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第3章 ニートと帝国動乱
第29話 ミラージュ
しおりを挟む99階層に降りてから二日目。
この二日間俺たちのパーティはアンデッドドラゴンとエルダーリッチのパーティを相手に、開幕滅魔なしのガチンコ勝負をしていた。
《Dark Flame》
《Dark Blade》
「リズさん下がって! 私が受けるわ! 」
「任せた! 」
《オオオォォォン……》
二体のエルダーリッチから闇の炎と闇の刃が放たれると、オリビアが前に出てアダマンタイト製の魔防の鎧で受けて無効化した。そして一気に間合いを詰め、吸魔の大剣で動揺するエルダーリッチの頭蓋骨を薙ぎ払っていった。
「ウンディーネ! アンデッドドラゴンを吹き飛ばして! 」
ティナはウンディーネを水龍の姿にし、リズに向かって尻尾を振り叩きつけようとしていたアンデッドドラゴンへとぶつけ後方へ転倒させた。
「ティナさんとリズさんに化けても無駄ですぅ! 兎には偽物だってバレバレですぅ! えいっ! えいっ! 」
シーナは最初に俺が半分に減らしたドッペルゲンガーへ、聖弓から光の矢を次々と放ち仕留めていった。
「デュラハンロードが来るぞ! 『滅魔』! リズ! オリビア! 」
シーナにより倒されていくドッペルゲンガーの背後から、隊列を組み盾を構え間合いを詰めてくるデュラハンロード5体を確認した俺は、魔素を介しそのアダマンタイトの鎧の隙間から魔力を抜いた。それによりデュラハンロードは動きが鈍り、俺はリズとオリビアに攻撃するよう声を掛けた。
「あいよっ! オラオラオラァ! 」
「はいっ! ハアッ! 」
「よしっ! おっと、『滅魔』! ブレスは封じた! みんなでアンデッドドラゴンを攻撃してくれ! 」
リズが双剣を突き刺し、オリビアが大剣を叩きつけデュラハンロードを倒すのを確認した俺は、ティナに転倒させられていたアンデッドドラゴンが立ち上がりブレスを吐こうとしているのに気付いた。俺はすぐにドラゴンの口もとから魔力を抜きブレスを封じたあと、全員でアンデッドドラゴンに攻撃するよう呼び掛けた。
「任せて! ウンディーネ! ドラゴンを押さえつけて! 足をやるわ! シッ! 」
「援護しますですぅ! えいっ! えいっ! 」
《グオオォォォ! 》
ティナは水龍の化身となったウンディーネをアンデッドドラゴンの頭上から襲いかからせ動きを封じ、その隙に自らも間合いを詰めた。そして破邪のレイピアで、ドラゴンの腐肉で覆われた右足を連続で刺し貫いた。
シーナも光の矢を連射し、ティナと同じ場所を攻撃していった。
それによりアンデッドドラゴンはバランスを崩したが、咆哮と共に頭上からのし掛かる水龍を跳ね除け、ティナへとその鋭い爪を振り下ろそうとしていた。
「ティナさん! 危な……アババッ! 」
「『聖炎』! 今だ! 」
俺は隣で一瞬シーナが痺れる姿が見えたがスルーをし、ドラゴンへとスキルを放った。その結果俺の放った聖なる炎はアンデッドドラゴンを包み込み、再びその動きを止めることに成功した。そしてリズとオリビアの方を向き、二人にトドメを刺すように指示をした。
「はいっ! リズさん、私は残った左足を狙うわ! ハアッ! 」
「ナイスだオリビア! よしっ! 頭が下がった! ここで使うぜ! 『空歩』! ハッ、ホッ! 喰らえ! 『ブラックキャットホーリークロス』! 」
《グオオォォォ》
オリビアが残りの足を大剣で斬りつけたことにより、アンデッドドラゴンは堪らず両膝をついて腕を地につけ四つん這いとなった。
そこへ足首に装備した『空歩のアンクレット』をリズは発動し、空を一歩二歩と蹴りながらアンデッドドラゴンの頭上から首へと破邪の双剣を叩きつけた。その際に光刃も同時に発動させたが、ドラゴンの首を切り落とすには至らなかった。
「やべっ! 浅かった! オリビア! 」
「ええ! 私が断ち切る! 『空歩』! ハァァァ……ハアッ! 」
《グオオォォ……ンン……》
オリビアはリズと同じように空を舞い、ドラゴンの頭上から大剣を叩きつけその首を切り落とした。
