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第1章
第5話 インセクトイド
しおりを挟む爺ちゃんの家に帰ってきて爺ちゃんの妹、大叔母《おおおば》である婆ちゃんと再会し、俺は家の居間でカレンを紹介した。
婆ちゃんはあの俺が超美人のしかも外国人の女性を連れてきたことに、俺と再会した時並みに驚いていた。ちょっと驚き過ぎだと思う。
それと婆ちゃんにはカレンが帽子をかぶってるのには理由があるから、指摘しないでやって欲しいと言ってある。帽子を取ったらもっと驚くことになるだろうしな。
そしてそれから婆ちゃんにこの10年間何をしていたのか説明した。
当然異世界に行ってましたなんてことは説明できるはずも無く、あの日スキー場で遭難して小屋のようなところに避難したらたまたまそこに外国のアウトローな人たちがいて、そのまま攫われて船で外国に連れられたと説明した。
かなり苦しい。苦しいが異世界にいたと話すよりは信じてもらえる。
ここで魔法を使えば信じてもらえるんだろうけど、それはリスクが高い。
婆ちゃんは信用してるけど、今後カレンのことで逃げなきゃならなくなった時に迷惑を掛けたくないしな。
カレンとは外国で知り合い一緒に逃げてきたと説明してある。
「そう……海外で……大変だったのね航……でもよく生きていてくれたわ。カレンさんだったかしら? 航を支えてくれてありがとうございます」
「ワタルは……わたしの恩人……です……いちばん……たいせつなひと……もんだいない……です」
「あら? 日本語お上手なのね。航をよろしくお願いしますね」
「ワタルはわたし……いないときがえ……できない……まかせる」
おいっ!婆ちゃんにまで言うのかよ!
「まあ! 航は愛されてるのね。兄さんに見せたかったわ……あの航がこんな綺麗な子を連れて帰ってくるなんて。きっと兄さんもそれなら仕方ないって天国で笑ってるわね。ふふふ」
「まあ出掛ける時に爺ちゃんにさ、可愛い子を捕まえてくるんだぞと言われて出てったからな。爺ちゃんに言われた通り連れてきたよ。10年掛かったけどな」
「ちがう……ワタルはわたしが……つかまえた」
「あら? ふふふ。本当にいい子を見つけたのね。色々と言えないことがあるのでしょうけど、航はカレンさんをしっかり守るのよ? 私もできることならするから遠慮なく言ってね。いいわね航? 」
「ああ……守るよカレンだけは必ず」
やっぱり婆ちゃんは嘘だって気づいてるっぽいな。その上で協力してくれるなんて婆ちゃんに感謝だな。でも、だからこそ迷惑を掛けられない。
俺は続けて婆ちゃんにこれからのことを説明した。
「婆ちゃん。今言ったように俺たちは追われてる身なんだ。だからここにも長居はできないんだ」
「私のことはいいのよ。気にすることはないの。ここは航の家なのよ? 手続き上私が相続はしたけど、すぐに名義変更するわ。費用も兄さんから受け継いだ遺産があるから気にしなくていいのよ。これから色々大変でしょうから、すぐに航の口座に振り込むわ」
「あ~いいんだ。婆ちゃん。遺産は全部婆ちゃんが使ってくれ。金なら換金すればあるからさ、出る時色々貰ったんだ。家の維持だけ頼むよ。爺ちゃんの家さえあれば戻ってこれるから」
婆ちゃんだって旦那さんに先立たれて独り身だ。確か子供も神奈川にはいないって聞いた。婆ちゃんはまだ70前だけど、何があるかわかんないからな。
俺が遺産はいらないと言うと、婆ちゃんは受け取ってもらわないと兄さんに怒られるとか言ってなかなかわかってもらえなかった。結局半分だけもらうことにして、あとは家の維持費として預かってもらうことにした。
「相変わらず女の子以外のことには欲のない子……この大変な時代にこれから生きていけるのか私は心配よ。カレンさんのためにここを移動するのでしょう? わかっているとは思うけど、北海道は行っては駄目よ? あそこは未だに危ないらしいから」
「え? 大変な時期? 北海道が危ない? なんのこと? 災害かなにかが起こったの? 」
火山でも噴火したか?
