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第31話 演習

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『敵艦隊の側面を取ったにゃ!   』

「速度を上げろ!  」

『全艦速度を上げよ!  』

『敵艦隊もうすぐ射程に入るにゃ!  』

「旋回が終わる前に一撃を入れろ!  各艦魔導砲発射用意!  」

 俺は艦橋内の大型モニターに映る擬似戦略画面上で、凸マークで表示されている敵が方向変換を始めたのを見て号令をかけた。

『魔導砲発射用意!  』

 目の前に立っている狼人族の艦長が復唱し、通信手に砲手と並走する2隻の飛空戦艦へ俺の命令を伝えせた。

『魔導砲魔力充填率30%……50%……70%……90%……充電完了!  』

『敵艦隊射程に入ったにゃ!  』

「撃て!  」

『撃てー!  』

 俺の号令とともに船首にある2門の巨大な砲塔から、薄っすらと白身を帯びた魔力の塊が撃ち出された。

 それから数秒ほど遅れて、並走する戦艦2隻からも同じように魔導砲が放たれた。

 《  こちら帝国観測班。攻撃命中!  敵飛空戦艦中破2、小破1  》

 不意打ちをしても戦艦を墜とせず敵空母は顕在か……シュミレーターではうまく行ったんだけどな。位置取りがまだ甘かったか?  もう少し近づいてから撃つべきだったのか?

『敵艦隊方向転換完了したにゃ!  』

「反撃が来るぞ!  魔力障壁展開!  」

『魔力障壁展開!  飛空空母を守れ!  』

 《こちら帝国観測班。敵主砲、魔力障壁により相殺》

『敵がヴェルムを展開したにゃ!  数は50にゃ!  』

「こちらもヴェルムを当てろ!  各艦は近接戦用意!   」

『飛空空母へ伝達!  ヴェルムを発艦させ敵ヴェルムに対処せよ!  各艦は近接戦用意!  』

 俺が戦闘機のヴェルムの出撃を命じると、後方にいるズングリとした全長500mはある飛空空母の下腹部が開き、そこから50機のヴェルムが次々と発進し敵艦隊から放たれたヴェルムと接敵した。

 とは言っても実際には敵艦隊など存在しない。あるのは帝国から購入した、実弾訓練用のただ浮くだけの機能しかない戦艦型の模型だ。戦闘の状況や結果はシミュレーターにより計算され、それを帝都防衛軍から派遣されてきた訓練教官たちが、俺たちの練度を加味して観測班として伝えてくる。

 それでも大型モニターに味方の艦隊を示す黒い凸マークと敵の艦隊を示す赤い凸マークが、陣形を組んで向かい合っているのでそれなりに臨場感がある。

    俺の座る総司令官席からは、レーダーを確認したり艦の操縦をしたり通信をしたりと慌ただしくしている30名ほどの指揮所員たちが目に映っている。皆真剣だ。

 《こちら帝国観測班。敵ヴェルム撃破!  味方ヴェルムの損耗率は40%  》

「くっ……判定厳しくないか?  今ので味方が20機落とされたのかよ……」

「ふふっ、まだやっと飛ばせるようになっただけだと聞いたわ。仕方ないわよ」

 俺があまりの損耗率の高さにボヤいていると、俺の世話係のティナがコーヒーを置きながらそう言った。

「ありがとう。まあ確かにそうなんだけどね。今ので20人もやられたと思うとね」

 俺はモニターから視線をティナへと移しそう言った。

 ティナは新調した阿久津男爵軍の真っ白な制服がよく似合っている。司令部要員の制服は男はズボンだが、女性はみんな短いスカートだ。旗艦のみ指揮所で働く子は女の子が多めだ。

「そうね。実戦だと思うとゾッとするわね。でも将来必ず必要になる戦力だわ。コウの身体は一つしかないのだもの」

「守るものが増えたからね。自分で招いたことだ。やるしかないよね」

 そうは言っても俺には指揮官は向いてない。ドイツ系の名前がやたら多い宇宙戦争アニメの知識と、1ヶ月の講習とシュミレーター訓練程度で総司令官とか無理ゲー過ぎだろ。でも今のところ俺がやらなきゃ軍がまとまらないんだよな。



 7月も半ばに入りだいぶ暑くなってきた頃。

 俺は訓練課程を終了した阿久津男爵軍飛空艦隊を引き連れ、ここ鹿児島県の種子島の近海で演習を行なっていた。

 飛空艦隊は200m級飛空戦艦が3隻、500m級飛空空母が1隻、200m級高速飛空艇が5隻に、戦闘機が50機で編成されている。領地なし男爵ではあり得ない戦力で、領地持ちの男爵にしては多い方らしい。維持費が高いからな。

