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第3章 ニートと帝国動乱
第9話 公表
しおりを挟む9月も半ばになろうかという頃。
俺は事務機器を移設し終えた悪魔城の一階の執務室で、フォースターからの報告を受けていた。
「とうとう公表したのか」
「はい。帝国中の貴族が相当なショックを受けているようです」
フォースターの報告によると、きのう魔帝が全貴族にメレスの出自を公表したらしい。
アルディスの名前は伏せたみたいだが、はっきりと今は亡きエルフの女性との子だと言ったそうだ。そしてメレスを正式に皇女として認めると宣言したらしい。
「今後帝国の平民とかへの影響はどうなんだ? 」
「もともと陛下は国民から人気がありますので、それほど影響は無いと思われます。恐らく笑い話になる程度かと」
「うーん、イマイチ帝国人がエルフにや獣人に抱く感情がイメージできないんだが、姿形はそんな変わらないだろ? 見た目も整っているし、そんなに性の対象として見れないものなのか? 」
「人の形をしてはいても人にあらず。テルミナの民は幼い頃からそう教わり育ってまいりました。アクツ様はご不快に思われるかもしれませんが、エルフと獣人を性的に見よと言うのは、蟲と植物系のダンジョンに現れるアラクネもしくはラミアを性的な目で見よということと同義と認識しております」
「なるほどねぇ……」
確かどっちも上半身だけは人間の女性そっくりで、胸を丸出しで口が裂けて牙が生えてる魔物だったよな? 魔人の女とどう違うんだ?
「私はアクツ様よりメレスロス様のお話を聞いておりましたので、心の準備ができておりました。しかし貴族たちはデルミナ神の加護を受けた陛下が、元奴隷のエルフとかなり前から恋仲だったこと。二人の間に子をもうけていたことに動揺しておりました。それと同時に奴隷の解放は、メレスロス様のために行ったのではないかとも噂されております」
「まあその辺はこじつけだな。反皇帝派の奴らが、魔帝の求心力を下げさせるために広めてるんだろう。メレスのためにエルフを奴隷から解放したってんなら、200年前にとっくにやってるはずだしな」
「はい。恐らくロンドメル公爵とオズボード公爵が広めているのかと。しかし今回のことで陛下の求心力が低下したのは間違いありません。チキュウを征服して未だ3年というこの時期に、これまで隠していたことをなぜ公表したのか……」
「テルミナ大陸以外の土地が手に入り、メレスの病が治ったからだろう。だからしっかりとした身分を与え、外の世界で自由にさせてやりたかったんじゃないか? 親心だな」
テルミナ人がいない土地があるのが大きかったろうな。
さて、魔帝が公表したならメレスを爺ちゃんに会わせてやるか。
俺はメレスが桜島に来た時に、彼女の母親のアルディスの父である水精霊の湖のエルフの長老に会わせようと考えていた。しかしその前に魔帝がメレスを娘だと公表するのを待っていた。魔帝がリスクを負って公表することで、メレスがちゃんと愛し合って生まれた子だと長老に伝わると思ったからだ。
メレスには祖父が生きてることを伝えていない。知れば勝手に会いに行くと思ったからだ。雪華騎士を引き連れてエルフの森に行けば警戒されるし、もしも長老が信じてくれなかったらメレスが傷つくことになると思ったからだ。
「親心……ですか。私も人の親でありますれば、わからなくはないのですが……しかし今回のことは、陛下を敬愛していた者ほど影響が大きくなると考えます。特にローエンシュラム侯爵家への影響は計り知れないかと」
「ローエンシュラム……確か皇家と血の繋がりが深い家だったな」
確か魔帝の兄とかが婿にいってたはず。そのひ孫が現当主だから魔帝からしたら甥の孫ということか。 確かまだ若いのに、文武に長けていたことから当主になったんだったな。帝国貴族の間じゃあ次期皇帝候補とも言われてるらしい。
マルスのとこやハマールのとこにもメレスの兄たちが婿に行ってるけど、ローエンシュラム家には魔帝の血筋の者がかなり昔から多く行ってるらしい。そういうのもあって魔帝に対しての忠誠心が高いみたいだ。