「え? なんのことって昆虫みたいな宇宙人のことよ。北海道にはまだ数匹残っていると聞いたわ 」
な、なんだ? 昆虫? 宇宙人? どういうことだ? ……まさか! 電車の中のあの広告!?
「ま、まさか日本が宇宙人に侵略されたなんてこと……ないよね? 」
「そうよ? 日本だけではなく世界中だけど……知らなかったの? 」
は? マジで? 宇宙人に負けて地球に帰ってきたら宇宙人に侵略されてた?
俺はあまりのショックに一瞬めまいを覚えたが、なんとか持ち直して婆ちゃんにネットも使えない隔離された場所にいたから知らなかったと伝えた。そして驚く婆ちゃんにこの10年で何があったのかを聞いた。
婆ちゃんもテレビのニュースレベルの情報しか知らないとは言っていたが、とりあえず大雑把でいいから教えてくれと言って話してもらった。
婆ちゃんが言うには8年前。俺が行方不明になってから2年ほど経過した頃、ある日突然ユーラシア大陸と北アメリカ大陸とアフリカ大陸。ついでに日本の北海道に黒い球体が空から落ちてきた。ついでにと言ったのは、恐らくユーラシア大陸に落ちる予定だった球体の一つの落下地点がズレて北海道に落ちたのだろうと言われているからだ。
どうも日本には1つだったが、大陸には2~3個ずつ落ちたらしい。
その球体は直径数百メートルはあったそうだ。そしてそれは地上に小さな衝撃程度で着地し、球体から長方形へと一気に展開したらしい。その姿はまるでダンゴムシのようだったと言っていた。
そして展開したダンゴムシの腹の中から、全長1.5mほどある二足歩行の蟻が大量に出てきたそうだ。それこそ数千匹はいたらしい。
その蟻。蟻型インセクトイドと呼ばれている昆虫型異星人は、人の多い街を目指して進軍していった。家畜などには目もくれず、とにかく人を探して襲い掛かったそうだ。
この時点で魔物と似ていると俺は思っていた。魔物も人が多くいる場所へ進軍する習性があったからだ。その理由はわかっている。人の持つエーテルだ。
まずは一番弱い兵士級や十人隊長級が侵攻してくる。そしてエーテルをより多く持つ者を殺し、殺した者のエーテルの一部を吸収する。その後に強い魔物が現れ、人から大量にエーテルを吸収した兵士級の魔物を殺しそのエーテルを取り込む。そうやって魔物は強くなっていく。
兵士級や十人隊長級に百人隊長級は、先遣部隊兼上位の魔物の餌だ。魔物の間で完全に食物連鎖のピラミッドができており、最下級の魔物はその仕組みから逃れることはできない。逃れるにはより多くのエーテルを取り込んで強くならないといけない。だから奴らは貪欲にエーテルを求めて侵攻してくる。
北海道の中心部から小都市を蹂躙しつつ大都市へと向かう、蟻タイプのインセクトイドの侵攻を阻止するため自衛隊は当然戦った。政府も政権が安定していた時期だったので、対応は早かったらしい。しかしインセクトイドには小銃や手榴弾などの小火器は一切通用しなかった。全てがその硬い殻によって弾かれ、戦車の砲弾や野戦砲に戦闘機によるミサイル攻撃などの物量攻撃でやっとその硬い殻を破壊できたというものだった。
しかし戦車などはあっという間に距離を詰められ、その蟻の鋭い歯により全てが破壊された。多くの自衛隊員や装備に被害を出したにもかかわらず、インセクトイドの侵攻は止まらなかった。そして札幌にインセクトイドがやってきた。
多くの逃げ遅れた人たちが喰われた。それは世界中で繰り広げられていた光景だった。
中国とロシアは自らの腹を切る想いで、核を都市と自国民ともどもインセクトイドへと放った。が、インセクトイドは熱に強く、全滅させるには至らなかった。リスクに対してのリターンが少なかったことと、核を撃ったことで世界中から非難を浴びたことでそれ以降核は使われることは無かった。
核は諸刃の剣だ。撃ち過ぎれば地球環境が壊滅する。数十発も撃てば20年間は地球の気温が5℃以上下がると言われている。そうなればインセクトイドは追い払えても、地球に食糧危機がやってきて人類は大きく数を減らす。
日本政府も北海道は防ぎきることは難しいと、本土にインセクトイドが侵入しないようトンネルを封鎖するべきだと、北海道から未だ避難を続ける人たちを見捨てる判断を迫られていた。