「ナイス連携! お疲れ様。エルダーリッチの特殊スキルにもよく対応していたし、すごく良かったよ」
俺は消滅していくアンデッドドラゴンを見ながら皆にそう声を掛けて労った。
99階層に来てからこれでもう20戦以上している。初めて戦った時は死闘になったアンデッドドラゴンパーティーとの戦いも、今では30分ほどで終わらせることができるようになった。みんなもだいぶ慣れたようだ。
「ニャハハハハ! まだまだコウがいないと危ねえけど、なんとか倒せるようになったぜ。オリビアとの連携もバッチリだし、空を駆けれるアクセサリーも使い慣れてきたしな」
「この空歩のアンクレットはいいですね。高い位置にあるドラゴンの首も狙いやすいです」
「オリビアさんも着地がうまくなったですぅ」
「ありがとうシーナさん。なるべく高く駆け上がるようにしたら、落ちる最中に空歩を再度使えるようになったの。再使用までの感覚を覚えたから、もう床に叩きつけられないで済みそうよ」
「それでもリズは未だにあの高さから着地してるけどね。いったいどういう身体をしているのかしら? 」
「ははは、ほんと猫みたいだよね」
回転して身をひねり四つん這いになって着地する姿はまさに猫そのものだよな。
この空歩のアンクレットは水色の輪に青い宝石が散りばめられていて、アクセントとして銀の天使の羽が付いている足首に嵌めるアクセサリーだ。これは一度発動すると3歩空を蹴ることができて3秒後に再使用できるんだけど、リズは攻撃した後はいつも忘れて落ちる時に使わないんだよな。
「ニャハハハハ! こんくらいヨユーだって! 」
「でも空を駆けるのは気持ちよさそうよね。次は私も装備しようかしら」
「まだ半分くらいしか進んでいないのですし、もう一つくらい見つかりそうですぅ。でも水精霊使いのティナさんが空を駆けたら、風精霊の里の皆さんがビックリしそうですぅ」
「ふふっ、それも面白そうね。みんなを驚かせてあげたくなったわ」
「あはは、そりゃあ驚くだろうね。また宝箱から出たらティナが装備するといいよ。さて、ドロップ品を回収して先に進もうか」
風精霊の里のエルフは短時間であれば、シルフの力で空を飛ぶことができるからな。ティナが飛んだら確かに驚きそうだ。
この階層の目玉のアクセサリーはこの空歩のアンクレットだな。ほかはシーナに覚えさせた『状態異常回復』のレアスキル書と魔鉄のインゴットくらいかな。装備関係は伝説級の戦斧があったけど、誰も使えないからまたまたお蔵入りだ。
それから俺たちはドロップ品を回収して、ホークに乗り先へと進むのだった。
ボス部屋は今日の朝に見つけた。ほかの階層と違い、黒い扉に白骨の亡者たちが描かれていてめちゃくちゃ気味の悪い扉だった。絶対いきなり全体攻撃の即死スキルとか放ってきそうなヤバイのが中にいるよアレ。次も俺が一番最初に入らないとな。ちょっと怖いけど、身代わりのアムレットがあるから大丈夫だろ。いや、やっぱり扉の隙間から部屋全体に滅魔を放ってから入ろう。90階層のボスの時はかなりドキドキしたし。
そんなボス部屋だけど、まだ入らずに宝箱の中身が美味しいから今はスルーして宝箱探しをしている。身代わりのアムレットもあるだけ欲しいし、空歩のアンクレットもティナの分も欲しい。それにまたエリアヒールのスキル書が見つかるかもしれないしね。
ここまで身代わりのアムレットは20個。念話のイヤーカフは22個手に入れた。ほかのアクセサリーは魔力の腕輪や、護りの指輪1等級に祝福の指輪1等級かな。英雄級や伝説級の武器屋防具に、ポーション類も回復のポーション以外は1等級がたくさん手に入った。回復のポーションの1等級は一度もお目にかかれていない。
確かポーションの1等級はどんな病気でも治す効果があったはず。もうエリクサーだよね。さすがにそう簡単には手に入らないか。停滞の指輪は寿命が延びても病死は防げないもんな。一応過去に2等級のポーションやラージヒールによって、脳と心臓以外の臓器の病気なら切除して治したという記録はある。でも神経系や骨の病気とか色々あるし、ティナたちがそういった病気になった時のためにいくつか欲しいんだよね。あるならこのダンジョンにあると思ったんだけどな。ボスの宝箱からかな?