オリビアとの正解したらえっちなご褒美をくれる講習で、必死に覚えたから間違いない。女教師と生徒プレイって超興奮するよな。
「はい。おっしゃる通りです。ローエンシュラム家はその高貴な血筋を誇りにしている家です。今回のことでその……血を汚されたと感じる可能性がございます。その原因たるメレスベス様を亡き者にしようと動く可能性も無いとは言い切れません」
「高貴な血筋ねえ……上等だ。もしもメレスに手を出そうとする素振りを見せたら宣戦布告してやる。もう俺は後手には回るつもりはない。その時は魔帝の一族だろうがなんだろうが、徹底的に狩って家を滅ぼしてやる」
「この土地にいる限りは手を出そうとはしないでしょう。アクツ様のお力は上位貴族ほど警戒しております。しかしメレス様が以前療養しておりました領地に戻るのは危険かと思います」
「なるほどな。そういうのも含めて魔帝は俺に預けるようにしたんだろうな。いいさ、メレスを帝国には帰すつもりはないし」
道理であの時メレスを皇女として公表すると決めたあと、あっさりメレスがここにいることを認めたわけだ。魔帝にはこうなることがわかってたんだろう。
チッ、メレスのことをよく考えてるじゃねえか。そこまでされちゃあ、メレスに傷一つつけさせるわけにはいかないよな。
でもこれでメレスを帝国に帰さない立派な口実ができたわけだ。つまりリリアも雪華騎士団も俺のところにずっといるということだ。最高かよ。
「はい。アクツ様のもとにいる限りは安心かと」
「それでもロンドメルやオズボードの派閥。それにローエンシュラムの動きは警戒しておいてくれ。俺の能力は先制攻撃ができれば現状無敵だ。やる時は奴らより先に動きたい」
「はっ! そのためにも本日来られるシュヴァイン伯爵との会談は、是非友好的にお願いいたします」
「……わかってるよ。でも本当に来るのはシュヴァイン伯爵だけなんだろうな? ハマールは日本にいないよな? 」
「今朝先方に再度確認いたしました。恐らく大丈夫かと」
「探知でハマールの魔力を感知したら俺は逃げるからな? その時は恨むなよ? 」
「恨むなどとは決して……しかしその時はやむを得ません。伯爵には何度もハマール公爵とは会わないと申し伝えておりましたので、理解してくれると思います」
「悪いな。あの女とは関わりたくないんだ。さて、シュヴァイン伯爵が来るのは確か午後だったな。時間になったら呼んでくれ。俺はティナの事務室に行ってから昼飯を食ってくる」
「はっ! それでは失礼いたします」
フォースターはそう言って執務室を出て、同じ一階に俺が用意した自分の執務室へと向かった。
一階にはほかにティナの家令執務室と総務室がある。そこではアイナノアほかエルフ10名ほどが数日前から働いている。
この飛空宮殿型戦艦デビルキャッスルを操縦するクルーたちも既に配置済みで、毎日のように艦の装備などの動作点検をしている。艦長に就任した狐人族のイーナは張り切って指示してたよ。明日から日中は飛行訓練もする予定になってるみたいだ。
まあこの艦は領地の防衛に使うから遠征することはないんだけどな。訓練だけはしておかないと。
それから俺はティナの執務室に行き、部屋の鍵を閉めて少しイチャイチャしてからメレスたちを誘い一緒に昼食を食べることにした。ちょっと話したいことがあったので、今回レミアたちはテーブルに同席していない。
そして食事を終えたあたりで、フォースターから聞いたことを皆に話した。
「そう、皇帝がメレスの存在を……メレス・テルミナ皇女様。おめでとう。よかったわね」
「あ、ありがとうエスティナ。お父様は本当に私を……」
「メレス様……」
「まあ父親として最低限の義務を果たしただけだ。当たり前のことだよ」
俺は感激している様子のメレスと、その手を握りしめて目に涙を浮かべつつも嬉しそうにしているリリア。末席で優しい目で彼女たちを見つめるオルマに向かって、子を認知するのは親として当然のことだと説明した。
「光……お父様は大丈夫なのかしら? 私のことで家臣たちから後ろ指を差されないか心配だわ」