 本当は空母の防衛用に強力な魔力障壁装置を積み、1門の魔導砲を搭載している重巡洋艦が欲しいところだけど、いかんせん人員が足らない。

 新型で運用する人員が大幅に減ったとはいえ、それでも戦艦に500名、飛空空母に1000名のクルーが必要だ。しかし現状はその半分で運用している。男爵軍の人員募集は随時行っているが、みんなトレジャーハンターになりたがってなかなか集まらない。それでもなんとか高給を餌に桜島と帝国本土で募集してかき集め、やっとギリギリ運用できる数になった。人員が少ない分、被弾した際のダメージコントロールが心配だ。

 実戦では防衛戦が主体になると思うので飛空空母は封印し、その人員を戦艦にあてることになりそうだ。

 ちなみに男爵軍はほぼ全員が獣人だ。ほかにはオペレーターにエルフが数名と、戦闘機乗りに元ニートが数十人いる程度だ。元ニートたちは島に1300名ほどいるが、800名ほどがトレジャーハンターとなり残りが役所や警備隊や土木建築、サービス業などの職に就いている。このまま軍の人員不足が解消されなければ、そのうちギルド員以外は徴兵しようと思ってる。俺は同族には厳しいんだ。

 飛空艦隊はハリボテと言っていいほどだが、その代わり陸軍は最強だ。魔導戦車も魔力障壁車も無い陸軍だが、ギルドのCランク以上の者を強制徴用したからな。実戦と演習の時にしか参加しないけど……軍務についている間の休業補償がさ、高ランクなだけあって高いんだよあいつら。絶対に裏切らない傭兵みたいなもんだな。

 《  こちら帝国観測班。敵降艦隊壊滅!  》

「よしっ!  高速飛空艇を上陸させろ!  」

『 高速飛空艇は降下せよ!  』

 生き残ったヴェルムと、戦艦による近接射撃を受けた敵艦隊は壊滅したようだ。まあ時間が押してるからそういうことにしてくれたようだ。

 俺は次に上陸作戦の開始の指示を出し、今回は揚陸艇として使っている高速飛空艇を降下させた。

 種子島の沿岸部に着陸した5隻の飛空艇はハッチを開け、魔導装甲車と輸送トラックを次々と吐き出していった。

 魔導戦車は50両ほど買ってはあるが、乗る人員がいないからお蔵入りしている。うちの陸軍は魔導戦車より強いから問題ない。ほんと陸軍は傭兵のみになりそうだ。

 《こちら帝国観測班。歩兵による目的地占領を確認》

「よしっ!  状況終わり!  お疲れさん!  」

『状況終わり!  状況終わり!  各艦は戦闘態勢を解除せよ』

「お疲れさまコウ。見て、リズが男爵家の旗を立ててはしゃいでるわ」

「ぷっ!  楽しそうだな。シーナにギルドを任せて、陸軍を率いるって張り切ってたからね」

 俺は地上でリズが占領地に、ギルドの紋章と同じ悪魔の首をクロスした二本の剣で斬首する寸前の模様が描かれた旗を立て、獣人やエルフたちとはしゃいでる姿をモニター越しに見て笑った。

 シーナは兎だけ仲間外れですぅって、ブーブー言ってたからな。帰ったらお尻を叩いてやらないとな。俺も染まったもんだよな。

「あの子はお祭りが好きなのよ昔から。ああいう子だから、奴隷の時に何度も元気をもらったわ」

「そっか。確かにリズはムードメーカーだよね」

 どんな時も明るくて、親分肌でやる事なすこと豪快で、粋の良いことばかり言って落ち着きがなくて、でも仲間思いで子供にはとても優しくて……それに実はすごく恥ずかしがり屋で一途で可愛くて……俺にはもったいない子だよな。