そんな時だった。突然南極と北極、インドや日本の山。太平洋や大西洋の海の中からUFOのような物が現れ、そこから機械に身を包んだ多くの人らしきものが降下してきたそうだ。
そして彼らは瞬く間にインセクトイドと母体らしきダンゴムシを駆逐していった。
「機械って……婆ちゃんそのUFOからロボットが出てきてインセクトイドと戦ったの? 」
「それがよくわからないのよね。どうも地下世界というのがあって、そこの住人らしいのよ。地上の人類を助けてくれたうえに、被害に遭った国にその昆虫の宇宙人と戦える技術を教えてくれたと言ってたわ。そのおかげで3年前の第二次侵攻は防げたそうなのよ。第二次侵攻は小規模で日本にはやってこなかったのだけどね」
「地下世界!? そんな都市伝説のような世界が存在してたの!? 」
俺は地下世界と聞いてさらに驚いた。
都市伝説として地球空洞説やら、地底人の存在は昔から囁かれていたけどまさか本当に存在するなんてびっくりだ。
「私も最初信じられなかったのだけれど、どうも本当にあるらしいのよ。そこは地上の世界より遥かに高度な文明を持っているそうなの。そして私たちとそう変わらない人の姿をしているらしいわ。ロボットのようなものは操縦している人の身体が外から見えたらしくて、それでそう言われてるみたいなのよ。もう当時はどのチャンネルを見てもそのことで持ちきりだったわ。今でもやってるけど、結局地底人がどういう存在なのかはよくわかってないままなのよね」
「人と変わらない姿か……なんか巨人がいるとかマンモスが生存しているとかは聞いたことがあるけど、本当に存在しているなんて……」
しかも外から操縦者が見えるロボットってどんなのだよ。それにどんなメリットがあるんだ? とりあえず婆ちゃんが言うにはその地底人のおかげで世界は救われたらしい。
ただ、母船というかダンゴムシを破壊された時にインセクトイドは統制を失って逃げ散ったらしく、それで北海道には8年経った今でもインセクトイドによる被害が出ているそうだ。
地球国家はその地底人からの技術供与で50年は先の技術を手に入れたそうだ。
現代の日進月歩の技術開発を基準としての50年は相当だよな。
それでも地下世界の文明よりは遅れてるんだろう。まあヘタに自分たちに届くような技術を供与なんかしたら、米露中辺りが恩を忘れて地下世界に攻め込みに行きそうだしな。
友好的な雰囲気で近付いて利用するだけして、後ろからズドンとか余裕でやる国らしいし。
婆ちゃんはそれ以上はよくわからないと言ってそこでその話は終わった。
婆ちゃんクラスの年代の人がここまで知ってるんだ。もう今の世界では常識なんだろう。
これは非常にマズイ……とりあえずインセクトイドと魔物が同系統の宇宙人なのか調べる必要がある。ただ硬いだけなのか、エーテル体なのか。恐らくアルガルータを侵略した魔物と同じ系統のエーテル体の生物だとは思う。家畜よりも人を狙う辺りでその可能性は高い。
そのうえで重火器など物理攻撃である程度ダメージを与えられたことから、8年前に現れたのは先遣隊の兵士級だろう。
そうであればいずれ次のレベルの奴らがやってくる。そして最後に収穫のために一番強力な奴らがやってくる。アルガルータはエーテル保有量の多い人間がいた代わりに、人口は少なかった。だからか早い段階で次から次へと強い魔物が現れた。
しかし地球人はエーテル保有量が少ない。そのぶん数がいるから、兵士級から百人隊長級による人間の殺戮には時間が掛かる。上位のインセクトイドが出てくるまでアルガルータよりは時間が掛かるはずだ。それでも百年は掛からないと思うが……
バッチリ俺とカレンの寿命の範囲内だ。勇者をやるつもりはサラサラないが、情報は得ておきたい。やはりネット環境が必要だ。
俺が身分証を得るために明日役所に行って、色々手続きしなきゃなと考えていると、婆ちゃんが連絡が取れないと不便だからと駅の携帯ショップに連れて行ってくれた。そして俺とカレンにスマホを買ってくれた。
代金は爺ちゃんの遺産で払うから遠慮しないでという婆ちゃんに、俺はこれは友人からもらった物だと言って巨人族から贈られた純金のブレスレットを渡した。