「大丈夫じゃないかな? なんたって脳筋だしね。そんな奴らは力で押さえつけるんじゃないかな。反逆なんかあったら逆に喜んで潰しにいくと思うし」
「ふふふ、皇帝なら嬉々としてやりそうよね。でもやっとメレスをエルフの皆に紹介できるわね。色々聞かれて大変だったのよ」
「ははは、そうだね。そろそろ仲間だって教えてあげないとね」
島の皆にはメレスのことを、長年病気により伏せていた皇女と説明をしている。
だから髪の色が白いのは病気のせいだと思ってもらえている。しかし耳の形と長さが明らかに帝国人とは違うことで、ティナはエルフたちから色々聞かれていたみたいだ。
魔帝が公表した以上、どうせ帝国からすぐにメレスが魔帝とエルフの子だと情報が流れて皆が知ることになる。ならもう話すべきだろう。
「エスティナ。その……大丈夫かしら? 私は純粋なエルフではないわ。それどころかエルフを奴隷として扱っていたテルミナ人の血が流れてるわ」
「ふふふ、大丈夫よ。先に里に行くから。長老に認めてもらえば全てが上手くいくから安心して」
「エルフの里に!? お母様の育った水精霊の湖の里に……」
「そう。だから心配しないで。みんな受け入れてくれるわ」
「そういうことだメレス。何も心配することはないよ。俺も一緒に行くから安心してくれ」
本来なら長老の娘が魔帝と子を作ったなんて、エルフの社会では大問題だ。お互いが愛し合ってたなんて信じないだろうし、なぜ自死しなかったのかと憤る者もいると思う。長老も求心力を失う可能性だってある。
それでも俺はメレスに祖父と会わせたい。あの優しい長老ならきっとメレスを受け入れてくれる。娘の忘れ形見を愛してくれる。
その結果ほかのエルフが騒ぐなら俺がその矢面に立つ。全員に理解してもらえるよう説明して回るさ。そのうえで俺が頭を下げて頼めば、きっとみんなわかってくれると思うんだ。エルフは『恨』という感情を長く引きずらないしな。ダークエルフは割と引きずる者が多いけど、まあ絶賛発病中の彼らなら大丈夫だと思う。なんかそんな気がするんだよな。
「光……わかったわ。光がそう言うなら行くわ。お母様の生まれ育った里に」
「ふふふ、すごく綺麗な湖なのよ? 精霊もたくさんいて、フラウもお友達が増えると思うわ」
「それはすごく楽しみだわ。フラウはここでもお友達ができて、毎日楽しそうなの。エスティナのウンディーネに色んな精霊を紹介してもらって、毎日遊んでばかりいるわ。昨日なんて光の魔力水をたくさん持って海に行ってたわ。フラフラになって帰ってきて、それからずっと髪の中から出てこないのよ。いったいどこで何をしてたのかしら……」
「その話はウンディーネから聞いてるわ。昨日は島中の精霊を連れて、浜辺で波を凍らせるのを見せてたみたいよ? みんなにすごいすごいって言われて、フラウは嬉しそうだったって言ってたわ」
「そんなことをしてたのね……呆れた。それでバテてるのねこの子」
「ははは、ずっと意志の疎通までできる精霊が周りにいなかったから嬉しいんだよ。まだ下級精霊だし大目に見てあげなよ。ウンディーネのように中級精霊になれば少し落ち着くと思うよ」
ウンディーネも下級精霊の時は遊んでばかりいたしな。メレスがAランクになればフラウも成長すると思うんだよな。そうなればウンディーネみたいに落ち着くと思う。
「そうかしら? それなら私もダンジョンに行かなければならないわね」
「今度【冥】の古代ダンジョンに行くから誘うよ。その時にランクを上げればいい」
「光と一緒に古代ダンジョンに? そ、それなら行ってあげてもいいわ」
「うふふ、メレスと一緒に戦えるのは楽しみだわ。あら? リリアどうかしたの? 顔色が悪いわよ? 」
「はひっ!? い、いえ。そんなことはありませんよエスティナ殿」
「ふふっ、リリアは死霊が苦手なのよ」
「あら? そうだったの? それは意外だわ」
「い、いえ、その……メ、メレス様! それは秘密にしてくださいとお願いしたはずです! 」
「あははは! リリアはお化けが苦手なのか。可愛いところがあるじゃないか。大丈夫だよ。俺がいれば怖い思いなんてしないから」
俺は顔を真っ赤にしてメレスへ抗議しているリリアにそう言って笑いかけた。