「未だにあの子はコウと一緒に寝る日になると、お昼頃からソワソワしだすのよ?  可愛いわよね」

「寝る時はずっと甘えてくるんだ。ほんと可愛いよね」

 《おーいコウ!  もう終わりか!?  あたしたちなんもやってないぞ?  このまま飛空艇で上級ダンジョンツアーでもやるか?  ウシシシシ!  》

    おっと、噂をすればリズから通信が入ったようだ。

 《ガハハハ!  それはいいな!  ギルドの新人の教育もひと段落ついたし久々に暴れるか!  》

 《なに言ってんだいレオン!   千人で上級ダンジョン行ってどうすんだい!  せっかくご褒美に停滞の指輪もらったんだから、早く帰って子供を作るんだよ!  》

 《ばっ!  ケ、ケイト!  みんな聞いてるだろ!  こんなとこで言うんじゃねえよ!  》

 《アンタが5人は欲しいって言ったんじゃないか。あたしは成人した子供とダンジョンに入るのが夢なんだ。早くしなきゃ入れなくなるじゃないか》

 《だからこんなとこで……》

 あっ、ティナが通信手に通信を切断させたみたいだ。面白かったのにな。

「もうっ!  昼間っからなんてことを言ってるのよ。あの2人は相変わらずね」

「え?  」

「ん?  なに?  」

「い、いや……そうだね。昼間から生々しいよね。も、もう撤収しようか。帰って鹿児島県知事に、種子島を使わせてくれたお礼を言わないといけないしね」

 俺はティナも昼間っから執務室で誘惑してくるよねという言葉を呑み込み、撤収することにした。

「そうね、シーナも膨れてるでしょうしね。それに軍事のことはわからないけど、初の演習にしては上出来だったんじゃないかしら?  」

「まあそうだね。俺ももっと勉強しなきゃ」

「指揮をしているコウもカッコ良かったわ。また惚れ直しちゃった」

「そ、そう?  なら次はもっと上手くできるようにならないとね」

 そうか、俺はカッコ良かったのか。次は立ちながら指揮しようかな。参謀も側に置くかな。
    ならば撃てって号令も芸がないな。ファイエルにしようかな?  ポーズはどんなだっけ?  帰ったらもう一度観て勉強しなきゃな。

 俺は戦術の勉強よりも、もっと指揮官らしくなるためにアニメを見直そうと心に決めた。


 こうして阿久津男爵軍の初の演習が終了したのだった。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 ーー  東京都市ヶ谷  モンドレット子爵軍  ニホン領ダンジョン管理部隊本部  レナード・フォースター準男爵  ーー


「ザビン準男爵のところに三等民が連れてこられた?    」

「はい父上。横須賀の基地に昨日この土地の女と子供が連れてこられたそうです」

「子供?  」

 子供を基地に?  恐らく母子なのだろうが、子供など連れ帰ってきてどうするというのだ?  ロシア自治区のようによほど顔の整った女でもいたのか?  しかし新しく司令官に赴任したザビンは女に興味が無い。子供にもだ。あの男は成人した男にしか興味がないはずだ。

「はい。そして不可解なのことに、地下牢ではなく兵舎に軟禁されているようなのです」

「ますますわからんな。どこかで兵士に逆らったなどで、処刑されるのであれば地下牢に送られるだろう。それを普通の部屋に軟禁とは……」

 私は息子の報告に疑問しか感じなかった。

 そもそもあの処刑好きのサディストであるザビンが、赴任した時に総督府の者たちを処刑しなかったことがおかしい。処刑は子爵の命令だったはずだ。それに背いてまで生かした理由はなんだ?  何かが引っ掛かる。

「恐らくニホン総督府の者たちを生かしたことと関係があるものと思います。それに関連した重要人物なのではないかと」

「ふむ……潜伏している者に、その軟禁されている母子の身元を調べさせてくれ。無理はせず、できる限りでいいとも伝えておいてくれ」

 ザビンは何かを企んでいる。いや、あの男が三等民を殺さず軟禁をしていることから、恐らく子爵の指示であろう。その母子を調べれば目的がわかるだろう。しかし潜伏に成功した者は遠縁の1人しかいない。無理に調べさせて彼を失うわけにはいかない。

「はい。わかりました」

「クラウスも無理はするな。ただ、いつでもこの領地から出れるようにはしておけ」

「父上がそこまで警戒されるとは……アクツ男爵とはそれほどの者なのですか?  」

「そうだ。決して敵対してはならない。子爵が滅ぶ時に両方から距離を置いていれば、家はダメージを最小限に抑えられる」

 それでも寄親を元三等民にみすみす討たせた我が家は、ほかの貴族から侮蔑の目で見られるだろうがな。

 しかし、かといって子爵に加勢すれば一族は滅ぶ。男爵に加勢すれば裏切り者として帝国にはいられなくなる。裏切りは先日のアクツ男爵との茶番のようにバレないようにするのが基本だ。表立ってやれば、周囲の貴族たちに我が家は滅ぼされる。

 一番良いのは関わらないことだ。幸いアクツ男爵に手を出せば子爵が滅ぶことを私は知っている。ならばその時さえしのげばいい。その為にも、その時を知る為にもできる限り情報は必要だ。

 潜伏している者に無理をさせられない以上、軍の者を買収する必要があるやもしれぬな。

 あの無能子爵のおかげでこれほど苦労するとは……貴族などなるものではないな。



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