婆ちゃんは目を見開いて驚きつつも、それは自分たちで使いなさいと言って受け取ってくれなかった。たくさんあるんだと言っても首を横に振るだけで、結局婆ちゃんに甘えることになってしまった。
そしてそのまま5駅ほど離れた家に婆ちゃんは一旦帰ることになり、しばらく毎日様子を見にきてくれると言ってくれた。俺はそんなに気を使わせて悪いとは思ったが、今までさんざん心配掛けた身としては何も言えなかった。
そして婆ちゃんを見送り家へと戻る途中。
「ワタル……この星も魔物に? 」
「ああ、でも同じのじゃないみたいだ。どうも虫型らしい。多分エーテル体だろうな。甲殻類のエーテル体とか厄介だな」
「竜より硬いと厳しい……」
「さすがにあのレベルだとな……鱗と結界の両方は骨が折れる。まあ婆ちゃんの話を聞く限りだと日本に来たのは兵士級ぽい。エーテル体だとしても兵士級なら余裕だ。問題は従者級以上からだな」
アルガルータでは、従者級以上からは特殊能力を使う奴が現れた。それがもしもインセクトイドにいたなら、人類は相当苦戦するだろう。
インセクトイドに魔結晶があればいいが、無かったならより絶望的だ。
アルガルータでは魔物の強さの目安として、兵士級、十人隊長級、百人隊長級、従者級、準騎士級、騎士級、大騎士級、王級、魔王級と分類していた。
これは魔物のエーテル保有量によって大雑把に分類したもので、あくまでも目安だ。
準騎士級でも特殊能力が厄介で騎士級より強いと感じることもある。
まあだいたいはエーテル保有量が多い奴が強いけどな。
エーテルならアルガルータの戦士であれば、魔物が視界外にいたとしても感じ取ることができた。だから視覚よりもエーテル保有量の多さで分類したってわけだ。
「どうするのワタル……戦う? 」
「逃げる。戦えばまた勇者に祭り上げられる。今回は地底人が協力しているみたいだし、なんとかなるかもしれないしな。もう世界のために戦うなんてまっぴらだ。それに魔物に負けてアルガルータを救えなかった俺にそんなことできるわけないしな」
もう大勢の人の命を背負って、あんな終わりのない戦いをするのは御免だ。
仲間やカレンを失うような戦いは二度としたくない。あの時誓ったんだ。もう二度と勇者なんかやらないって。生まれ変わったらカレンを守るんだって。
「ワタルは負けてない……生きてる……だから負けてない」
「ははは、確かに生き残った奴は負けてないな。でももう背負わない。この世界の人たちはしぶといから大丈夫だ。俺たちはいざという時のために情報を仕入れる。それだけやっておけばいい。このスマホでな」
地球はアルガルータほど優しくはない。
俺みたいな若造なんてすぐに型にはめられて利用される。
婆ちゃんを人質に取られるかもしれないし、自由を人質に取られるかもしれない。
関わったらダメだ。ただ、最悪の場合を想定してインセクトイドの情報は集める必要がある。
「すまほ……ワタルが昔持ってた溶けた箱に似てる」
「あれは壊れてたからな。こっちはちゃんと使える。帰ったら使い方を教える。これがあればカレンと遠く離れても話ができるんだ」
「ワタルから離れないから必要ない」
「そ、そうだな。カレンには必要なさそうだ……」
カレンを引き離すのは至難の業だ。ハーレムを作るために、何度カレンを撒こうとしたことか。夜のお店にだって行けなかった。カレンに不満はない。それどころか俺にはもったいないくらいのいい女だ。
しかし俺はカレンしか知らない。男としてより多くの子孫を残そうとする本能が、たまにはほかの女の子をと求めるんだ。だから俺はカレンを撒いて夜のお店に行く必要がある。
男とはなんと業の深い生き物なんだろう。
「でもワタルとお揃い……大事にする」
「きっと使い方覚えたら楽しくなるって」
動画とか見た時のカレンの反応が楽しみだな。
俺もえっちな動画を久々に見たいしな。
でも今日はインセクトイドの情報収集だ。初期段階ならいいんだが……
俺はまさか地球でまでエイリアンの心配をしないといけない事になるとはと、ガックリしながら家へと帰るのだった。
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