしてニホンと中国をくれてやればいいじゃろ。あやつは余に忠誠を誓わないくせに地位は欲しがっているようじゃからの」
本当に野心のない男じゃ。恐らく帝国を利用してこのチキュウでの安全を確保したいんじゃろう。まあ構わん。奴には領地と地位を与え、帝国に縛り付けておかねばならんからの。ロンドメルの後釜に公爵にしてやっても良いくらいじゃ。なにより二つも古代ダンジョンを攻略すれば、かなりの魔素がこのチキュウに放出されるじゃろ。そうなれば……
「それがよろしいかと。魔界の者にここが見つかれば、チキュウのこの濃い魔素を求めて以前とは比にならないほど強力な悪魔がやってきましょう。守る者が多ければ多いほどアクツ男爵は戦わねばならないでしょうからな」
「そういうことじゃ。できれば奴が生きているうちに悪魔どもには来て欲しいがのぅ。こればかりはわからぬ。まあ2等級の停滞の指輪を持っておるんじゃ。間に合うじゃろ」
千年もあればやってくるじゃろう。さすがに余は生きておらなんだが、そこは次の皇帝に任せるとしようかの。そのためにも孫とひ孫たちには頑張ってもらわねばな。落ち着いたらダンジョン攻略に付き合ってやろうかの。
魔王さえおればデルミナ様の悲願は達成できよう。そうなれば何も思い残すことはない。
ロンドメルを討伐した後は、メレスと二人でゆっくりと余生を過ごすとするかのぅ。
ーー テルミナ帝国南東部 公爵軍基地 旗艦『ジークカイザー』 ヴァルト・ロンドメル公爵 ーー
「ロンドメル様。出撃準備が整いましてございます」
「うむ……総員に告ぐ! 『神の鉄槌』作戦を始動する前に諸君らに伝えるべきことがある」
俺はカストロの報告を聞いたあと、ロシア領とこの公爵領にいる艦隊に秘匿回線を繋ぎそう演説を始めた。
「我々デルミナ神の子であるテルミナ人はこのチキュウを征服した! そして60億もの下等種を支配するに至った。たった3億の我らがこのチキュウを支配できたのはなぜか? それは我々が神の子であるからだ! 神人である我らがチキュウの人紛いの下等種や、エルフや獣の獣人を支配するのは当然のことなのだ! 」
回線の向こう側からそうだそうだという声が聞こえてくる。
この秘匿回線には映像は無いが、お互いの声は聞こえるようになっている。
「しかし現実はどうだ! 現皇帝はエルフや獣人を我々神人と同等に扱うようになり、このチキュウの下等種も神聖なる帝国。神の子の国であるテルミナ帝国の三等国民として扱っている! それはなぜか!? 皇帝がデルミナ神様を裏切ったからだ! その証拠に皇帝はエルフとの間に子を作り神の血を汚した! このようなことが許されるのか? 否! 断じて許されることではない! このチキュウの下等種への扱いもそうだ! アクツなどというこの地の下等種を神聖なる帝国の貴族とし、その能力を恐れ優遇している! 」
《クッ……》
《ギリッ……》
俺が演説を一区切りすると、回線が繋がる向こう側から配下の兵たちが怒りと悔しさを堪えている声が漏れ聞こえてきた。
そうだ。我々は神の子であり支配者なのだ。支配者がなぜ下等種に遠慮などしなければならないのか。下等種など虫と同じだ。目障りと感じたならば好きな時に殺せる存在だ。それを保護する? 目障りな下等種を殺したくらいで神の子である我々が罰せられる? そんなことに納得している者などテルミナ人には一人もおらん。我々は神の子であり支配者なのだから。
「しかしそれも今日この時までだ! 愚かな皇帝により、デルミナ神様に見捨てられつつある帝国をこのヴァルト・ロンドメルが取り戻す! そしてこの私が新たな皇帝となり帝国に繁栄をもたらすことを約束する! これは聖戦だ! 諸君らの勇戦に期待する! 」
《《《オオォォォォ!! 》》》
《《《ジーク・カイザー・ヴァルト《皇帝ヴァルト万歳》! 》》》
《《《ジーク・ライヒ《帝国万歳》! 》》》
《《《ジーク・カイザー・ヴァルト《皇帝ヴァルト万歳》! 》》》
《《《ジーク・ライヒ《帝国万歳》! 》》》
「フフフフフ……『神の鉄槌』作戦を実行せよ! 全艦『ミラージュシステム』始動! 出撃! 」
俺は通信回線から聞こえる兵士たちからの声に心地よさを感じながら、艦橋の者たちに出撃の号令を掛けた。
『ハッ! 『神の鉄槌』作戦開始! ミラージュシステム始動! 』
『ミラージュシステム始動。展開します! 』
『魔力隠蔽完了。光学迷彩完了。各艦の位置確認。離陸します』
『離陸完了。艦隊は高度3万メートルを目指し上昇中』
「ロンドメル様。いよいよでございますな」
「うむ。今頃皇帝もマルスも何も知らず床に着いている頃だろう。ハマールが領地にいないのは残念だが、まあアメリカにいる艦隊が動かぬのならばニホンにいる艦隊など大したことはない。帝国のマルスとハマールの領地にいる艦隊を潰せば俺が皇帝を殺すことを邪魔をする者はいない」
「はい。ロンドメル様が皇帝になるのは既に確定したも同然かと」
「ククク……やっとこの手で皇帝を殺せる。そしてロンドメル家が再び皇帝の座につくのだ」
待っていろ皇帝。今すぐその首をもらいにいく。
貴様は我が覇道のための生贄となるのだ!
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