まあとりあえず今回の戦利品があれば、今後行うギルドや軍のイベントの報酬には困らなさそうだ。そうそう、せっかく大量に手に入ったんだし、親衛隊の獣人の皆には停滞の指輪を配らないとな。うちはブラックな男爵家だから定年は無いんだ。信頼できる奴らには動けなくなるまで働いてもらう。
その代わり相変わらず独身の多いアイツらには、定期的にお見合いパーティを開いてやるさ。いや、開かないとまずい。このままだと人族の夜の商売女性に貢ぐのが止まらなくなりそうだ。
マジでアイツらどうにかしないと! いくらなんでも金遣い荒すぎだろ。なんでティナとシーナがアイツらの給料から貯蓄分を天引きして管理しなきゃなんねえんだよ。あればあるだけ風俗嬢とキャバ嬢に貢ぐから、いつもアイツら金欠なんだよな。何が『俺の熊耳がカワイイって人気なんだよ』だ。デカイ図体にムキムキマッチョの熊野郎がデレデレしてんじゃねえよ! リップサービスだよリップサービス! 俺にだって言うんだよああいう子たちはよ。それを真に受けて俺に気があるかもとかもとか思ってんじゃねえよ! やめろよ! 黒歴史を思い出すだろ!
と、とにかくだ! 早く獣人の強い女性と所帯持たせて管理させないと。人族は駄目だ。九州の献身的な女性じゃあの馬鹿たちを止められない。
俺は完全に日本の夜の女性たちに手玉にとられている獣人の男たちのことを考えながら、この最終階層で宝箱探しをするのだった。
ーー テルミナ帝国南東部 ロンドメル公爵領 領都 執務室 ヴァルト・ロンドメル公爵 ーー
「ロンドメル様。準備は整いましてございます。予定通り二日後に決行可能でございます」
「おお! よくやったカストロ。アクツの動向はどうだ? 」
俺は待ち望んでいたカストロの言葉に椅子から立ち上がり、唯一の障害になるであろうアクツの動向を確認した。
「偵察衛星で見る限りでは、本日も領地で姿を確認できておりません。昨年から姿を見せたり見せなかったりが定期的に続いていることから、恐らくニホン自治区内の上級ダンジョンに挑んでいるのではないかと推測いたします」
「ふむ……ダンジョンか。それならばすぐには出てこないとは思うが、できれば皇帝側の貴族を一掃し帝都を掌握するまでは大人しくしていて欲しいものだ。まあ保険もあるから大丈夫だろう」
「はい。タイワンに配備したミラージュ艦隊を見れば、あの臆病なオズボード公爵といえども確実に動くでしょう。不干渉を宣言しているアクツ男爵が、万が一こちらに向かってきたとしても時間は稼げるかと」
「オズボードのことは幼い頃からよく知っている。アイツは確実に勝てる戦いには必ず乗る。そういう男だ」
ミラージュを見てアクツが不在だと知れば確実に動く。奴はオリビアを欲しがっていたしな。あの男は一度目をつけた女はそうそう諦めん。それが手の届く場所にあるなら必ず動く。
飛空要塞と帝都を完全に掌握するまでアクツには動いてもらっては困る。それまでオズボードに足止めをしてもらう。なに、アクツが領民を見捨ててオズボードに報復しても構わん。オズボードとアクツが戦争をしているうちに俺は加護を得て皇帝となる。そしてアクツを討伐し、アクツにより一族郎党処刑されたオズボードの財産を堂々と接収できる。