お化けが苦手とか可愛いところがあるもんだな。大丈夫だ。ダンジョンで俺にずっとしがみついてればな。これは楽しくなりそうだ。
「うう……恥ずかしいです」
「苦手な物の一つや二つはあるよ。俺も虫系は苦手だしね。あっと、そろそろ仕事に戻らないと。ダンジョンは日程が決まったら教えるよ。ティナ、行こう」
俺はリビングの時計を見て、そろそろフォースターが呼びに来る頃だと思い席から立ち上がった。そしてメレスたちのことは奥に控えていたレミアに任せ、ティナを連れて一階へと降りた。
執務室に戻るとちょうどフォースターがやってきて、シュヴァイン伯爵が横須賀から出発したとの報告をしてきた。
それを聞いた俺とティナは常駐している親衛隊と御庭番衆に城を守るように言いつけ、フォースターと共に港の飛空艇発着場へと向かった。
発着場に小型飛空艇で着くと、ヤンヘルとレオンたちが既に武装して整列していた。
そして魔導車が来たと思ったら、中からリズとシーナが出てきてこちらへと手を振りながら歩いてきた。
「リズ、もうギルドの講習はいいのか? 」
「ああ、やっと終わったぜ! もうあんなのは二度としたくねえよ」
「ですです。リズさんが逃げないように見張るのが大変でしたです」
「逃げねえって! ったく、ちょっと休憩で散歩しようとしただけだってのに、出口で見張ってやがって」
「それは当然ですぅ。そのまま帰って来ないのがリズさんですから」
「ははは、まあまあ。ギルドの職員もかなり増員したし、彼らが育てばもうやらなくて済むからさ」
俺は相変わらずの二人のやり取りに苦笑しつつそう言ってなだめた。
「そう願いたいもんだぜ。それよりよ、伯爵様がコウにご挨拶に来られるんだろ? 今度のニホンの管理者は、なかなかわかってる奴だよな」
「どうだろうね。ハマールに言われたから嫌々来るんじゃないかな? まあ今後のこともあるし、なるべく友好的に接するつもりだよ」
「ハマールってシーナが行き着くとこまで行ったような女だったっけ? やべえ女の配下が管理者になったもんだな」
「ブーー! 兎はハマール公爵とは違いますぅ! 」
「どこが違うんだよ? 確かコウにぶっ飛ばされてスキルで魔力を奪われ身動き取れなくなったってのに、強い力に征服されたことに興奮して、コウをご主人様とか呼んでんだろ? シーナと同じじゃんか」
「違いますぅ! ハマール公爵にはコウさんへの愛が無いですぅ! ただコウさんに征服され、服従することを望んでいる変態さんですぅ! 兎には愛がありますぅ! コウさんも愛をもって兎を鞭や鎖を使って征服してくれるんですぅ! 」
「ちょっ、シーナ! みんな見てるから! も、もうやめてくれよ。頼むよ……」
俺は親衛隊の皆やフォースターがいる前で、大声で特殊な愛を叫ぶシーナに泣きそうな顔で懇願した。
俺の隣にいたフォースターは、ポーカーフェイスで遠くを見て聞いてないフリをしてくれている。
しかし親衛隊の皆はいつものことだとニヤニヤしていて、御庭番衆の女性陣はこっちをチラチラと見てコソコソと何か話している。
「コウさん、兎は平気ですぅ。二人の愛は真実の愛ですから、何も恥ずかしがることなんてないのですぅ」
俺は平気じゃねえんだってばよ!
「はいはい。シーナ、それくらいにしておきなさい。コウ、艦影が見えてきたわよ。探知しなくていいの? 」
「あ、ああ。やるよ。『探知』 」
俺はティナの仲裁にホッとしつつも、遠くに見える5隻ほどの飛空艦に向けて探知のスキルを発動した。
そして覚えのある魔力反応を慎重に探した。
……いない。どうやら本当にシュヴァイン伯爵だけが来るみたいだ。
それならフォースターのために満面の笑みで迎えてやらないとな。お互い内心はともかく、外面だけでも友好的に振る舞うのは大事だしな。できればこういう面倒なのはもう二度とやりたくないけど。
俺はホッとして肩の力を抜き、ティナにハマールは乗っていないと伝えた。
そしてリラックスした気持ちで、飛空艦が到着するのを待つのだった。
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