アクツが動こうが動くまいが、どちらに転ぼうとも俺に不利益はない。動かないなら後日適当な理由をつけて討伐すればいい。できれば動いた上でオズボードと戦って欲しいがな。その方がオズボードとその派閥の武力のない貴族どもを潰す手間が省けるというものだ。
「確かにおっしゃる通りかと」
「うむ。それで? 決行する二日後の帝都の天候はどうなのだ? 」
「はい。二日後の夜は曇りとの予報が出ております」
「ククク、天も俺に味方したか」
月の見えない夜はいい。ミラージュの効果が最大限に発揮できる。
艦隊の魔力を隠蔽しチキュウ製のレーダーをも弾き、その姿を光学迷彩で闇夜と同化させる魔導科学兵器の『ミラージュ』。これを装備した飛空艦隊で、一気にマルスの管理する欧州とこの大陸北東のマルス領。そして北西のハマール領と帝都の軍を殲滅してやる。
このミラージュに使われている技術の一つである、飛空艦全体の魔力を隠す装置はだいぶ前に開発には成功していた。ダンジョンで手に入れた魔道具の『隠者の結界』を長年研究し、このチキュウに来る前にな。
しかしこれは味方艦同士の位置も魔導レーダーに映らないことから諸刃の剣であった。そんな時にこのチキュウへ侵攻し、科学技術を手に入れることができた。この世界には電波があり、それを防ぐ装置もあった。そしてなにより光学迷彩という艦の姿を周囲に同化させ隠す装置まで存在していた。
それらを知った俺は歓喜した。そしてロシアにいたチキュウの最高レベルの技術者と、我が家の魔導技師たちにこの『ミラージュ』を開発させた。もともとあった技術の応用だ。開発にそれほど時は掛からなかった。少々大型化してしまい、飛空戦艦の装備をいくらか外さなければならなくなったが、一番の問題であった艦同士の通信も特殊な電波を使うことで解決した。
そしてロシアの山岳地帯で派閥の者の全ての戦艦と巡洋艦。そして飛空空母に装備を完了し各地に配備をした。その数は200隻にも及ぶ。
情報が漏れないよう配下の者の家族を人質として寄越させ、開発や設置に関わった者を地下施設に監禁しているとはいえ全てが恐ろしいほどに上手くいっている。このチキュウに侵攻したことも、チキュウで最高の技術者のいるこのロシア東部を管理できたことも、全てはデルミナ神様が俺を皇帝にするためにお導きいただいたとしか思えん。
アクツという障壁すら、デルミナ神様の試練と思えるほどだ。それも皇帝が飛空要塞と帝都に配備したという超魔導砲があれば乗り越えられる試練だ。帝都を占拠さえできればアクツなど恐るるに足らん。
しかし魔導砲とレールガンを組み合わせるとは、皇帝とマルスはとんでもない物を作ったものだ。ミラージュが無ければ反乱は失敗していたやもしれん。
ククク……しかしそれほどの兵器を配備しているというのに、まさか何もできぬままこの俺に蹂躙されるなど思ってもいないだろう。
あと二日。あと二日で俺は皇帝を殺しこの帝国とチキュウの全てを手に入れることができる。
そして俺に幾度も苦渋を味合わせてくれたアクツをやっと殺せることができる。
そのあとは獣人とエルフを再び奴隷にし、このチキュウの人族も全て奴隷にする。そして数十億の人族全てをランク持ちにさせ、いつか現れる悪魔どもの盾とし魔界に逆侵攻するための尖兵として使ってやる。
あと少しだ。あと少しでこのヴァルト・ロンドメルが皇帝となり世界を支配するのだ。
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